4 初めての贈り物2
数日後、完成したアクセサリーを子供部屋で開けていた。扉には護衛の騎士が2人、部屋の中にはラーダとメイド2人がいる。
ネックレスの金色プレート部分にはポムエットの紋章が彫られ、ポイントで青い宝石が埋め込まれている。
屈んでもらい、やや長めのチェーンをレオンの首へかけると胸の間でキラキラと輝く。
「はわわ……レオン、しゅてきでしゅ……」
美少年にアクセサリー、最高!!
耳飾りは左耳に装着して……。三角の金色の枠に青い三角の石? がはまっていて、やはり紋章が彫られている。並んでシャラシャラと付属する細い金色の棒にも、キラキラ輝く極小の宝石があしらわれ、お母様がオーダーメイドを強調するために注文したものだった。
ラーダと一緒に鏡の前にレオンを連れて行くと、わずかに顔を赤くして腕で口元を覆った。
「お……っまえは、よく恥ずかし気もなくそういうこと言えるな! 2歳児はみんなこうなのか!?」
「むぅ、レオンだって変わらないでしょ?」
ふんすと鼻息が荒くなる。それに中身は高校生なのに、失礼してしまう!
「一緒にすんな。俺は5歳だ……多分」
「えぇぇっ!? しぇの高しゃわたしと変わらないのに?」
手を背比べするようにしてレオンのおでこにビシリと当てる。嫌な顔をされてパッと払い退けられた。
美少年は顔を歪めても美少年ね。
「差し出がましいようですがお嬢様、獣人には成長期が何段階かあり、子供のうちは小さい期間が長いのですよ。レオンが5歳でも不思議はありません」
「しょうなんだ……」
ラーダが補足してくれた。
「多分って、レオン、お誕生日はいつでしゅか?」
「……覚えてないんだ」
「ーーえ?」
「誕生日も、親も何も覚えてない。何日か、何ヶ月か、檻に入れられて、あの商人たちとあちこちの領地を転々としてたからな」
「もしかしたら産まれた時からそこにいたのかもしれない。売りに出される時は首から“5歳”の札をぶら下げられたから多分5歳なんだと思う」
「しょ、しょんな……」
「テレシアと会った日は、俺のいた檻の獣人が一人売れて……俺を仮隷属させていた商人は留守だったんだ。鍵があいた隙に飛び出して……その後のことは悪かったと思ってるけど……」
話すぎたか、と呟きながら聞かされた話は衝撃的だった。口の中がカラカラに乾く……。
「レオンには殴られたような痕はありませんでしたのでご安心ください、お嬢様」
「傷があると売れなくなるからな」
ラーダとレオンのやりとりが遠くで話しているかのようにぼんやり聞こえる。
「ーー他にも、獣人しゃんいっぱいいたの……?」
ドッドっドッドと心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が出てくる。
「? 当たり前だろ? やつら獣人商人なんだから」
鈍器で殴られたかのような衝撃に身体が揺れる気がした。どうしてその可能性に思い至らなかったんだろう。
「俺より小さいやつも大きいやつもいたな。餓死しない程度に水と食べ物が渡されて……それでも、商人は暴力は振るわれないからマシだって言うやつもいたな。貴族は俺たちで遊ぶって聞いてたから、そう言う奴には売れないようにみんな必死で……」
「いやぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
大粒の涙が溢れた。断末魔のような叫び声に、勢いよく子供部屋の扉が開かれ騎士たちが駆け寄ってくる。
レオンを拘束しようとする騎士がいたが子供部屋にいたラーダがそれを静止し、テレシア様、と話しかけてくる。が、涙が止まらない。
「うわぁぁぁぁーーんっ」
「何があったのテレシアちゃん!」
一体何処まで聞こえたのか、お母様と他の騎士達が扉の向こうから走ってきた。
獣人商人、そんな職業があるだなんて。お父様がレオンを買ったと言った時に、もっと深く考えるべきだった。獣人の扱いは奴隷みたいな感じかと脳裏を過ったのに、それ以上考えていなかった。そのまんま獣人奴隷商人ではないか。大好きな猫……によく似た耳と尻尾をもつ獣人が、もふもふ癒しの、それだけで尊い存在が、そんな目に遭っているなんてーー。
