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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
4章

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32話 お礼の代わり


 リリアンは迎えの馬車に乗り込み、オーガスト大公の家へ向かった。


 養母のナタリアと一緒に、彼女の友人のお宅へお邪魔することは何度かあったが、リリアンが一人で人の家にお邪魔することはほとんどなかった。


 馬車が進んでいくほどに、周りの景色が変わっていく。都市の家であるにも関わらず、一つ一つの家は大きくなり、庭が広くなっていく。この街は身分によって住む場所が異なる。オーガストは公爵だ。城に近いところに居を構えている。きっとこの中でも一際広い家なのだろう。


 ……粗相してしまったらどうしましょう。


 リリアンは不安な気持ちを抱えながら、馬車に揺られた。


 公爵家へ着くとオズワルドとオーガスト公爵が迎えてくれた。想像していたよりもはるかに広い家に圧倒されてしまう。

 家の中に案内され、応接間に通された。家の中はリリアンの家よりもずっと広く、高級そうな調度品も置かれていた。

 自分だけ場違いなような気持ちになりながら、テーブルに着いた。


 オーガストはリリアンを迎えると目元に皺を作って笑みを浮かべた。鼻の下の白い髭が彼の口と一緒に動く。


「久しぶりだね、リリアン。今日は来てくれて嬉しいよ」


 その眼差しはとても柔らかく、優しそうな印象を受けた。以前、自分を食べようとしていた人に見えない。


「君のような若い子と話すのは久しぶりだよ。さて、何を話そうか……」


 自分から何か話題提供した方がいいのだろうか。頭の中で色々と考えてみるが、何を話したら良いかわからない。頭から湯気がたちそうな気持ちでいると、オズワルドがくすくすと笑った。


「大公、僕も若いですよ。忘れないでください」


 彼の言葉にオーガストは口を大きく開けて笑った。


「そうだった、そうだった。君は妙に大人びているから、忘れてしまうな。じゃあ、年の近い君に話題提供してもらおうか」


 オズワルドは「まったく」と言いながらこちらに目を向けた。


「リリアンは本が好きだよね。よく図書館に行くのを見かけるよ」


 話題を投げかけてもらい、ホッと息を吐いてその話題に乗った。


「はい。物語を好んで読みますが……知らない場所や地域のことが書かれている本が好きですね。自分が知らないところがまだたくさんあるんだと思うと、とてもドキドキします」


 オーガストは大きく目を開くと、嬉しそうに微笑んだ。


「それはいいね。私も本は好きだ。自室の隣には書斎があって、よくそこで本を読むんだよ」

「書斎! それは素敵ですね」

「ありがとう。昔は自分でも書いてみたいと思って、たくさん本を集めたんだ。だが、文才がなくてまったく書くことができなかったよ」


 本を書いたことがある……それを聞いて、ウィリアムを思い出した。彼の話題を出したら、興味を持ってくれるだろうか。


「そういえば、私の友人も本を書いていました。一度、読んだことがあります」

「ほお、どんなお話かな?」


 彼は興味深そうに身を乗り出す。リリアンは視線を上げながら、彼の書いた物語を思い出した。


「戦争の時代の……小さな男の子の話でした。おそらく、百年前の戦争を題材に書いたのでしょう。国同士が土地を巡って戦争をしていました。たしか、相手の国はとても強く、多くの土地を手に入れていました」


 その話を聞いて、オーガストは白い眉を上げた。


「おや。土地を多く手に入れた国があるのなら、百年前の戦争ではないだろう。あの戦争は大きく土地が動いていない。……もしかすると、神に愛された女王のときのことを参考にしているのかもしれない」

「象徴が女王になったことがあるのですか?」

「ああ、三百年ほど昔の話だ。長くその座に就いていなかったが、土地を広げて国を豊かにした女王だ。出来事は有名だが、その女王の名前はあまり有名ではない」

「そうなのですね。私、勉強不足で……」

「君はこれから学ぶことがたくさんある。少しずつ色んなことを知ればいいよ」


 二人の会話を聞いていたオズワルドが口を開いた。


「その友人というのは、ウィリアムとルシル、どちらだい?」

「ウィリアムです」

「そうか……」


 彼は真剣な顔で考え込む。何か気になることでもあるのだろうか。

 オーガストは口元に笑みを浮かべると、軽く手を叩いた。


「そうだ。本が好きなら、私の書斎をお見せしよう」

「いいのですか?」


 顔を輝かせると、彼はまるで孫を見るように笑みを浮かべる。


「もちろんだとも。ついておいで」


 そのあと、オーガストとはたわいのない話をした。学校のこと、勉強のこと、好きな本のこと。書斎ではいくつか本を見せてもらった。あまり多く出回っていない本も置いてあり、宝庫のように感じた。


