37 フリアンディーズ領
「転移、フリアンディーズ」
先に行った騎士を追って、手を繋ぎそう唱えると一瞬視界が歪んだような奇妙な感覚に襲われる。
次に感じたのはーー空気が違うーー
王都でのカラっとした暑さは身を潜め、夏にしては少し涼しい潮風が吹く。
「ここがフリアンディーズ領ーー」
見上げれば転移前に見たそれと同じ門がそびえ建ち、あたりを見渡すとそこが高台になっていることに気付く。眼下には、たったいま地上に誕生したかのような、煌びやかに跳躍する海と領地が広がっていた。その先は青く霞み、海の色なのか空の色なのかわからない。
思えば、転生してからこの世界の海は初めて見た。
「きれーー……」
「壮観だな……」
隣に立つレオンの耳飾りがシャララと揺れた。平原の続く王都周辺の街とは全く違うその場所に一瞬でついた事実に、改めて異世界を実感する。
ここにーー
「もふもふパラダイスが、待ってるんだーー」
「……行こうテレシア。キャロリーヌ達が待ってる」
共に景色に感嘆したあとそう言って、そっと手を差し伸べてきた。
ここから騎士は騎馬で向かい、それ以外は馬車2台に分かれて向かう。一緒に転移してきた馬車へ乗ると加速の魔法をかけ坂道を下っていく。
私とエリアス、ソフィア、ライラ先輩と乗った馬車で、今後の行動をエリアスが切り出す。
「一人ではけっして動かず、行動するときは必ず騎士を最低一人行動させてください。特にテレシア様、ライラ様」
「えっ!」
「もちろんですよ?」
二人の声が重なる。ライラ先輩はともかく、私まで名指しされるなんて心外だ。
「もふもふパラダイスが待っている、っと。先程心の声が漏れていましたよテレシア様。確かにフリアンディーズ領は、王都の次に獣人が多いとの調査結果となっていましたからね」
口元に手を当て、クスクスとエリアスに指摘された。私も聞きました、と追従するソフィア。
声に出てたなんてーー恥ずかしい!
あれ? その時レオン隣にいなかった!? 無視した!!!?
後でお仕置きしなきゃとか、この場を乗り切る言い訳等を考えているとテンション高めなライラ先輩が、拳を握り熱のこもった様子で語り出す。
「いや、わかる! わかるよテレシアちゃん! この地でどんな獣人達が、どんな暮らしをしているのか! 何色の獣人が! 何人! 模様はあるのかないのか! 毛の種類はつるつる、もふもふ、ムチムチなのか! いや、北北東という立地を考えると本命は長毛のもふもふだろう! 住む地で食の違いはあるのか! 考えただけでも胸が躍るよねぇ! 一度調査に来たかったのに前回の調査では私はここは担当させてもらえなくて、今日がどれだけ待ち遠しかったことか……んんっ、調査ももちろんしますが!」
勢いよく語り出した獣人愛トークは、最後、エリアスとソフィアからの冷たい視線を察知して失速し、とって付けたような台詞を吐いた。
うん、どう考えてもライラ先輩と同列に扱われるのは私が可哀想じゃない?
ここまで酷くないよ私。
一人で飛び出していきそうなのはライラ先輩だ。
「絶対に一人では動かないでください、良いですね? ラ・イ・ラ・先・輩」
笑顔なのに強めな言葉。
違う、ライラ先輩! そこは照れながら返事をするところじゃありませんよーー!
そんな話をしている間にあっと言う間に領内まで到着した。
辺境伯邸を目指し道沿いに進むにつれ“海に囲まれた領地“その華やかなイメージと違い住民の雰囲気はどことなく活気がなく暗い。
転生してから読んだ本では、フリアンディーズ領は魔物の巣食う森と隣接こそしているが、海に囲まれ漁の盛んな活気に満ちた土地だと書かれていたはず。
ーーどういうこと?
和気あいあいと話していた馬車の中もいつの間にか静まりかえり、通常速度で駆ける蹄の音が響く。
「あのーー明るいキャロリーヌ様からは想像もできませんでしたが……エリアス、やはりフリアンディーズ領の噂は本当だったのでしょうかーー?」
「噂?」
ソフィアの問いに口を挟むと、真面目な声色のライラが答えた。
「ーー残念ながら本当よ。前王陛下の事件の後、追悼にこそ訪れる者はいても……フリアンディーズ領はね、見捨てられたの……」
「ーー見捨てられた?」
今度はエリアスが口を開く。
「フリアンディーズ領は、魔の森と隣接していることから、代々実力者がその跡を継ぎ騎士団の保有も認められてきました。
ある時、辺境伯では手に負えない程森から魔物の大群が責めてきてーー強大な魔力を備えていた先王は、王家の権威を示そうと自らその救援に応じた。もちろん、万が一に備え神官も引き連れて。しかし陛下が大魔法を放った直後、詳しくはわかりませんが急所を一撃だったーーそう聞いております。同行者がカミーユ神殿長様だったなら、或いは可能性があったのかもしれません。あの御方は、それ程の奇跡を行使できる御方だそうです。しかし、その場にいた神官では手の施しようがなかった」
誰もが何も言えなかった。
「それ以来……この地は忌み嫌われ、他領との取引きが出来なくなったとーー」
エリアスの、繊細な声が重みを帯びてその場に響いた。
一行はそのまま、キャロリーヌの家である辺境伯邸へと到着した。
今日が天候に恵まれてよかった。
そうでなかったら、この黒い館は先程の話も相まって恐ろしく見えたかもしれない。
馬車を降りると、王都で見かけるような白く輝く建物とはうってかわって、黒く、重厚な雰囲気の辺境伯邸が目に入った。




