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39 フリアンディーズ領3

 晩餐の席ではキャロリーヌの招待で、従者であるレオン、エル、リンジーも客として同席が叶った。

 テーブルには海鮮を中心とした初めて食べる料理ばかりが並び、塩気の効いた味に舌鼓を打つ。

「このお魚を煮た料理は、たまりませんね。これまで口にしたことがない新しい味です」

「こちらはタイラと言う魚を煮付けたものですわ。こうして照り照りにしても、何にしても合いますの」


 ソフィアが新しい味だと言うそれは、前世で言う白身魚の煮付けに似ていた。懐かしい味わい、醤油のようなものがあるのだろうか。


 お魚を食べる獣人さん……!


 エルは目をキラキラさせてわずかに見える尻尾が直立しプルプル震えている。リンジーは感情を出さないようにしているのか、わからない。レオンはほのかに警戒しているようで尻尾は左右に大きく揺れている。


 でも、今の私にはそれ以上にどうしても気になることがあった。全員の顔を見渡すと、他に気になる人はいないのか、誰も切り出さない。ソッとカトラリーを置くと、口を拭いながら自然を装って言葉を選んだ。


「ところでキャロリーヌ様、レオンやエルまで晩餐にご招待いただきとても嬉しいのですが、ダニエルさん、サミュエルさんは部屋でお食事を? 特にサミュエルさんはしばらくお会いすることがなかったので、久しぶりにお話したいと思ったのですが……」


 そう、晩餐の席にホスト側はキャロリーヌだけで、他の同席者はいなかった。


「サミュエルさんとはどなたですの? ダニエル……でしたら、所用があると戻って早々留守にしておりますわ」

「ーー!?」


「ダニエルさんの弟の、サミュエルさんですよ! 以前キャロリーヌ様が学園についれていらしていたではありませんか。ほら、ええと……6年程前に、セドリックとかセオドリックとか言う男子生徒に暴行を振るわれているところを助けた」


「何をおっしゃっていますの? あの時は、ダニエルが被害を受けましたでしょう? 私、セオドリック・オルドの自宅にも抗議しましたもの、よく覚えていますわ。それに獣人様であるダニエルに弟はいませんわ」


 ーーえ?


「レオン、レオンも会ったよね!?」


 焦ったように聞けば、しかし答えは“記憶にありません“だった。

 確かにサミュエルはいたのに、一体どういうことーー?




 取り繕うようにごまかしてやり過ごし晩餐を終えて、それぞれの部屋へ戻るとレオンだけ呼び出し、もう一度確認をした。

 しかしやはり知らないのだという。


「え、私の頭、おかしくなった? 」


「いや……俺の記憶とテレシアの記憶、順を追って照らし合わせてみよう」


 自分の記憶にある6年前サミュエルを助けた時の出来事と、レオンの記憶にある出来事を確認していくと、レオンの記憶ではサミュエルの部分は全てダニエルに置き換わっている。


「ーーつまりダニエルにはサミュエルと言う弟がいて、キャロリーヌもそれを知っていたし俺も会っている。けれど俺やキャロリーヌはサミュエルを覚えていないってことか」

「うん……」

「確か……講義で、忘却の魔法があるって習わなかったか? 禁術であるのと、呪文ももう残っていないとか。考えたくないけど、獣人が魔法を使えるならダニエルが使ったっていう可能性はないか?」

「ーー確かに……。でもダニエルさんは、フリアンディーズの紋章入りアクセサリーをつけていたような……。アクセサリーはつけてるけど隷属契約はしていない、ってこと……?」

「またはその、記憶にないサミュエルが魔法を使ったか、じゃないのか?」

「その可能性もあるっか……そういえばダニエルさんは、お披露目の日に“私たちにそこまでの信頼関係はない”“いつかお話できる時がくる”って言ってたような……」

「そうなってくるとダニエルが怪しいな。屋敷に戻ってきたら聞いてみよう」

「……戻ってくるかな?もし7日も前に姿をくらませた、とかだと私達には手のうちようがないかも」

「クロイツ第三騎士団長やウッドリィ神官が来るまでにダニエルと話せなければ、二人に相談してみよう」


 忘却の魔法が現実にあるとしたら……それが使われたとしたら、怖いな……。


「レオン、私が転生者ってことは忘れてないんだよね……?」


 不安になって問いかけると、レオンは真剣な表情(かお)から目をパチパチ瞬かせフッと微笑みを携えた。


「大丈夫。覚えてるよ。テレシアが勇気を振り絞って伝えてくれたんだ、絶対に忘れない」


 言葉と同時に手が伸びてきて、頭をわしゃわしゃと撫でられる。

 大きく温かい手、安心するーー。


「明日は領内の観光だろ? 旅の疲れもある。今夜は早く休んだほうがいい」

「……うん。いつもーー本当にいつも、信じてくれてありがとう、レオン」


 こうしてフリアンディーズ領での最初の夜は更けていった。







 翌朝、部屋で朝食をとるとキャロリーヌの案内で領内へ繰り出した。

 考えてみれば、王都でも神殿と学園と自宅、時々実習を行ったり来たりで、こうして自由に街を見て回るのは初めてかもしれない。


 動きやすい、ドレスとワンピースの中間のような服を身に纏い、海辺の通りへと向かった。

「海自体初めてで……どこもかしこも幻想的で美しいですね」

「まぁ、ソフィア様ってばお上手ですこと。私には見慣れた田舎の風景でお恥ずかしいのですが、王都からいらした方にはそう映るんですのね」


 エリアスも感嘆した様子でつぶやく様に声にした。

「海がこんなに透き通っているものだったなんて。波の音も、どんな音楽にも勝ります」


 澄みきった空色の海は、前世では見たことがない程美しい。


 海沿いの商店通りでは、新鮮な海鮮を買い付けできる店があったり、海産物での工芸品が売られていたり、初日に見てきた通りより活気があり、護衛の騎士から離れない程度に各々好きに見て回る。


 貝焼きを売る露店もありいいにおいだが、レオンにもエルにも"今日は団体行動だから"と止められた。

 食べられる日は来るのだろうか……。


 そうこうしている間に、ライラの表情が段々と曇っていく。


 先輩も貝の串焼きを食べられなくて残念なのかなーーやっぱりさっきの店に戻って買ってーー


 と考えたところで、ついにと言った具合にライラが口を開いた。


「ところで、獣人を全く見かけませんね。確か、キャロリーヌちゃんは獣人を保護しているんじゃなかった?」


「こらっ!獣人様を呼び捨てとぁ何事かっ!」


 途端、珊瑚のようなアクセサリーを扱っている店の店主に怒鳴られた。


「獣人……さまぁ?」

「アンタのようなやつに売るものはねぇ!けぇれ!!」


 箒で掃くように店を追い出され、顔を見合わせる。


「まぁ、この店の者が失礼をしましたの。フリアンディーズ領では、獣人様の扱いが他所とは違いますのよ。それでは、ライラ先輩が痺れを切らしたところで《《獣人様》》の居住区へ参りましょうか」


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