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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
2章 後悔の先にあるもの

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17話 過去との向き合い方


 自分は本当ならば、貴族の娘になんてなれるはずがない。なってはいけなかった。


 自分の存在は本来あるべき姿を歪めてしまう。


 自分がいなければ、兄は正統後継者のままでいられた。婦人……養母のナタリアも平民の娘を貴族として育てることもなかった。それにも関わらず、自分の行動でまた何か悪いことが起きてしまうことを恐れ、自ら動こうともできない。


 周りを不幸にしてしまっているとわかっているのに。


 こんな過去をメアリーに話すことができない。リリアンが黙っているとメアリーは優しい口調で話しかけた。


「あなたはご自身が周りを不幸にしていると言いますが、私はそう見えませんでしたよ」


 メアリーはアレクシスが出て行った扉を見つめた。


「ご家族はあなたに優しい。それはあなたが家族に優しいからですよ」

「そんなことないです。私は家族も不幸にしているのです。だから、自分の過去と向き合うのが怖いんです」


 リリアンは下を向いてスカートを握り締める。そして、顔を上げてメアリーに向かって、無理やり笑みを作った。


「でも、暗いことばかり考えてはいけないですよね! ついつい悪い方向に考えてしまうのが私の癖で……」


 メアリーは優しい瞳でこちらを見ていた。無理しなくても良いと言われているようで、リリアンの笑みは崩れていく。


「私……」

「リリアン様。実は私にも強い後悔があります」


 驚いてメアリーの方を見る。彼女は優しい笑みのままこちらを見ていた。


「神に愛されているのに、ですか?」

「私だって、人なんです。象徴である以上、もっと自分を律すべきと思いますけど」


 メアリーは胸元に下がっている首飾りに触れた。彼女の瞳とは違う青い石の付いた首飾りだ。それを覆うように両手で包み込む。


「過去に囚われてしまう気持ちも、今や未来と向き合う怖さもわかります。けれど、恐れて何もしなければ、また後悔を生んでしまいます。今もいずれは過去になってしまうのですから」


 その言葉に思わず視線を下げてしまう。


 メアリーの言いたいことはわかる。こうあるべきだという理想があっても、リリアンは行動に移してこなかった。

 だから、ずるずると後悔を増やしている。


「過去も大切です。けれど、無理に過去と向き合う必要はありませんよ」


 メアリーは目を開いてこちらを見ると、にこりと笑んだ。


「自分の弱いところを見るのは辛いですものね。その代わり、今あなたのことを大切に思っている人たちを見てあげてください。きっとあなたのことを気にしていますから……」


 彼女はそう言うと、教会の出口に目を向ける。その向こうにはアレクシスが待っているのだろう。

 彼女は「それと」と言うと、少し拗ねたように唇を尖らせた。


「他者の不幸をあなたが決めないでください。少なくとも、私はあなたと接していて、不幸を感じたことはないんですから」


 メアリーの言葉にリリアンは眉を下げる。


「本当ですか?」

「本当ですよ。私はリリアン様とこうやってお話できるのがとても嬉しく感じています。……少し顔を上げてみてください。あなたの助けになりたい人はここにもいますから」


 レジーナの言葉と同じだった。


 顔を上げて、周りを見る。たしかに、自分にできていなかったことだ。


 目元が熱くなるのを感じながら笑みを浮かべる。その様子を見て、メアリーも微笑む。

 リリアンは彼女に礼をすると、出口まで歩いていく。


「リリー。もうよかったのか?」


 心配そうな表情で尋ねてくるアレクシスにうなずいて返事をする。


「はい。……義兄様、ありがとうございます」




 家に帰ると、ナタリアが出迎えてくれた。アレクシスは「ただいま」と言うと、そのまま自室に戻る。


「リリー。アレクとお話できたかしら?」

「はい。こうやって家族で教会に行くことはなくなってしまいましたから……嬉しかったです」

「まあ! 言ってくれればよかったのに! 私も一緒に行けばよかったわぁ」


 ナタリアはそう大袈裟に言ってから「ふふっ」と笑った。


「でも、仕方ないわね。昔からリリーは欲しいものも、やりたいことも、なかなか自分で言い出せない子だったもの」

「そんなこと……」

「あるわよ! ほら、今は恒例になっているけれど……お祝い事のときの白百合とか」


 ナタリアは懐かしそうに目を細める。


「欲しいものを言わないあなたを街に連れ出して、色々見て回ったの。覚えている?」

「はい。……初めて養母様とおでかけしたときの話ですよね。よく覚えています」


 養女になったばかりのころ、ナタリアは今以上にリリアンにかまいたがった。

 娘になったからとたくさんのものを買い与えてくれたが、リリアンの反応がいまいちなことを気にしていた。


「あなたの興味を示すものが見つからなくて困っていたら、じーっと何かを見つめていたの。それが花屋の白百合だったわ」


 ふと目に入っただけだった。けれど、ナタリアは目敏くそれに気づいて尋ねてくれた。


「白百合が好きなの? って聞いたら、毎年誕生日にもらっていることを教えてくれたわよね。……あまり自分のことを話さないあなたが初めて教えてくれたことだった」

「……もうたくさんのものをいただいていましたから。これ以上何かを欲しがるのは申し訳ないと思ったんです」


 そう言うと、ナタリアは腰に手を当てて「もう!」と唇を尖らせた。


「リリー、いいこと? 欲しいものは欲しい、やりたいことはやりたいってちゃんと口に出さないとダメよ。そうしないと、ずっと手に入らないんだから。私ももう一人子どもが欲しいと口に出していったから、こうやってあなたとも出会えたの」


