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1−14 好機

 夕刻、結局ルーフスは姿を見せなかった。テーブルの上に用意された一人分の食事を前に、リコは考える。


 白髪の青年の後をつけて町まで行く。本調子ではない彼ならば、尾行も容易いはずだ。問題は、行き渋っている彼をどうやって説得するかだ。


 これといったアイディアも浮かばないまま、リコは翌朝いつもより遅い時間に目覚めた。彼が自分の監視も兼ねているなら、屋敷を空けるような真似はしないだろう。こうなったら目の大切さを解き、失明するかもしれないと脅すしかない。


 支度をすませて調理場に入ると、テーブルの上には朝食のスープが用意されていた。一人分の朝食を確認すると、そのまま(きびす)を返して階段をのぼる。


 ルーフスの部屋をノックするが、ドア越しに耳をすませても反応はなかった。


 もう一度、コンコンッとドアを叩き、声を掛ける。


「ルーフスさん、いるんですよね?」


 反応はない。面倒臭いのか、寝ているのか、それとも……。


 今度は強くノックをして声を張り上げる。


「返事してくれないなら開けますよ!? いいですね!?」


 返事がないことを承諾したと解釈して、リコはドアを開けた。


「ね……」


 寝ているんですか? そう聞こうとした言葉は、早々に切り上げられた。


 綺麗に整えられたベッドが目に入り、驚いて数歩足を踏み入れて部屋を見回す。


「え……?」


 部屋には、誰もいなかった。人が住んでいるとは思えないほど物がなく、乱れもない。リコは、はっとしてクローゼットまで急ぐと勢いよく開けた。ハンガーにかけられた服がいくつかあるが、黒の外套がどこにも見当たらない。


「出かけたの?」


 思わず、驚きが口から漏れた。


 いつ? どこに? 困惑していると、頭に言葉が浮かんだ。考える間もなく、口から言葉があふれる。


感覚(センス)強化(エンハンスメント)


 体に魔術式が浮かび上がると、感覚機能が鋭さを増し、普段は感じない自分の心臓の音や呼吸音の爆音に、耳孔から脳にまで痛みが走る。頭を抱えてしゃがみ込み、脳内に複数ある感覚を調整するつまみを操作する感覚で、欲しい情報を得るためにピントを合わせた。


 まずは2階、そして1階、屋敷の外まで神経を集中させて探る。目を閉じると、音だけでなく白黒の映像が頭に浮かんだ。頭の中に並ぶいくつものつまみを調整するのに苦戦しながらルーフスの姿を探すが、人の姿は確認できない。


 集中力を使い切ったリコは、目を開けて気づかぬうちに止めていた息を勢いよく吸い込んだ。


「どこにも、いない……」


 ルーフスの気配は屋敷の中だけでなく、外にもなかった。


 静寂の中で、リコの心は沸き立った。これは絶好のチャンスだ。青年に案内人をしてもらうことはできないが、今なら魔力を補充して補充用の魔石も持って逃げ出すことができる。頭痛を抱えたまま立ち上がると、足早に保管庫に向かった。


灯火(フレイムライト)


 暗闇に足を踏み入れながら呟き、小さな明かりをひとつ従えて保管庫の床を踏んだ。


 気が急いて、手近な箱に手を突っ込んで魔力を取り込む。


 次の瞬間には、目の前に机に広げられたノートがあった。自分の手が勝手に、ノートに鉛筆を走らせて文字を綴っている。映像が粗いが、リコは見たこともない文字の羅列(られつ)を読み取ることができた。属性魔術、無属性魔術、そして魔力暴走。


 顔をあげると前には黒板があり、教壇に詰襟型の黒服を着た教師らしき男性が立っていた。周囲には子供たちがそれぞれ自分の席に座り、教師の方を向いている。皆、首から上は靄がゆれている。ノートの文字からしても、魔術の授業中らしい。


