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13 【カミーユ】ある神殿長の回想1

※やや残酷な描写、暴力的なシーンが含まれます。

苦手な方はご遠慮ください。


◇◇◇

 私はごく平凡な……というよりは比較的貧しい家庭に生まれた。

 酒癖の悪い両親は、夜な夜な酒を煽ってはものを投げあい喧嘩をし、ある日避け切れず怪我をした私は両親の目の前で自身の傷を治したそうだ。それ以来、治癒魔法の使い手だとして、昼間は両親に連れられて治癒魔法を使いお金を稼ぎ、決して貧しくなるような額ではないはずなのに、ほとんどが酒代へと消えていった。

 私の記憶の中では、幼い体、疲れの残り眠気の迫る身体を引きずるように、治癒へと連れ回されていたことしか覚えていない。最初に魔法を使った時のことなんて、何故使えたのかなんて、知らない。


 そして私に与えられる食事は固いパン。夜は疲れ果て、固く冷たい床の上でボロをかぶって丸まって眠る。

 眠っていると酒瓶が飛んできて怪我をして、自身を治癒すれば服が血だらけだ床が汚れたと殴られ、また治癒をする。


 感情の起伏はあまりなかった。

 生というものに夢も希望もなかった。

 日々を淡々とおくりながらーー

 しかしこの暮らしをどうしたらいいのか、幼い私にはわからなかった。


 6歳の魔力測定の日ーー。

 騎士が配って歩いた真っ白な、袋に首と手足分穴を開けたかのような足首まである服に身を包み、白い靴を履き、町の子供たちと小神殿へ向かった。6歳の子供は、全員魔力測定を受けなければならない。噂には聞いていたが、当然の義務であるかのように、この日は両親から解放され私も向かう事ができた。


 小神殿で大きな球に手をつくと、真っ白な光に包まれた。

 あまりに綺麗なその光は、いつも自分を癒してくれる“治療魔法”と同じ色をしていて、あたたかかった。何故か涙が出た。

 嘘偽りのない名前が玉に浮かぶらしいが、私は字が読めなかった。


 ーー カミーユ ーー神殿長ーー


 浮かび出た文字を見て、神殿の人達が騒ぎ出した。他の子供達の測定を見届ける事なく、別室に連れて行かれ、住んでいるところ、名前、両親のこと、これまで何をしていたのか等色々と聞かれた。

 今までのことがバレて、牢屋にでも入れられるのか?


「カミーユ。文字はよめません。両親に連れられて、治療魔法で町の人や、大きい屋敷の人を治療して、お金を稼いでいる。いけないことだった?」


 淡々と答えると、神殿の人たちは一層騒ぎ出し、玉に表示された名前のことを教えてくれた。

 神殿長というのは、絶対神、唯一神を崇めるこの世界の神殿の、一番偉い人のことらしい。



 6歳の子供に、どういうことだろうか。




 私は神殿に保護され、両親には多額のお金が支払われ、私の詳細は伏せたらしい。

 もう会うこともないのだろう……。


 毎日のように怪我をするあの生活から、抜け出したかった。

 すぐ治せたって、怪我をすれば痛かった。

 魔力を消費して疲れても、眠くなっても、引きずられるように治癒に向かわされる事が嫌だった。

 へとへとの体に与えられる固いパンは飲み込むのも難しく水につけながら食べていた。

 愛情というものは、よくわからなかった。

 彼らが「愛してる」と言うのは私がお金を稼いだ時と、そのお金で沢山のお酒を買えた時だけだから。

 町の中で楽しそうに肩車をされる親子を見たことはあっても、何故あんなに楽しそうなのか、何故あの子の両親は穏やかな顔で笑っているのか、わからない。

 愛ってなんだ。


 それでも、なんの躊躇いもなくお金と引き換えに私を手放した両親に、ぽろぽろと涙が出た。

 私も、町の子供のようにされたかった。





 私はルトルヴェール国の王都にある、大きな神殿へと連れて行かれた。

 そこの“元・神殿長”というお爺さんや、神殿の様々な人立ち合いのもと、厳かな空間でまた玉に手を置かされた。

 先日と同じ白い光に包まれ、字は読めないがあの日と同じ形の文字が浮かんでいた。


「神のご意志、承ります。これより、カミーユ様は絶対神、唯一神の神殿の神殿長となります」


 わけがわからない。たった6歳の字すら書けない子供が神殿長。

 しかし、誰一人として否と声を上げるものはいなかった。

 後で知るが、絶対神のご意志は最優先なんだとか。



 しかし、このままでは神殿の業務がままならないため、前神殿長が私の先生になった。

 前神殿長は

「わしのことは、おじいちゃんと呼びなさい」

 そう言ってシワを深くして微笑んだ。




 おじいちゃんの指示で、神殿の人達がお風呂に入れてくれると、私は男の子なんだそうだ。

 ゴシゴシと丹念に洗われ、真っ白で艶のなかった伸ばしっぱなしの髪を、いい匂いの液体に浸してくれた。

 性別すらよくわかっていなかったが、神殿の綺麗な部屋と、初めて食べる温かい食事は"こんな世界があったんだ"と驚く心とともに、美味しいを知った。これまでの自分がひどくぽつんと暗い部屋の片隅に置き去りにされているような気がした。

