説得の時
チャールズはベッドでラリーのことを考えた。
「チャールズ。これはあんただけの問題じゃないわ。」
「そうだけど、またあいつの怒りの引き金を引くとは思ってもいなかった。いやあの時の俺は気がついてもいなかった。」
暗闇の中エミリーとチャールズは天井を見つめた。そしてキスをした。
ラリーは現在、世界の色んな書物を扱う出版社で編集長をしている。長年の努力で最近編集長の座を掴み取った。部下からもかなり信用されている。
「ラリー、調子はどうだ?」
「大学の時、パシリにしてた奴から電話来て最悪だった。」
「もうそいつからは仕事を引き受けられないな。」
「当たり前だろ。向こうが都合の良い人間なら、こっちも都合の良い人間になれば良いんだよ。」
経理の社員が話をかける。
「ラリー、ちょっと確認したいことがある。」
「何だ?」
「昨日の26ポンドの経費何に使ったんだ?」
「これ、自分用のボールペンに使ったんだ。」
「冗談だろ?ボールペンに26ポンドも使った?その話するやつがどこにいるんだ?」
「マジな話さ。昨日の電話でイライラしてボールペン50本壊したんだよ。よくあることだろ?」
たくさんの壊れたボールペンに目を向けた。
「オー、マジかよ。ラリー、君にはもっとボールペンが必要なようだな。」
そう言ってその場を去った。
イェニーがチャールズに話を切り出す。
「タイ語のやり取りしてくれる人は見つかった?見つからないなら私達が通訳を雇うわ。」
「悪いがここは任せて欲しい。解決しないといけない問題があるんだよ。」
「私の夫も今回のことで責任を感じてるの。」
エミリーも話に混ざる。
「いち早く事を進めて欲しいの。私達、年寄りでいつ死んでもおかしくないの。本を見つけるまで死ねないの。」
「うちの妻との思い出の本なんだ。分かってくれないか?」
エックハルトも言った。
「分かった。今日までに答えを出すよ。」
またチャールズはラリーに電話した。
「中々電話に出ないな。」
それからも何度も電話をした。
「ようやくつながった。もしもし、ラリー、元気にしてるか?」
「20件も不在着信残すとかストーカーか?こういう時しか人気者じゃないのか?もう俺とは関わらないでくれ。」
「嫌なこと思い出させたのはすまなかった。だけど今すごい君が必要なんだ。君しか適任がいないんだ。ラリーが望むものを何でも用意する。頼む!」
「言ってること分かってるのか?俺と二度と関わるな。」
「今のお前は俺と比較できないくらい成功してる。」
「チャールズ、お世辞しても俺の気分は晴れないな。いつも注目されるのはお前だった。お願いだから俺の記憶から消えてくれ!」
「安心しろ。お前の生活圏にはもう俺はいないから。それにやり取りはメールだけ。」
「何と言おうがそれは引き受けない。」
ラリーは電話を切ろうとした。
「それで良いんだよ!ラリー。」
「は?何?」
「そうだよ。ちゃんと思いを伝えて嫌なことはハッキリ断って良いんだよ。あの時の俺はお前の気持ちなんて気がついていなかった。コーヒーや安いサンドイッチのことだって嫌嫌引き受けてただろ。これからはお前も俺から引き受けたくない頼みは引き受けなくて良いし、俺も都合の良い時だけ声を掛けるつもりなんてない。もう俺達は大学の時とは違うんだよ。」
「注目ばかりされて、よく言うよ。」
「何でそうなるんだよ。今のお前は十分成功してる。そう簡単に過去のことを気にしないことなんて出来ないかもしれないけど、俺のような相手と比較することなんてない。もっと自信持って良いし、お前の思ってる以上に周りはお前のことを称賛してる。俺が目立ち過ぎてただけで、お前もよく凄いと言われてた。」
「そんなわけない。」