 突如、教師が注目を集めるように両手をパンっと打ち鳴らした。


「魔力のコントロールに最も大切なことは、心の安定です。大きな哀しみや怒りが原因で、魔力を自分の力でコントロールできなくなることがあります。このことを魔力暴走と呼びます。まだ皆さんは魔力が弱いので、大きな事故に繋がることはないですが、今から心にとめておく必要があるでしょう。コントロールを失った魔力は、多くの命を奪う危険だってあるんですよ」


 ナディアの体の中で、リコは衝撃を受けた。取り込んだ魔力が暴走して、他人の命を奪うなど初耳だ。早く続きを聞きたいのに、一人の男子生徒が手をあげて教師に質問を投げかけた。


「魔力を持たない貴族もいるんですか?」


 男子生徒の声はどこかふざけていて、他人を見下すような悪意が込められているのが伝わってくる。


 教室のあちらこちらから、クスクスと忍び笑いが漏れる。みんなの靄の顔が、教室の前列に座る小柄な男の子に視線を向けているように感じた。男の子は居心地が悪そうに背を丸める。


 ナディアが不愉快そうに奥歯を噛み締めた。


 リコは男子生徒の言葉が気になって動かせない眉をひそめた。魔力は魔石の中にある。魔力を持たない貴族とは、金銭的な問題により魔石を持っていないという嫌味……? それにしては言い回しが不可解だ。


 教師は質問した生徒を牽制するような咳払いをしてから口をひらいた。


「いませんよ。私たち貴族は、代々魔力を受け継ぎます。よって私達には、民を守る責任があるのです」


 落ち着いて入るが、怒りのこもった話し方に、教室が静まり返る。リコは困惑した。魔力を操作する能力である魔術を受け継ぐのではなく、魔力(ヽヽ)を受け継ぐ。それでは、魔力は石から取り込むものではなく、まるで魔力が自分の体の中にあるような言い方だ。


「さて、もし暴走を起こしたら、暴走した魔力を結晶化することが現在行われている対処法です。結晶化とは、魔力を凝縮して魔石に変えることですね。本人がコントロールできる量まで体内の魔力を減らします。ちなみに、魔力暴走の原因のほとんどが大きな感情の変化によるものですが、稀に生産量が多いために起こる場合もあります。そのときにも、本人がコントロールできる量まで魔力を減らします。結晶化で得られた魔石は持ち運ぶことが可能ですし、加工して武具を作ることもできる大変便利なものです」


 教師の〈生産量〉という単語に、リコの疑問は確かなものに変わる。


 混乱するリコを置き去りに、教師は教壇に手をついて身を乗り出すと、明るい声で話題を変えて居心地の悪い空気を一掃した。


「そこで、皆さんには心の安定について、大切だと思うことをレポートにまとめて来てもらおうと思います」


 教室全体から不満の声が巻き起こる。教師はそれをもろともせず、ざわめきに負けないように元気よく爽やかな声で続けた。


「提出は来週の金曜日ね! 成績に響く重要な課題ですから、頑張ってねっ!」


 意識が自分の体に戻っても、リコの瞳はどこか遠くを見つめていた。教師、そして男子生徒の言葉は、体内で魔力を生産していることを意味しているとしか考えられない。


 しかし、今のリコにそのような能力はなく、無意識に魔力が増えるということはない。


 もしかしたら、この世界の食べ物が関係しているのか? 自分もいずれ体内で生産できるようになるのか? そう考えはじめたところで、リコは思考を放棄した。どのみち考えても、確かめる(すべ)はない。それよりも、早く屋敷から出ていくべきだと思い直した。


 自分の魔力が最大限まで取り込まれていることを確認したリコは、次に途中で補充するための魔石を探し始めた。どうせなら、1つは実用的なものが良いと視線を動かす。剣では重すぎて扱いにも困るので、銀色のナイフを手に取った。鞘と柄に細かい装飾が施されており、魔石が埋め込まれている。魔力も補充でき、森でのサバイバルでは役に立つだろう。いざというときには、武器にもなる。


