42 獣人2
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昔々、何百年も前のその昔、人間と獣人の立場は真逆だった。
大陸は獣人の暮らす帝国が支配し、力が弱く動きも鈍間な人族は帝国で獣人のペットとして過ごしていた。
ある時、獣人が納める帝国の王が一人の見目麗しい人族と恋に落ちた。
二人の間にはそれは美しい、ヒトの姿をした女の子が産まれたそうだ。
ところが、帝王には獣人の王妃と第一王子がいて、ヒト族の妃と王女は迫害を受けてしまう。
属国であり隣接する島でもある人間の国に、逃げるように留学し、そこで王女は人間の国の王子と恋に落ちた。
それを知り面白く思わなかった王妃によって連れ戻された王女は、妃共々幽閉されてしまう。
王女を助けようと、元々人族の解放に向けて力を蓄えていた人間の国の王子は反乱を起こす。
帝王は愛する王女の父であることから処分されず人知れず幽閉し、帝王と王女を除き残った王家の血筋を滅ぼした。
しかしその者達は知らなかった。
帝王が代々担ってきた重大な責務を。
何故帝王は人族の妃を愛していながら、守れなかったのかを。
王の第一子に継承されてきた魔法が、第一王子の死により途絶えた。
帝王の王としての力が、第一子が産まれた時点で失われていたのだ。
帝国を乗っ取った人族が、同族をペットととしての扱いから解放する頃ーー人々はようやく異変に気付く。
明らかに何かがおかしい、そう強く思った時には全てが遅かった。
森の奥に潜んでいたはずの魔物達が次第に町を襲うようになり、帝国にも、属国にまでも、まるで解き放たれたように攻め入ってきた。
人族も、残された獣人も、事態を収拾するべく力を注いだが、魔物との戦いは長い年月を要した。
人族の妃と王女を哀れに思った元帝王は、幽閉生活でその命を落とす前に獣人の秘術を……継承は成せないが概要だけでもと娘へと教えた。
人族は王女が元帝王より伝え聞いた魔法を元に、長い歳月をかけ失われし秘術に近いものを生み出すことに成功した。
その後も様々な争いを幾度となく繰り返しーー
かつて一つの帝国だった大陸は、現在のルトルヴェール、ダーウィン、サントレア、と分断され、その他4つの島の一つはフリアンディーズと未開の魔物の森の境界、残り3つも様々な国に治められた状態でここ700年程保たれている。
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ここで一区切りですな、と村長は大きく息を吐く。
「700年……」
「ちょ……ちょっと待て、昔は獣人が統べていたものが逆転したのなら、神殿は一体何をしていたんだ?何故止めなかった」
「神殿は帝国滅亡後、獣人帝国の王女の母……最後の帝王の妃であった人間が、光魔法を使えるものを集めて今の本神殿の場所に創立したものですじゃ……ただひたすら、魔物に襲われた人も獣人も癒したい、神のご意志は正しかったのじゃと。魔物の襲撃という、いつ止むかもわからない恐怖に怯えた人々は神殿に光属性の物を差し出し、また神より“示しの玉”及び"対の書"を授かったこともありその勢いは増して行ったのじゃ……」
「!!!」
"示しの玉"とは、魔力測定の玉のことだろうか。
「それ程重大な歴史が、何故残っていないのかしら?」
ライラ先輩がいつになく真面目な様子で口を開いた。
「獣人の調査をするにあたって、特務団では様々な書物を確認したわ。神殿の協力も得ている。でも……どこにもそんな記述は見られなかった」
「700年より更に遥か昔のことでございます。まして滅亡した帝国、幾度となく繰り返された紛争、入れ替わった立場。こうしてワシが知っているだけでも、奇跡のような事だとは思いませぬか?」
一同は沈黙した。
けれどーー考え混んだ様子の後、ライラ先輩は苛立ったように続きを促した。
「それで……? この話が、フリアンディーズ領の様子のおかしい獣人と、またこの村と、どう関係があると言うんですか?」
嫌な予感がする。いやむしろ、嫌な予感しかしない。先を聞くのは怖い。
「さて、せっかちなお嬢さんよの。王女と人族が生み出した“秘術に近いもの“がその答えなのですじゃ」
「ーー村長さんのお話が本当なら、かつて大陸を占める程いた獣人が、人族に敗退し今はその数がここまで少ないとは、少々おかしいのではーー? この村にもあまり多くの獣人が暮らしているようには見えませんし、これまで見つからなかったのも解せません」
「獣人は……“捕獲”され“封印”されたのじゃ。“結界”を張るための生贄として」
そう言うと村長はおもむろに、隷属契約の紙をテーブルに出す。
「この魔術紙には、様々な魔法が組み込まれている……」
「獣人と人間、双方が端を掴んで契約を成すことで、獣人の魔力は自然と展開され獣人が“生活圏と認識”した地に魔を退ける結界を張るようになっておるーー代わりに、獣人は魔法が使えなくなるがの。その副産物として、人間は契約した獣人の居場所を辿れるのじゃ」
「ーー!!」
「……そして、封印前の獣人の記憶を消す効果があるのじゃ。そこの従者が頭を痛がっているのは……一度、契約を解除したことでもあるのじゃろう? 恐らく封印前の記憶が漏れ出たのじゃろう」
バリー卿が狼狽えたように口を開いた。
「で……では、魔物の増加と獣人の減少の関連が見られた理由は……」
「結界とて万能ではない。獣人にも生まれ持った“属性”がある。幾重に張られた結界も、足りない属性があれば突破できる魔物もいよう」
「……」
「それを知ったわたくしは、領地を守りたくて……結界を張ってくださる獣人様をああしてお世話していますの。薬漬けで、意識は混濁しておりますが……」
ずっと沈黙を貫いていたキャロリーヌが、ようやく口を開いた。
「そんな……村長さんもダニエルも、同じ獣人がそんな目に遭っているのを、何故見過ごしているのですか!?」
「……ワシらは、純粋な獣人ではないのじゃ」
「えーー」
ダニエルは立ち上がると、グイッとエルの腕を引く。
「イタッ」
「何をーー」
「エルを含め、この村に住む私達は獣人と人間の混じりものなのですよーー。耳と尻尾こそありますがね」
皮肉げに表情を歪めダニエルが言う。
「一度混じった獣人は、神の加護を得られない。結界を張ることもない。魔力も弱い……ここでこうして、淡々と……世界が滅ばぬように獣人を送り出すのが我らの役目なのです」
「ーーしかしそれももう、終わりが見え始めておる」
ガタリと音を立てて立ち上がる村長に、バリー卿、メイソン卿が剣を構える。
「危害は加えませんじゃ」
「封印の洞窟へ、お越しいただきたいのですじゃ。獣人の守護者様ーー」
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