40話 エドワードからの依頼
リリアンは口を閉じる。エドワードはこちらの様子を窺いながら話を進める。
「君はすでに教会内で次の象徴候補として挙がっている。もう避けられないのであれば、利用しない手はないよ」
エドワードは脚を組んで、依頼内容を口にした。
「教会の象徴候補になれば、教会内部に入り込むことができる。象徴になるためには知識が必要だ。勉強をし、象徴になれるよう教育を受けてから、人の目に触れることになる。教会に入れば、得ることが難しい情報も手に入りやすいだろう」
「エドワード殿下はどのような情報が欲しいのですか?」
「象徴、メアリーの居場所の手がかりだ」
その言葉に大きく目を開く。
「……メアリー様は現世にいらっしゃるのですか?」
「まだわからない。けれど、生きている可能性がある。僕は彼女からの手紙を受け取っている」
そう言って、彼は一通の手紙をテーブルに置いた。
「暴走した教会が自分に危害を加えようとする可能性が高い。自分に何かあったときのために、情報を集めてほしい。そう書かれている」
「情報は得られているのですか?」
彼は目を閉じると、ゆっくりと首を横に振った。
「王宮内にいる貴族については、調べることができる。けれど、教会内はそうもいかない」
「それで私に協力を要請しているのですね」
「彼女は王族に協力的だった。彼女が生きているのであれば、王族は彼女と協力して教会を抑えることができる。生きていないのであれば、別の方法を取らなければならない……その方向性を考えるには、情報が必要だ」
エドワードの言葉に、黙って聞いていたルシルが笑いだした。
「ふふふっ。……よくそんなことが言えますね。今の王家が無能だと言っているようなものじゃないですか」
ルシルの言葉にウィリアムが大きく目を開く。そして、慌てて立ち上がると、ルシルの隣に立って彼女の頭を掴み、一緒に謝った。
「申し訳ございません!! こいつ、自分の立場がわかっていなくて……」
それを見て、エドワードは苦笑しながら許す。
「ここは学園で、僕も君たちも同じ生徒だ。気にしなくていい。それに……君たちの言うとおりだ。王家は今、この状況に困っていて、手も足も出ない」
エドワードはまっすぐこちらを見る。
「僕たちに力を貸してくれるかい?」
彼の依頼にすぐに返事ができなくて、顔を下げる。
教会に入るということは、家を出るということだ。メアリーと同じようにということならば、学園をやめる必要もある。……家族とも、友達とも離ればなれになる。
「象徴としてのお披露目があるまでにメアリーを救い出せば、君が象徴になる必要はなくなる。家族のもとに戻れるだろう」
「……必ず、元の生活に戻れますか?」
エドワードはその言葉にはうなずかなかった。
「戻れるよう、全力を尽くすよ」
必ずというのは難しいだろう。それをわかって聞いていた。
子爵家の養女である自分が、王子からの依頼を断れるわけがない。だが、彼なりに考慮してくれているのはわかった。
まっすぐ彼を見て、ゆっくりとうなずく。
「わかりました。……その依頼を受けます」
ウィリアムは何も言わずにこちらを見た。エドワードは嬉しそうな声を上げる。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
象徴候補とはいえ、あまり関わりのない自分に、彼がこうして依頼をしてくるのはなぜだろうか。
「どうして、私なのですか?」
素直に疑問を口にすると、彼は何でもないように答える。
「君がオズのお気に入りだからかな」
「どういうことですか?」
「そういうことだよ」
エドワードはそれ以上話すつもりはないようだった。彼はお茶を飲んで一息吐くと、「ああ、そうだ」とこちらを見た。
「もう一つ。お願いがあるんだ」
「何でしょうか?」
彼は少し視線をさまよわせたあと、内容を口にした。
「……第二王子、テオドールとも接触してほしい」
「テオドール殿下、ですか?」
テオドールといえば、エドワードと不仲だと噂だ。彼のこともまた、王族の方向性に関わってくるのだろう。
「どのような情報をお求めで?」
「いや……ただ、見ていてほしいんだ。象徴がいなくなった今、テオドールが教会の中の最高位と言ってもいい。あの子が何か勝手なことをしないか、見ていてほしい」
「わかりました」
リリアンが了承すると、彼は嬉しそうに微笑んだ。深緑の瞳は細められる。……それを見て、舞踏会で踊った男子生徒を思い出した。
あの男子生徒とテオ……テオドールは似ていると思った。もしかすると、あの男子生徒は……。
そう思いながらも、何も言わずに微笑んだ。
退室をするとき、エドワードが口を開いた。
「君が教会に入るのは数か月間の予定だ。象徴、メアリーが戻ってきたらすぐに君を家に帰すつもりだ。……僕がいるかぎり、君の家族を守るよ」
エドワードの言葉に、リリアンは静かにお辞儀をした。
生徒会室を出ると、ずっと黙っていたウィリアムは睨むようにしてこちらに向き合った。
「俺たちがいるのに、リリアンはいつも一人みたいに行動するよね」
「王族からの依頼は命令と同じですよ」
「わかっている。けれど、三人で考えるって話だっただろう?」
彼はすねるようにそう言うと、「いや、違う」と首を横に振る。
「……リリアンが悪いんじゃない。あの場で何も発言できなかった俺が悪い」
「立場上、意見をすることの方が難しいですよ」
二人の言葉を聞いて、ルシルが鼻を鳴らす。
「立場を気にするからいけないのよ」
「お前はもう少し、立場や身分を考えろ」
ウィリアムに叱られ、ルシルは唇を尖らせる。
「立場や身分は大切だということくらいわかっているわ。……でも、それを言い訳に行動できない人間に、もうなりたくないのよ」
「…………」
ルシルの言葉にウィリアムは黙り込む。
何とも言えない空気に、リリアンは思わず口を開いた。
「えっと、二人とも……」
ウィリアムはこちらを見る。目を合わせると、彼は視線を逸らした。
「ごめん、リリアン……少し一人で考えたい」
「そうですよね……私こそ、ごめんなさい」
ウィリアムは何かを言いたそうに口を開いたが、何も言わずに背を向けて行ってしまった。
その背中を眺めていると、リリアンの手をルシルが取った。
「リリー。確かに考える時間も必要よ。あなたもそうだけど、私たちにも状況を飲み込んで理解する時間がほしいの」
「ルシル……」
「……だから、今日は私に時間をくれない? 一人じゃ考えられないの。一緒に考えてほしいわ」
彼女なりに慰めようとしているのだろう。彼女の優しさに触れて、リリアンは素直にうなずいた。




