35 頭の痛い密談
テレシアを王城へ呼び出した日の夜、城内にあるプライベートルームで4人が密談をしていた。
豪華な作りのその部屋は、装飾の施された白い天井に対して重厚感のあるワインレッドの壁にダークブランの家具が配置され、城内の他の部屋とは明らかに趣向が違った。その一角に様々な酒が置かれ、そこから程遠くない場所にテーブルと椅子が置いてある。その手触りの良い長椅子に腰掛けた、部屋の持ち主が口を開く。
「それでーー、ようやく会えた獣人の守護者は、どうだった?」
第一騎士団長であり、ルトルヴェール国王の友でもあるレドアラン公爵は、薄明かりの灯るその部屋でアルコールの入ったグラスをクルクル回しながら答える。
「ただの子供だ」
「あれ程興味を示していたと言うのに、その返答は解せないね」
「座っていいと用意された上座、その意味を汲めず自分の立場を未だ把握していない、公爵家の一人娘とは思えないほど純真な子供だな」
「普段の軽薄なイメージ通り汚れ切った大人みたいな返事だな」
くくく、とユーグ・ルトルヴェールが喉の奥で声を鳴らす。
三大公爵の一人であり“遊び人”として知られるレドアランは、赤い髪を束ねて横に垂らし襟元が空いた服を着ていた。そんな見た目でも第一騎士団を取りまとめるだけではなく、衛兵の統率、時には自ら調査も行い数々の陰謀を防いできた人物だ。酒と女が集まる場所には情報も集まる、軽薄を装う方が都合がいいのだ。ーーただ、婚期は逃している。
「只者じゃない事は確かだろうな。どんなに聡明な子供だって、2歳当時の出来事を鮮明に覚えているなんて有り得ない。そして常識を常識として捉えない着眼点。何かあると見て間違いないだろうが、そこを隠しきれないところが子供だ。彼女のことなら、俺ではなく《《カミーユサマ》》に聞いた方がいいんじゃないのか?」
赤い液体を一気に呷ると、斜め横に腰をかけ一人だけ紅茶を飲んでいるカミーユに話を振った。
「ソレを聞いちゃ駄目だろーー」
「テレシア様ですか? 一言では言い表せませんね。教えた魔法はほぼ全て使いこなし、尚且つ無詠唱。これが学園でもそうだと言うのですから驚異的ですらあります。しかし他国をも覆った魔力測定の光が仮に本当に、彼女の魔力量であるとするなら全属性で膨大なとは言い表せない程多大な魔力、使いこなせるのも納得です。そして例の能力以外教えていない魔法は使えないのです。先日のゼリムの街の件も、凄惨な現場を見た翌日とは思えない程冷静に治癒を施しておいででした。中々公爵家と言う温室にも似た庇護下で育った《《普通の12歳の子供》》に出来ることではありません。それに何度かお伝えしましたが、私は彼女が誕生した日、魔力測定の日、天の啓示を受けております。一度目はそうとは気付くことが出来ませんでしたが、二度目には未来を垣間見ました。あれこそ神の目指されーー」
「まったまった! 《《何度も》》の間違いだろう。その話はもう聞き飽きた。それで?お前はフリアンディーズ領の調査へは向かえないんだったな」
「誠に残念ながら……。長くこちらに留まり過ぎまして耳の痛い報告が届いております。転移門での移動にはなりますが、他国を回らねばなりません」
「その他国でも、獣人の守護者については順調なのだろう?」
「残念ながら、国家間協定により私から他の国々の情報は許可のあったものしかお伝えできません。しかしながら、神のご意思である以上、神殿としましては場合によっては強制的手段に出ることも吝かではありません」
この味もしばらくお預けですね、とカップを空にしたカミーユは自ら同じものを作り始める。彼にテレシアの話を振るとシラフなのに朝まで語られかねないと、部屋にいる全員が知る事実だ。
沈黙を貫くもう一人へと、ユーグは話を振った。
「お前から見た彼女はどうだった? クロイツ」
「……迂闊」
クロイツ第三騎士団長は室内だと言うのにフードを被り、その隙間からは薄金色の髪、深い紫の瞳が覗く。隠密行動が得意で“獣人の守護者”が現れてからは時々テレシアの監視任務にあたっていた。
「迂闊とは……また、何かあったのか?」
「右ストレート……見られていた。恐らくかなりの数の生徒。明日には噂になっているはず。学園内には既に獣人の新法案の噂が流れている。現在ポムエット公爵家の三分の一は獣人。余程の愚か者でなければこの意味がわかるだろう」
ぼそぼそとした小さな声だが、静かな夜の部屋には充分響き渡る。近くには空のボトルが3本程置かれ、その手は4本目をあける所だ。普段より《《多少》》饒舌になったとしてもおかしくはないアルコール量だった。
「そして……先日のゼリムの宿。“獣人の“守護者は嘘だと言っていた。“獣人の”に相当する言葉は見たことのない口の動きをしていた。“天生者”……?壁の方を向いてしまって、それ以上は見れなかったが、あんな所で話す……迂闊でしかない」
「何だと!?」
「それは本当なのか!!? 獣人の守護者ではないと言うなら、一体何の守護者なんだーー。カミーユ!!お前が“獣人の守護者”であることを強く保証したではないか」
「テレシア様に発現された能力、獣人の減少と比例して増える魔物の数、そして天啓の未来に、隷属契約破棄で開放される獣人の能力……その全てがどう繋がるのか定かではありませんが、“獣人”が鍵であることに間違いはありません。また、彼女が《《“何の”守護者であったとしても神より与えられた名は変わらず、彼女が“獣人の守護者でありたい”そう願いその様に御力が働く》》のであればそれで良いのです。ーーそれよりもユーグ? クロイツ? 先程恐ろしい話が耳に入ったのですが私の聞き間違いでしょうか?」
酔が冷める音があるとすれば一人には聞こえていたことだろう。ある人物にとっては悪事である行為が、よりによってバレてはいけない者にバレてしまった。
「間違ってないよ、カミーユサマ! ウッドリィよりヤバくて悪質なストーカーがテレシア嬢を付け狙ってるってさ」
不意にパキッと音がしたかと思えば、カミーユの手元のティーカップが持ち手のないカップに変わっていた。
「な、何て言い方をするんだレドアラン! か、カミーユよ? これは国王として仕方のない命令だったんだ。それにいくらクロイツでも観ていい場面とそうでない場面くらい弁えている。な、なあ?」
「別に……。講義を受けたり、着替えとか、食事とか。入浴は泡風呂派。獣人レオンと一緒に床入り。何も異常は、ない」
「お、おい、クロイツ? 着替えや入浴まで見張れとは言ってない。私は断じて言ってないぞぉぉおカミーユ!!」
「え? レオンくんとテレシア嬢ってばそういう関係なの!?? 異種族交配!!?」
「そこまで……してない。ただ時々一緒に眠るだけ」
しかし今度こそ、カミーユの手元に最早コップと呼べるものは無かった。
「よーーくわかりました。あなた方には少し、お仕置きが必要な様ですね。キツメな」
笑顔なのに笑ってない、とはこう言うことだろう。美人が怒ると本当に怖い。それをこの夜、3人は身を持って知ることとなったーー。
「俺関係ないでしょーー!?」
レドアラン公爵の悲痛な叫びが響き渡ったとかなかったとか。
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