41話 ルシルとの思い出
ルシルに連れられて来たのは、前もお邪魔した彼女の家だった。
「前回は聞けなかったのですが、ここは前、ルシルが住んでいた家ですよね?」
ウィリアムがいて話せなかったことをリリアンは尋ねた。
「そうよ。もともと両親が住んでいたんだけど、店の移転と同時に別の場所に居を構えたの。今は伯父と数人の使用人と一緒に住んでいるわ」
彼女は思いついたように顔を上げると、楽しそうに笑った。
「そうだわ! 今日は私の部屋でお茶を飲みましょう!」
昔遊びに行ったときは、茶室は大人が使うもので、子どもは部屋を綺麗にして大人の真似をしてお茶を飲んだものだった。
ルシルは使用人たちにお茶の準備をするように伝えると、自分の部屋へ向かった。
「久しぶりよね。ここが私の部屋よ」
豪商の娘のルシルの部屋は、貴族になったリリアンの部屋と同じくらいだった。当時はとても広いと感じたが、今ではあまり広くなかったとわかる。
「物があまりないですね。ルシルの部屋は物であふれていたと思うんですけれど」
「学園に編入するために、急いで引っ越したから物が少ないのよ。それに、学生の間だけこっちで住むつもりだったからね。実家は相変わらず物であふれているわ」
従者がお茶を用意してくれたので、二人は椅子に腰をかけた。
「それにしても、懐かしいわね」
ルシルは懐かしそうに目を細めながら、昔のことを話した。
「幼いころ、私は兄もいたから、女の子にしてはお転婆だったわ。兄と一緒に剣を習いたがって、父さんと母さんを困らせて……二人は良い顔をしなかったけど、剣の師匠には筋が良いと褒められたのよ」
昔のことを思い出す。人形やお菓子を欲しがる女の子たちの中で、ルシルだけが剣を欲しがっていた。
「そういえば、どうしてルシルは剣を習いたいと思ったのですか?」
「そうね……。リリーになら話してもいいわ」
ルシルは少し考えるような素振りを見せると、こちらに向き合った。
「守りたい人がいたの。その人は私にとって特別な人で、命をかけて守りたいほど大切に思っていたわ」
「私の知っている人ですか?」
その問いに、ルシルは首を横に振る。
「いいえ。あなたの知らない人よ。私はその人のことを大切に思っていたけれど、守れなかったの。……だから、次は大切な人を守り通したいと思った。そのために剣の技術を磨く必要があったのよ」
ルシルはそう言って、カップを手に取った。その手は女性らしくなく、固そうで、タコができていた。それはきっと彼女の努力の証なのだろう。女性らしさも、厚い手も。
「相変わらず、ルシルはかっこいいですよね」
素直にルシルを賞賛すると、彼女は大きく目を開いてから、くすぐったそうに目を細めた。
「ふふふっ。リリーは本当に変わらないわね」
彼女は嬉しそうに笑うと、カップを置く。
「私は剣が好きで、女の子らしいことに興味はなかった。親は眉をひそめていたけど、私はそれで構わなかったわ。……いいえ、そう思い込もうとしていた。だから、リリーの言葉がすごく嬉しかったの」
「当時の私は何と言ったのですか?」
「剣をふるう私の姿を見て、『かっこいい』って。そう褒めてくれたのはリリーだけだったわ」
その話を聞いて思い出した。ルシルと出会ったときの初めての会話だ。
「みんなが女の子らしいことを好きなのに、ルシルは違いましたから。周りと違って……やりたいことにまっすぐで、目標のある人でした」
だから、彼女と友達になりたかった。それからルシルとたびたび遊ぶようになった。
ルシルはその言葉を聞いて、小さく笑う。
「私が周りと違うと言うけれど、リリーも周りとは違って見えたわよ」
「そうですか?」
「あなたの周りにはたくさんの人がいた。誰かに何かをお願い事をされたら、当たり前のように応えていたし、女の子たちに取り合いされているのもよく見かけていたわ。誰にでも優しくて、みんなの親友だった」
確かに周りには人がたくさんいた。誰かと一緒にいるのが当然で、あのころはそれが当たり前だと思っていた。
「だから、学校で再会したとき、別の人のように見えたわ」
ルシルは優しく微笑んで、こちらを見る。
「まるで一人でいるのが好きかのように、リリーの周りに人がいなかった。でも、話してわかったわ。中身は変わっていない。人に優しくて、人に弱い、可愛い女の子だったわ……だから、リリーが神の寵愛者っていうのはあり得るかもしれないと思ってるの」
その言葉に首を横に振る。
「そんなこと、ありえませんよ。私が愛されるなんて……」
「まあ、本当に神に愛されているかなんて、私にはわからないわ。私はリリーのこと大切に思っているのよ。限られた時間しかないけれど……リリーの側にいられたらうれしい」
その言葉に頬を緩ませて笑った。
「ありがとうございます、ルシル」
家に戻ると、迎えてくれたナタリアの表情が暗かった。
「養母様? いったい……」
声をかけようとすれば、彼女は涙をこぼした。どうしたものか困っていると、彼女の後ろに誰かが立った。ゆっくりとそちらに目を向ける。
「……リリアン」
その人に名前を呼ばれたのは初めてだった。リリアンは自分を呼んだ人に笑いかける。
「どういたしましたか、クライヴ様」
その人はナタリアの夫で、リリアンの養父……クライヴだった。
彼は灰色の髪を後ろに流しており、きっちりとした格好をしている。仕事帰りなのだろう。
彼がこうしてリリアンに話しかけてくることは一度もなかった。顔を合わせることもなく、自ら合わせようともせず、ずっと過ごしてきた。
クライヴはこちらを見ると、口を開いた。
「教会から、象徴候補として来るようにと通達があった」
「えっ……」
連絡が早すぎる。もう、エドワードが動いたのだろうか。
昼間のエドワードとの会話を話題にせず、初めて聞いたというように首をかしげた。
「教会から、ですか?」
「そうだ。一週間後、お前は教会入りをする。準備をしろ」
クライヴは理由を説明しようとはしなかった。一方的な言葉にナタリアは縋るように彼に言う。
「どうしても、あの子は教会へ行かなければならないのですか? 象徴が戻ってくる可能性だって……」
「神の言葉は絶対だ」
クライヴはそれだけ言うと、自室に戻っていった。
ナタリアは顔を両手で覆って、さめざめと泣いている。そんな彼女に微笑みかける。
「養母様、大丈夫です。会えなくなるわけではございません。私に会いに、教会へ足を運んでくれるでしょう?」
そう言うと、ナタリアは顔を上げた。
「当たり前でしょう!? ……リリー、あなたはやっぱり神に愛された子だったのね」
リリアンはその言葉にうなずかず、ナタリアをそっと抱きしめた。




