38話 象徴候補
家に帰ってから数日後、リリアンは久しぶりに学校へ向かった。
ウィリアムやルシル、そしてオズワルドには学園へ行く日を手紙で知らせてあった。きっと彼らが出迎えてくれるだろう。
馬車を降りると、門の前でオズワルドが立っていた。彼はリリアンの姿を見つけると、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「リリー。待っていたよ」
「いったいどうされたのですか?」
「君を教室まで送ろうと思ってね」
彼はそう言って、エスコートするように隣を歩いた。
「どうしてこのようなことを?」
そう問うと、オズワルドは眉を下げた。
「君には申し訳ないことをしたからね。少しでも君の助けになれれば、と思ったんだよ」
軟禁していたことを気にしているのだろうか。彼の気が済むようにさせてあげようと、それ以上は聞かなかった。
歩いている途中、いろんな人の視線を感じた。学園でも有名なオズワルドを横に従えて歩いている。それが気になるのだろう。好奇な視線を浴びながら、校舎まで歩いた。
教室に着くと、ウィリアムとルシルが迎えてくれた。
「リリアン……無事だったんだ」
「リリー! 会えてうれしいわ!」
二人に囲まれると、オズワルドはリリアンから手を放した。
「また来るね」
彼はそれだけ言って、教室から離れていった。
「どこに行っていたんだ?」
ウィリアムに問われて、回答に困った。はっきりとオズワルドに軟禁されていたと答えるわけにはいかない。
「ちょっと、用事があって……?」
「何で疑問形なんだよ」
ウィリアムはツッコミを入れながら、大きなため息を吐く。
「もういい。リリアンが無事なら、なんでもいい……」
よほど心配していたのか、ウィリアムには少し疲れの色が見える。
「この人、リリーがいなくなったからって、あちこち探し回ってたのよ?」
「そうなのですか?」
ルシルに暴露されて、ウィリアムは赤面した。
「お前だって、怪しい生徒を襲いかけたじゃないか」
「あら、怪しいは罰するが私の正義よ」
「捨てろよ、そんな間違った正義……」
二人の掛け合いを見て、日常に戻ったんだと肩の力が抜ける。
そっと視線を教室に向けると、生徒たちと目が合う。彼らは慌てたように目を逸らした。
「なんだか私、見られているような気がするんですけど……」
小さな声で二人に言うと、彼らは顔を見合わせて複雑な表情を浮かべる。
「実は……リリーがいなくなったことは最初、神隠しにあったんじゃないかと思われていたの」
「けど、君は戻ってきた。神のもよへ行って帰ってこられるのは、神の寵愛者だけだ。だから、リリアンのことを寵愛者だと思っている人もいるらしい」
それを聞いて、オズワルドが門で出迎えてくれた理由がわかった。
リリアンが奇異な目で見られることから守ってくれていたのだろう。もっとも、彼と一緒に行動したことでより視線を集めてしまったような気がするが。
「それに……メアリー様が行方不明なのは聞いたか?」
ウィリアムは心配そうな表情でこちらを見る。気遣ってくれたのだろう。安心させるために、落ち着いた様子で笑みを浮かべる。
「はい。聞いてますよ。彼女が……偽物だと言われていることも」
「彼女が偽物だと噂される中で……教会も新しい象徴が必要だということを言い出しているようだ。学園内では、その候補がリリーじゃないかって」
「そうなのですね……」
メアリーが姿を消した。彼女は自分の身の危険を気にしていた。きっと、誰かによるものなのだろう。彼女は今どこにいるのだろうか。もしかすると、自分と同じように閉じ込められているのかもしれない。……メアリーは無事なのだろうか。
視線を下げて考えていると、ルシルはリリアンの手を取った。
「ルシル……?」
彼女の瞳がこちらをまっすぐ見る。彼女は真剣で……どこか覚悟をしたような表情だった。
「大丈夫。私がリリーを守るから」
その視線は力強く、味方はここにいるんだと教えてくれているようだった。