 リリアンはその言葉に苦笑をする。


「口に出すと、偶然も味方するということでしょうか」

「いいえ、違うわ。教えてくれた人がいたのよ」

「え?」

「ある人がね、あの店にとても賢くて可愛らしい女の子がいて、平民にしておくのはもったいないって言っていたのよ。その人が教えてくれたから、私はあなたに出会えたの」


 初耳だった。自分のことをナタリアに伝えた人がいる。しかも、その人の言った言葉は、まるでリリアンを貴族にすることを勧めているようにも受け取れた。


「その人はどなたですか?」

「誰だったかしら……。あまり関わりのない人だったのは覚えているわ」

「貴族の方でしょうか」

「そうだったはずよ」


 リリアンは幼かったため、店に出ることはなかった。関わりがあったのは、家族と店の人、あとは繋がりのある商家の人くらいだ。

 ナタリアと顔を合わせたのも、リリアンがたまたま顔を出したからだ。そうでなければ、出会うこともなかった。

 貴族が自分を知っているはずがない。それなのに……自分を知っている人がいる。


「……私ね。あなたとご家族を引き離したこと、ずっと後悔していたの」


 ナタリアが小さくそう呟いた。驚いて見ると、彼女は少し泣きそうな表情をしていた。


「この家に来てから、あなたはご家族と連絡も取っていないわよね。知っているのよ。……ずっと私に気遣ってくれていたのよね」

「違いますよ、ただ私は……」


 合わせる顔がなかっただけ……連絡をするのがただ怖かっただけだ。

 ナタリアは前の家族に連絡することを反対しなかった。いつでも手紙が書けるようにと便箋を買ってくれた。それを使わなかったのは自分の意志だった。

 だが、ナタリアはそれを自分のせいだと思い、苦しんでいた。相変わらず彼女は不器用で、優しくて、弱い人だった。


「私のわがままにあなたを振り回してしまってごめんなさい。許してもらえるとは思っていないわ。あなたが成人したら……その先は好きなように生きていいわ。それまで、私の家族でいてくれるかしら?」

「私は……家族でいていいのでしょうか」


 リリアンはずっとわからなかった。


 ナタリアに求められてここに来たが、それが間違いだと今でも思っている。あのとき断っていれば……こんなにおかしい家族の形になることはなかったはずだ。


 ……私はここにいていいのでしょうか。


「いいに決まっているじゃない。私はあなたと家族になれて幸せよ。……本当に、幸せなの」


 彼女はそう言って、リリアンを抱き寄せる。彼女の体は柔らかくて温かかった。


「でも、リリー。あなたはもう少しわがままになっていいのよ」


 ナタリアはそう言って、涙をこぼした。





 リリアンが自身の部屋に戻ると、そこにはレジーナがいた。彼女は机に腰を掛けて、足をゆらゆらと揺らしていた。


「あら、帰ってきたの?」


 レジーナはリリアンの姿を捉えると、面白そうに微笑んだ。先日、怒っていたことを忘れているようだった。


「レジーナ様。来るならおっしゃってくださればよいのに」

「どうしてあなたの許可を取らなくてはならないの?」


 部屋には白百合が飾られている。一つは先日、家族からもらったもの。そしてもう一つは、誕生日に毎年もらうものだ。


「レジーナ様」


 リリアンはベッドに座り込むとレジーナに目を向ける。彼女は脚を組むとこちらを観察するように見ていた。


「何かしら」

「レジーナ様は向き合えない過去があった場合、その過去とどう接しますか?」

「はあ?」


 レジーナは機嫌の悪そうな声を出した。


「辛気臭そうな顔をして、何を言い出すかと思えば……」


 彼女はぶつぶつ文句を言うと鼻を鳴らした。


「過去はね、変えられないのよ。どうあがいたって、時間は戻せないの」


 レジーナは嫌なことを思い出したように顔をしかめる。


「だから、忘れてはいけないの。過去はどうしようもなくても、未来で同じことを繰り返したくない」

「レジーナ様にも、嫌な過去があるのですか?」


 その問いにレジーナは鼻で笑う。


「ええ。だから、今があるのよ。過去にずっと怯えてたって仕方ないの。なら、次は思い通りにしなくちゃ、もったいないでしょう?」

「思い通りに……」

「欲しいものを手に入れて、自分の望む選択をする。そのためなら、多少の労力は惜しまないわ」


 レジーナは胸を張って言う。だが、リリアンは「でも」と言葉を続けた。


「もし自分のしたいようにして何か悪いことでも起きたら……」

「どうして悪いことが起きると思うの?」

「……いつも悪いことが起きてしまうから」

「まだ何もしていないのに、なぜ次も悪いことが起きると思うのかしら」


 リリアンは答えられない。レジーナは気にした様子もなく言葉を続けた。


「まぁ、ある程度の予測を立てておくのは大切ね。でも、それは何かをするための予測よ。そのために過去の経験を見つめ直すのよ。過去も欲しいものを手に入れるための道具でしかないわ」


 自分と全く考え方が違った。

 同じように思い出したくない過去を持っているにも関わらず、向き合い方が違う。

 自分にはない考え方にリリアンは思わず息を漏らした。


「……レジーナ様は、とても素敵な考えをお持ちですね」

「あら、いまさら気づいたの?」


 褒められたのが嬉しかったのか、レジーナは「ふふん」と得意げに笑った。



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