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1−9 神様からの贈り物

 心臓を突き抜ける衝撃。目を見開き、リコは大きく息を吸い込んだ。眼前に広がる暗闇に不安と恐怖が脳を駆け巡り、理性はすっ飛ぶ。闇から逃れようと手を振りかざして声を張り上げる。

  

灯火(フレイムライト)っ!」


 叫んだ後で、自分が何と言ったのかわからなかった。ボッと何かが燃えるような音がして息を呑む。どこから現れたのか、宙に浮いた炎がリコの顔から闇を(ぬぐ)い、呆気にとられる顔を照らしていた。


 静寂。


 突然現れた炎の灯りが揺れ、棚の影が踊るように揺れる。そこは助けを求める声の主を探してたどりついた地下の倉庫だった。


 闇の中に(たたず)む炎が、赤く揺らめいている。あの大蛇の瞳と同じ色。弱者の足掻(あが)く様を、死を愉しそうに(わら)っていた紅玉(ルビー)の瞳。


「はぁっ……ぁあああぁぁぁああ」


 気が狂ったように悲鳴を上げて倉庫から飛び出した。燭台を握りしめたまま階段を駆け上がり、廊下を疾走して足をもつれさせながら二階へと階段を駆け上がる。


 自分の部屋に駆け込むなり乱暴にドアを閉めると、手からこぼれた燭台が床の上を転がった。


 手を心臓に押し当てると、どくどくと手のひらを押し返すような鼓動が全身の緊張をといた。そのまま撫でるように手を滑らせて左腕を強く掴み、あれは自分ではないと言い聞かせる。


 ナディアと呼ばれていた誰かだ。


 ドアに体を預けたまま床にへたり込む。先程の出来事が何度も頭の中で繰り返し再生される。


 不意にリコの生気のない顔が持ち上がり、瞳孔のひらいた瞳が何かに取り憑かれたように宙を見つめた。しばらくして、彼女は震える手を前に伸ばした。淡い期待を胸に、乾いた唇が動く。


灯火(フレイムライト)


 口からついて出てくる言葉に戸惑いを感じながら、己の手の先に現れた小さな炎に目を見張る。


「なに、これ」


 自分の言葉とともに、指先に現れた炎。理解ができないまま呆然としていると、風もないのに炎は吹き消されたかのように消えてしまった。


 再び唱える。


灯火(フレイムライト)


 さらに無心で唱える。唱える。


 3度目に出した炎が消えると、希望の光でも目にしたかのようにリコの顔がほころんだ。


 魔法が使える。


 ルーフスが無理だと否定した力が使える。


 リコは弾むように息を吸い込んだ。ここが自分のいるべき世界なのだと確信する。


 ところが、夢中で何度も繰り返していると炎は徐々に小さくなり、最後には何も起こらなくなってしまった。


 前に突き出す手にいくら力を入れて何度唱えても変化はなく、これまでの出来事が夢か幻だったのではと不安に駆られる。


 リコは無力になってしまった手のひらを強く握りしめて原因を考える。真っ先に頭に浮かんだのは、正体のわからないあの(もや)だった。


 地下の倉庫に火を灯した燭台を持って戻り、先ほど手を伸ばした剣に灯りを近づけると、宝飾の石に小さな亀裂が入っているのが見えた。


 大きく膨らんだ好奇心に押され、迷いもなく隣の剣に手を伸ばす。たちまち剣の柄を彩っていた宝石から(もや)が漂い、手のひらへと吸い込まれていく。期待通りの現象に、闇に溶け込んでいたリコの瞳が爛々(らんらん)と輝いた。


 瞬きほどの僅かな時間で周囲の風景は変わり、リコは芝生の上に座っていた。またもや肉体の主導権を失った状態に、これが現実ではないことをーー自分の身に起こる現実でないことをリコはすぐに理解した。


 だが、さきほど体験したものとは違い、映像は粗い。古いフィルム映画でも見ているように映像に線が入り、ピントが合わない。リコはどうにか情報を得ようと感覚を研ぎ澄ませる。


 視界に入った自分の手や体つきが小さく、子供の体だとわかる。それに周囲には複数の子供たちが自分と同じように座っているようだった。


 視線が手元から上がると、リコは奇妙な光景に内心たじろいだ。人物の頭が、塗りつぶされたように黒いのだ。


 リコと同じように座る子供たちの顔が、そして子供たちに囲まれて座る一人の大人の顔が黒く隠され、表情がわからない。


 リコの視線は、脛までかかる真っ黒な服に身を包んだ大人に向けられたまま動かない。体格からして男性だろう。周囲の子供たちも、その男性に注意を向けている。


 少しの間を置いて、男性の物腰柔らかな落ち着いた声が流れだした。


「皆さんは、これから自分の持つ特別な力を開花させていくことでしょう。ではなぜ、その力をもっているのか、わかりますか?」


 男性の声に、子供たちがいっせいに手を挙げ、指名された女の子が舌っ足らずな元気な声で答える。


「それは、わたしたちがいだいなる救世主さまたちの血をうけついでいるからです」


「その通りです。私達の先祖は、魔力と呼ばれるこの力を神様から授かりました。魔力は神様から愛された証でもあります。では、この国で最も神に愛されたお方はわかりますか?」


