18話 友達の資格
「過去は欲しいものを手に入れるための道具……」
昨日、レジーナと話したことを思い出す。
自分は過去に許されないことをした。今いる場所も自分にはふさわしくない。けれど、『今』の自分はどうしたいのだろうか。
リリアンはいつもより早く教室に着くと、一番にルシルの姿を探した。
「ウィリアム。ルシルを見ませんでしたか?」
席で欠伸をしていたウィリアムに声をかけると、彼は慌てて口を閉じて返事をしてくれた。
「ルシル? 教室に着いたときには見たけど……そういえば、いないな」
教室にいたということは、休みではないのだろう。少し、教室を離れているだけかもしれない。
「……ちょっと、見てきます」
鐘が鳴るまでにはまだ時間がある。が教室を出ようとすると、ウィリアムも立ち上がってついてきた。
「一緒に探すよ」
「いえ、でも……」
「リリアンとも少し話したかったんだ……一緒に行っていい?」
何の用事だろうか。不思議に思いながらも、了承した。
「わかりました。……ありがとうございます」
二人は教室を出て、ルシルの姿を探す。学園に来たばかりだ。あまり遠くまで行ってないだろう。
廊下で話している生徒たちの顔を確認しながら歩く。ウィリアムはあたりを見渡しながらも、ちらちらとこちらの様子を窺っている。彼は少しためらいながらも口を開いた。
「……リリアンとルシルは友達だったの?」
彼の言葉にリリアンは困った表情をして小さく笑う。
「どうなんでしょう……昔はよく一緒に遊んでいました」
「一緒に遊んでいたなら、友達だと思うけど……。その状態で友達じゃないって言われたら、俺だったら落ち込むと思う」
「でも、何年も会っていませんでしたから……」
リリアンが貴族の養女になったとき、周囲の人に別れを告げずに家を出た。ルシルに対しても同様だ。そうやって勝手に姿を消した人間がまだ友達でいたいだなんて言えるだろうか。
ウィリアムは納得できないといった表情で腕を組んで首をかしげる。
「リリアンは深く考えすぎてるんじゃないかな。ルシルはそんなこと考えてないよ。ただ、また仲良くしたいだけだと思う」
「そうだとしても……今の私は友達にふさわしくないですから」
「どうして?」
「ルシルは……昔から特別な子でした」
昔のルシルは少しお転婆だった。可愛らしい顔をしていたが、兄と一緒に剣を習いたがり、一人で木剣を振り回していた。大人たちが眉をひそめても気にしない。それが彼女らしくて、憧れた。羨ましかった。
「自分のしたいことのために、突き進んで……とても、かっこよかったのです」
そんな彼女は今、女性らしさも身につけた。それも彼女の努力によるものだ。自分とは違って、したいことを見つけ、努力していく彼女がとても眩しく思えた。
「だから、私は彼女の友達にふさわしくないのです」
頑なに認めないでいると、ウィリアムはガリガリと頭を掻く。
「ふさわしいねぇ……そんなこと言ったら、こうやってリリアンを困らせている俺の方がふさわしくないのかも」
「そんなことはないです! ウィリアムはとても優しくて、私のことも気にかけてくれて……私の友達にはもったいないです」
ウィリアムは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
「なんかそれ、俺と友達になりたいって言っているように聞こえるんだけど」
「それは……」
「リリアンは俺のこと、どう思ってる?」
胸元で手をぎゅっと握り締める。気持ちを言葉にするのは難しかった。最初はただの同級生だと思っていた。適度な距離を取ってくれて、気遣ってくれて、優しくしてくれて……気づけば、距離が近くなっていた。
「ウィリアムと話すことは楽しいです。こんな自分と分け隔てなく接してくれることは嬉しくて……。だからもし、あなたが愛想を尽かして離れていったら、仕方がないと思いますが……とても悲しいと思います」
彼が自分から離れていくことを想像することができなくなっていた。いや、想像したくなかった。そんな自分の変化に戸惑っていると、彼は小さく笑った。
「はははっ。……ねぇ、リリアン。もうそれは友達ってことでいいんじゃないかな?」
彼は優しい笑みでこちらを見る。けれど、リリアンは首を横に振った。
「で、でも、私は友達の資格がなくて……」
「資格なんていらないよ。お互いが友達になりたいって言ってるんだ。どうして成立しないの?」
ウィリアムはリリアンをまっすぐ見る。金色の瞳には熱さを感じる。
「ねえ、リリアン」
彼はこちらに手を差し出した。
「俺はリリアンと友達になりたい」
「私は……」
差し出された手を前に、上手く言葉が出ない。彼の気持ちに否定の言葉を返したくなかった。
……友達になりたいと言っても、許されるのでしょうか。
答えに困っていると、ウィリアムは眉を下げた。
「答えはいつでもいいよ」
そう言って、差し出された手が下がっていく。……その手をまだ取ることはできなかった。
「……ごめんなさい」
「大丈夫だから」
ウィリアムはうなずくと、当たりを見渡した。
「さて、ルシルはどこにいるかな」
彼はそう言いながら歩きはじめる。そのあとをついて行こうとすると、彼は足を止めた。
「おい、あれ……」
ウィリアムは一つの空き教室を指差した。リリアンたちが授業を受ける教室から少し離れた空き教室に、ルシルと数人の生徒がいた。
お喋り……をしているには、ルシル一人に対して、数人で取り囲んでいるように見えた。
