16 学園生活2
「あ“〜っ、づ〜か〜れ〜た〜」
自室に入るなり、ベッドにボスンっとダイブする。
「こらっ! いくら俺だけだからって、はしたないぞ!」
小言を言いながらも、寄ってきたレオンがベッドの外で浮いている足から靴を脱がせてくれる。
「レオ〜ン、レオンも立ちっぱなしで疲れたでしょ? 先お風呂使っていいよ〜」
「流石に、それは……従者用の大浴場もあると聞いたし、俺は別にそっちでも……」
そう言いかけて、サッと顔色が悪くなる。
午後から始まった授業1日目は、この学園のこと、魔法の属性についての基本的な授業2本立てだった。
この学園では、科目毎・学年毎に制服につけるバッジの色が違うそうで、まず魔法科のバッジが配られた。
建物の説明に、講師の後をついて学園内をうろうろ歩く私たちの後ろから、従者もゾロゾロ付き従う。もっとも、平民の子供もいるため子供より従者の数のほうが少ない。
移動中や講堂内で時々レオンを振り返ってみても、彼の周りには適度な空間ができていて誰からいじめられる様子もなかった。しかし時折険しい顔をし、神経を尖らせているのか、尻尾を猫が威嚇する時の様に膨らませていた。
さらに、夕食は食堂で利用方法の説明とともに食べて……
ーーかなり、疲れてるよね……。
獣人商人から逃げ出してから、時々一緒に買い物に出ることはあってもほとんど公爵家で過ごしていたのだから、外の人間に警戒してしまうのは当然のことだと思う。
靴を揃えて楽な履き物を出す彼の頭を、よしよしっと、気づけば手が勝手に動いていた。
「なっーー!」
「さーてとっ! じゃあ、先にお風呂いただいてきちゃう! まだ他の従者に気をつけた方がいいと思うから、レオンも大浴場じゃなく、ここのお風呂にゆっくり浸かってね」
撫でられて恥ずかしかったのか、赤く染まった彼の顔は無視。ぴょんっとベッドから飛び降りると寝巻きを持ってひらひらと手を振り、浴室の扉を閉める。
クレームは受け付けません!
コックを捻ると勢いよくお湯が出て、泡風呂用の液体も入れるとあっという間に白いぶくぶくが出来た。レオンが、必要なものは全部置いておいてくれたみたい。6歳が浸かれる程度のお湯はすぐたまり、洋風の白い湯船に入るとほうっと息を吐いた。
入浴文化があってよかった、とつくづく思う。お風呂を堪能すると、レオンが入りやすいようにぱぱっと片付ける。この世界で下着の代わりとなっているドロワーズを履き、寝巻き用の白いスモッグの様な膝下丈の服を着て、長い髪は鏡を見ながらタオルでターバン状に巻いて……
浴室から出ると、そわそわとした様子でソファに座っていたレオンが、びくっと跳ねた。
「……? お風呂あいたよ〜、暖かいうちに、レオンも入って来て」
「う……うん」
スクっと立ち上がると、ゼンマイ仕掛けの人形の様にカチカチに手足を動かしながら、一度使用人用の部屋へ入り、服を持って出てきたと思ったら、真っ赤な顔でこちらを睨む……。そして、すごい勢いで浴室へ走って行った。
「? レオンがお風呂嫌いって、聞いたことないけどなぁ? そんなに嫌だったかな」
誰とも無しに呟くと、ベッドサイドに水差しと何個かコップが重ねてあることに気づく。レオンが用意してくれた様だけど……うん、もう一人お手伝いしてくれる人がいないと、彼が忙しくなっちゃうかも。
髪を拭きながらお水を飲んだり、のんびりしているとやがて彼が出てきた。
「あ、お水いただきました! 用意してくれてありがとう。レオンもどーぞ」
「うん……ありがとう」
差し出したコップを受け取る彼は、のぼせたのか、真っ赤な顔をして。私と同じスモッグの様な形状の、でも襟のないブラウスの様な服に、白い半ズボンを履いていた。最も、私の寝巻きの様にフリルはついていないが。濡れたネックレスと耳飾り、水滴がキラリと輝き、水も滴る美少年。
まっすぐな黒髪も、尻尾と猫耳も毛がピタッと張り付いてよく拭けていなさそう。
「ふふ。レオン可愛い! 年上だーーなんて言っても、こうやってみるとあんまり変わらないね! 拭いてあげる!」
「ゴッホッゴホッ」
咽せた彼の首からタオルを取ると、後ろへ回って髪を拭き、猫耳の外側にそっとタオルを押し当てるように拭いていく。
「ちょ……! 自分でできるって」
「いいじゃない! 考えてみたら、レオンにはお世話してもらうばっかりで……濡れた猫耳も猫尻尾もかわいい」
今度は尻尾に優しくタオルをあてていく。
獣人さんも、毛の下の肌は弱いのかな?
念の為、擦らないようにっと、前世で一緒に暮らした猫のお風呂上がりを思い出しながら拭いていく。ドライヤーがあれば、ふわっふわに乾かしてあげられるんだけどなーー……そんな魔法使えるようにならないかな?
