1−28 開扉
眠りの中で、リコは自分を呼び起こす声をきいた。
「リコ、起きて」
体が重い。何度も呼びかけてくる声が鬱陶しくて布団にもぐる。
「あと一時間……」
「早く起きないと、ニグレオスが起きちゃうわよ」
その声にはっとして目を開ける。泥のように重い体をベッドから引き剥がすと、十字窓が植物の根で覆われているのが目に入った。
「ルーフスさん!」
これまでの記憶を整理し、リコは叫んだ。誰も居ない部屋を出て、白髪の青年を探し回る。
植物の根は屋敷全体を覆っているらしく、どこの窓も光が遮られていて薄暗い。
「ルーフスさん! どこにいるの?」
何度呼びかけても、返事はなかった。
片時も自分の側から離れなかった青年が急に姿を消し、リコの中に不安が広がる。玄関の扉を開けようとしたが、びくともしなかった。
「ルーフスさん!」
扉をバンバン叩きながら叫んでも無駄だった。
完全に屋敷に閉じ込められ、リコの顔は青ざめた。
「まさか、ニグレオスの封印を解くつもりなの?」
最後に見たルーフスは狂気じみていてまともな状態には見えなかった。いくら邪神とはいえ、あんな状態で不浄の魔物に敵うのだろうか。そもそも、倒せるのならどうして今までそうしなかったのだろうか。
考え込んでいたリコの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「うわぁ! なんスかこれ?」
「まあ、大変なことになっていますね」
「すいませーん。食料を持って来たッス!」
その声に反応するように、何かがこすれるような音がして屋敷の中に日の光が降り注いだ。
リコがドアノブに飛びつくと、今度はすんなりと開いた。
「リコちゃん!」
屋敷を飛び出すと、食料の入った紙袋を両手いっぱいに抱えたキースが屈託のない笑顔を浮かべていた。その隣にはナターシャが手ぶらで立っている。
「どいてください!」
リコは声を上げると二人の間を割くように駆け抜けた。
「え? リコちゃん?」
背後で戸惑うキースの声がするが、振り向く暇はなかった。
「身体強化」
魔術のおかげでスピードがぐんとあがる。
ルーフスが執拗に人間にこだわる理由はわからないが、彼が不安定であり、今が危険な状態であることはリコにもわかった。
かくんと足が絡まって、リコは前方に倒れた。咄嗟に両手で受け身をとったものの、じんじんと痛みが走る。
「いった……」
手についた土を払って前を向くと、木の顔と目があった。
そこは遺跡から屋敷に行く途中にあった不気味な森だった。ここの木には幹に苦悶する人間の表情に見える奇妙な凹凸がある。リコと目があったのは、苦しそうに顔を歪める若い男の顔だった。こちらに何か訴えようとしているような気味の悪い凹凸は、どこかルーフスに似ているような気がして胸騒ぎがした。
「身体強化」
急いで術をかけ直し、リコは走り出した。
遺跡の場所がわからなくても、そこに封印された魔物の魔力の気配をたどってリコは遺跡に行き着いた。
巨大な木の根が、石造りの建物を覆うように生えている。リコは木の根の隙間から建物の中に入った。天井はリコの二倍以上はある。木の根を避けながら進むと、中央に突如として大きな扉が現れた。
複雑な模様が刻まれた扉に近づくと、リコに気づいたかのように扉が自動的に開いた。
リコの足が小刻みに震え出す。扉の奥から、ナディアの記憶で感じたものと同じニグレオスの魔力を強く感じる。見られているような気がして、悪寒が走る。
「変わるって決めたでしょう!」
リコは自分を奮い立たせて扉の奥へと進んだ。
内部は石造りになっており、初めてここで目覚めたときと同じ空間が広がっていた。リコが進むと、奥から魔物たちが集まってきた。
巨大な蜘蛛に光る蝶、トカゲと鳥を合体させたような奇怪な生き物。
「どいて! ルーフスさんを探してるの!」
恐怖を押し殺して叫ぶと、魔物たちは左右に寄って道を開けてくれた。光を放つ蝶がリコの鼻先で円を描くように飛んだ後、薄暗い中をすーっと奥に進んで飛んでいく。
リコは魔物が人間の手によって生み出された生き物であることを思い出した。あの時、ルーフスはこうも言っていた。彼らは主をなくし、リコを主だと思って反応したのだろうと。
「道案内してくれるのね?」
リコは光る蝶を追いかけた。
妖精のように羽ばたく蝶を見ながら、リコは考える。魔物が人間によってつくられた生き物ならば、不浄の魔物もまた人間につくられたということになる。
――父さんが、それを望んだから。だから、僕は強くなるんだ。父さんの願いを叶えるために。
ニグレオスはナディアにそう言っていた。父親とは人間のことだ。彼はここに封印されながらも、創造主の願いを今なお叶えようとしているのだ。しかし、不浄の魔物はこの大地を汚し、あらゆる命を奪った。その中には自分をつくった人間たちの命も含まれているはずだ。一体ここで何があったのか。
答えの出ない疑問に考えを巡らせながら、リコは今ニグレオスの封印を解いてはいけないことだけは確信していた。
蝶が螺旋を描くように頭上高くに飛び上がった。その奥に立ち尽くす人影があった。
青年の立っている場所は天井が高くつくられ、壁には石像が何体も彫られていた。石像は布を巻いたような格好をしていて、ルーフスを見下ろしているように見えた。
「ルーフスさん!」
「なぜここにいる! 帰れ!」」
駆け寄ってきたリコに、ルーフスは怒鳴った。
「やっぱり、封印を解くつもりなんですね? 無茶ですよ! 私、止めに――」
リコは言葉を切った。ルーフスの前に石碑があり、そこが緑色に光っているのが目に入ったのだ。正面から見ると、三つに輝く魔石から石碑に彫られた溝に液体が流れるように緑色の光がみるみるうちに流れていく。
リコは大きく目を見開いて絶望した。それが何かわからなくても、彼がすでに封印を解いてしまったのだと悟った。
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