34 痣
その日の夜ーー食堂にエル、レオンと共にエリアス、ソフィアと席をとった。
「て、テレシア様っ! なんですかこの可愛らしい女の子?男の子?ーー!」
「そちらが、例の右ストレート事件の……?」
“右ストレート事件“
すっかり広まってしまった噂は、翌夜である今ではそう呼ばれるようになっていた。
穴があったら入りたい……。
「コホン、こちらはエルと言います。お察しの通り、昨日仲良くなりました。エル、ご挨拶できる?」
「はい。は、初めまして、獣人のエルって言います。未熟なところが多いので、失礼があったらごめんなさい。今日は、テレシア様のお言葉に甘えて同席させてください」
頬を赤く染め、服の裾を固く握り締めたエルは、しかし耳が怯えていなかった。事前に、私の友達で優しい人達と食事をとると説明してあった。
「ま、まぁ! 6歳くらいかしら? 懐かしいサイズ感ね。小さいのにしっかりして……そしてサラサラの青い髪に宝石のような青い瞳! なんて可愛い子なんでしょう……。獣人を着飾って連れ歩く趣味の方の気持ちが今日はじめて分かったかもしれませんーー」
両手で頬を押さえて頭を左右に振りながら早口で語るソフィアは、余程エルがツボにはまったようだ。
「ソフィア、エルさんが困ってしまうよ。少し声を押さえて。エルさん、レオンさんも掛けてください。一緒に食事をとりましょう」
自然とソフィアの隣に着席したエリアス、其々の隣に従者が座り、ソフィアの向かい側に座る私の隣にエル、その隣にレオンが着席した。
エルの食事は“自由に選んでいいなんて……どれを食べたらいいかわからない”と困っていたので、夜の食堂では一番人気のステーキを選んできた。
「エルちゃんーー、お姉さんがステーキ切ってあげますよーー。良いですかーー」
すっかり小さな子に話しかける口調になったソフィアが、同意したエルのお肉をカットしていく。
「あ、ありがとうございます……。ボク、まだナイフが上手く使えなくて」
はにかんで笑うエルは本当に愛らしい。
「こんばんは皆さん、ご一緒しても宜しくて?」
キャロリーヌとダニエルが食事のトレーを持ってやってきた。
ーー来たーー
心よく同席をすすめると、キャロリーヌは私の隣、その隣にダニエルが着席する。中々の大人数だ。
「まぁ、テレシア様! 随分愛らしい獣人の子供をお連れですのね?」
「はい、新しく従者になったエルと言います」
エルが先程と同じような挨拶をすると、ソフィアがまたキャアキャアと騒ぎ出し、獣人が好きなはずのフリアンディーズですら、あまりの言動にちょっと引いて見せた。
「夏季の帰省休暇ですがーーキャロリーヌ様はもうご予定はおありですかーー? 」
食事をとっていた手をとめ、エリアスが柔らかく微笑みながら問いかけた。
「私ですの? 領地へ帰るくらいしか、特にありませんわねぇ。昨年は、ソフィア様のお屋敷と別荘にご招待いただいて、とても楽しかったですわ! 」
懐かしそうに去年を振り返る。
「実は、去年もお話したと思いますが、私も一度フリアンディーズ領を訪れてみたいと思ってたのです。エリアスとテレシア様も一緒に、どこか宿でもとろうかと話しておりましてーー」
「あら! あらあら! 我領地へいらっしゃるのでしたら、是非屋敷へ招待させてくださいですわ! もちろん、テレシア様の獣人も大歓迎ですし、我が家程フリアンディーズ領で皆様が滞在なさるのに相応しい場所はございませんわ!」
「お嬢様、勝手に決められてはーーまずは屋敷に手紙を書きませんと」
「あら、そうでしたわ。確認が取れ次第、改めてご招待させていただきますわ!」
こうして、フリアンディーズ領への訪問があっさりと決まった。
「そういえばソフィア様? テオ様はご一緒しなくてよろしいんですの?」
「ーーあーー、はい。彼には彼の時間がありますから」
そう答えるソフィアの表情は暗いものだった。
寮の部屋へ戻るとボスンっとベッドへ飛び込んだ。
「はぁーーーー無事キャロリーヌ様に話せてよかったぁ」
「こら! テレシア! 今日からエルもいるんだぞ」
がばりと起き上がると、ドアの前で目を丸くしたエルが立っていた。
「あのねエル、レオンとは姉弟のように育ったから、普段はこんな口調なの。人前では、ちゃんとしないとレオンが怒られちゃうから敬語にしてもらってるけどーー」
「兄妹、の間違いだろーー」
「お二人とも、仲が良いんですね」
口に手を当ててクスクスと笑った。
「明日もあるし、もう入浴しなきゃね」
「あぁ、じゃ俺はエルと待ってるからテレシア先ーー」