 好きなことを話すのは、思っていたよりも時間が早く過ぎた。


「本日は本当にありがとうございました。楽しかったです」


 素直にお礼を言うと、オーガストは満足そうにうなずいた。


「それはよかった。私も楽しかったよ」


 お礼を言ってお暇しようとすると、オーガストは目を細めた。


「もしよければ、うちに来ないか」

「えっと……?」


 言葉の意味がわからなくて、首をかしげる。オーガストはじっとこちらを見ていた。


「本当のことを言うと、私は君のことが気に入ったんだ。君と話せて、とても楽しかった。実は、私は子が手元から離れてしまって一人なんだ」

「また遊びに来るなら、いつでも……」

「いや、私の娘になってほしい」


 先ほどまで優しかった瞳は、まるで獲物を狙う獣のように鋭くなる。初めて会ったときのように、こちらを捕食しようとしている目だ。


「君に出会えたのは、きっと神のお導きなのだろう」


 彼はそう言って、口元に笑みを浮かべる。笑っているはずなのに、その表情はとても恐ろしく見えた。


「えっと、その……」


 助けを求めるようにオズワルドを見た。だが、彼は何も言わず、成り行きを見守っている。


 ……ああ、最初からこれが目的だったんだと気づいた。話し相手ではなく、大公の養子になることが、彼の求めるお礼だったんだろう、と。


 再度、オーガストと向き合うと、彼は目を細めた。


「君が私に出会えたのもまたそうだと考えているよ」

「……どういうことでしょうか」

「君のご家族は教会に関わる仕事をしているね」


 オズワルドが教えたのだろう。彼の言葉にうなずく。


「……はい」

「君も知っているだろう。第二王子の話だ。彼は幼いころに体が弱かったこともあり、後継者教育がままならなかったが、公爵家の娘の子だ。対して、第一王子は伯爵家の娘の子。本来なら爵位の高い第二王子が後継者になってもおかしくなかった」


 ウィリアムに聞いた話と同じだった。第一王子と第二王子の間には溝がある。


「第一王子の派閥が彼を排除しようと動き出した。だが、神の悪戯か、第二王子は御使いとして教会へと入った。本来なら後継者候補から外されたと考えられるが、第二王子派閥は過去の例を持ち出した。先ほど話した……教会の象徴でありながら、王座に君臨した女王だった。象徴が王になれるのなら、御使いもなれるに違いないと言い出したんだ。むしろ、神の使いである第二王子こそ、その座にふさわしいと」


 オーガストは眼光を鋭くし、こちらを捉える。


「第二王子派閥が動き出す。君の家もまた、大変になるだろう。だが、私の息子は教会に入っている。こちらから指示することも可能だ。……君は賢い子だ。自分の取るべき行動はわかるね?」


 家を助けてほしければ、養女として来い、ということなのだろう。

 神のお導き、というにふさわしかった。それしか選択肢がないのだから。

 謹んで受けようと思った。それが家族を救う方法なら、自分はそれに従うだけだ。


「……私は」


 その瞬間、ルシルとの約束を思い出した。礼を取ると、彼女との合言葉を口にする。


「一度、考えさせてください」





 帰りはオズワルドが送ってくれた。彼は馬車の中でいつものように笑みを浮かべた。


「まさか君が一度話を持ち帰るなんて思わなかったよ。君にとってもいい話だと思ったんだけど」


 先ほどのオーガストのお誘いは、オズワルドも噛んでいたのだろう。だから、警戒していた彼と会わせることにした。


「せっかくの提案を保留にしてしまって、申し訳ございません。でも、家族に相談したくて……」


 今までの自分だったら、自分から行動することを躊躇っただろう。誰かにこうしろと指示されれば、身を任せるように従った。それに、自分が家族から離れる手段として飛びついたかもしれない。


 けれど、今のリリアンにはそれができなかった。


「……大切な人たちの意見を聞きたいんです」

「…………」


 オズワルドは表情を変えないまま口を閉じた。

 普段なら、いろんなことを話してくれる彼が黙ったままなのは、少し怖いと感じた。


 怒らせてしまったでしょうか……。


 そう思いながら、彼の顔を窺う。彼は視線だけこちらに向けると、口を開いた。


「君は、ロザリーという女王を知っているかい?」



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