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28 みられたものは

 王城からは馬車でお迎えが来るらしい。支度を終えレオンと一緒に中庭で待っていると、講義へ向かうソフィア、エリアス、キャロリーヌ達がやってきて今日は講義をお休みすると伝えたところ既に呼び出しが噂になっているらしく……学園内の情報の速さには毎度驚かされる。


「恐れ入ります……あの、ち、違ったらごめんなさい。“テレシア様”でしょうか……」


 そろそろ正門の方へ行ってようと腰を上げた時、走って来たのか息を切らせた様子の、青いストレートヘアにぴょこんとお耳、従者服で青い尻尾を足の間に挟んだ子供の獣人が声をかけてきた。

 きゃ、きゃわいい……長い睫毛に縁取られた青い瞳、色白の顔にピンクの唇。

 しかしその姿に思わず顔をしかめる……その服から伸びる手足は、包帯だらけだった。


「こんにちは。はい、私はテレシアで間違いありませんよ」


 怖がらせないようにーー

 しゃがんで、ニコリと返事をする。よく見ると青髪の子供は、どこかの紋章入りのネックレスを下げている。お使いだろうか。


「テレシア、いくら獣人だからって知らない者にそう接するのは危険だ」


 子供の出立に一瞬気圧された様子のレオンだったが、すかさず私と獣人の間に割って入った。


「ご、ごめんなさい。いきなりごめんなさい。た、ただ、獣人に優しい“テレシア様”がここ……にいるって、廊下から聞こえて。その……た、助けて欲しくて……」


「え?」


「ふ、フケイ、だったらお叱りは受けます。ボ、ボクを、買い取って欲しいんです……! お仕事なら何でもします! お部屋の掃除だって、上手にできます……! ま……毎日じゃなければ……む……鞭打ちにも耐えられます。このままじゃ、ボク……」


 どもりながら一気にいい終えると、震えながら泣き出しその場にしゃがみ込んでしまった。


「大丈夫!? どこか痛い? 」


 青髪の子供は涙を拭いながら、力なく頭を振る。


「私は、獣人さんや、誰のことだって鞭で打ったりしないよ! あなたを買い取ってあげたいけど、契約している人のお話も聞かないと……その人はこの学園の生徒なの? 」


「そ、そうです……。ご主人様は今、講義に行ってると思います。ほ、ほんとはボク、お部屋から出ちゃいけないんです。だ、だけど、“テレシア様がここにいる”って話が廊下から聞こえてきて……ち、地図は覚えてたから……」

「“テレシア様”の噂は、屋敷にいる頃から、き、聞いててーー」



「おい!!!!!! 」


 背後から怒鳴り声がして、振り返ると大柄な男子生徒がいた。

 素早くレオンが、私を庇うように男との間に手を伸ばす。


「申し訳ございませんが、それ以上近寄らないようお願い申し上げます。こちらは、ポムエット公爵家のテレシア様です」


 男は一瞬怯んで、レオンの耳や尻尾へ視線を送り舌打ちした。


「こ……これはテレシア嬢、背後からはわからずに、失礼致しました。そちらにおります青色の獣人は私のモノでして」


 “モノ”という言い様と、先程の態度、ちらりと横目で見えると先程以上に震える獣人さん……色々察してしまったかもしれない。


「人目につくと見苦しいので、部屋にいるようにいるように言い聞かせておきましたが、こんなところにいるのを窓からみてつい声を荒げてしまったのですよ。お見苦しいところをお見せしました」


 男は口をひくつかせながらそう言うと、ズカズカと私とレオンを避けるように回り込んで青い髪の子の腕を乱暴に掴んだ。


「おい立て!!!! 部屋へ戻っていろ! 」


「ひっ……! いやぁ! た、助けてテレシア様っ」


 しゃがみこんだまま腕を引っ張られ、ボロボロと涙を流し、恐怖からか声は掠れている。

 お、落ち着かなきゃ。獣人さんが、そうじゃなくたって子供が、怯えながら泣いて助けを求めるなんて尋常じゃない。これがもし演技だったら主演賞ものだ。

 怒りが込み上げてくるが、何とか気持ちを平坦に保とうと、自分に言い聞かせる。


「待ってください、嫌がっているじゃありませんか。それに、そんなに小さい子を乱暴に引っ張ったら痛いですよ。一度手を離してあげてください」


 冷静に、冷静に。


「……実は、ご存知かもしれませんが、我が公爵家では獣人に仕事を与えておりまして……もしよろしければ、そちらの子を買取りたいと思うのですが、いかがでしょうか? 」


 男はグイグイと引っ張りあげていた手をピタリと止めて、子供とレオンと私を交互に見た後、ニヤリと笑った。


「……ふーん。そういう事ですか。確かにコイツ、顔だけはキレイですもんね。かまいませんよ。傷だって、金さえ積めば神殿で新品のように綺麗に直してもらえるでしょう。これだけ青い毛色も珍しいし相応の価格でしたら、公爵令嬢の頼みです。《《特別にお譲り》》しますよ」