「え? 二人一緒に入っちゃったほうが早いじゃない? エル、洗ってあげるから一緒に入ろーー」
「えっ! あのっボクーー」
そう言って手早く寝巻きを持つとエルの手を引いて浴室へ入った。
浴槽のコックを捻り泡風呂の液体も入れて、湯船をもこもこにしていく。
「あ、エルは泡風呂大丈夫だったーー?」
「えっ? この中に入るんですか? 昨日みなさん達と入ったのは透明なお湯だったから……」
「泡がモチモチしてて面白いよ! ささっ、脱いで脱いで!」
裸になり振り返ると、エルは服を着たまま立ち尽くしていた。
「ーー? お風呂嫌いだった? レオンもこの寮に来た頃は、お風呂苦手だったみたいなんだよねーー」
「……ぼ、ボク、背中に変なアザがあるらしいんです。自分じゃ見えないけど……前のお屋敷でも気持ち悪くがられて。ご不快にさせてしまうかもしれません」
「そっか……辛かったね。私は気にしないけど、もし見られるのが嫌だったら後ろ向いてるから、このタオルを巻いて」
程なくして「できました」と声が聞こえて、一緒に湯船に入る。
青い髪をよく濡らした後モコモコと洗った。
「力加減、痛くない?」
「き……気持ちぃですテレシア様」
横から顔を覗くとぽやんとした表情をしていた。
転生前に暮らしていた猫はお風呂が苦手だったけど、獣人さん達は大丈夫みたい。
植物を乾燥させた、スポンジのようなものを手に取ると腕を洗っていく。しかしそれはすぐ取られた。
「じっ、自分でできます!」
小さな身体がせっせと手を動かすと、タオルがふわりと湯船に浮かび……泡湯の間から見えた背中にはーー
「ねこっ!?」
驚いて勢いよく立ち上がると湯船はザバッと大きな波がたち手桶が盛大に音を立てて落ちた。
「どうした!?」
声と同時にドアが開いてレオンが飛び込んできてーー
扉を向いて固まった。
ええとーー、私は素っ裸で泡風呂から立ち上がっているからーー。
一瞬の間を置いたあと、レオンの顔が茹でトマト程赤くなりーー。
「「キャーーーーーーーーッ」」
私とエル、二人の甲高い声が響いた。
周囲にあるものを適当に掴み投げつける。
「レオンのバカ! えっち! 変態っっ! 出てって!!」
「うわっ、わっ、ごめんっ」
バァンッ
特大な音を立てて浴室のドアが閉められた。
レオンに裸見られたっ!!
「て、テレシアさまぁ」
涙目のエルが見上げてくる。
「ヨシヨシ、エルは泡風呂で見られてないと思うよ。大丈夫大丈夫」
「ぼっ、ボクのせいでごめんなさい。あざ、見えちゃったんですね。気持ち悪いですよね」
そうだった。エルの背中の“アザ”だ。
「気持ち悪いとかはないんだけど、もしよかったらちょっと見せてくれない?」
エルはおずおずと立ち上がり、長く青い髪をよけて背中を向けてくれた。
ーーやっぱりーー
「猫さんだーー」
それはどこからどう見ても、前世で見た猫のシルエット型のアザだった。
「“ネコサン”ですか?」
「うん、ちょっと私の知ってる形になっててーー大きな声を出してごめんね。全然気味悪くないよ!とっても可愛いアザだと思う」
「そ、そうなんですか? そんなこと言われたの初めてです……」
その後はエルが私を洗ってくれて「テレシア様胸おっきい……ボクもいつか大きくなるかなぁ」という乙女の悩みをつぶやかれながら入浴を終えた。
ーー妹がいたらこんな感じなのかなーー
タオルで頭をよく拭き寝巻きを着て、浴室を後にした。
「すみませんでした」
部屋に入るとレオンが私とエルに何度も誤った。
「……ううん、私が大きい声出したからだよね。レオンは私の護衛も兼ねてるもん。はっ裸を見られちゃったのは恥ずかしいけど……」
「だっ、大丈夫! 泡や髪の毛で《《肝心な部分》》は見えてなかったから……」
「ーーな部分って!! レオンの変態!」
顔から火を噴きそうーー。
「ぼ、ボク、男の人が女性の裸を見るようなことをしたら“セキニン”とって結婚しなきゃいけないって、前のお屋敷で話してるの聞いたことあります」
「ホントウニスミマセンデシタ」
「レ、レオンさん……今日だけ一緒に寝ちゃだめですか?」
昼間のシンプルなパンツスタイルと違い、フリフリの寝巻きに包まれたエルが浴室から出てきたレオンに声をかけた。
「その、ちょっと心細くって」
「うーん、ちょっと狭いけど、いいよ」
少し考えた様子の後、レオンがそう答えた。なんだかちょっとモヤモヤする。
「従者用のベッドだと狭いんじゃない? 私と一緒に寝ようよ」
「えっ!? いいんですか……!?」
「エルはまだ小さいんだもん。夜くらいいいじゃない」




