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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
3章 偽りの象徴

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23話 人と過ごす時間


 一人でいることの多いリリアン、平民の特待生のルシル、そして誰とでも隔てなく接するウィリアム。

 元々異色な組み合わせだったが、試験用紙のことをきっかけに、三人に話しかけて来る人は極端に少なくなった。ウィリアムもほかの友達と一緒に行動することが多かったが、最近ではずっとリリアンたちといる。


 リリアンは教室で勉強しながら、遠巻きでこちらを見ているウィリアムの友達を見て息を吐く。


「ウィリアムは友人が多かったですのに……」


 肩を落とすと、ウィリアムは気にした様子もなく言った。


「偽情報鵜呑みにして離れていくやつらだったってことだよ。特に気にしてない」

「でも……」

「大丈夫だって」


 ウィリアムは本当に気にしていない様子だった。


「リリー。次はこの問題を……」


 ルシルがノートを指さして口を開くと、ミランダが声をかけてきた。


「リリアンさん……」


 彼女は少し落ち込んでいる様子だった。


「どうかしましたか?」

「あなたのこと、守れなくてごめんなさい。試験用紙のときのこと……あなたは関係ないとわかっていたのに」


 ミランダは近くにいる当事者二人が見えていないようだ。


「私たちだって関係ないんだけどねぇ……」


 ケンカになりそうなルシルを遮るように、リリアンは言う。


「あれは私が自分で巻き込まれに行ったんです。ミランダさんは悪くないですよ」

「でも……」

「私は二人と一緒に頑張れて嬉しいですよ」


 そう言って二人を見る。目を向けられて、二人は少し照れくさそうに笑った。


「そうだな。俺たちもリリアンと一緒に頑張れて嬉しいよ」


 その様子を見ていたミランダはポツリと呟いた。


「……わからない」


 彼女はウィリアムとルシルを軽蔑するような目で見ていた。


「どうしてそんな者たちと関わるの? 自分の立場だって危うくなるかもしれないのに」

「お前な……」


 文句を言いそうなウィリアムを制して、リリアンは彼女を安心させるように微笑む。


「大丈夫ですよ。みんなで頑張っていますから」


 彼女は眉をひそめて咎めるような口ぶりで言った。


「オズワルド様に迷惑がかかると思わないの?」


 突然のオズワルドの話題にリリアンは戸惑う。


「どうしてそこでオズワルド様が出てくるのですか?」


 ミランダは慌てて口を塞ぐ。


「何でもないわ」


 彼女はそう言うと、逃げるようにどこかへ行ってしまった。




 三人で勉強したあとも、家に帰って自室で勉強をする。二人に頼ってばかりではいられない。部屋では白百合が咲いている。それを見てからノートに目を戻すと、扉がノックされた。

 入ってきたのは仕事を終えて帰宅したアレクシスだった。


「リリーが勉強しているって聞いてね。何か手伝えたらって思ったんだ」


 使用人が椅子をもう一つ運び入れてくれる。彼はそれに座ると、机のノートを覗き込んだ。


「お仕事帰りなのに、良いのですか? 最近帰りが遅いですし、お忙しいのでは……」

「大丈夫。それに、リリーが家で待ってると思うと頑張れるんだ」


 その言葉にリリアンは頬を緩める。


「義兄様は、勉強はお得意ですか?」

「少しだけ。私は体を動かす方が好きだからな」


 そう言う彼にリリアンはくすくすと笑う。


「義兄様は武術を教えるのが上手でしたものね」

「でも、リリアンは私が教える前から剣の握り方を知っていたな。どこかで習っていたのか?」


 子どものころ、ルシルに武術を教えてもらっていた。木剣を少し振り回したり、反射神経を鍛えたり、剣を持った相手に対抗する術を教えてもらったりと、護身に近いものだった。あの頃からルシルは少し……お転婆だった。


「はい。前に友達に少しだけ」

「そうか」


 アレクシスは頬を緩ませると「それにしても」と口を開く。


「リリーが勉強をするのは珍しいな。昔から君は何に対しても、自分から何かをしようとしなかったから」

「……そうですね」


 過去に罪を背負った自分が何かをしようとするのが怖かった。自分の意志で何かをすれば、また誰かに迷惑をかける気がしたからだ。


「けれど、一緒にやろうと言えば参加してくれたよな。武術もそうだ。嫌々ではなく、楽しそうに参加してくれている様子を見れば、興味がないわけじゃないんだろうってわかった。じゃあ、どうしてやらないんだろうと考えたけど、私にはわからなかった」

