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31 深まる謎

「ヒック……えぅ……うぇええん……ヒック」


 家具の薙ぎ倒された部屋の中、しゃがみ込んだ青髪の獣人の子供は泣いていた。

 怪我はーー見える限り無いみたい。


「大丈夫? どうしたのーー」


 部屋の扉まで走って駆けつけると、全員が立ち止まり私だけが恐る恐る中へ入る。


「てっテレ、シアっ様っ、ごめんなさいーーボクこんなつもりじゃーーうぇぇぇぇぇんっ」


 声をかけると一層泣きじゃくる子供の周りに魔力が広かる気配を感じ、慌てて駆け寄り抱きしめた。


「大丈夫、何も問題ないから、深呼吸してみよっか。息を大きく吸ってーーーーーー吐いてーーーーーー」

「スゥーーーーハァーーーー」


 抱きしめて背中をさすりながら、何度か深呼吸を繰り返すと子供はやっと泣き止んだ。

 駆けつけながら聞いた話では、騎士が獣人の子供にこれまでの出来事を聞いていて、以前の契約主の事を話す内に怯えるように泣き始め、風魔法のような力で吹き飛ばされたそうだ。


「お、お部屋、メチャクチャにしちゃって、ごめんなさい。お、お仕置き、してください」


 立ち上がり離れると後ろを向き、震える手でズボンのふくらはぎ部分を捲り上げた。ここに向かう時に治したが、鞭打ちの痕があった場所だった。


「大丈夫だよ。お仕置きなんてしないよ。泣き止めて、偉いねーー。壊れたものは私が弁償するし、ダメだったらお父様に頼んでみるから!」



 子供が安心するように、ゆっくり、優しく話しかける。





「どういう事だ!? 獣人は、魔法が使えないんじゃなかったのかーー!?」


 レドアラン公爵が後方へ振り返り力強く歩くとレオンの肩を勢いよく掴んだ。


「ーーッ。少なくとも俺は、記憶の限り一度も使えたことがありません。獣人商人から必死に逃げている時でさえもーー」


「先日森での魔物討伐の際、レオンさんは魔物に襲われかけましたが咄嗟に魔法を発動されたのはテレシア様でした。あの状況で魔法が使えるのだったら、間違いなく自分で使っていた状況です」


 肩の手をソッと抑えながらカミーユ神殿長が擁護する。


「レドアラン公爵様、本当です。一先ずレオンを離してください。2歳のレオンと出会ったあの日ーー」


 そうしてレオンと出会った日の出来事を細部まで余す所なく説明した。


「ーーですので、レオンが魔法が使えるならその時に使っていたはずです! 」


「……テレシア、お前ーー」


 ん? お父様が私を指し震えている。

 見回すとみんな唖然としているような。


「ポムエット公爵令嬢はたった2歳当時の出来事を……12歳になられた今でもそれ程、事細かに覚えていらっしゃるのですか」


 ウィント卿が指摘したところでようやく気付いた。

 普通は2歳の頃の記憶なんて残ってないんだ。あ、頭を抱えるレオンが見える。


「いくら大人びているからってそんな子供いるのかーー?」


「賢いとは思っていたが我が家(うち)のテレシアちゃんは天才だ」


「今はぁ、場所を移した方がぁいいんじゃなぁい?」



 なんとも締まりのないアメスクア卿の意見が、しかし今は最適解だった。







「まず、お前名前はあるのか?」


「はっはいっ! 前のご主人様には二番(にばん)って呼ばれていました! その前は……エル……エルって呼ばれていたーーような気がします。急に思い出しました」



 場所を変え、レオンと隣同士に青髪の獣人の子(エル)を座らせ、反対隣に私、向かい側に神殿長とウッドリィ神官が座った。

 他の面々は、怯えさせないよう少し離れた話が聞こえる位置に座り、レオンが質問役をしている。



「エルは、これまでも魔法を使ったり……今日みたいなことがあったのか? 」


 首を大きく左右に振ると、いいえと小さく答える。


「今まで魔法を使える獣人を見たことがあるか? 」

「そっそれも無いです。ぼ、ボクっ、何が起こったのかもよくわからなくって……」



 何故エルだけ魔法が使えたんだろう。





「ーー隷属契約ーー」




 

「ーー隷属契約、破棄した後、公爵令嬢と契約した話を聞いて無いーーした?」



 ボソボソとクロイツ第四騎士団長が言ったところで、そういえばーー



「ーーしてませんね。隷属契約の破棄が行われた所で、騎士の方がいらして、例の騒動でしたから。お待たせしてはいけないと、その足で王宮へまいりました」


 あれは誰って言うんだっけ。エルの前のご主人様に右ストレートを決めて、そのまま来ちゃったんだよね。

 今まで、隷属契約はすぐしなきゃいけないと思ってたけどうっかりしてた。


「まさか……考えたくないが、当たり前のように使っていた契約書に我々の知らない他の効力がーー? 」



ーーリンリンーー



 陛下がベルを鳴らすとメイドが入ってきて、獣人に使う隷属契約書を持ってくるように命じた。


「契約書は、どこででも買えますよね? どこで製造されているのでしょう?」


 そもそもの疑問。食べ物や衣服、装飾品、高級紙等はどこ産の何が使われてと話題になることもあるが、隷属契約書では聞いたことがない。こだわるようなものでもないから、という理由もあるとは思うが。


「ーーふむ。獣人の人権法案を発表した後、破棄すれば良いだけの契約書だと思っていたがーー」


「ポムエット公爵、ランベール公爵、至急製造元の調査を。解析はウィント卿、アメスクア卿に命じよう」


「えぇー! 本当はぁ、あたしもテレシアちゃんについて行こうと思ってたのにぃ」


 変装すればバレない自信があった、と髪を指先で弄び残念そう。




 ノックと共にメイドたちがお菓子と紅茶を運んできて、喉が渇いていたことに気付く。


「すみません、お水もお願いできますか? ……3つ……いや、全員分」


 こっそりレオンとエル、自分の分をお願いしたつもりが、聞こえていた全員が手を挙げた。

 窓の外は陽が午後に入ったことを知らせる位置まで傾いていて、軽食もとりながら話すこととなった。


「カミーユもテレシア嬢も、この様な食事でーー皆もすまない」

「いいえ陛下、お気遣いありがとうございます。いただきます」

「ほら、エル……ちゃん? も食べて!」

「ぼっボク、食事のマナーとか出来ないからーー王様の前で食べるなんてとても……」

「大丈夫だよ! 陛下はとってもお優しいから、小さなエルちゃんにそんなことは言わないよーー!」


 チラリと陛下を見ると、ウインクして返事をしてきた。お茶目な方だ。


「ーー私は何故まだいるのでしょうーー胃、胃が痛くて食べられない」


 タイラー卿の哀れな声が聞こえた。


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