12 進む道5
開いた口が塞がらない、とはこのことか。
ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン……
「し、神殿長様……? 入れすぎではないのでしょうか……?」
「ふふ、そうですか? 私は甘い紅茶が好きなのですよ、テレシア様」
角砂糖を、一体何個入れたのだろう。あれは全て解けるのだろうか。
しかし、くるくるとスプーンでまぜ、片手で口元の布をまくって一口飲むと、ほぅっと息を吐いた。
口元がチラリと見えるが、シワもなくやはり若そうな……女性なのか男性なのか、判断がつかない。
「あぁ……やはり甘い。」
表情は見えないが、ニッコリ微笑まれているような気がした。
「カミーユよ、テレシア嬢が驚いているぞ。そんなに砂糖を入れては、砂糖を食べた方が早いだろうに。いつ見ても、こちらまで口の中が甘くなる」
カミーユ、と呼ばれたのは先程大量に砂糖を入れていた神殿長で……
よく飲むな、と王様が苦笑した。お二人は仲が良いみたい……?
「こやつのことは気にするな。昔、嫌がらせで砂糖ばかりの茶を出したらそのまま気に入ってしまったのだ。
ジュールも、アレシア夫人も、テレシア嬢も、遠慮せず……飲みなさい」
「はい、いただきます」
一瞬不穏な言葉が聞こえた気がするが、お父様は何も言わずお砂糖なしの紅茶を、一口飲むと厳しい顔をした。
「さて陛下、一口いただきましたので、呑気に茶を楽しんでいる場合ではありません。話の続きをーー」
「すまないな、テレシア嬢。ジュールとは、私が幼少の頃からの付き合いだ。普段はこのように、小言が多く……気軽に接させてもらっている」
そう、にこやかに話す彼は爽やかな青年実業家のようだ。謁見の間では威圧感のあった王様も、応接室でテーブルを囲むと普通の人に見える。父も先ほどより、砕けた印象だ。
「そうなのですね。父の知らない一面を見た気がします。」
うふふ、と少し笑うと砂糖とミルクの入った紅茶を飲み、緊張がホッとほぐれていくような気がした。
「それで、神殿長カミーユよ。“守護者”という者はこれまでもいたことがあるのか?」
「はてさて……陛下もご存じのとおり、私は6歳当時の魔力測定のおり、神より“神殿長”の名を授かりましたために神殿長を務めております。しかし、陛下が“陛下”となられたのは神より授かられためではなく、またそれを見てもわかりますように、特別な“名”を授かること自体、非常に稀なことでございます」
なんと! 神殿長も神に任命されていたのね!
「そしてテレシア様は、“何の”守護者なのかが非常に重要なことと思われます。あの謎の文字が“守護者”の文字の前にきていた事から、深く関係があると思いますが……」
いやいやいや、“転生者“と日本語で書かれていただけで、状態を表していただけだろうと思う。
謎の文字、と先ほどから言われていることを考えると、この世界に他に転生者はいないのだろうか。それとも神のきまぐれで、転生者全員に“転生者”の表示をするわけではなく、私だけ出したのだろうか?
そんなことを考えながらチラリとお父様、お母様を見ても、何やら難しい顔をしてうーん、と考え込んでいる。
お父様の顔には少し汗が浮かんでいた……うん?
「そういえば、テレシア嬢に関しては妙な噂を聞いたことがある」
「わたしの“妙な噂”でございますか?」
「あぁ。其方、獣人を他の貴族から金銭をばら撒き横取りしたり、買い集めていると聞いたが誠か? かわいがっていた獣人をテレシア・ポムエットに取られた、と、金銭を提示され公爵家という圧力にも耐えかねてお譲りしたと言うような話を、王城内でもしているものがいるが……」
顎に手をあてた王様……いや、陛下は面白いものを見るような目でこちらを見ている。その表情から、本気で信じてはいはいとわかるものの、あまりの言われように沸々と怒りが込み上げてきた。
「なっ……! わたしは、大切にされている獣人を無理やり買い取ったりはしておりません! 人前で鞭で打たれていたり、狭い檻に閉じ込められていた獣人さんを保護しただけです……!」
鞭で叩かれていた獣人、思い出すだけであの時の貴族を殴りたい衝動に駆られる。一体そんなことを言っているのはどの貴族だろうーーっと、そっと真っ白な手が、カップを掴んで怒りに震える私の手に触れた。
「テレシア様、魔力を抑えてください。心を落ち着かせて。陛下は、家臣の噂話を伝えられただけです。テレシア様は、かれらをとても大切に思われているのですね」
「あ……。ありがとうございます、神殿長様」
ひんやりとした感触に、沸々していた怒りも自然と落ち着いていく。神殿長を見ても、表情は見えないのにふっと優しく微笑まれた気がした。本当に、不思議な人だ……。
