18 学園生活3
「ん! これ! 美味しいこのお肉!」
エリアスの部屋を後にした私達は、食堂で向かい合って夕食を取っていた。
「テレシア様、これは魚ですね」
食堂だからか、従者モードの丁寧な口調で話しながらも、レオンがスッと冷めた眼で見てくる。
でもその表情カッコいい……
「いっ、いつも加工済みで出てくるから、わからないんだもん!」
口答えをすると、はぁ、とため息をついた彼は、それでも部屋を出たときより大分顔色が良くなっていた。商人に連れられる前の記憶がない彼にとって、記憶の最初に過ごした人があんなことになっていたのだから、そのショックは計り知れないものだろう……。
上品に口に運ばれていく食事を見ながらぼんやり考えていると、ふいに布がこちらに伸びてきて口元を拭われた。
「あなたが、テレシア・ポムエット様ですの??」
振り返ると、水色で見事な縦ロールの髪の少女が、センスをパチンと閉じた。
それで口を拭ってくれた訳ね。レオンの素早い気遣いに嬉しくなる。
「そうですが……」
「本日は、当家のダニエルをお救いいただき、ありがとうですわ。私、キャロリーヌ・フリアンディーズと申しますの」
そう話す少女の後ろから、ダニエルと呼ばれた今朝の獣人が食事を二人分持ってやってきた。
「フリアンディーズ様、本日は災難でしたね。咄嗟に、上手くいってよかったです」
ニコリと返事をすると、独特な話し方をする彼女は私の隣に、ダニエルと呼ばれた長身茶髪の獣人はレオンの隣に座った。
「私達もこれから食事ですの。ご一緒しても?」
もう座っているしだめとは言えないだろう。吊り目がちな外見も相まって高圧的な印象を受けるが、ダニエルを連れているあたりから悪い子ではないのだろう。猫好きに悪い人はいないって言うし! ーー獣人さんだけど。
警戒心は自然と薄れた。
「ポムエット様は、どちらからいらした方ですの? とてもキレイな獣人をお連れですわね」
レオンをうっとりと眺める表情から、獣人が嫌いでないことはよくわかる。
ダニエルは確か、訓練場で私のことを公女と呼んだ気がするが、教えていないのだろうか。うっとりと見られたレオンも、隣のダニエルもすました顔で、食事を取っている。
「えっと……王都にあるポムエット公爵家です。気軽にテレシアとお呼びください」
ポムエット=公爵家 と結びつかないパターンが初めてで、なんて答えれば嫌味に聞こえないようになるかと考えながら返事をすると、彼女の手からフォークが落ちガシャンと音を立てる。
「こ、こ、公爵家ですの!? これは失礼を……あ、フォークも失礼を……わ、私、王都のことは知らないことが多いんですの」
顔を真っ赤にしつつも口調が変わらないあたり、どうやら話し方はクセなのだろう。ようやく、子供らしい6歳に会えたような気がする。
「同い年の学友となるのですもの、お気になさらないでください。フリアンディーズ様は、どちらからいらしたんですか?」
「屋敷は王都にもありますが、私は地方の領地で育ち、魔力測定に合わせてこちらへ参りましたの。学園では、獣人をお連れになっている方が少なくて、驚きましたわ」
モグモグと食事を口へ頬張りながら話すさまは、お行儀が悪くあるものの、なんとも子供らしい。
「テレシア……様とお呼びしていいんですの? 私の事もどうぞ名前でおよびくださいですの。 今朝のお礼に、今度ティータイムをご一緒にいかがです? この、ダニエルの作るお菓子は美味しいんですのよ。獣人についても色々お話をしたいわ」
キャロリーヌからのお誘いを快諾して、夕食を切り上げた。食事中、ダニエルもレオンも一言も話さなかった。
ボスンっとベッドにダイブする。一日前と違い、今日は入浴も終えているからお小言も言われない。レオンが浴室から出てくると、今日も一緒に寝て欲しいと誘った。ベッドにもぐる美少年ーーっと、今日はそんなレオンの姿を堪能する気力もない程へとへとだ。
