33話 ロザリー
「ロザリー、というのは先ほどお話に出てきた女王のことでしょうか?」
リリアンの問いにオズワルドはうなずく。
「そうだ。彼女は元々男爵家の娘だった。神に愛されて教会の象徴になったが、彼女は当時の王にも愛されて、王の養女となった。あまりの溺愛ぶりに、国が傾くのではないかと考えられていた」
馬車がガタガタと揺れる。オズワルドは視線を外に向けた。ちょうど教会が馬車の窓から見えていた。
「でも、彼女は賢かった。彼女の助言により、敵対していた国を攻め入り、自分の国として取り込むことができた。それからいくつも戦争を繰り返し、国を広げていった」
オーガストが言っていた三百年前に行われた戦争のことだろう。ロザリーは土地を多く手に入れ、国を豊かにしていったと言っていた。
「彼女は人を惹きつける魅力のある人物だった。次第に『彼女を王に』という声が強まり、教会の象徴という身でありながら、彼女は王座を得ることができた」
「すごい方だったのですね」
「だが、ロザリーは長く女王の座に就けなかった。どうしてだと思う?」
「女性ですから、ほかの後継者が生まれたのでしょうか。それとも、病気か何かで……?」
その言葉にオズワルドは首を横に振る。そして、こちらの様子を窺うように目を細めた。
「彼女は処刑されたのさ」
あまりのことに何も言えなかった。黙っていると、オズワルドは柔らかく笑みを浮かべる。
「彼女は男爵家の娘だったと言っただろう? だが、国民はそのことを知らなかった」
「どうしてですか?」
「王の養女になるとき、隠すように言われたんだ。ロザリーの家は一時的な男爵位だったからね。周りを説得するためにはそれなりの身分が必要だったんだ。そこから、彼女に関する悪評が多く流れ出した。本当のことから、全くの嘘まで。背びれや尾ひれがついて、彼女の評判は落ちていった」
「そんな……国民は彼女のことを信頼して、ついて行ったのでしょう?」
「可愛さ余って憎さ百倍ってことだろう。信頼していたのに裏切られた。国民たちはそう思ったに違いない」
信頼していたのに、裏切られた。
身分を偽った以外にロザリーが何をしたのかはわからない。もしかしたら、人に言えないことをしていたのかもしれない。
だが、本当に身分を偽っただけだったのなら……。
顔が下がっていく。……ロザリーのことが他人事ではないように感じたからだ。
「悪い噂の多い彼女に関する資料は少ない。王族に関わる悪評は残っていてはいけないからね。すべて燃やしてしまったはずなんだ。それにもかかわらず、そのことを持ち出し、教会の御使いでも王座に座ることはできると言っている者がいるらしい」
オズワルドは腕を組み、椅子に背中をあずけた。
「貴族の中で起きていた派閥争いが、教会まで巻き込みはじめた。発言権の強い教会まで取り込まれれば、第一王子も危ういだろう。そして、教会と王族の間にいる君の父親の立場も、別の者に渡されるだろう」
オズワルドは笑みを浮かべながら、こちらを見る。
「……リリアン。そういえば、君は養女だったね?」
彼の言葉に目を見開く。その情報は親類の中でも一部の者しか知らないはずだった。どうして彼が知っているのだろうか。
「生粋の貴族じゃない君のことを、周りはどう思っているのかな」
オズワルドはにこりと笑う。脚を組み、じっとこちらを見つめた。彼の瞳が鋭く感じる。何も答えられずにいると、彼はおどけた表情をした。
「おや、もしかして知らないのかな」
オズワルドは目を細める。そして、優しい口調で言った。
「大丈夫。君も君の秘密も守るよ。……俺は君の味方だからね」
その言葉はまるで脅しように聞こえた。
リリアンが自室に戻ると、レジーナがベッドに座って待っていた。
「あら、遅かったわね」
彼女はそう言って立ち上がると、リリアンの手を取った。そして、じっと手首を見る。
「まだ何もないのね。つまらない」
レジーナはパッと手を放すと、またベッドに腰を掛けた。彼女は脚を組むとこちらを見上げた。
「それで、あの男とどんな話をしたの?」
「あの男というのは……オズワルド様のことでしょうか?」
「そうよ」
「レジーナ様はどこかでお話を聞かれているのかと思ってました」
「私だって忙しいの。あなたにばかりかまっていられないわ」
どうしてレジーナがオズワルドとの会話を気にするのだろうか。彼女がリリアンの手首に見えないリボンを結びつけたのもオズワルドと話をしたあとだった。
彼女は何を気にしているのだろうと気になりながらも、今日の会話を口にする。
「教会の話と……あと、公爵の養女にならないかとお誘いを受けました」
「へえ、あなたを欲しがるなんて物好きがいるのね。……それとも、オズワルドっていう男の差し金かしら?」
「どういうことですか?」
レジーナは頬杖をして、楽しそうに口端を上げる。
「あなた、あの男に気に入られているのでしょう? でも、公爵位の人間は子爵位の人間と結婚ができない。だから、あなたと結婚するために、公爵家の養女にしようとしたんじゃないかしら?」
「そんな……考えすぎですよ」
「あなたは人を信じすぎなのよ。もう少し人を疑うことも覚えなさい」
彼は面倒見の良い先輩だ。いつだって自分のことを気にかけてくれる……と思っていた。
彼はリリアンが養女だと……元平民だと知っていた。それをまるで脅すようにして口にした。
「そういえば……」
顔を上げて、レジーナに問いかける。
「レジーナ様はロザリーという女王をご存じですか?」
彼女はじっとこちらを見た。だが、そっぽを向くように視線を逸らす。
「……いいえ、知らないわ」
レジーナなら知っていると言うと思っていた。不思議に思いながらも言葉を続ける。
「教会がロザリーという女王を持ち出して、御使いになった第二王子が王座に就けると言い出しているようです」
「愚かなことを考えるものね。……本当、教会はいつも碌なことを考えないわ」
「ですが……教会にも何か考えがあるのではないでしょうか。メアリー様が何も考えないでそんなことを言い出すとは思えないんです」
その言葉にレジーナは睨むようにしてこちらを見た。
「教会とメアリーは切り離して考えなさい。教会のすることがメアリーの意志だとは限らないわ」
「メアリー様は教会の象徴で、代表ですよね?」
「象徴なんて、所詮教会のお飾りでしかないのよ」
レジーナは吐き捨てるように言うと、責めるような視線を向ける。
「教会は今、調子に乗っていることはわかるわよね?」
メアリーが偽物の象徴だと言われていることを思い出す。教会内部に浸透しつつある噂は彼女の立場を危うくしている。
「教会はこの国を乗っ取ろうとしているのよ」
「ですが、神の言葉を聞いているにも関わらず、どうしてそのようなことをするのでしょうか」
「……あのねぇ」
レジーナは何かを言い返そうと口を開いた。だが、少し考え直すような素振りを見せてから、こちらを見た。
「神の御使いだろうが、象徴だろうが、中身はただの人間。過ちだって犯すのよ。だから、あなたはメアリーのことを信じなさい。メアリーは自分の意志をもった象徴よ。彼女のことを信頼しているのなら、できるはずでしょう?」
その言葉がどういう意図で言ったことなのかわからなかった。
問いかけようと口を開こうとすると、レジーナはリリアンの唇に指を当てた。
「質問ばかりしてはダメよ。自分で考えなさい」
彼女はそれだけ言うと、ふわりと姿を消した。