それが嬉しく、頬を緩ませて彼女の手を握り返した。
「ありがとうございます。ルシル、そしてウィリアムも。私は二人のことを頼りにしてます」
そう言うと、二人は嬉しそうに笑った。
その日、リリアンは両端にルシルとウィリアムに守られるような状態で一日を過ごした。
「リリー。遊びに来たよ」
休憩時間になると、オズワルドもやってきた。
ルシルが威嚇体勢に入り、ウィリアムは萎縮していた。
「ここは下級生の教室ですよ。教室を間違えたのではないですか?」
ルシルはお嬢様のような優雅な笑みを浮かべて毒を吐く。オズワルドは気にした様子もなく微笑んだ。
「俺はリリーに会いに来たんだ。何も間違いじゃないよ」
「権威の塊のような方が来るから、萎縮している生徒もいるみたいです。お気遣いいただけないでしょうか」
リリアンは思わずウィリアムの方に目を向ける。彼は苦痛そうな表情をしながら、顔をうつむかせていた。
「いるだけで萎縮するような生徒が弱いんじゃないかな。そんなことでは貴族社会ではやっていけないからね」
彼らの言葉がウィリアムに突き刺さっていく。瀕死状態の彼は全てを諦めたような笑みを浮かべていた。
休憩時間のたびに空気が悪くなるため、ほかの生徒はリリアンたちに話しかけることができなかった。
帰りもオズワルドが送ってくれた。
送ってくれるというウィリアムとルシルの誘いを権力で使って押し切った。
「身分の低い君たちより、俺が送っていった方が安心だろう」
「あらあら。身分が高いのに、リリーがいなくなったときに何もしなかったのはどちらさまでしょうか」
恐れ知らずのルシルをウィリアムは腕を引いて、物理的に引き下がらせようとしている。
「ルシル。教室では俺たちが一緒にいたんだから、譲れって」
ウィリアムに引きずられ、ルシルは連れていかれる。それを微笑ましい気持ちで見ていると、手が差し出された。
「リリー。帰ろうか」
オズワルドに手を引かれ、彼の馬車に乗る。
「明日は朝、君の家まで迎えに行こう。だから、待っていてほしい」
彼が当たり前のようにそう言うので、慌てて首を横に振った。
「そんな……。私は閉じ込められたことを気にしてませんよ。だから、これ以上の気遣いは……」
「償いの意味もある。けど、それだけじゃないよ」
彼はリリアンの顔を覗き込む。彼の優しい笑みに胸がそわりとする。
「君のことが好きだからだよ」
彼の言葉にリリアンはきょとんとすると、肩を揺らして笑った。
「ふふふっ。私もオズワルド様のこと好きですよ」
さらりと言ったのを見て、オズワルドは肩をすくめる。
「こりゃ伝わっていないな」
彼は仕方なさそうに笑った。
家の前に着くと、彼は手を引いて馬車から下ろしてくれた。
「そうだ、リリー」
オズワルドは思い出したようにこちらを見た。
「もうすぐ君の誕生日だね。プレゼントは何がいい?」
「いえ、そんな、私は……」
「俺があげたいんだ」
オズワルドはまっすぐこちらを見ている。譲らないといった様子にと小さく笑い、「じゃあ」と顔を上げた。
「花をいただけると嬉しいです」
「花か。リリーはどんな花が好きかい?」
眉を下げて、困ったように笑う。
「本当は白百合が好きなんです。でも、私の誕生日は冬ですから、咲いていません」
「白百合? ああ、君の家は君のためによく白百合を買っているそうだね」
「はい。……昔から、毎年誕生日にもらうのです。生まれた頃から私を見守ってくれている人から。誰かはわからないですけど……。けれど、一番嬉しい贈り物です」
その言葉にオズワルドは眉間に皺を寄せて、少し首をかしげた。
「でも、冬は白百合が咲かないって……」
その言葉に、オズワルドは大きく目を見開いた。そして、辛そうな表情をして笑う。
「ああ、そうか君は……」
彼は眉を下げて笑みを作る。
「……わかった。負けないくらい綺麗な花束を送ろう」
彼はそう言うと、馬車に乗って去っていた。リリアンはその馬車が見えなくなってから、家に入った。
……次の日、オズワルドは迎えに来なかった。




