レジーナの話
教会の奥には、一部の者しか入れない部屋がある。合鍵は存在せず、唯一の鍵は選ばれた者に引き継がれていく。
そこに入ることを許されているのは、教会に古くからいる老齢の御使いの女性。彼女は年期の入った鍵を鍵穴に入れると、静かに扉を開けた。
部屋はあまり広くない。だが、中に置かれている家具は高貴なものが多かった。
「ごきげんよう」
ローブを深くかぶった少女が口元をキュッと吊り上げる。髪型も目元も隠れており、口元や体つきから少女であることしかわからない。その場に合わない黒いドレスを着ており、袖から白い手が見えていた。
「お待たせいたしました」
御使いの女性は腰を落として礼の姿勢を取る。少女に促されて、向かいの席に座った。御使いの女性は少女の方に目を向けると「あら」と声を漏らした。
「何か良いことでもあったのですか?」
「あら、わかる?」
少女は「ふふん」と鼻を鳴らすと、足を組んだ。
「とても面白いおもちゃを見つけたの」
「面白いおもちゃですか」
「ええ。私が何を言っても、本当のことを信じなさそうだった子が、少しずつ私の言葉を信じはじめている。これは大きなことよ」
少女……レジーナはリリアンのことを思い出す。
教会のことを信じて疑わなかった彼女が、メアリーという彼女にとって重要人物の危機によって、その考え方を変えはじめている。見ていればわかるが、彼女が信じていたのは教会ではなく、メアリーだ。彼女が教会に害を及ぼされれば、どちらを取るのかは明白だった。
「不思議とあの子の周りには人が集まる。まるで、神に愛されているかのように……いえ、もしかしたら、愛されているのかもしれないわね?」
リリアンが神に愛されている可能性はゼロではない。その可能性を含めて、今後のことを考えるべきだ。
「……愛されているのであれば、利用価値がある」
特別な魂は、神に愛される性質を持っている。そして、人を惹きつける力も持っている。多くの国民を魅了して国を率いた者もいれば、国を傾けた者もいる。表には出て来ずに周りの人に恵まれて、人としての一生を終えた者もいる。
同じ魂ではない。すべて別の人間だ。人の魂は、一部例外を除いて転生することはない。
「どなたのお話かは存じませんが……まるでロザリー様のようですね」
御使いの女性がポツリと呟く。それを聞いて、レジーナは眉間に皺を寄せた。
「……そうね。あの子はロザリーにそっくり」
レジーナが顔を上げると、御使いの女性は姿勢を正した。
「では、これからはどのように」
「メアリーが裏で動いていることは知っているわ。でも、それは私にとって不利にはならないから、続けさせなさい。それと、そうね……」
レジーナは考える素振りを見せると、鼻の上に皺を寄せた。
「アルバート、あいつのことは見張りなさい。最近は勝手な行動が過ぎるわ」
「そうですね。彼は今でも私の意見を聞きますが、すべては聞き入れません。どうやら、私があなたと繋がりのあることを察しているようです」
「そんなことも察せないような管理者はいらないわ。気づいて当然よ。彼の行動でメアリーに害が及ぶ可能性はあるかしら?」
その言葉を聞き、御使いの女性は表情を変えないまま、淡々と答える。
「以前からメアリー様は一部の御使いからの評判がよくありません。ですが、今はアルバート様が手を出さないように、目を光らせています」
「たしかに、中途半端に手を出されて、変に尻尾を掴まれては困るものね。つまり、アルバート次第ということかしら」
「……それに、彼は誰かに相談し、意見をもらっているようです」
レジーナは首を横に振って、憐れむように、あきれたように大きく息を吐いた。
「可哀想な子。誰かの下についていなければ行動できないように教育されたのね」
アルバートは送り込まれた人間だ。だが、指示を出していた者が亡くなってから、その指標をコロコロと変えている。
レジーナは部屋の中を見渡す。誰の部屋でもないのに、常に整えられている。ずっとレジーナが使い続けている部屋だ。
教会は神のもとで人々を導いていると謳っているが、実際には人々の私利私欲にまみれた場所となっている。本当にそれが正しい姿なのだろうか。
……いいえ、正しいはずがないわ。
レジーナは気持ちを入れ替えるように深呼吸をすると、姿勢を正した。
「ほかに何か伝えておくべきことはあるかしら」
御使いの女性は「そういえば」と思い出したように口を開く。
「彼はリリアンという子爵家の令嬢と接触したようです」
「あら、そうなの?」
レジーナは常にリリアンのそばにいるわけではない。時折様子を見ては、その変化を楽しんでいるだけだ。どうせ、いつかは食べてしまう。
何より、彼女にもやらなければならないことがあった。
「彼女に興味を示されていました。もしかすると、彼女をあなた様と勘違いされているのかもしれません」
「……なるほど。そうね。あの子はロザリーに似ているというのなら、使えるかもしれないわ」
レジーナは脚を組み替えると、考えるように腕を組んだ。
「まずは、あの子が象徴候補だと認識させなくてはいけないわね……」
「教会内でも、何か情報を流しますか?」
「必要ないわ。すでに、メアリーが偽物だと噂されている。この機会を逃すと思えないわ。逃したら、無能よ」
「では、ほかに何か方法がおありで?」
そう問われて、レジーナは楽しそうに口元を歪める。
「思うように動いてくれるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。人は予測ができないから、都度調整が必要なものよ。だから、あなたが必要なの」
視線を向けられて、御使いの女性は立ち上がり、腰を落として礼の姿勢を取った。
「神に代わって、教会に助言をしてくださるあなた様のことを、私はとても感謝しております」
そんな彼女にレジーナは労いの言葉をかける。
「あなたのような人がいるから、私がこうして行動できる。……信頼しているわ」
レジーナの言葉を聞いて、御使いの女性は誇らしそうに笑みを浮かべた。
教会の暴走、偽物の象徴の噂、そして信仰者の不安。今まで絶対とされていた教会の立場が危うくなり、少しずつ状況が変わりつつある。
ここまで教会が揺らいだのは珍しい。この機会を逃すわけにはいかない。
「今こそ、変わるときよ」
行動し続けなければならない。……教会を潰す、その日まで。
読んでいただきありがとうございます!
3章はここまでとなります!
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