オズワルドの話
使用人の子どもの小汚い服から、貴族の子どもが着る服に袖を通した日。それは少年が売られた日だった。
両親の顔はよく覚えていない。最後に見た実母は笑っていたのを覚えている。
彼らは喜んで自分を手放したのだと、彼は思っていた。あとから、両親はまさか自分の息子に二度と会えなくなると思っていなかったのだと知ったが、もうそれはどうでもよいことだった。
少年は売られた日から、公爵家の娘である『母親』の子どもになった。
その人は賢い人だった。自分の兄たちに負けないほどの知識と知性があった。彼女が助言をすれば、物事が上手く運ぶとすら言われていた。
その人は完璧主義者だった。常に目標を掲げ、それに向けて努力を惜しまなかった。
その人は弱い人だった。自分が子どもを産めないことが理由で離縁されたことが受け入れられなかった。
だから、彼女はおかしくなった。
彼女は実父の勧めで、領地の屋敷に引きこもる生活を送っていた。そんな彼女の子どもとして、少年は生活することになった。
『母親』は自分の知識を少年に教えた。理解できなければ、わかりやすく噛み砕いて説明を重ねた。
上手く理解できれば、少年を愛おしそうに抱きしめ、彼が理想の息子になりきれなければ、ヒステリックになって、喚き散らした。
両親はいない。助けてくれる人もいない。彼女の要求通りにしなければ、自分はそこにいられないのだと気づく。
少年は次第に、彼女がどのような姿を自分に求めているのかわかるようになった。求められる姿を演じれば、彼女と穏やかな生活を送ることができた。
『母親』は少年に言う。
「あなたは才のある子よ。きっと家や国のために生きてくれるって信じているわ」
それが彼女の一番に期待している息子の姿なのだろう。その言葉は呪いのように少年に染みついた。
その生活は突然終わりを迎えた。彼女が病死したのだ。少年が九歳のときだった。
屋敷の者は別邸に子どもが住んでいることを知っていた。だが、接触することを許されていなかった。
公爵が『母親』の遺品を整理しにきたとき、少年は公爵と顔を合わせた。
『母親』と同じように振る舞えば、公爵は少年を娘の息子だと認識してくれた。
少年は公爵家の養子として受け入れられた。娘の血を引き継いだかのように賢い少年を、公爵はとても可愛がっていた。
『父親』になったその人の求める姿を演じれば、彼は喜んで自分を『息子』として接してくれた。
だが、面白く思わない者がいた。公爵の長男だった。
彼は妹を疎ましく思っていた。やっと邪魔者がいなくなったと思ったら、男として生まれ変わってきたように、どこの子どもかわからない少年が現れたのだ。自分の親も頭がおかしくなったとしか言いようがなかった。
少年は公爵家の子としてお披露目され、社交界に馴染んでいった。
偽りの身分に、偽りの出生。まわりの人たちの求める姿を演じることで、少年は生きることができた。
公爵に認められ、婚約者ができ、事業を担っていくことが決まり、そこが少年の居場所なのだと思いはじめていた。
だが、成人する前にその少年は殺された。
やっと手に入れたと思った居場所を簡単に失ってしまった。周りに求められたように振る舞ったにもかかわらず、だ。
そして、彼は気づく。周りが自分の求める姿ではなかったのだと。周りが自分の求めた形になれば、居場所を得られる。そう考えた。
少年は自分を殺した長男の息子の魂を喰らい、息子に成りすました。そして、公爵家の座を得ることとなる。裏から手を回し、あらゆることを行った。
「国と家のために生きてほしい」という『母親』の言葉が頭から離れなかった。
彼は外部から政治に口出しできる立場を確立しようとした。
当時の王は偏った政治をおこなっていた。周りには決められた者ばかりが集い、外部の話は聞き入れない。そんな王だった。
王は占いや魔術。当てにならないものに心を傾けた。そこで彼は御使いの話をし、神と象徴の話をした。王は興味を持った。そして、教会ができた。
彼は裏で国を操りながら、人としての一生を繰り返した。
『母親』の実家である公爵家の赤子の魂を喰らい、子に成りすまして生きていく。老いて、体の寿命が絶えれば、また赤子の魂を喰らう。
そんなことを繰り返し、何度も人として、時を過ごした。誰かに成りすます、偽りの自分のまま。
いつか、本当の自分を見てくれる人はいるのだろうか。……本当の自分がわからないまま、そう思った。
数百年が経ち、彼はオズワルドになり、そしてリリアンと出会った。
彼女のことを知ったのは、平民が貴族の養女になったことを聞いたときだった。
その情報は上手く隠されていたようで、オズワルドが情報を手にいれたのは、リリアンが養女になってから半年が過ぎたころだった。
生前の自分と同じように平民が貴族として生きることになった少女。しかも養母の愛情が理由。まるで過去の自分のようだった。
興味を引かれて、彼女の家の近くに馬車を走らせた。ちょうどリリアンとその兄が馬車に向かって歩いているところだった。二人の関係は良くないのか、距離が離れている。オズワルドはその馬車には剣を持った男が乗っていることを知っていた。
「…………」
ただそれを眺めていた。男はリリアンの兄を深く傷つけた。倒れる兄を見て、彼女は咄嗟に背で彼を庇った。涙を溜めて男の前に立つ彼女はとても美しかった。怖いはずなのに、逃げようとしない彼女に、オズワルドは思わず見惚れてしまった。
従者が男を押さえつける。リリアンはこちらの馬車を見つけると、走ってきた。
そして、オズワルドに向かって言った。
「――助けてください!」
涙をこぼしながら、助けを求めてくれる。彼女に頼られるのは、ひどく心地良かった。
「もちろんだ。助けよう」
こうして、リリアンとオズワルドは接点を持つようになった。
彼女はオズワルドに似たような境遇であるにも関わらず、他者を重んじる子だ。
他人の顔を窺って行動するのは、利用しようとしていた前世のオズワルドとは違い、優しさからだった。
彼女には居場所と思えるような場所がないように見えた。自分と同じだった。
「自分の居場所へお帰り、リリー」
いつか、一緒に生きて、互いに互いが居場所となれたら。そう思った。
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