69話 妹の妹がやってきた part8
夕方になって、帰りの電車に乗った俺達は、3人並んで座席に乗っていた。
正直何故、男の人と話してるだけでエレナが慌てたのかよく分からない。聞いても教えてくれないしな。
きっと言えないほどの秘密があるのだろうとは思うけど、まさか……クレアとエレナは禁断の……いやいやそんな訳はないか。
だがクレアの事は、俺も知っておく必要がある。俺は意を決してクレアに声をかける。
「なぁ、クレア?」
「どうしたの?友太君?」
「向こうで何かあったのか?」
俺がそう聞くと、先ほどまで笑顔だった顔が急に暗雲が立ち込めたのかのようのに曇る。
「やっぱり気になるよね?」
「そりゃあな……」
クレアはちらっとエレナの顔を見る。するとエレナはすやすやと寝ておりそれを見たクレアは安心した顔でもう一度俺の顔を見る。
「私ね、昔小さい頃、誘拐されそうになったことあるの」
「え……」
クレアの口から出た衝撃的な一言に俺は絶句する。
「しかも、信じていた前のお父さんにね……」
「ど、どういうことだよ?」
先ほどより一層悲壮感漂う表情をするクレアを俺はただひたすら見つめていた。
「私、昔からこういう優しい性格でね、前のお父さんにも友太君みたいに優しくしてたんだけど……。その優しさを利用されちゃってね……。」
「待て待て、利用されたってどういうことだ?」
その後、クレアは詳しく語り始める。
ある日クレアのお母さんとお父さんは、いろいろあって離婚したらしいのだが、お父さんの方はクレアを連れて行くと言い出した。だがそれをお母さんが断った。
その時は潔く諦めたのか何も言わずに出ていき事なきを得たのだが、その後、唐突にクレアに父から久しぶりに会いたいと呼び出しの電話があり、クレアはそれに何も疑いを持たずに向かったらしい。
すると、そこに待ち受けていたのは知らない男でクレアの体を取り押さえて誘拐しようとしたが、何とたまたまそれを見ていた俺のお父さんが助けてくれたらしい。なんという幸運。それがあってエレナは今こうやって過保護になっているらしい。なんかでもそれは過保護すぎないかな……?
「いくら元お父さんとはいえちょっと危ない行動じゃないか?」
「そうかな……」
「エレナもエレナだよ……。知り合いのおじさんに優しくしてたからって大げさだよね……」
「誘拐されそうになったの、1回や2回じゃないんですよ?」
びっくりして振り向くと、いつの間にかエレナは起きて、こちらを冷ややかな目で見ていた。
「え?」
「結構な回数、誘拐されそうになってます。だからお姉ちゃんは凄く危ないです……」
「そ、そうかなぁ……」
「お姉ちゃんはちゃんと優しくする人は選ぶべきだよ……。片っ端から男の人に優しくし過ぎたら勘違いされちゃうよ?」
「う、うん……」
納得がいってない様子だったが、クレアはエレナの熱弁に首を縦に振った。
「お兄さんも、ちゃんとお姉ちゃんに言ってあげてくださいね」
「お、おう……」
家に帰った俺は部屋に籠り、スマホである人に電話をかけた。
「もーしもーし友太くーん?どうしたんだい」
相手は俺の父さんだった。あまりこうやって俺が電話をしない父さんにかけたのはどうしても聞きたいことがあったからだ。
「クレアが昔、実の父親に誘拐されそうになったって本当か?」
「ついに聞いてしまったか……」
察したような声で、父さんはため息を付く。
「その話は本当だ。そして俺が助けたって言うのもな。でもなんで急にそんな話を?」
急に真面目な口調になった父さんに驚きつつ、俺は今日あった事を事細かく父さんに話した。
「なるほどなー。まぁエレナが過保護すぎるところもあるんだよな……」
「俺も過保護だと思う……」
正直、俺が見てる限りエレナの心配するような、行動をクレアが取っているとは思えなかった。
エレナが過保護になるのは、正直やりすぎじゃないのかと思える。
「ていうか、そんなにクレアが優しくしすぎて誘拐されそうになった事が何回もあるのか?」
「あぁ、妻からはそう聞いているよ……。特に若い男の人から誘拐されそうになったって」
まぁ確かに、何回も誘拐されそうになればエレナがああなるのも必然なのかな?
あの美貌と声で優しくされてしまえば、勘違いする男の人多そうだなぁ……。
とはいえエレナが嘘をついていないのはわかった。
「ここはイギリスと違って、日本だからな誘拐されるはずはないから、イギリスに連れて帰るられるのは正直困る」
「お前がそんな事言うなんて、珍しいな」
「ま、まぁそうだな……」
確かに昔の俺だったらこんなことは言わなかっただろう。
なんで俺はこんな事言ったんだろう?
「で、俺はどうすればいい?連れて帰るなと直談判すればいいのか?」
「それは、友太君が決めればいい事だと思うぞ?」
やっぱ今クレアが連れて帰られるのはちょっと困るな……。いろいろとお世話になってるし……。最初はあまり慣れなかったけど、もう今では家族の一員だ。
いや待てよ?もしクレアがイギリスに帰れば、優奈と何も気にせず、付きあえるじゃないか……。でもそれはそれで何か違う気がする。
「うーん」と唸りながら悩んでいると、父さんは「あ、そうだ」と何かを思いつく。
「エレナちゃんをこっちに住まわせればいいじゃんー」
「あのなぁ……」
いや?それもありっちゃありなのか……。でもそれだと優奈の機嫌が……。頭の中には機嫌を悪くした優奈の顔が浮かんでいた。
「そうなると、むふふ……」
「なんだよ?」
含みを持たせたいい方に困惑する。
「優奈ちゃんに告白されたのに、女の子2人と1つ屋根の下で暮らすなんて……」
「ちょっと待って、何で知ってるんだよ?」
嘘だろ?なんで、俺しか知らないはずの事を父さんが知ってるんだ?と困惑していると電話の向こうの父さんも「嘘だろ?」と驚いた様子だった。
「マジで、告白されたのかよ」
「待て、知らずに適当に言ったのか?」
「そうに決まってるじゃーん」
しまった……。つい驚いて父さんにカミングアウトしてしまった。
「いやあ、本当に修羅場じゃーん……。家にクレアさんがいて、しかもエレナも住むとなるとマジで修羅場になっちゃうじゃーん」
「まだ返事をしたわけじゃあ……」
「いやすげぇことになって来たなぁ……」
父さんはかなり興奮気味だった。まるで自分が俺と同じ立場に立たされているかのように。
「何で父さんが興奮してんだよ」
「そりゃ興奮するだろ?こんな場面で興奮しない訳ないじゃないか」
別に何ともない父さんが興奮してどうするんだよ……と思いながら俺は深いため息を付いた。
「俺はそれどころじゃないんだよ」
「なんで?」
「優奈からの告白を承諾すべきか拒否すべきかをすごく悩んでるんだよ」
懸命に父さんにそう訴えると、父さんは「はっはっは」と笑う。
「良い事だ。もっと悩め!そして自分の後悔のない選択肢を選択するんだな」
「後悔のない選択……」
自分の後悔のない選択肢を選べか。父さんにしては良い事言うじゃないか。
「という事で、エレナちゃんの件早い目に返事お願いねー。ばいびー」
そう言って電話は切れた。
さて優奈の前に、まずはクレアとエレナの問題だな。