 この感情はなんだろう。


 与えられた部屋の床で丸まって、しかしいつもより安心して寝ていると、いきなりおじいちゃんに怒られた。


 ベッドと言う場所で寝るらしい。


「今までもずっとこうだった。住んでいた家では建物の床で寝て、両親は酒に酔い潰れて椅子で寝たり、やっぱり床で寝たりしてた。ここは、寝てて酒瓶が飛んでくることがないからいい。傷を治さなくて済むし服が血で汚れない。安心して眠れそうーーです」


 とってつけたように“です”とつけて話すと、おじいちゃんは涙を流し、私を抱き上げ柔らかいベッドへ運んでくれた。人に抱き上げられた記憶は、これが初めてだった。

 これからは毎晩、ご飯の後暗くなったらここで寝ていいらしい。それからは寝くなるまで、毎晩おじいちゃんが本を読んでくれた。綺麗な絵の描かれた本だった。




 私は常識すらまともに知らなかった。

 体は栄養失調で、枝のように細く、髪もまつ毛もそのせいで白いらしい。


 おじいちゃんや、暖かい神殿の人たちに囲まれ、私は本来の子供の体格を取り戻し、世の中のことを覚えていった。

 授業に疲れて眠ってしまうと、おじいちゃんが抱き上げてベッドまで運んでくれた。

 ふっと意識が浮上しまどろむ中の、そのゆらゆら揺られる優しい感覚が大好きになった。

 いつか見た、町の親子のようだと思った。





 神殿に入って5年の過ぎたある日、おじいちゃんと共に、王城へ挨拶に行くことになった。

 新しい神殿長の誕生は5年前のあの日、王家も把握していたらしい。が、私があまりに全てのことに疎く、おじいちゃんが時間をもらってくれたそうだった。


 

 王城で、陛下に挨拶を済ませると、皇太子からお茶に誘われおじいちゃんに行っておいでと言われた。




「お前ーー綺麗だな? 名はなんと言うのだ?」


「カミーユと申します、殿下」


 私の声を聞いた皇太子は、顔をしかめ、私の体を上から下までジロジロと眺めた。

 11歳になり、白いままのしかし艷やかになった髪は後ろで一括りにしているが、背も伸びたし痩せ過ぎてもいない、運動と称して剣術まで習わされ、不格好ではないはず。

 王城でも堂々とするように、とおじいちゃんから言われた言葉を思い出し背筋を伸ばす。


「ーー男、か?」


「左様でございます、殿下」


 すると皇太子は盛大に息を吐き、足を組み、側仕えに何やら指示をしていた。

 テーブルに紅茶が並べられ、おじいちゃんに教わった作法を守り口へ運ぶとーー


「ーーっ!? ゲホッ! ゲホゲホッ!」


 盛大にむせた。なんだこの甘い飲み物は!


「お口に合いましたか? ()()()()()()()()殿()()殿()


 向かい側に座る彼を見ると、ニヤニヤと笑っている。あぁーー、イタズラかーー。


 そう悟ったが、私はその甘さに驚きはしたものの、ちっとも嫌ではなかった。

 ぐびぐびと、一気に紅茶を飲み干す。


「あぁ……、甘いですね。甘くて、幸せな味がします、殿下」


「なっ! ご、ゴホン! 気に入っていただけたようで何よりです、カミーユ神殿長」


 ニッコリと、笑顔を貼り付けて返事をすると、彼もすぐに引き攣った笑顔で返してきた。

 洗礼はクリアできただろうか。





 これが皇太子との最初の出会いだった。

 その後、神殿長としての任をこなして行くうちに、国王とも王太子とも頻繁に顔を合わせることになった。この世界には他にも王国があるが、本神殿はこのルトルヴェール王国にあったため、私はこの国にいることが多く、またルトルヴェール王家との関わりも深くなった。

 何年もの月日が流れ、皇太子とは名前で呼び合う仲になった。

 彼は最初、私を少女だと思い、気を引きたくてお茶に誘ったんだとか。そのエピソードを聞いた時は笑った。それで、あの砂糖紅茶か。しかしそれ以来、甘い紅茶が好物となったものだから世の中何がどう転がるかわかったものではない。




 神が、何故私を神殿長へと任命したのかは未だにわからない。

 時々こっそり、魔力測定の玉に触れてみたが、変わることなく「ーーカミーユーー神殿長ーー」と文字が浮かび上がった。




 二十歳を過ぎたある朝、おじいちゃんが神の御前へと旅立った。

 いきなりだった。

 最近疲れやすくなっていて、毎日のように治癒魔法をかけていたが、悪いところはなかったはず。

 眠ったまま旅立ったおじいちゃんの手は、まだ僅かにあたたく、穏やかなその表情は苦痛なく神の懐に抱かれたと推測できた。

 親からの愛情は得られなかったが、“おじいちゃん”が全部教えてくれた。

 文字も、ベッドも食事も、全部手配してくれたのはおじいちゃんだった。

 私が、神殿長として歩めるように様々なことを教え、時に叱り、時に甘やかし、交友のきっかけを作ったりとーー

 その記憶はどれを思い返しても穏やかな眼差しと微笑みに溢れていてーー

 きっとそれは家族の愛情に近しいものだったーー


「おじいちゃん……、私の“おじいちゃん“になって下さってありがとうございました……」



 他の神官や見習い達に背を向けたまま、ベッドサイドでおじいちゃんの手を握りしめ感謝の言葉を述べた。

 溢れた水は音もなく寝具に吸い込まれた。

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