「ねこ……? ねこみみ、ねこしっぽ? テレシアは、獣人のこと時々“ねこ“って呼ぶよな……」
「手慣れてるし……俺のこと拭くの初めてだろ……?」
考え込んでいたせいか、レオンの呟きは聞こえなかった。
「ねぇレオン、今日は一緒にここで寝ない?」
「な“っ!」
「お願い! いつもと違うベッドで寝れるか心配だし……一人だと心細いかもしれなくて……」
ちらっと見上げながら、“わたしが”とは言っていない。
使用人部屋のベッドは固そうだし、彼は慣れない環境で気を張っている様に見える。ふかふかのこのベッドの方がよく眠れるんじゃないかな?
そう考えつつ、いつもレオンに嘘を見破られてしまうからあえて嘘にならないように、誰が不安だとハッキリしないように言ってみた。
けして、やましい気持ちなんてない! ちょっと尻尾とか耳とかもふもふ出来るかなーーなんて下心は1ミリも……いや、1ミリ以上あるかもしれない。
ついつい顔がニマニマしてしまう。
「はぁ、全部顔に出てるよ。どうせ、尻尾とか耳とか触ると“ねこしゃんの夢が見れそうーー“なんて考えてるんだろ」
「いいよ、今夜は一緒に寝てやるよ」
顔を真っ赤にしてふんっとそっぽを向いても、ゆらりと尻尾が揺れているあたり機嫌は悪くなさそう。
灯りを消すと、カーテンの開いた窓から月明かりが入る。左右からそれぞれベッドに入ると、そのほんのりとした光りに今日の疲れが溶けていくようだ。
「ふぁぁ〜……今日は忙しかったね~」
「……そうだな」
「あんなにいっぱい歩くとは、思わなかったね〜」
「……6歳の貴族にもあれだけ歩かせるなんて、今後の講義が思いやられるな」
左隣でもそもそと布団を被ったレオンが、ポツリと呟き返した。
薄明かりの室内が静まり返ると、見慣れない天井に急に落ち着かなくなる。
「手、繋いでもいい? やっぱり、思ったより心細いかも」
この世界に転生して、公爵家から殆ど出たことがないのは私も同じだった。前世でも、寮に入ったことはなかったし……
えへへと笑って、左向きに転がりおずおずと手を伸ばすと、レオンは驚いた顔のあとニヤリと口角をあげる。
「まだまだお子ちゃまだな。……ほら、寝るまで、だぞ」
思いのほかぎゅっ、と握り返してきたその手は、わたしのものより暖かい。いつもは金色の瞳が、黒目がちになり少し光っても見えて神秘的で、空いている方の手で思わず彼の顔に手を添えた。
「いつも思ってたけど……レオンの眼、きれい。細くなったり、丸くなったりする瞳孔も神秘的だよね……」
「はぁ……また、お前はそうやって……。俺以外の獣人にそういうこと言うなよ。……勘違いされるぞ」
なにそれっと小さく笑う。
「俺もテレシアの眼、空みたいだなって、最初みたとき思った」
言うなりふいっと顔をそむけた耳が、少し赤い。寝るぞと言った切り静かになり……
「おやすみなさい、レオン」
ほのかな手の温もりに、柔らかいベッドに、まどろみは深くなっていった。
はぁっぁっ……ぁ……はぁっ
いき、が……もう許して……っ
ぐいいーーっと、動かないソレを必死に押し返したところで、目が覚める。
巨大な大根で押しつぶされる夢をみた……気がする。
目の前には白いボタンの服。力を込めた腕と服の間にわずかに開いた隙間だが、それでも背中に感じる両腕。
見上げると超絶美形、黒髪少年の寝顔が至近距離にあり……
ーーレオンに抱きしめられてる!?
瞬間、ドキリとして気を抜くと、また引き寄せられ、かろうじで身を捩って呼吸を確保出来た。
獣人の力は強いと聞いてはいたものの、身を持って体験したのは初めてでーー。当の本人は、ぎゅうっと抱きしめてきながら、あどけない顔ですぅすぅ寝息を立てている。
一体どんな夢見てるのよ……
そっとため息を吐きながら、まだ室内は薄ぼんやりとしていて、夜明け前だと知る。
まつ毛が長いなぁ……、肌が白いなぁ……、唇さくらんぼ色。手を伸ばそうとして、抱きしめられていて動かないことを思いだす。彼の心音と寝息を聞きながら、そのリズムと暖かさがむずがゆくも、心地よくて、もう一度瞼を閉じた。
ーーレオンも、寝ぼけた私にもふもふされるの、こんな気持ちだったのかな。
「……シア、朝だぞ……もう……きないと、遅刻する」
遠くで声が聞こえる……チコク……学校チコク……お母さん……? 今日、電車で行くから……まだ寝かせて。
重い口で返事を返して、あったかい枕を抱きしめながら顔をすりつける。
ーーん? あったかい枕?