濃ゆい一日だったーー。
「テレシア、本当にフリアンディーズの誘い受けるのか?」
隣にいるレオンの表情は、読めない。眠すぎて物理的に瞼が上がらない。
「んーー。返事しちゃったしなーー……」
「あいつ、ダニエル。嫌な感じがするんだ。あんまり関わって欲しくない」
そう、遠くで聞こえた気がした。
講義へ向かうべく中庭を進むと、ソフィアとテオが並んでベンチに座る後ろ姿が見えた。ソフィアは本を広げ、テオが何やら指を差して談笑している。6歳のカップルなんて微笑ましい。
「何を見ていらっしゃるんですか? おはようございます、テレシア様、レオンさん」
邪魔しちゃ悪いかな、っと別の道から行こうとしたところで、エリアスに声をかけられた。
回廊を通らず中庭を突っ切ろう、と考えるのはみんな一緒のようだ。
『しーーっ! おはようございます、エリアス様、スウさん』
『婚約者お二人の、邪魔をしてはいけないなと、回廊に戻ろうかとしていたところです』
小声で話しながらチラリと、視線をソフィアたちへ向ける。合わせて視線を送ったエリアスは、一瞬顔が凍りついた。が、すぐさま儚げな笑顔を浮かべると、一緒に周り道をして講堂へ向かった。
あれーー?
それから講義の合間に観察していると、エリアスがよくソフィアに視線を送っていることに気がつく。
席は毎回自由で、ソフィアと私で座って、テオやエリアスは他の子供と一緒にいることもあるが……。
ふむふむ。これはーー
「恋ね」
「は?」
共に移動するレオンに打ち明けた。朝のあれを見ていたなら、彼も気づいていることだろう。
「エリアス様よ、エリアス様。しょっちゅうソフィアを見ていると思わない?」
「……そうか?」
「でも、エリアスにはリンジーがいるだろ?」
「え!?」
予想外の名前が出てきた。いや、確かにエリアスはリンジーを保護してはいるが……
まだ次の講義まで少し時間がある。レオンを木陰のベンチへ連れていくと、
「他の人に聞かれると不味いから……ここでちょっと話そう? リンジーさんは大人でしょ? 流石に、6歳のエリアス様とでは年齢差がありすぎるんじゃない?」
座ろうとするベンチにサッとハンカチを敷いてくれると、彼も隣へ腰掛けた。
「あーー、4年前が今の俺くらいで10の札を下げてたから、今は14か15歳ってとこかな。言わなかったか? 獣人は子供のうちは小さい期間が長くて、一気に育つんだ。大人の様に見えるが、年齢的にはまだそんなものだと思う。まぁそれでも、いくらエリアスの背が高くて口調が大人びていてもリンジーとじゃ年は離れてるな」
どうでもいいけど、と付け足す。
そういえば、獣人は小さい期間が長いと確かに聞いたような気がする。出会った頃のレオンも、私と3歳違いにも関わらず背丈はそこまで大差なかったし……。
いつかレオンも一気に大きくなっちゃうのかな?
「年齢は置いといて、リンジーがエリアスの側を離れたがらないのは何か理由がある気がして……。まぁそれが? 恋愛かと思ったんだ。だっておかしいだろ? 普通、エリアスの兄に酷いことされたなら、その兄弟なんて近づきたくもないんじゃないか?」
言われてみるとそうかもしれない……。単に、部屋においていかれるのが怖くて、ああ振る舞っているのかと思っていた。
「――レオンは、平気なの? リンジーさんがエリアス様を、もし特別に思っていても。レオンは――」
そう話したところで口をつぐむ。わたし、何を言っているんだろう。
「俺は別に、リンジーに感謝はしてるけどそれ以上でも何でもない」
目をパチパチと瞬きながら、何の話をしてるんだかと言った表情だ。ふいに私の手を引いて立ち上がった。
「くだらないこと言ってないで、そろそろ講義に向かわないと遅れますよ。テレシア様」




