1−7 導く声
朝起きて裸足のまま調理場へ向かうと、テーブルの上には一人分の朝食が用意されていた。
リコは小首をかしげ、入れ替わりに部屋を出ていこうとするルーフスに声をかけた。
「ルーフスさんは食べないんですか?」
「わたしはこれから、買い出しに行ってくる」
リコはぱっと顔を輝かせるが、彼女の意思を感じ取った赤い瞳から鋭い視線が返される。
「おまえは留守番だぞ」
期待する表情から一変、リコは眉を八の字に曲げた。
「どうしてですか? 荷物をお持ちしますよ!」
「何時間も歩くんだ。またおまえを担がせるつもりか? 夕方には戻るから大人しく屋敷にいろ」
当然だ。引きこもりの自分にそんな体力があるわけがない。悔しそうに下唇を噛むリコに青年は付け加える。
「屋敷の外にはでるな」
◇ ◇ ◇
誰かの声に目を開ける。そこではじめて、リコは自分が眠ってしまったことに気がついた。
午前中に掃除を頑張りすぎたせいか、昼食を食べた後すぐに眠ってしまったらしい。
誰かの声に目を開ける。そこではじめて、リコは自分が眠ってしまったことに気がついた。
午前中に掃除を頑張りすぎたせいか、昼食を食べた後すぐに眠ってしまったらしい。
家具を覆っていた布をすべて剥ぎ取り拭き上げるのはリコにとって重労働であり、唯一の服である灰色のスウェットは汚れてしまったが、部屋は見違えるほど綺麗になった。
ダークグリーンの壁紙に高級感のあるソファとみつまたの小さなテーブル。頑張った甲斐あって、木製の家具は輝きを取り戻している。
リコは頭を左右に振って残った眠気を追い、窓から空を見上げる。気が滅入りそうな暗い雲が日差しを遮っているせいで、どれくらい眠っていたのかわからない。
「自分の部屋だけで精一杯だったな」
自分の体力のなさを落胆するように呟き、昨夜渡された燭台に火を灯した。
まだ視界に困るほどではないが、暗くなってからでは遅いと思ったのだ。
リコは蝋燭を片手に帰宅したであろうルーフスを出迎えようと階段を降りた。
玄関ホールまで来たものの、誰もいない。不思議に思って視線を左右に動かすが、物音ひとつしない。気のせいかと思って部屋に戻ろうとしたとき、また声が聞こえた。
『助けて』
女性のものらしき弱々しい声。
リコは驚いて身を震わせた。ルーフスの声ではない。
誰かが、助けを求めてる。
鼓動がはやくなる。
思考は不吉な方へと転がっていく。
どうして青年はこんな森の奥の孤立した屋敷に一人で暮らしているのか。まるで人目を避けているようで、もしかしたらそこには人には知られたくない何か人に知られたくない理由があるのかもしれない。
召喚者を探すこともなく、お荷物でしかないリコを屋敷に住まわせてくれる本当の理由が。
顔から血の気が引いて、リコは唇を噛み締めた。
声の主を探して屋敷をさまよい、調理場とは反対方向にある奥まった場所の扉をあけた。ぽっかりあいた暗闇の中に、地下へと階段が続いている。
悪夢でみた階段と重なって、リコは足がすくんだ。
説明されていない場所だ。最低限しか案内されていないのだから、そんな部屋はいくらでもあるのだが、胸騒ぎに襲われる。
もしかすると、この下には青年の秘密があるのかもしれない。
小さな炎が揺れて消えないように、急ぐ気持ちを抑えて階段を降りると、またドアがあった。ドアの向こうに何があるのか、不安と恐怖を飲み込むようにリコの喉がゴクリとなる。
鍵はかかっておらず、ドアノブを回して押し開ければ空気を裂くような不快な音をたてた。部屋の中にはこもった不快な匂いが漂い、部屋の中はひんやりと肌寒い。
「誰か、いますか?」
弱々しい声で暗闇に向かって呼びかけるが、返事はない。
リコは中に脚を振り入れ、蝋燭の小さな灯りで部屋の様子を伺う。そこは倉庫として使われているらしく、背の高い棚がずらりと並んでいた。
棚に並ぶ木製の樽には魔法使いを思わせる杖や、修学旅行のお土産のキーホルダーにありそうなデザインの華美な装飾の剣が突っ込まれ、木箱には宝石類や短剣、用途が不明なものが分別されることなく無造作におさめられている。
どれも好奇心をそそられ興奮したくなる光景なのだが、状況が状況なだけにリコの表情は硬い。
積もっている埃からして、しばらく誰も出入りしていないようだ。
棚は部屋の端まで続いており、人が閉じ込められていそうな場所もなく、声も聞こえなくなっていた。
声の主はいない。
先程とは違う恐怖が、リコの足を震わせる。
「これはこれで怖い」
冗談めかして声を出すが、恐怖は拭いきれない。心臓がバクバクと音を鳴らし、血液が体中を駆け巡っている。
一刻も早くルーフスが帰ってくることを願いながら、出入り口へと向きを変えたその時、視界の端に映った剣に足を止めた。物語に出てくる剣を彷彿とさせる禍々しい剣だ。それは出来心だった。せっかくここまで来たのだから、とリコの手が伸びる。
「本物なのかな?」
手が剣の柄に触れるより先に、柄の宝石からのようなものが溢れて吸い寄せられるように手の中へと入ってくる。
「やだ!!」
驚いて思いっきり手を振り払うと、その勢いで蝋燭の炎が消え、視界が真っ暗になった。
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