ゆるゆると意識が浮上し、薄目を開けると目の前には白いボタンの服。
デジャブを感じて見上げると、両手で顔を覆ったレオンが……ただし、今度は私がレオンの胴体を抱きしめていて。
「おはよう〜」
そのままへにゃりと笑うと、指の隙間から金色の瞳がチラリとコチラを見て
「はぁーー。おはよう。早く離れてくれる?」
耳まで真っ赤にして、大きなため息を吐かれた。
「我に宿し力よ、その末端を顕現せよ!! オーブ!!」
「はーい、じゃあ昨日の講義を思い出しながら、魔力をこの様に集めてみましょう!」
そう話す、女講師 ラエット・シェイバー先生の手と手の間に、水色と緑半々くらいの小さな光の玉ができている。
2日目の魔法の授業は、魔力の認識と可視化だった。
一斉に、ぶつぶつ言い始めては、あちこちで極小の花火のような光が散る。今日も隣に座るソフィア、エリアス、テオもぶつぶつ言っては何も出なかったり、光が弾けたりしている。
「この魔法は、討伐などの任務の際夜間の光源としても使えます! 複数の属性持ちは大変かもしれないけど、バランスは気にせず、まず小さな玉を一つ作ることができれば成功です!」
そうシェイバー先生が、講堂内を見て回る。
手と手を向かい合わせて、魔力を認識しながら、小さな玉を作るイメージで……
「あ、出来た……」
詠唱もしていないのに、イメージするだけで簡単に出来てしまった。虹色に、黒や茶色が混ざった不思議な灯りが浮いている。
左右にいるソフィア達がギョッとするのが脇目に見えるが、そーっと左手を離し光の玉を右手の上で浮遊させると、左手を挙げて……
「せんせー! 出来ました! ここからどうしたらいいのでしょう?」
ちょっと大きめの声で言うと先生が寄ってきた。
「よくできました。しかし……この色は……?」
「あ、わたくし全属性持ちなので、こんな色になってしまうみたいです! 全部混ぜちゃうとちょっと見苦しいですよね」
何気ない言葉だが、周囲はざわめいた。
「全属性……」
「全属性持ちなんて存在するのかよ……」
なんて声がうっすら聞こえた。えっと……不味かったかな。思い返してみても、属性に関しては秘密にとか言われなかったような気がする。
光の玉をそのまま維持するように言われて、右手の上でふよふよと浮かせたり戻らせたりして遊んでみた。イメージする通りに動いてくれる。
周りからもできたと言う声が上がり始め、ソフィアは茶色の光の玉、エリアスは緑と赤、テオはイメージ通り真っ赤な光の玉ができていた。
「わぁ、みなさん、綺麗な“オーブ”ですね!」
「わたし、魔法を使ったのは初めてです! 茶色いのに光っていて、不思議です」
ふふっと笑うソフィアがとっても可愛くて思わず見惚れてしまう。
「わっわっうわぁ!!!! 先生!」
「落ち着きなさい、セオドリック!! 両手を安定させて、小さく、丸くです!!」
声を荒げた生徒にダダっと走り寄りながら、先生の慌てた声が響いた。
黒板に近い位置の少年が手をわたわたさせて、中の光がグニャグニャと変形し大きくなりながら光を放ち、球状を維持できていない。
周りの生徒もサッっと離れる。今にも爆発しそうに見える。
「も、もうだめだっ!!」
「いけません!! おやめなさい!」
先生の静止を聞かず、セオドリックと呼ばれた少年は、ぶんっと手を振り回し光の玉を投げた! それは黒板とは反対方向へ飛んでいき、頭を屈めて避ける生徒達のその先には、背の高いーー
「ねこさんがっ!!!!」
咄嗟にそう叫ぶと、私もまた光の玉を投げ、それはセオドリックのものよりも早いスピードで飛ぶと彼の放った光と衝突し、小さく花火のようにパァンっと音を立てて散った。
「……よ、よくできましたテレシア! セオドリック、あなたは講義の後残りなさい!!!」
「くっ獣人如きどうなったところで……」
「セオドリック・オルド!」
「は、はい……。テレシア様? も、ありがとうございました」
セオドリックと呼ばれた少年は、一瞬聞きずてならないことを言いかけたように聞こえたけれど、先生にキツく言われるとこちらへ向かって会釈した。
それより……席を立ち、獣人さんへ駆け寄った。
「あの……お怪我は、ありませんか?」
背の高い……近くで見上げると180cmはあるのではないかと言うほどの、先程の獣人従者に声をかける。
少し暗い茶色のクリクリした髪を、一つに束ねて背中に流しているその獣人は、面白いものを見たように目を細めて頭を下げた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。今は講義中ですので、後程改めてお礼にお伺いします」
スッと顔をあげた首には、チョーカーのようなデザインに何処かの家紋入りのアクセサリーが輝いていた。
ーーどこの家紋だろう……
背後からざわめきと、チラリと別の壁際を見れば、レオンが首を振っている。
「お礼なんて……お気になさらず。上手くいってよかったです。それでは」
ニコリと笑顔を返してざわめきとチクチクとした視線を感じながら、席へ戻った。




