37話 象徴の失踪
オズワルドから解放され、リリアンは家に帰って久しぶりに家族とテーブルを囲んだ。
「教会の象徴のメアリー様がいなくなったのは、数日前。教会で突然、姿を消したそうだ」
アレクシスはリリアンがオズワルドの家に閉じこまれていた期間の出来事を教えてくれた。
「姿を消したって……どういうことでしょうか」
その問いにアレクシスはわからないというように首を横に振った。
「教会は、メアリー様が偽物の象徴だったから、神がお怒りになって死ぬよりも早く裁判を下して、魂を消したと言っている」
その言葉を聞いて思い出す。御使いや信仰者に偽物だと噂されていた。とうとう教会もそれを認めたことになる。
ナタリアは目元に涙を浮かばせると、こちらを見た。
「本当に、心配していたのよ! もしかしたら、リリーがいなくなったあと、メアリー様も姿を消されたから、同じ事件に巻き込まれたのかと思って……」
「養母様はメアリー様が事件に巻き込まれたと考えているのですか?」
教会の言葉は神の言葉だ。教会が公認したため、国民はその言葉を受け入れたと思っていた。
アレクシスは苦笑いをしながら教えてくれる。
「教会の言葉だから、信じているという人は多い。……だけど、そんな簡単に気持ちは割り切れないだろう?」
彼の言い分にナタリアもうなずく。
「メアリー様はいつもリリーを気にかけてくれたでしょう? 私は彼女が本物の象徴だと思うわ」
「もちろん、外でそんなことを話してはだめだ。神の言葉に逆らうことになるからな」
アレクシスはこちらをまっすぐ見ると、真剣な顔をした。
「教会は第二王子のテオドール殿下を得てから、暴走しはじめている。……リリー。辛いだろうけど、また教会に行くのは我慢だ」
素直にうなずくと、彼は表情を緩めた。
「君は無事戻ってきてくれてよかったよ。疲れただろう? もう自分の部屋でおやすみ」
その言葉に甘えて、二人に挨拶をしてから部屋に戻った。
久しぶりに部屋に戻ると、見慣れた風景に力が抜ける。養女になってから過ごしている部屋だ。借り物だと思っていたが、よく見てみれば自分のものがたくさんある。誕生日に贈られた白百合も綺麗に咲いていた。
「遅かったじゃない」
見れば、レジーナがふんぞり返って座っていた。
「レジーナ様。待っていてくれたんですか?」
「待っていたわよ。ずっと。どうしていたのよ」
責めるような言い方に、思わず首をかしげる。
「どうして待っていたのですか?」
「あなたがあの男に捕まっていたからじゃない!」
レジーナは怒鳴りながら立ち上がる。
「で、でも、レジーナ様のかけたリボンが原因で、オズワルド様があのような行動に移されたのでは……」
そう言うと、レジーナはキッとこちらを睨んだ。
「そうよ。私が印をつけたの。あなたは私のものだってね。あの男が悪魔だってことを暴こうとしたのよ」
彼女は嫌なことを思い出したように眉をピクピクさせると、「そうしたら!」と大きな声を出した。
「あの男、この私が入れないように邸宅中に術をかけていたのよ!? あんたが食べられていたら、あの男を殺していたわ!」
彼女の怒りっぷりを見ながら、リリアンは考えるように少し視線を上げる。
「レジーナ様」
「何よ」
「悪魔を殺すことができるのですか?」
「はあ? あなた、何を言っているの? 目の前で見ていたじゃない」
彼女は信じられないという表情をすると、腕を伸ばして手を開いた。黒い霧のようなものが手のひらに集まっていき、鎌のような形になる。
教会で初めてレジーナと会ったとき、そして司書の悪魔が現れたとき、彼女が使っていたものだ。
「この黒い武器を使えば、人も悪魔も殺せるの。これは悪魔にしか出せないものだわ」
「私が使うことはできますか?」
「さあ? 意図的に人に持たせたことも、使わせたこともないから、知らないわ」
興味深そうにじっと見ていると、レジーナは鎌を消した。
「持たせないわよ。これは特別なものなんだから」
人とは違うことができることから、彼女が悪魔だと実感する。だが、一目見ただけでは、普通の少女と変わらない。
悪魔は人間の体に入り込むとオズワルドが言っていた。
「レジーナ様には誰かの体を借りているのですか?」
「それをどこで……」
レジーナは眉を寄せる。だが、すぐに「……ああ、あの男ね」と嫌な顔をした。
「いいえ、違うわ。私は誰の体もいらない」
彼女は誇らしそうに胸を張ると、胸元に手のひらを当てた。
「だって、私は私だもの。ほかの誰でもないわ」
彼女はそう言って、ふわりと体を浮かばせる。体の重さを感じさせない姿は、人ではないことが一目でわかる。
「それに、体がない方が自由なのよ。こうやって、浮かび上がることができる。好きな時に人前に立って、面倒な時は姿を見えないようにできるわ」
彼女は体がないことを不自由に思っていないようだ。
「悪魔は、元は人だったと聞きました。……レジーナ様も人だったんですよね?」
レジーナはゆっくり視線を下げると、自身を嘲笑うような表情を浮かべた。
「愚かな時間だったわ」
彼女は「ふん」と鼻を鳴らして、腕を組む。
「過去のことはどうでもいいのよ。教会の象徴がいなくなったことを知ってるかしら?」
「はい。さきほど家族から聞きました」
「じゃあ、教会が二つに分裂していることは知ってる?」
首を横に振れば、レジーナはベッドに腰を下ろして脚を組んだ。
「そう。じゃあ、よく聞きなさい。教会は権力を得ようとしている第二王子派閥、象徴メアリーにすべてを委ねようとしていた象徴派閥に分かれているの」
「そうなのですか?」
「メアリーの偽物だと呼ぶのが第二王子派ね。けれど、象徴がいなくなった。そうなると、どうなると思う?」
「象徴派閥が怒り、第二王子派閥が力をつけはじめる……?」
リリアンが考えを言うと、レジーナは満足そうにうなずいた。
「ええ。溝はさらに深くなるわ。王家としては、象徴派閥を手助けして第二王子派閥を潰したいところだろうけれど、教会内部には介入できない。……関係者じゃない限り」
レジーナは様子を窺うようにこちらを見ている。
「どうなるか、楽しみね?」
そう言って彼女は楽しそうに微笑む。……まるで、彼女はこのあと何が起こるのかわかっているように見えた。




