13話 転入生
「……ルシル?」
リリアンが首をかしげながら言うと、その人は嬉しそうに笑みをこぼした。
「やっと、見つけた」
ルシルはリリアンの隣に歩いてくる。彼女の癖のある長い髪が揺れた。彼女は腰をかがめて、座っているリリアンに視線を合わせる。優しげな微笑みに、思わず息を飲んだ。
「どうして、ここに……」
「私、一生懸命勉強して、この学園の特待生になれたの。話したいことも、聞きたいこともたくさんある。……ねえ、リリー」
リリアンの手を取って両手で包み込んだ。そしてお願いをするように尋ねる。
「またあの頃のように仲良くしてくれる?」
……ルシルは自分の過去を知っている。
咄嗟に顔を伏せる。目を合わせられなかった。彼女を見ることは、過去の自分を直視するようで胸が痛くなる。
返事がないことに気づいて、ルシルはこちらを覗き見る。
「リリー……?」
そっと彼女の手から自分の手を抜いた。笑みを浮かべながら、はっきりと伝えた。
「ごめんなさい」
鐘が鳴ってから、教室にマルヴィナがやってきた。ルシルは彼女の隣に立っている。ルシルはおしとやかな笑みを浮かべたまま言葉を発さない。
「彼女はこの学園の特待生です。特待という枠で入ってきた以上、この学年の主席になります。みなさん、彼女に負けないようにね」
特待生という言葉を聞いて、生徒の反応は様々だった。興味深そうに見る人、見下すように彼女を見る人、どのように接するか計算をする人……。どんな目を向けられても、ルシルは堂々と立っていた。
特待生という立場は、主席でなくなればすぐに剥奪される。貴族が学んでいることを平民が勉強するのは無理に等しい。教えられる人がいないからだ。それにも関わらず、彼女はこの学園に入ってきた。そんな彼女にどう接するのか、生徒たちはまだ思案しているのだろう。
マルヴィナに促されて、ルシルは教壇の近くの席に座った。授業の準備のためにマルヴィナが教室を出て行く。
ルシルはさきほどまでの大胆な様子を隠し、猫を被ったように大人しそうな少女だった。
遠巻きに見ている者も少なくなかったが、美少女なために興味を持った人が声をかけている。向こうから近づくことができないことに、リリアンは安堵した。
「あの転校生と知り合いなのか?」
ウィリアムが声をかけてきた。友達がルシルに話しかけに行ったことで手持無沙汰になったようだ。
どう返事をしようか悩んだ。けれども、ウィリアムには嘘を吐きたくなくて、曖昧な返事をする。
「……ええ」
「王宮御用達の商家の娘と?」
ルシルの家名を聞けば、知らない人はいない。彼女の家は食器類を売り物としており、王宮でも使われている。上級の貴族しか持てないほど高級な品物であり、子爵家の令嬢であるリリアンと関わりがあるはずがない。
「そうですね」
そう返事するしかなかった。困ったように笑って何も言わないでいると、ウィリアムはそれ以上聞いては来なかった。
その日はルシルを避けて一日過ごした。リリアンが一人でどこかへ行ってしまえば、まだ学園に慣れていない彼女は探すことができないらしく、朝の接触以降、顔を合わせることはなかった。
そのため、帰りを狙っていたのか、迎えの馬車へ向かおうと歩いていると、後ろからルシルが追いかけてきた。
「リリー」
ルシルは細い眉を下げて、こちらをじっと見つめた。
「どうして私を避けるの?」
捨てられた犬のような表情に、つい目を逸らしてしまう。
ルシルを避ける理由があった。けれども、それは自分勝手な理由であり、彼女には関係のないことだ。それを口にするのは気が引けて、何も言うことができない。
「……ごめんなさい」
ただそれだけを返すと、ルシルは優しい声で尋ねる。
「……私、あなたに何かした?」
「ルシルは、何もしていないですよ」
「じゃあ、どうして――」
ルシルが言葉を重ねようとすると、後ろから誰かに声をかけられた。
「――こんなところで立ち止まってどうしたんだ?」
声のする方を見ると、そこにはオズワルドがいた。
ここは正門に続く道の途中だ。生徒たちが帰りの馬車へ乗るために歩いている。彼らは不思議そうな目でこちらを見えていた。
オズワルドはルシルを一瞥すると、リリアンを見た。
「一緒に帰ろう。送っていくよ」
彼はそう言って、リリアンの手を取ろうとする。話を遮られて、少し不満そうな顔でルシルは彼に向かって口を開こうとした。
「ルシル、だめですよ。彼は公爵家の方ですから」
ルシルはその言葉に口を閉じる。そして睨みつけるようにオズワルドを見た。彼はそんな視線に気づいていないように、リリアンの手を取る。
「おいで」
リリアンは促されるまま正門に向かうと、オズワルドの馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出すと、オズワルドは謝罪を口にした。
「突然連れ出してごめんね。困っているようだったから」
リリアンは馬車の窓からルシルを見る。彼女はこちらを見ながら、立ち尽くしていた。それを見てから、オズワルドの方に目を向けた。
「いいえ。お気遣いありがとうございます」
「友達と喧嘩でもしたのかい?」
オズワルドの問いにリリアンは首を横に振る。
「……私が悪いのです」
オズワルドは小さく笑う。
「そうやってすぐに自分を責めるのは、君の悪い癖だ」
彼はうつむくリリアンの顔を覗き込む。
「せっかくの幼なじみなんだから、仲良くできるといいね」
どうして自分とルシルが幼なじみであることを知っているのだろうか。それを尋ねようとすると、オズワルドが先に口を開いた。
「そういえば、君はオーガスト大公と顔見知りかい?」
「オーガスト大公ですか?」
その名前に聞き覚えがあった。
この国に片手しかない公爵家のうちで一番歴史の長い家の当主、オーガスト。年齢不詳で、王が子どものころにはすでにその座にいたといわれている。そのため、子のように可愛がっていた王に対しても強い影響力を持っている。
社交の場でよく見かけるため、顔は知っている。だが、彼と直接、話をできるような身分ではない。
「いいえ。あちらも私のことをご存じではないでしょう」
「そうだよね……。大公が君のことを聞いてきたんだ。どのような子なのかと」
「何かの間違いではないでしょうか。その……どなたかと間違えているとか」
オズワルドはこちらをじっと見ると、すぐに笑みを浮かべた。
「そうかもしれないね。君は気にしなくていいよ」
「はい、わかりました」
その言葉にうなずくと、彼はこちらを優しい目で見た。
「リリアンはいつも誰かに好かれているね。先ほどの子もそうだ。君のことを特別に思っている」
「……そんなことないですよ」
否定の言葉を口にする。視線を下げて何も言えずにいると、オズワルドは眉を下げて笑う。
「それで困ることも多いかもしれない。けれどね、悪いことだけではないと思うよ」
彼の視線は優しい。本当にリリアンを気にかけてくれている。けれども、それを素直に受け取るのをためらってしまう。
リリアンは何も答えない。だが、オズワルドは言葉を続ける。
「俺は君の助けになりたい。ずっと、そう思っているんだ」
「でも、私は助けてもらえるような……」
「頼って、リリアン。俺は君の味方だよ」
その言葉と同時に馬車が止まる。オズワルドの従者が扉を開いてくれた。
「さあ、家に着いたよ」
オズワルドが先に降りて、こちらに手を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
そう言って、リリアンは馬車から降りた。