不審に思って教室に入ろうすると、リリアンの腕をウィリアムが掴む。
「少し様子見をしよう」
そう提案されて、そっと教室の外から覗いた。
「平民のくせに、どうして神が用意した神聖な学び舎へ来ることができるのかしら?」
一人の女生徒の言葉に同調するように、男子生徒たちがうなずく。
「ここはお前みたいなやつが足を踏み入れていい場所ではない」
「平民は平民の居場所に戻るべきだ」
彼らはそう言ってルシルを責めていた。確かに貴族の彼らには平民と一緒に学ぶことは耐えられないだろう。そして、自分たちの意見が正しいと思っており、彼らにとっては正義なのだろう。
だが、ルシルは怯えることなくにこりと微笑む。
「学園側が特待枠を作りました。私はその制度に準じて来ただけですよ」
ルシルが言うことは正論だった。だが、彼らは納得がいかないようだ。
「納得してもらえないなら……」
女生徒がチラリと後ろにいる男子生徒に目を向ける。一人がどこからか剣を取り出した。その刃をルシルに向ける。
「一度、痛い目を見ていただいたほうが良いかしら?」
「あら……」
ルシルは困ったように頬に手を当てると首をかしげた。
「私を言い負かせる言葉を持ち合わせていないから、暴力で訴えようということですか? お貴族様って素敵ですね」
「貴様……」
男子生徒は剣を振り上げようとした。リリアンは思わず教室の扉を開けた。
「あの!!!」
リリアンの声に驚いて、そこにいた生徒はこちらを向く。瞬間、ルシルは目の前に立つ生徒の手を蹴り上げた。持っていた剣が地面に落ちる。
ルシルはその剣を足で蹴って柄を手に取る。
「おま……」
ルシルは手に取った剣を見て、刃を指で撫でる。
「本当に、素敵ですこと。剣で解決していいのなら、喜んで」
そう言うと、彼女は鋭い目を彼らの方に向けた。
「私のことが気に入らなくても、問題ありません。ですが、複数人で来るのは感心できませんね。私は投げられた手袋はいつでも拾います。……お待ちしておりますよ」
ルシルは落ちていた鞘を拾って、剣を収める。それを持っていたリボンでしっかり結んで剣が抜けないようにすると、床に転がした。
綺麗だと思った。自分とは比べ物にならない。人攫いに襲われたとき、リリアンも彼女に教えてもらった通りのことをした。だが、彼女ほど滑らかにできたか自信がない。
ルシルは満足そうに笑みを浮かべると、こちらへ歩いてきた。
「ルシル……」
「隙を作ってくれてありがとう。それじゃあ」
彼女はそれだけ言って、その場から立ち去ろうとする。
「あ……っ」
ルシルはリリアンの方を振り返らない。それを見ていたウィリアムが肩をすくめて、息を吐いた。
「俺たちも教室に戻ろう?」
ウィリアムに言われ、リリアンは小さくうなずく。
自分から距離を置いたはずなのに、離れていくルシルを見ると寂しく感じた。
放課後、帰りの準備をしていると、普段関わりのない女生徒に声をかけられた。
「リリアンさん。生徒会の方が生徒会室に来てほしいと言っていたわ」
「生徒会の方、ですか……?」
この学園には生徒会と呼ばれるものがある。生徒によって様々な行事を執り行うという、大人社会に入る前の予行練習のようなものだ。
その生徒会長は第一王子。そして、副会長は公爵家の子息であるオズワルドだ。
「どうして、私が生徒会の方に……? どなたでしたか?」
声をかけてくれた女生徒は首をかしげる。
「生徒会に関わる方は多いから、わからないわ……。生徒会室に来るように言っていたから、そうなんだと思ったんだけど……」
リリアンが関わりのある生徒会の人間はオズワルドだけだ。だが、生徒たちは彼のことを名前で呼ぶ。知らない者はいないからだ。
「そうなんですね。ありがとうございます」
オズワルドに関わることなのかもしれない。リリアンはお礼を言うと、荷物を手に取った。
「ウィリアム、今日は用事があるので、これで」
最近、帰りはウィリアムと一緒に馬車まで向かっていた。念のために声をかけると、彼は不思議そうな顔をした。
「珍しいな。用事か?」
「はい。生徒会室に……」
「生徒会室?」
ウィリアムはその言葉を聞いて、怪訝そうな顔をする。
「私もよくわからないのですが……。でも、大切な用事だといけないので、行ってみますね」
リリアンは手を振ると、彼を置いて教室を出た。
生徒会室は生徒たちが授業を受ける教室と向かいの校舎にある。職員室や教師たちの研究室と同じ棟だ。図書館へ行くにはその棟を通り抜けなければならないため、リリアンもたびたび足を運んでいる。
先日、レジーナによって魂を砕かれた悪魔の司書は退職したことになっていた。彼がいなくなったあと、誰が手続きしたのかわからない。彼の家族なのか、それとも……。
そんなことを考えていると、生徒会室に着いた。扉をコンコンと叩くと、中から扉が開かれる。
「お待ちしておりました」
そこに待ち構えていたのは、生徒ではなかった。
老紳士が椅子に腰かけていた。体格の良い体には立派な服を纏い、一目で身分の高い人間だとわかる。
その人のことはリリアンも知っていた。
この国に片手で数えるほどしかない公爵家のうちで一番歴史の長い家の当主。オズワルドが先日、話題に挙げていた人で、リリアンと関わりのないはずの人。
「……オーガスト大公」
彼はこちらに目を向けると、目を細めて立ち上がる。
「君がリリアンかね?」
白い髭を蓄えた口元が笑みを作った。