「義兄様はそんなにも考えてくださっていたのですね」


 アレクシスは目を優しく細めてうなずく。


「リリーのことはいつも考えている。大切な妹だからな」


 彼はいつも気遣ってくれていた。よその子であるにも関わらず、優しくしてくれ、本当の妹のように接してくれる。それが嬉しくて……けれど、なかなか受け入れられずにいた。そんな自分が心を開くのを、義兄はずっと待っていてくれていた。


「……私はまだ、義兄様が優しくしてくれることが不思議に感じます」

「どうして?」

「私が家に来たばかりのころ……本当はあまり良く思っていなかったでしょう?」


 リリアンが養女として家に来たとき、アレクシスは歓迎しなかった。そばにいても、まるで誰もいないように振る舞っていたのをよく覚えている。


 それを聞いて、アレクシスは苦笑をした。


「母様はずっと、二人目を欲しがっていた。その様子は息子の私から見ても異様だった。二人目がいなくても、私がいるのに。そんなことを思っていたんだ」


 リリアンが来るまで、アレクシスは一人息子だった。おそらくナタリアの愛を一身に受けていたのだろう。


「そんなとき、君が突然現れた。知らない子がまるで家族のような顔で家にいたんだ。それに……母様の関心を君が全部受けていたからね。子ども心に嫉妬していたんだ」


 その言葉に視線を下げる。わかっていたことだった。それを彼の口から聞くのは少し胸が痛かった。


 アレクシスは優しい瞳でこちらを見ると「でもな」と言葉を続ける。


「リリーはそんな私にも優しくしてくれた。覚えているか。君が私を助けてくれた日のこと」


 そう言われて思い出す。きっとあの日のことだろう。……リリアンが養女になってから三か月目くらいのことだった。


「母様から二人で教会に行くように言われたとき、君が後ろからついてくるのを気づいていながら、私は一人で出かけようとした。君を置いていこうとしたんだ。そのとき、知らない人間が私の前に現れて……突然斬りつけてきた」


 その日は家の馬車がすべて使われており、別の馬車を用意した。その馬車が少し離れた場所に停まったと聞いて、二人でそこまで歩いているときのことだった。その馬車から降りてきた男に、アレクシスは突然斬りつけられた。


「少し出かけるだけで、護衛などつけていなかったから……使用人たちはみんな怖がって動かなかった。でも、君だけは違った」


 アレクシスは目を細めて懐かしそうに言う。


「刃物を持った相手にも関わらず、君は庇うように私の前に立った。震える足で立ちながら、両手を広げていた小さな背中を今でもよく覚えているよ」


 結果として、男は目の前に立ったリリアンに気を取られた。その瞬間を利用して、使用人が取り押さえた。戦う術を持っていなかった自分が悔しくて仕方がなかったことを覚えている。


「私は何もできませんでしたよ。それに義兄様は……養母様の大切な息子でしたから」

「君だって、母様の大切な娘だろう? あのときは嬉しかった。君が必死になって私を守ろうとしてくれた。それに、傷ついた私を助けようと、近くに停まっていた見知らぬ馬車に声をかけに行ってくれて……君がいたから、助かったんだ。でも、もうあんな危ないことはしないでくれよ」


 アレクシスはそう言いながら、そっとリリアンの頭を撫でる。その手が優しくて……目を細めた。


「そういえば。リリーはオズワルド様とまだ関わりがあるのかい?」

「オズワルド様、ですか?」

「ああ。あの方があの場を助けてくれたからね。しばらくずっと気にかけてくださっていただろう」


 リリアンが助けを求めた馬車に乗っていたのはオズワルドだった。当時はあまり関わりがなく、彼が公爵家の人間であることを知らなかった。公爵家の子息に助けを求めたことに、使用人たちの間ではアレクシスが斬りつけられたときよりも緊張が走った。


 結果として、オズワルドはアレクシスとリリアンを馬車に乗せ、医者のところまで運んでくれた。彼のおかげで、アレクシスはすぐに治療を受けることができた。


 それ以来、彼はリリアンをやたらと気にかけてくれるようになった。


「とても優しい方ですよね。今でも気にかけてくださいますよ」

「それにしても、彼はどうしてあの場にいたんだろうね……」


 アレクシスはポツリとそうこぼした。


 リリアンたちが住む都市部の家は、近い身分の者たちが近くに住んでいる。そのため、公爵家の人間がわざわざ足を運ぶような場所ではない。だが、彼は用事があって、あの場に馬車を停めていたと言っていた。その用事がなんだったのかまでは詳しく聞いていない。


「いや、でも、助けてくれたんだ。気にしてはダメだね」


 アレクシスはごまかすように首を横に振った。



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