「例えば俺と馬鹿なことしてたスチュワートだってお前のことを羨ましがってた。アンナだってお前は中国語もタイ語も堪能でとにかく凄いやつだと評価してた。もっと自信を持つんだ。」
ラリーは部下達の姿を見た。
「チャールズ、大事なことを忘れてた。」
ラリーは電話を切った。
「イェニー、エックハルト。駄目だった。今日他にタイ語知ってるやついたら報告する。」
「駄目なら我々が探すからな。」
また電話がなる。
「ラリー。まだ怒ってる?」
「お前のこと手伝うよ。」
「本当に?」
「本当さ。タイ語は得意分野だからな。これで自分らしくいられる。お前のためじゃないから勘違いするな。」
「分かったよ。ありがとう。」
電話が切れた。
「どうだったのかしら?」
イェニーがチャールズに聞く。
「何とか協力してくれるみたいだ!」
「やったー!」
イェニーとエックハルトは喜んでお互い抱き合った。
チャールズはやり取りを続けた。
「ラリーが文章を訳してくれた。見てくれ。」
文章と一緒に写真を見た。
「本が一緒に保管されてる!」
「これで一件落着だ。」
チャールズとエミリーもハイタッチをした。
「まだだよ。本を取り返さないと意味がないよ。」
「フリアの言うとおりだな。」
「相手は来れそうなの?」
「これから聞くところだ。」
メールでラリーが訳した文章が来た。
「この前旅行したばかりで来るのは難しいみたいなんだ。」
「ここは私達が来たほうが良いわ。」
エミリーが言った。
「考えてみて。タイのパスポートは国際的にかなり弱いの。入国出来ない危険性だってあるの。イギリス、ドイツ、スペインの方が圧倒的に信用度は高いから私達がタイに行って会うべきだわ。」
「待って!全員行くのか?」
チャールズが聞く。
「私はこの問題に関わってるから行かないと不味いわ。」
「俺は両親の大切な本だから行くよ。」
「まずはパスポートを持って行かないと不味いな。」
イェニーとエックハルトはパスポートを家に置いてきた。
「父さん、飛行機なら手配したからこのチケットのコピー持ってくれ。」
「そこまでしてくれなんて。自慢の息子だわ。ありがとう。」
イェニーはウェルナーの額にキスをして抱きしめた。エックハルトも同じように息子を抱きしめた。
イェニーとエックハルトは列車に乗り、ベルリンまで戻った。
「パスポート、最後にどこにしまったかしら?」
「パスポートならこの本の間だよ。君らしい隠し場所だな。」
エックハルトは笑いかけた。
「あなたは映画のDVDにパスポートしまってるんでしょ?」
「そうだな。」
「行動パターンは見ればお見通しね。」
パスポートを鞄に入れた。
「あとはせっかくタイに行くんだからデジタルカメラ持って来ないとな。」
「タイは野良犬がいるから、遭遇したくないわ。」
「その時は守るから。」
「下手なことはしないで。あなたが狂犬病とかになったら本当に洒落にならないから。」
「人気な観光地はそんなにいないと思うぞ。」
二人はタイの野良犬について調べた。
「お店やレストランの入口で休む犬も減ったみたいね。」
「狂犬病は野良猫やコウモリとかも持ってるから安易に野生動物に近づくべきじゃないな。」
「コウモリとか飛んでる所想像したら気持ち悪いわ。」
「そう言う話だけじゃなくて、楽しい観光の話もしよう。ワット・アルンとか夜に行くと凄い綺麗な寺院だぞ。」
「素敵なお寺ね。行ってみたいわ。良い写真とか撮れそうね。」
さらに観光地についてもたくさん調べた。
「タイの料理、私食べれるかしら?」
「フードコートとかのご飯はあまりくせとかないぞ。」
「海とかも泳いでみたいわね。」
「まずは本を返してもらわないとな。」
「そうね。本を持ってる人どんな人なのかしら?」
「どんな人だろうと、誰かに貸し出さないようにちゃんと連絡しないとだな。」
「散々な思いしたからね。」
二人は空港に向かった。