78話 幼馴染と閉じ込められた
グラウンドの倉庫に入った俺と優奈は、生徒会長から渡されたチェックシートを見ながら置いてある備品を確認する。
「これも異常なし……」
「こっちの道具、結構ボロボロかも……」
指差したのは、障害物競走で使う平均台だった。
木の部分にひびが入っていたり、腐って折れそうになっている部分が見受けられる。
「本当だ。後で生徒会長に報告しないとな……」
チェックシートの備考欄に平均台老朽化、交換必須と書く。
「あ、有栖先輩か……」
そう言えば名前で呼んで?と言われたんだっけ?
「ねぇ?」
あぁ、まずい。優奈がいるのを忘れていてつい喋ってしまった。
顔を膨らませながら「むぅ……」と機嫌悪そうにしている。
「私と2人きりの時はそれやめて」
「な、なんで?」
「なんでも!!」
まだカップルになってないのに……。もう優奈はカップルになった気でいるみたいだ。
言動には気を付けないと。
「あつい……」
「9月なのに暑いな……」
パタパタと近くにあった団扇で優奈は仰ぐ。
今いる体育倉庫の中は窓がなく、小さな通気口が開いているだけ。
そのせいで倉庫の中はもわっと蒸し暑い空気が立ち込めていた。
「一旦出ない?」
「そうだな……。出るか……」
流石にこのままだと、熱中症で倒れてしまいそうだ。
小走りで俺達は入口へ向かう。
「あれ?」
「どうしたの?」
「扉閉まってたっけ?」
おかしい、先ほどまで空いていたのにいつの間にか入口の扉が閉まっていたのだ。
優奈の顔からはだんだんと血の気が引いていく。
「私、開けたまま入ったけど……」
「だよな?まさか閉じ込められたんじゃないだろうな?」
扉を開けようとすると、全く動く気配がなかった。
最悪だ……。本当に閉じ込められてしまうなんて……。
「とりあえず、助けを呼ぼう」
スマホを取り出して、クレアのトーク画面を開きメッセージを急いで書こうとすると画面が急に暗転する。
「やべ……電池切れだ……」
「嘘でしょ?」
肝心な時に何で電池が切れるんだよ。
でも慌てる事はない。まだ優奈のスマホがある……。だが……。
「あれ?さっきまで90%以上あったのに……」
優奈のスマホも何度か電源ボタンを押すが全く反応をしなかった。
「この暑さで壊れてしまったか……」
ここまで、不運が重なってしまうとは……。どこかの漫画かよとツッコみたくなってしまうな。
「どうする?」
青ざめた顔で、優奈は俺に聞いてくるが正直俺としてもどうしようもできないというのが正直なところである。
「とにかく、クレア達がこっちに来るまで待つしかないな……」
「そんな……、私達熱中症で死んじゃうよ?」
「一応、冷たいお茶あるけど飲む?」
カバンからタンブラーを取り出して優奈に差し出す。
「ありがと」
蓋を開けて口を付けようとすると、「はっ……」となって一瞬固まる。
「これもしかして……間接キスじゃない?」
「今日は俺それ1回も口を付けてないぞ?」
「そっか、ならよかった……」
安心して口を付けて、ごくごくとお茶を飲み始める。
「てか、そんなの気にするか?」
「気にするに決まってるでしょー?」
顔を真っ赤にしながら、タンブラーを押し付ける。
「クレアは気にせず、飲んでたけどなあ……」
「はぁ!?」
唖然として、優奈は口をぱっくりと開けたままフリーズしてしまう。
クレアが気にしてないから普通だと思っていたけど違ったみたいだ。
「友太……。正座」
「は、はぁ……」
急に立ち上がって、俺の前に立つと指を指してここに正座で座れと指図する。
「いくら、兄妹とは言え間接キスはどうかと思う……クレアさんがOKだからって……そう言う事じゃないと思うの……」
熱中症で倒れるか、倒れないかの瀬戸際だってのに説教してる場合かよ……。
こんな事してる場合じゃないだろと、少し顔を逸らし視線を上に向けた時だった。
「!?」
「ねぇ……友太聞いてる?」
「う、うん聞いてるよ……」
俺は目を逸らしながら答える。
何故目を逸らしたかと言うと、優奈の着ているÝシャツが大量の汗でべっとりと肌にくっついて黒い布が透けていたからだ。
出来れば、こうして目を逸らしているところを見て気づいてほしいのだが……。
「ちょっと、何で目を逸らしてるの?」
「えっとその……」
「何?言いたいことがあるなら言ってよ」
察してくれないか……とあきらめた俺は口で言うのが恥ずかしいので優奈の胸部の当たりを指差す。
「私の服に何かついて……!?」
ようやく気付いた優奈は顔を真っ赤にしながら慌てて胸部を隠した。
「もう最悪……」
その場で体育すわりになってしまう優奈。今の出来事で相当テンションが下がってしまったようだ。
「ごめん……」
「別に友太は悪くないから気にしなくていいよ」
言わない方が良かったかな……?