 ポケットに押し込んで、他にも持ち運びに便利な小さなものを探そうとして、自分が荷物を入れるかばんをもっていないことに気がついた。


 全てをポケットに入れてじゃらじゃらと歩くのは不便だ。食料だって持っていく必要がある。


 補充用の魔石探しを一時中断し、かばんかその代わりになるものを探そうと二階の階段をのぼっていたその時だった。玄関のドアノブが動く音がして、リコの体に緊張が走った。


 手すりから身を乗り出し、玄関ホールを覗き込む。扉が押し開けられると、玄関に太陽の日差しが差し込んだ。


 黒い外套に身を包んだルーフスが、紙袋を片手に抱えて玄関ホールに入ってきた。


「ルーフスさん!?」


 リコは自分でも気づかないうちに声が出ていた。


 帰ってきた。荷物からして買い出しに行っていたようだが、理解が追いつかない。


 買い物なら、いつも朝に出て夕方に帰ってくる。今がまだ昼前だということは、夜が明ける前にでかけたということだ。体調が悪かったのではないのか。不安が体を埋め尽くした。


 赤い瞳が一瞬だけリコをとらえるが、表情に変化はなく、いつもと同じ「あぁ」と素っ気ない返事が返ってきた。


 リコが階段を一段おりると、太ももに硬いものがあたる。倉庫から盗んできたナイフの存在を思い出し、手に汗がにじんだ。しかし、今ここで自分の部屋にナイフを置きに行くのも不自然に思えた。ナイフはポケットにすっぽりとおさまり、柄も見えていない。リコは緊張を顔に出さないように注意しながら階段を降りてルーフスの元に向かった。


 ルーフスはリコに背を向け、そのまま調理場に入ってテーブルに紙袋をおいた。疲れているのか、いつもより動作が緩慢だ。


 緊張する喉元を力で押さえつけるように、できるだけ平静を装ってリコは背後から声をかける。


「買い出しに、行っていたんですね? 体調は大丈夫ですか?」


「あぁ。明日からしばらく留守にするから、その間のおまえの食料を買いに行きたくて、夜が明ける前に出発したんだ」


「留守ってどういうことですか?」


 ルーフスが紙袋からパンやチーズの塊を出していくのを眺めていたリコは、想定外の言葉に驚いた。


「3日ほどで戻る。放置されても、あるものをかじってなんとかできるのだろう?」


 いつもの冷たい口調なのに、どこかいたずらっぽさがあった。


「そ、それはそうですけど、急にまたどうして?」


「治療のためだ」


 リコは驚きと疑問で目を(しばたた)かせた。


「でも、どうしてですか? 今日も町まで行ったんですよね? 診てもらえなかったのですか?」


「治療に時間がかかると言われたんだ。急ぐ必要はないと言われたから心配はない。だから、今日は食料を買って帰ってきた」


 そっとルーフスに近づいて瞳を下から覗き込んだ。白く濁った膜はなくなり、以前のような赤い瞳が見えている。


「目は戻ったんですね」


 リコの声には安堵の色があったが、青年の顔は暗く陰った。


「あぁ。いつものことだから、心配ない。だが、明日また行ってくる」


「何度も繰り返しているんですね。よくなるといいですね」


 そう言いながら安堵している自分に、リコの良心が痛んだ。


 しかし、明日もう一度出かけるのなら、好都合だ。目の状態は戻っていても、ルーフスの動きはやはり普段とは少し違う。これは、自分に与えられたチャンスなのだとリコは自分に言い聞かせる。


 話が終わると、ルーフスは留守の間に困らないよう、食料の場所を説明し始めた。


 ポケットにある硬い感触に、リコの気が引き締まる。明日はいよいよ、この屋敷を出る。ルーフスの話を聞き流しながら、すでに頭は明日のことでいっぱいだった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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