「「「我らの王、バルリエ様と赤の魔術師様です!!!」」」


 子供たちは合わせてもいないのに、声を揃えて答えた。


 リコの体が前のめりになり、小さな唇が動く。


「くなんをのりこえ、わたくしたちをこのあんそくの地へと導いてくださいました」


 興奮しているような弾む声が、リコの口から漏れる。


「その通りですね、ナディア。遠い昔、わたしたちの先祖は世界の中心に住んでいましたが、魔力を授かった我々に嫉妬した悪しき者たちが邪悪な力を持つ邪神の力を呼び覚まし、力を得たことによって我々は長い間(しいた)げられていました。そんなとき、悪しき存在から逃れ、新たな大地に導いたのが我らの王と赤の魔術師様を始めとする救世主様たちなのです。お二人の教えの通り、特別な力をもつ私達には、民を導き守る責務があります。かつてお二人とともにこの地を築き上げた偉大なる救世主様たちのように、私達もお二人にお仕えするのです」


 ナディア。


 男性は確かにリコのことをナディアと呼んだ。


 ナディア。リコは心の中で其の名前を繰り返す。彼女は何者で、どうして自分は彼女の中にいるのか。答えの出ない問いに呆然としているうちに、子供たちのたかぶった声が聞こえてきた。


「俺は騎士になる! 騎士になって悪いやつをとっ捕まえるんだ!」


「僕は魔術師になるよ! 魔術で悪しき者たちからこの国を隠して守るんだよ」


 騎士と魔術師は男の子の憧れの職業らしく、あちらこちらで声があがる。


「みなさん、よく騎士と魔術師のことを知っているようですね。ですが、彼らの大事な仕事は他にもありますよ」


「災害から民を守ることです」


 子供たちの中から声があがり、男性は頷いた。


「その通り。私達の特別な力は、悪しき者や災害から民を守るのです。では、物知りな皆さんに質問です。偉大なる三人の救世主様の名前を言えますか?」


 勢いよくリコの手があがる。周りの子供たちも次々に挙手し、指名された子供たちが元気よく答える。


「ブレント=シュタインベルクさま!」


「クリフ=デランシーさま!」


 まだ多くの手が上がっているにも関わらず、牧師の姿の男性は一人の男の子を見つめて声をかけた。


「リディ、君はどうかな?」 


「……ルオ=ヴァリアントさまです」


「正解です。みんな、よく覚えていますね」


 リコの前方に座る男の子が、耳を澄ませてようやく聞こえるような小さな声で答えると、男性は満足げに頷いた。しかし何が可笑しいのか、数人の子供たちが馬鹿にしたようにクスクスと笑う声が聞こえた。


「大昔、ここが呪われた大地だったというのは本当なのですか?」


 男性の傍らに座る男の子が、興味津々に質問する。


「ええ、本当ですよ」


 肯定する男性の返答に、子供たちがどよめき「怖い」「呪いって?」「聞いたことある」などと次々に口にする。


「どうにか辿り着いたこの大地には、すべての生命を拒むという不浄の魔物が棲み着いていました。緑豊かな現在からは想像できませんが、草木1本生えぬ荒れた地だったと言い伝えられています。そこで偉大なる救世主様たちは魔物と戦い、不浄の魔物は赤の魔術師様により封印されて、大地に生命が蘇りました。こうしてわたしたちは、ようやく楽園を手に入れたのです」


 紳士的な男性の声は、子供たちが騒ぐ中でもよく通るのに柔らかな声色だった。


「赤の魔術師様は三百歳を超えてるって本当ですか?」


 誰かが声を落とした真剣な口調で男性に質問を投げかけ、周囲が再びざわめきだす。しかしそれも、男性の穏やかな声によりすぐに静まり返った。


「驚くことはありません。赤の魔術師様は私達を導くために生を受けた神の使徒(つかい)なのです。慈悲深く、その大いなる力で今この瞬間にも私達を守ってくださっています。そしてこれからも、私達を導き、守り続けてくださるでしょう。最後に、我らを導いてくださる王バルリエ様と赤の魔術師様に感謝の気持ちを祈りましょう」


 目を閉じたのか視界が真っ暗になり、子供たちの合唱のようにそろった祈りの声が響きだした。


 リコが目を開けると、蝋燭の炎が揺れていた。耳にはまだ、子供たちの祈りの声が残っている。


 リコは闇に向かって手を伸ばす。


灯火(フレイムライト)


 はっきりと意思のある言葉に、音を立てて炎が現れる。リコはうっとりとした視線を炎に投げかけた。


「魔力」


 男性が言っていた言葉が、リコの口から零れる。魔力が扱えるのは、一部の限られた者だけらしい。そしてそれは、神から愛された証でもある。


 自分が選ばれてこの世界に来たのだという思いが湧き上がる。


 燭台を左手に持ち替えると、右手を前に突き出した。


氷短槍(アイスショートスピア)


 ナディアの言葉を真似ると、窓のない部屋で冷たい空気が動いた。冷たい風が渦巻き、手の先に両端が鋭く尖った氷の槍があらわれると同時に、周辺で小さな氷の結晶が美しく舞った。


 全能感が全身を満たす。


 手に取ると、ずっしりとした重さと痛いほどの冷たさを感じる。


 蝋燭と魔力により生み出された灯りが、恍惚(こうこつ)と口の端を曲げて笑うリコの顔を照らしていた。

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