「こういう時クレアさんならどうなの?」
「どうって……」
急に何でクレアの事を聞いてくるんだろう?なんかすごくクレアの事に敏感になってるような……?
でもクレアはエッチなことが嫌いだろうし……。エレナだと許してくれるかも……?
けれどクレアは俺にだったら……?
「友太……変な妄想してるよね……」
「あ……」
しまった……。つい集中して考え込んでしまった。
「最近クレアさんの事ばかりだよね……」
「別にそんな事ないと思うけど……」
「本当に?」
「う……うん……」
ついさっきまで隠していたのに、強調するように見せつけてくるのやめてもらえませんかね……。
「ちょ、ゆ、優奈透けてるって……」
「クレアさんが気にしないなら、私も気にしない」
なんでそうなるんだろう?優奈が気にしなくても俺が気になるんだが……。
それよりも、暑くて本当に汗が止まらなくなってきてしまった……。
早くクレア来てくれ……。
「暑い……」
「まだお茶あるけど飲む……?」
顔を真っ赤にして暑がっている優奈にまたタンブラーを渡そうとすると、Ýシャツ脱ごうとしていた。
「ちょ、ちょっと待った!!何で脱ごうとしてるの!?」
「だって暑いから……」
いやいや理由になっていないでしょう……。
俺は止めようとするが、時すでに遅し、ボタンを全部外し終わっていた。
外す終わったシャツの隙間からは上品な黒いものが見えていた。
「ちょっとは涼しくなったかも……」
ダメだ、見ないようにしないと……。
そっぽを向いて、俺は優奈を極力見ないようにする。
「ねぇ……」
「な、何優奈……?」
「何で私の方を見ないの……?」
悲壮感……というかちょっと怒っているような、いやどっちも混ざったような声を出しながら抱きつく。
「え、えっと……。見れないと言うか……」
「クレアさんのは見てるのに?」
「み、見てない!!」
慌てて誤解を解くが、考えてみれば確かに洗濯物で干してる時とかに見てるような……。
「嘘つき……絶対見てる」
「いやいやそれとこれとでは訳が違う!クレアは家族だから仕方ないとして優奈は別というか……」
醜い言い訳だけど、これが今の最善の答えである。
「ふーん……」
ぎゅっと抱きしめたまま、優奈は黙り込んでしまった。
暑いのにこんな抱き着いて大丈夫なのかな?
そう思っていた矢先、優奈は立ち上がって俺の前に立つ。
「ねぇ…友太……?」
「な、なに?」
「私の事好き?」
「も、もちろんだよ!!」
そう答えた瞬間、何が起こったか一瞬分からなかった。
気付けば俺はマッドに押し倒されていて、優奈は俺の上に馬乗りの状態となっていた。
「いてて……」
「絶対嘘だよね?」
「嘘じゃないって……」
「じゃあなんで、まだ告白の返事をくれないの!!?」
暑さでおかしくなってしまったんだろうか?優奈はかなり興奮した様子だ。
「そ、それは……」
すかさず答えようすると、俺のシャツの上に冷たいしずくがぽとぽとと落ちて来た。
「友太の好きな人って誰なの……!?」
「え……えっと……」
「答えてよ!!」
必死に考えようとした時、体育倉庫のドアが勢いよく「どーん」と言う音を立てて開く。
「ゆ、友太君大丈夫!?」
どうやら閉じ込められてる事に気づいたクレアが助けに来てくれたようだ。
ていうか、今のこの状況まずくないか?
「や、やば」
正気に戻った優奈も慌ててシャツのボタンを留めて身だしなみを整える。
「大丈夫だよ、クレアさん!!」
大声を出して無事を伝えると、クレアは急いで奥へと向かって来た。
「良かったぁ……」
ほっとした様子で、力が抜けたのかその場に座り込んだ。
「よくわかったな……」
「だって……。終わった?ってLINEしても返事が返ってこなかったし……」
あー、そうか俺は授業中以外とかはすぐに返事をするまめな人だから、返事が遅れると何かあったのかと思われてしまったみたいである。
体育倉庫に行った後だから尚更だ。
「クレアさん、ごめんね迷惑かけちゃった……」
「いえいえ大丈夫です。それにしても2人とも無事で良かったよー」
そう言いながら、俺達2人に泣きつく。
それにしても2人仲良く蒸し焼きにならなくて本当に良かったけど、優奈のあれ本当に暑さで頭がおかしくなっただけだったのだろうか?