悲しみと怒りが込み上げてきて、感情を素直に表す体は涙が止まらなかった。
わんわんと泣き続ける私の周りでお父様の声がしたかと思うと、周りが騒がしくなった気がするがよくわからない。
どれくらい泣き叫んでいたんだろう。レオンの手が背中に触れた。
「テレシア、怖い話して……悪かった。2歳のお前にはきつかったよな?」
「公爵令嬢のお前は、そんな目に遭うことはない。大丈夫。こんな扱いを受けるのは獣人くらいで……世の中怖いことばかりじゃない」
「うっ……ううぇぇんっ……ひっく……ねこしゃんがぁ! しょんなめに……ひっく! ゆるしぇなっいっ! ーーっ!」
「“ねこしゃん”って獣人のことか?」
「うんっ。本当は違うけど……うぅ……でも獣人しゃんはねこしゃんっ似てるのにっ! こんなしゅてきなお耳と尻尾があって……それだけで尊いのにっ! 撫でるとしあわしぇ! もふもふっ! ねこしゃんの下僕でいいのにっ」
泣きながら話していると、一瞬怯んだ様子がしたものの、レオンが頭をポンポンしてきた。滲む視界の向こうに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした彼がうつった。
「深呼吸して、落ちつけって、な? 周り見ろよ。公爵様も公爵夫人もラーダも騎士達も、酷いことになってるぞ。それに、みんな心配してる」
えーー?
言われてレオンの肩越しに部屋の中を見ると、家具が倒れて散らかった部屋、床に座り込んだようなポーズのお母様、肩を抑えてしゃがみ込みながらこちらを見ているお父様、遠くで仰向けに倒れている騎士さん達やラーダ、メイドがいた。
「ーーっ!? 何があったんでしゅ!?」
あまりの大惨事に、一度しゃっくりが出た後渦巻いていた感情と涙が引っ込んだ。
くぴ、くぴっと甘い香りのミルクを、自室のソファに座って飲む。
「落ち着いたかい、テレシア」
こくんと頷くと、安心した様子のお父様とお母様が微笑んだ。
「お父しゃま、肩のお怪我は? わたし……何があったんでしゅか?」
「心配いらないよ。神殿から治癒師を呼ぶからね。私達も、よくわからないんだ。レオンやラーダに経緯を聞きたいから少し待っていてくれるかい?」
「レオンは何も悪くありましぇん……!」
先程の、貴族が獣人に対する扱いの話を思い出し思わずビクッとする。お父様やお母様がそんなことするわけない、とすぐに思いなおす。
「わかっているよ。テレシアがどうしてあんなに泣いていたのか、お話を聞くだけだよ。」
「テレシアちゃん、ミルクを飲んだら少しおやすみなさい。たくさん泣いてお熱が出るかもしれないわ……」
「はい……わかりました。お父しゃま、お母しゃま、ごめんなしゃい……」
ベッドに入る私を見届けてから、2人が部屋から出て行った。一体何があったんだろうと思考を巡らせるも、泣きすぎたせいなのか頭がぼーっとして考えがうまくまとまらない。
そういえば、初めてレオンから触れられた気がする。
猫耳美少年の頭ぽんぽん……尊い……
公爵家の執務室には公爵夫妻、レオン、ラーダ、先程テレシアの警護にあたっていた騎士達が集まっていた。
「それで、一体何があったらああなったんだ。一から説明しなさい」
「部屋の中にいましたのは私とレオンだけです。恐縮ですが、私からお話させてください」
そういうと、ラーダは子供部屋での出来事を一から説明した。
「ーーその後はご覧になった通りです。テレシア様を宥めようと、近寄りましたが弾き飛ばされ意識を失いました」
「自分達も、なんとかお嬢様に近寄ろうとしたのですが弾き飛ばされ……咄嗟に魔法の展開も間に合わず家具を倒してしまいました……! 警護を任されておりましたのに、申し訳ございません!」
「はぁ……わかった。その後、わたしたちも弾き飛ばされたと言うわけか」
「レオン、お前は終始近くにいたとのことだったが、何故無事だった?」
公爵は頭を抱えた。
「公爵様、俺は魔法のことはよくわかりません。獣人には魔法が使えませんから」