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1−13 思惑

 仏頂面を浮かべたリコは、調理場でひとり朝食のサンドイッチをほおばった。テーブルには、ハムと卵とトマトを挟んだサンドイッチ、人参のポタージュが並んでいる。


 おかしい。


 食事の時間だけはともにしていたルーフスが、外出もせずに自室に引きこもり、食事も一緒にとらなくなって2日目である。リコの食事は用意されているものの、彼が食事をした形跡は見当たらない。さらに、避けられているようで顔も合わせない。


 このままでは倉庫に魔力の補充に行くことも、魔力の練習もままならない。


 気がかりなのは、彼が引きこもり始めたのが、リコが彼の前で魔術をこっそり使った夜の翌朝からなのだ。勘付かれてしまったのだろうか。悪い予感に、リコは顔を歪める。


 しかし、こうして悶々と過ごすのも我慢の限界だった。


 リコはパンのかけらを口に放り込み、スープを流し込んだ。


 もしかしたら、家主は部屋で助けを呼ぶこともできずに倒れているのかもしれない。これは生存確認であり、偵察ではなく心配からの行為だ。


 これからする自分の行為が何もおかしくないことを脳内で確認し、リコは覚悟を決めて立ち上がった。


 ノックをしてもルーフスからの反応がないので、再度試みる。が、やはり反応はない。本当に倒れているのか? 一抹の不安からより力を込めてノックしようと手を持ち上げると、ドアが内側に開いた。


「なんだ?」


 突然ひらかれたドアの隙間から不機嫌な声が発せられ、ノックをしようとしていた手が行き場を失った。


 寝ていたのか白い髪の毛はぼさぼさで、いつもより細くあいた瞼から眠たげな瞳が覗いている。


 自分が目にしたものが信じられず、リコは息を呑む。そして確認しようと背伸びをして、身を寄せた。驚いて後ずさりするルーフスに構いもせず、顔を近づける。


 青年の瞳を凝視して、悲鳴にも似た声を上げる。


「め、目っ! 目が濁っていますよ!」


 彼の特徴でもある宝石のような赤い瞳が、白い膜が貼ったように濁っている。彼はさっと手で目をかばうように隠すとくぐもった声を出した。


「騒ぐな。気にすることではない」


「病院に行ったほうがいいですよ。お医者さんです。治癒師でも、回復師でもなんでもいいですけど、病気ですよ。目がそんな風に濁るなんて、ただごとじゃないです。早く専門の人に見てもらいましょう」


 ルーフスが警戒して屋敷に引きこもっているわけではないとはわかったが、リコは心配になってたたみかけた。


「心配ない。いつものことだ。それより、おまえはちゃんと食べているのか」


「こんなときに、私の食事なんてどうでもいいですからっ! 早く病院に行ってください」


 病院。自分の口から出た言葉にリコはハッとした。病院に行く彼の後をつければ、森の中をさまよわずに町までたどり着けるかもしれない。リコは緩みそうになる顔に力を入れ、どうにか心配する表情を作る。


「失明でもしたら、仕事もできなくなりますよ」


 リコの言葉を最後まで聞かないうちに、ドアは「心配いらない」と閉められてしまった。

 

 階段にある窓の格子を雑巾でなぞると、つもった埃が山をつくった。つまらなそうな瞳で埃の山を眺め、リコはため息をつく。吐き出した息が埃を舞い上げてふわふわと床に落ちた。魔力に触れることができない日々は退屈だ。


 意思疎通はできないが、前世のナディアはリコにとって姉妹のような友人のような存在になっていた。召喚者にも、早く会いたい。無邪気な少年の声を思い出しながら、リコは力なく手を動かした。


「リコ」


 ぼんやりとしていた思考に緊張が走る。実際に、誰かに名前を呼ばれたわけではない。ただ脳内で、姉に呼ばれる声が再生されただけだ。


 ほとんど思い出すことのなかった以前の世界を思い出し、リコは複雑な思いを抱えた。過去は忘れてすがすがしい気分だったはずが、どこか懐かしくて切ない感情に自分でも戸惑ってしまう。


 リコが姉と最後に話したのは、引きこもりになる1ヶ月ほど前の冬休みだった。帰省していた姉に、リビングで2人っきりになった頃合いを見計らって話しかけられた。


「ねぇ、あんた、笑ってるフリしてるでしょ?」


 唐突に姉に真意を見抜かれ、心の中で湧き上がる驚きと焦りを抑え込んだ。


 大学3年生になった姉は、黒髪を落ち着いた茶色に染め、毛先をゆるく巻いていた。控えめなメイクに流行と品の良さを両立させた服装で自分の魅力をより引き出し、可愛さの中に大人の雰囲気が漂っていた。もうこの家で一緒に寝起きし、時にテレビや朝のトイレの取り合いをしていた姉ではない。彼女はもう自分の知らない世界で生きているのだと、見る度にその溝を感じた。


「なんのこと?」


 これ以上詮索(せんさく)されまいと、わざと不機嫌に言い返して睨み返す。


「なんか心から笑ってない感じ。嘘っぽい。なにかあった?」


 あるはずの溝をやすやすと飛び越えて心配した表情を浮かべる姉に、土足で心を荒らされる不快感を感じた。


 姉には言えない。両親に愛される姉に、自分の気持ちなど理解できるはずがない。姉と自分は同じ環境で育ったのに全然違う。少しでも気を抜けば涙が溢れそうで、無理矢理に目を吊り上げた。


「お姉ちゃんになんか、わかるわけないよ」


 喉を絞るように声を出し、自分の部屋に逃げて自己嫌悪に陥った。心配してくれているのに、一方的に睨みつけて可愛くない妹。ひねくれ者で意地っ張りで、うじうじしてて弱くて格好悪い。大嫌い。良いところなんて一つも見つけられない。


 気がつけばまた、リコはため息をついていた。手にした雑巾は真っ黒に汚れている。


 勉強ができて美人で、周囲から愛されている姉にわかるわけがない。物語の主人公みたいに順風満帆で、きっと(どぶ)のような感情も抱いたことなんてない。


 姉妹なのに、どうしてこうも違うのか、神様は不公平だとリコは思っていた。


 だが、自分の本当の居場所はここだった。誰かに必要とされ、呼ばれたこの世界で、前世の記憶と力を手に入れて、ここでなら、変われる。


 リコは真っ黒に汚れた雑巾をバケツの水で洗い流しながら、自分に言い聞かせた。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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