 公爵家に恩を売ろうとしているのか、特別にを強調し含みを持たせた笑みを浮かべる。

 ーー下衆だ。

 頬がひきつり笑顔を崩しそうになりながら、何とか堪える。


「こ、交渉はここにいる、レオンに任せますね。彼は、神殿長様とも懇意にしている、私の弟も同然の者です。礼節を持って接してくださいますよね」


 笑顔で圧をかけ後をレオンに任せると、怯える獣人の子供に手を差し出した。


「立てる? 交渉が済んだら、私と一緒にいきましょう」


 濃い藍色の瞳をうるうるさせながら、コクリと頷くと私の手をとり立ち上がった。


「あ、ありがとう、ございます。こ、こんな、初対面の、しかも獣人の、お願いなんかを、ヒック、き、聞いてくださって……あ、ありがとございますっ」


 そう話しながら、また涙をボロボロ流し始めた。ヨシヨシ、と頭をそっと撫でる。


「テレシア様、話がつきました。隷属契約書が部屋にあるのですぐ持ってくるそうです。申し訳ありません、金貨20枚程になりました」


「手持ちで済んでよかった」


 レオンの最近のお給料一年分以上だから、申し訳ないが……正直私にはお小遣い範囲だ。男が契約書をとりに行っている間に青髪の子供に何があったのか聞くと、今の主人は剣術の訓練だと獣人を木刀で叩くらしく、前任が腕を失い使い物になならくなったと、何ヶ月か前に寮へ連れてこられたんだとか。先程までの態度を見ればわかるが、本当にろくでもない。


「大変だったねーー。契約が終わったら怪我も治してあげるから待っていて。私のお屋敷では、お仕事はしてもらうことになっちゃうけど、みんな獣人でも人でも同じように優しいし、ある程度希望するお仕事ができるよ。だから、安心してね……」


 私の言葉が信じられないのか、不安そうにレオンを見上げた。


「ほ、ほんと?」


「本当だよ。俺だって給金まで貰ってる。屋敷は獣人の数も多いし、みんないいやつばかりだ」


 レオンが、ぽんぽんと頭を撫でると子供の震えが止まった。少し落ち着いたようだ。


 男が戻って隷属契約の破棄魔法をその場で使わせ、金貨を手渡した。


「テレシア・ポムエット様」


 皇室の騎士らしき人物がこちらへ向かって走ってくる。そういえば、王城のお迎えを待っていたんだった!


「こちらにおられましたか。お迎えにあがりましたーーお取り込み中でしたか?」


 そう言ってちらりとレオン、男、そして獣人の子供を見たところでサッと顔色を悪くした。


「ーー。テレシア様……この包帯だらけの獣人は一体ーー。まだ公にはなっておりませんが、公爵家ならご存知のことと思います。獣人への暴力は、今後最悪の場合死罪になる可能性があります。まずいですよ」


 親切心からだろうか、勘違いしたのか声をひそめてそう言った素直そうな騎士の言葉に、今度は別の人物の顔が真っ青になる。


「なっ! お、俺は悪くないぞ! 何もしてないっ! 隷属契約だって、もうないぞっ」


 取り乱した男はそう、声を荒げた。これでは“俺がやりました”と言っているようなものである。

 

「おいっ! 余計はことは喋るなよ! おいっ聞いてるのかっ」


 最悪死罪と聞いて気が動転したのか、男は子供に詰め寄った。


「ひっ!! こ、こないでっ」


 青い耳は怯え、尻尾は威嚇するよう毛が逆立っている。


「何も喋らないと言えぇぇ!」


 男が脅すように拳を振り上げると、怯えた獣人の子供は最悪な言葉選びをしてしまいーー


「い、いやぁぁぁーー」


 尻餅をついて自分の身を守るように両腕で頭を庇った。


「嫌だと!? このっ」


 振りかざされた拳に改めて力が籠ったと同時に


『『『バチーンッ!!!』』』


 盛大な音が響き渡り男が吹っ飛ばされた。


 ドサッ


 男とは反対の方向……私の背後ではもふもふしたしっぽが最大限に膨らみ小さく震えている。


「………やっちゃった……でも悔いはなし」


 右ストレートの姿勢で固まったまま、思わずそう呟いていた。



 まさかそれが、騒ぎを聞きつけた多数の生徒が見ていたなんて。


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