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8 進む道1

「……レシア、テレシア! いい加減起きろ!」


 ん〜……もふもふ……もふもふ?

 スッと目を開けると、窓から朝日が差し込んでいる。


「……おはよう、レオン……」


 大きく伸びをしながら片手で目を擦ると、その手には猫の毛がついていた。

 またやってしまったらしい。


 ベッドの横に腕を組んで立ちツンッとそっぽを向くレオン、その尻尾は先端を小さく早く動かしていた。

 手の平についた黒い毛を見せて問う。


「ごめん、またやっちゃった?」


「いや、俺だってそうそう捕まったりしない! ……ちょっと尻尾を貸してやっただけだし」


 ツンツンそう話す彼は、横を向いたまま、少し顔を赤く染めていた。




 レオンがこの屋敷に来て、4年が過ぎた。私は6歳、レオンは推定9歳になった。あれから誰かを弾き飛ばすことはないし、さしすせそも克服した。

 ベッドから降りようと動くと、


「起きるか? じゃ、ラーダ呼んでくるから。また後でな」

「いつもありがとう」

「ん。」


 部屋を出るレオンにお礼を言うと、短く返事を返されて、身支度の世話を焼くべくラーダが入ってきた。




 2歳の時、屋敷のみんなを弾き飛ばして以来、朝はレオンに起こしてもらっている。

 レオンが起こしてくれると、不思議と猫の夢をみれる……当時そう思っていたら、寝ぼけた私がレオンの頭や尻尾を捕まえて撫で回していたらしい。それでも、いつかの被害を出さないために、あの時唯一弾き飛ばされなかったレオンは起床係、私専属従者として据え置かれていた。

 

 身支度と朝食を済ませると、子供部屋へ行き、3歳から習っている授業の時間だ。レオンも一緒に受けている。

 絵本を読んだり文字の読み書き、テーブルマナー等、前世の知識のある私は幼少期に必要な全過程を修了し、読書の時間となっていた。

 本を沢山読んで、まず確認したのはこの世界に“猫”あるいは“猫”に似た生き物はいるのかどうかだった。残念ながら、獣人と呼ばれる存在意外に猫のような耳と尻尾の生き物はいないことが確認できた。

 この世界には他にも王国があるが、獣人の国は存在しないこと、魔物がいて人間が魔法で討伐していること、このルトルヴェール国の大人は日常生活では無闇にと魔法を使わなこと(犯罪事別)、獣人は魔法を使えず、人間でも全員が使えるわけではないこと……他にも様々なことがわかった。

 公爵令嬢としてお小遣いを沢山もらっている私は、投資もしようかと思い“車”や“鉄道”、“気球”のようなものがないかとも探したが見つからない。他に何があるかな、前世で一般の高校生だった私に資産運用はまだ難しいって。ただあまりの大金に、何もしないのは勿体無い。




 この期間にレオンも必死に努力し、文字の読み書きもバッチリだ。


「ねぇレオン、魔物って見たことある?」

「ないよ。獣人商人はそういうところへは近づかない……はずだ……」


 歯切れの悪い彼に、ふぅ〜ん、と本をめくりながら返事をする。今日はこの世界の魔物調査についての本を読んでいた。


「レオン、テスト中ですよ。公爵令嬢へのお言葉遣いとしては、減点です」

「……それにしてもテレシア様は、本当に難しい本をお読みになりますね」


 講師を務めているミュレー夫人がカップをソーサーに置きながら、おっとりと呟いた。桃色の髪を夜会巻きのようにまとめ、タレ目がちの瞳、見た目からもおっとりとした雰囲気を醸し出しているが、侯爵夫人だ。

 獣人であるレオンにも、嫌な感情を見せることなく教育してくれた。

 ちなみに従者になる予定のレオンは、今ティータイム給仕のテストを受けていた。


「私の娘も読書が好きですので、テレシア様と良いお友達になれるかもしれません」


「学園でお会いできることが楽しみです」


 にっこりと笑顔を作り、当たり障りのない返事をする。親がどんなつもりでいても、子供同士のことは直接会って話してみないとわからない。


「学園へは、本当にレオンもお連れになりますの?」


 うーん……と少し考える。

 この質問が、何週間か前なら“はい“と即答していたことだろう。


 6歳から7歳になる年にかけて、草花の芽吹く季節になると神殿で魔力の測定が行われ、その後学園で学ぶことになっていた。転生前の小学校のようなものか。

 学園へ従者を連れていけると聞き、真っ先にレオンの名を挙げたが、公爵夫妻の反応はいまいちだった。冷静にこの世界での、特にこの国での獣人の扱いを思えば当然かもしれない。