「陛下、テレシアの言うことは本当です。外出の際は私、またはアレシアが同行しておりましたが……どの獣人もひどい扱いを受けておりました」
「……そうか。時に、ジュールは元々、獣人が苦手だったのではなかったのか? 」
驚いて、お父様を仰ぎ見る。そういえば公爵家には、私がレオンを連れて来るまで獣人がいなかった。
「苦手、と言うのは的確ではありませんね。虐げられる彼らを見ながら、何も出来ない自分が嫌で……見ないようにしておりました。彼等を売り買いする行為も嫌悪感がありましたが……しかし、テレシアがかれらを守るためならお小遣いで買い取る様を見て、法的にどうにか出来ないか考えていた私は“ああ、こういうことも出来たのか”っと、そう感じるようになりました」
「お父様……」
全然知らなかった。法的に、とかも考えてくれていたんだ。
「獣人に関する法案は、これまで何度も出されているが流れてしまってばかりいるからな。獣人をかわいがることが趣味の貴族がいることも把握している。王城でも、身体能力の高い彼等は力仕事を任せているし、使用人の中でも彼等を見下す者は少なくはない」
「……もしかすると、テレシア様にはあの謎の文字が読める、あるいは正しい文字に見えているのではありませんか?」
神殿長が、話の流れをぶった斬っていきなり何か言ってきた。
紅茶を吹き出しそうになるのをゴクリと飲みこみ、喉が痛い。
いや、読めてはいるけど! ここで「私、転生者です! 」なんて言えない。お父様とお母様に気味悪がられてしまう。我が子が産まれた時から、別の人間の記憶があったなんてーー私には、言えない。なんで獣人の話から、神殿長は何を意図しているのか、と思考を巡らせる。
「ええっと……」
すぐに私もわかりませんと言ってしまえばよかったのに、目は泳ぎ、間が空いてしまった。
しまったーーーーーー!
「そうなの? テレシアちゃん! もしかして……まさか……」
お母様は、思い当たる事があるらしい様子で“まさか”と……。ど、ど、どうしようーー! そう言うことにしちゃっていいのかなーー!?
「テレシア、正直に言いなさい。読めていたのか? あれは、何の守護者であると書かれていたんだ!?」
こうなったらーー!
「そうなんです! 私には読めました! しっかりと! ジュウジンの守護者と書かれているのがーー!!」
神様ごめんなさいーーそう思って一気に早口で捲し立てた!
「「「じゅうじんの、守護者」」」
王様、お父様、お母様の声が揃った。
とぽぽぽぽ、ポチャン、ポチャン、と神殿長が呑気にセルフで紅茶をおかわりし、砂糖を入れまくる音が響く。
「そうしましたらテレシア・ポムエット様は獣人の守護者であると神の思し召しなのですね。神のご威光とあらば、我ら神殿は全力でテレシア様の味方となりましょう。まずは、獣人の守護者出現の発表と、現状横行している獣人売買を早急にどうにかせねばなりませんね。輝きの範囲もどこまで及びましたのか、早急に調べる必要があります」
甘そうな紅茶を飲み、そう言ってカップを置いた神殿長からは急に圧を感じた。
神の思し召し……神の威光……なんだか事が大ごとになってしまったけど、天罰とか下ったりしない……よね?
「獣人さんが売り買いされたり、辛い目に合わなくなるのは嬉しいですが、守護者と言ってもわたしに何ができることか……」
「テレシアの言う通りです。これから学園で学ばねば、知らないことも多いでしょう」
すかさず、お父様が援護してくれた。
「そうだなぁ。まずは、テレシア嬢は学園へ入学、こちらは内々に神殿の後押しする獣人の守護者が現れたことを関係家門にのみ周知し、誰であるかは伏せる、これを気に獣人の人権確立等の法整備をするといいだろう」
「しかし、人権を確立したとして彼等の仕事はどうするべきか……。陛下、以前ご報告しました通り、ポムエット家では獣人の騎士志願者を募り、既に訓練を受けております。全員を騎士にするわけには参りませんが、外部へ向けても志願者を募ることは可能です」
「ふむ……ルトルヴェール国内は良いとして、他国で売買されている獣人はどうするべきか。獣人商人はこの国に入れないようにするのか、神殿の方で情報を共有して対策いただけるのか……」
「無論、唯一神のご威光は世界共通です。次回の神殿の集まりで周知し、他国へも守護者の出現を周知致しましょう。昨日の輝きと、魔力測定の輝きの範囲にもよりますが、場合によっては簡単に話が通りましょう」
「唯一神のご威光は、絶対ですから」
大人たちが、ぽんぽんと難しい話を交わしていく。私、普通の6歳児なら今頃テーブルのお茶請けを平らげていると思うよ!
この世界には、まだまだ私の知らないことが多そうだーーーー。