 結局ミュレー夫人にも答えを出せないまま、レオンのお茶のテストはギリギリ合格点が下され、夫人は講師としての勤めを終えた。


 屋敷の外まで見送ると、お別れの挨拶をしささやかなプレゼントを渡す。


「テレシア様、何度も申しておりますが、テレシア様程教えやすい子供は見たことがありません。有意義な時間をありがとうございました」


「レオン、これから公爵家の外へ出るようになると、獣人のあなたにとっては辛いこともあることでしょう。公爵家の紋章を、肌身離さず、しっかり持っているのですよ」


 ミュレー侯爵夫人はそう微笑んで、馬車に揺られて行った。


「行っちゃったね……」

「ーーああ、いい人間(ひと)だったな」

「うん。庭園でも散歩しよっか」


 レオンと二人、手入れの行き届いた庭を歩く。まだ少し冷たさの残る空気が気持ちい。

 チョキンチョキンと音がする方を見ると、庭師の獣人が木を剪定していた。


「お嬢様! 講義は終わりですか」


 ニカっと笑う彼は「これ、喋りながら切ってはならん! 手元が狂うぞ」と、近くにいた人間の庭師師匠に注意された。


 4年間で、レオン以外にも獣人の使用人は増えた。お父様やお母様同伴での外出が解禁され、外出先で貴族から冷遇されている獣人を見かける度買い取ってきたのである。

 数が少ない、と聞いていただけのことはあり、また、屋外へ獣人を連れ歩く貴族ばかりでもないことから、まだ両手両足で足りる程度でしかないが……

 そしていくら公爵家でも、獣人の人権が確立されていない中遊ばせておくことは、屋敷内の使用人の嫉妬や妬みのもとになる。レオンだけは、あの事件以降私の専属として、また専属になるために教育が必要だとして、使用人の間でも認められているが……。新しく迎えた獣人達には、意外と力のいる庭師であったり、他の使用人や使用人見習いであったりと、人間の使用人と変わりなく接するようにと屋敷内へ命を下し、公爵家での仕事を任せていた。


 訓練場の近くを通ると、キン! キンッ! と剣のぶつかる音が聞こえる。公爵家の騎士団が訓練をしている。


 その近くで、尻尾が揺れる。何人かの獣人が素振りをしていた。


「お嬢様〜!」


 私に気付き、遠くから手を振ってくれるので私も振り返した。





 ーー以前獣人商人に出会した際、荷台にいた獣人をまとめて買い取ったことがあった。


「こんなに獣人を集めて……獣人が好きな気持ちはわかるが、一体どうするんだテレシア」


 お父様にそう言われて、


「人間より身体能力の高い獣人……騎士には向かないのですか?」


 思わずそう言ってしまったのだ。

 この世界の騎士は通常、魔法と剣、どちらも使えるものがなる。公爵家の騎士ともなれば、志願しても簡単になれるものではなく、警護や護衛の他魔物の討伐へ行くこともある危険な仕事だった。

 そんな危ないことに、もふもふの猫……の特徴を持つ彼らを向かわせるなんて! そう後悔したものの、一度放った言葉が消えることはない。


 “魔法を使えない獣人に、剣を持たせる“


 この発想のなかったお父様は真剣に考え、訓練志願者を募った。

 すると、騎士になりたいと志願する獣人もいたのだ。


 猫耳に猫尻尾があるとはいえ、彼らは猫ではなく人。人族でなくたって人だ。奴隷のように扱われるより、自分の意思で仕事を選んでやりたいことをする自由が、彼らにだってあっていいはず……。


 試しに魔法なしで、公爵家の騎士と志願した獣人で手合わせをしてみると、剣を初めて手にしたにも関わらず獣人が圧勝したのである。

 さすが、身体能力が高いだけのことはあるーー!

 魔法を使うと公爵家の騎士が勝利したが、消耗戦になるような時、魔力切れを起こした時、重宝するのではないかとの声が上がった。


 そこから、獣人騎士育成計画がポムエット家で始動した。


「レオンーー、今日はやらないのー?」

「後でなー」


 レオンと同じ年頃の、マスカットが剣を片手に呼びかける。

 女の子の獣人だがやはり志願者であり、身体能力が高いので獣人騎士を目指して訓練していた。


 ーーマスカット……名前をつけるのに困って、前世の果物の名前を拝借しちゃったんだよね……。

 耳を澄ませれば、見習い騎士でも屋敷の中でも、懐かしくも美味しそうな名前が時々聞こえる……。


 マスカットは、名前の通りマスカット色の耳と尻尾、髪の毛をした獣人だった。

 レオンも時々剣の稽古を受けていて、獣人騎士のメンバーとも仲が良かった。


「テレシア、ちょっと話してきていいか?」


 こくんと頷くと、私に背を向け、水分補給を始めた獣人騎士見習い達の元へと駆けていく。

 黒い尻尾が嬉しそうにピンと持ち上がっていて、マスカットから首に腕をかけられ、何やら話して笑い合う様子をみると……


 ーーレオンが猫に群がられてる……!

 ーーもふもふ天国……!


 ニヨニヨと顔が緩み、ハッとして頭を振った。いやいや、マスカットってば女の子なんだから! レオンに近すぎるって!

 人として考えなきゃ、そうわかっていても、勝手に脳内でレオン以外の全員が猫に変換されるから困ってしまう。

 それでも、彼らが安心して笑い合う姿は微笑ましかった。

 微笑ましい、はずだ。




「レオンも、本当は騎士見習いになりたかったんじゃない?」


 パッパッと服についた猫毛を祓いながら戻ってくるレオンに、そう声をかけた。

 レオンは、幼かった私の遊び相手として公爵家へ雇われ、そのまま私と過ごす日が多かった。

 お父様やお母様と外出できるようになってからも必ず一緒で、授業も一緒に受けて、前世でも一人っ子だった私は兄弟がいたらこんな感じかな、なんて思うようになっていた。


「いやーー? 剣は力が欲しいと思って習ってるだけだし。お前が望むなら、従者として学園に行くのもいいかなって思ってる」


 パチパチと瞬きをして、何を今更、そんな口調だ。

 

 ほわっと胸が暖かく、嬉しくなり、笑顔が溢れる。




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