10 進む道3
両手をついたその瞬間、視界は光しか見えなくなった。
「えーー?」
輝く空間は白、黒、茶色、黄色、赤、紫、青、空色、緑、また白……と様々な色がグラデーションとなっていて、幻想的だ。
もし虹の中に入ることができたら、こんな感じなんだろうか……黒い部分が怖いけど。
光の世界に目が慣れてくると、手の向こうに何か文字が浮かんでいることに気が付いた。
“テレシア・ポムエットーー【転生者】ーー守護者ーー”
「っ!?」
ちょ、ちょっとまって!?
嘘偽りのない名前が浮かぶはずのそこには、転生者だと日本語で書かれ、その他この世界の文字で何やら浮かんでいる。
一体なぜ?
キョロキョロ辺りを見回しても、輝く光に閉じ込められたかのように、それ以外には何も見えなかった。
「ーー……しゃって……」
「手をお離しください、ポムエット様」
ごく小さな呟きが自分の口らか漏れたかと思うと、神殿の人の声がした。
そちらを向いても光があるだけで、やはり何も見えない。
玉の感触から手を離すと、光に包まれた世界は一瞬で、嘘のようにきえ、元の魔力測定の光景が目の前に広がった。
「え? え……? 今、一体何が……?」
思わずそう呟く。
今の世界は、文字はーー?
私だけが見えたのか、他の人にも見えていたのか、背後の静まり返ったホールからは何もわからない。
「テレシア・ポムエット様。後日神殿より、使いの者がお伺いします」
ふわっと石鹸とお日様のような香りがすると、白い布を被った神殿の偉い立場であろう人がかがみ、小さく声をかけてきた。
『ーー今見えたものは、どうぞご内密にーー』
えーー?どういう意味ーー
聞き返せるような雰囲気でもなく、神殿の人はかがめていた体をスッと起こし既に私の後ろを見ている。
「お席へお戻りください。次の方、こちらへ」
何事もなかったかのように席へと促され、戻りながら周囲の様子を盗み見た。
何故かどの子供も、ぽ〜っとした様子で座っていて、ホールには足音だけが響いた。
着席して、エリアスに聞こうかと思っても、あまりに静まりかえった中で声を出すことができなかった。
程なくしてソフィアも着席し、何色か見逃してしまったことを悟る。
何人か、私の後の測定が進むうちに、ホールの中ではヒソヒソとお喋りが始まった。
それと合わせて隣に座るソフィアへ小さく声をかける。
「ソフィア様、ソフィア様の属性は何でしたか? わたし、考え事をしていたら見逃してしまいまして……」
「わたしは茶色の土でしたわ。お母様と一緒の属性で、輝きは、強くありませんでしたが嬉しいです」
まだ幼さの残る声で話しながら、桃のように頬を染めて微笑んだ。
「ーーそれにしても、テレシア様の測定では、一体何が起きたのでしょう? 突然光に包まれて、目がおかしくなったのかと思ってしまいました」
ーーどうやら、光の世界へ誘われたのは自分だけではなかったみたい。
ソフィアの話を聞いて安堵した。
それでみんな静まり返っていたんだ。
「ソフィア様も、光に閉じ込められましたか? よかった、僕もでした。あのカラフルな光は一体何だったんでしょう。一人だけ何かあったのか不安で……」
話を聞いていたエリアスが、か細い声で話しかけ、その瞳はうるうると潤んでいるようにすら見える。これで男の子だなんて、詐欺だ。
「「テレシア様はいかがでしたか?」」
二人の声が重なって、前列の子供達何人かが振り返った。うるさかったかな? 私は唇に指を当てて、シーっと言いながら……
「わたしも、お二人と同じでしたよ。何か、不具合があったのかもしれませんね」
不具合……っと納得のいかない様子で二人とも考えこむが、私は本気で、そう答えた。
浮かんだ文字の事や、いろんな色のことは黙っておこう。
そうして、残り時間はヒソヒソ声でソフィアやエリアスとおしゃべりをしながら、魔力測定の日を終えたーー。
終わってみると、白い光の子供は少なかった気がする。だが白い光が出た時だけ、神殿の人に話しかけられていたことから、私と同じように使いを送ると言うようなことを言われたんだろうと推測する。
エリアスは私の“趣味”を噂で聞いたとかで、後日相談がしたいからと、お手紙を送る約束をした。
ーー噂になる私の“趣味”って一体なんだろうーー?
ちなみに、私たちの周りに座る何処かの令息、令嬢の子供達が、チラチラと話しかけたそうにしていたことに、私は全く気づかず後日ソフィアから教えてもらった。
屋敷へ帰り着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
部屋で白い衣装のままベッドへ倒れ込むと、ラーダに絶対ダメだと起こされた。入浴、寝る用の服へ着替えを済ませると、部屋の扉をコンコンと叩く音がする。
「は〜い、どうぞ〜」
疲れて間の伸びた返事だけど、今日くらいは許されるんじゃないかな。
案の定、ラーダのお小言が飛ぶことがなく、開いた扉からレオンが食事を持って入ってきた。
「今日はお疲れ様。ここで食べれるように夕食を持ってきたよ」
レオンの表情が、いつもより優しい。そして美少年っぷりが10倍くらい上がって見える。
「……ありがとうレオン……! 朝食しかとっていなかったから、お腹ぺこぺこだったの……」
「魔力測定って、6歳の子供に中々酷なことさせるんだな。ま、無事終わってよかったよ」
「……無事、ねぇ……」
そう呟くと、机に食事を置いていた手がカタっと止まる。
「何かあったのか?」
夜だからか、大きくなった瞳孔の金色の瞳が、じっとこちらを見つめる。
「あーー……。食事しながら話そうかな! レオンはもう食べた? まだだったら一緒に食べよう?」
ジーーっとこちらを見ていたかと思うと、はぁっとため息をついて部屋から出ていった。
「お嬢様、わたくしも下がらせていただきますね。何かございましたらお呼びください」
と言って、ラーダも退室した。レオンは、食べないのかな? 自分の分を取りに行ったとか?
机の前のソファへ移動して、ボフッと座り込んだ。部屋には食事のいい匂いが充満している。
野菜をつまみながら少し待ってみると、ノックの後レオンがワゴンを押して戻ってきた。
「あれ、待ってたのか。俺もまだだったから、一緒に食べよう。料理長から、デザートとお菓子、紅茶も押し付けられた」
ワゴンの上を見れば、大盛り気味のパンに、クッキーや焼き菓子に、くすくすと笑ってしまう。
「レオンは、いつもいっぱい食べさせられちゃうんだもんね。幸せ者だね」
「……言ってろよ」
バツが悪そうな表情をしながら、カチャカチャと机へ乗るだけ食べ物を並べていく。
屋敷に来た当時、ガリガリに痩せていたレオンを見るに見かねて、お父様とお母様が料理長や使用人へ“レオンにはなるべく沢山食べさせるように”と大量の金額と共に指令を出したのだ。もうその指令は終わっているが、レオンの食事にと渡された金銭感覚の狂った額は使いきれず、当然返上なんて格好悪い真似をお父様は受けなかった。それ以来この屋敷では公爵了承の下、お腹を空かせている使用人とレオンには沢山食べさせるようになったのだ、とラーダから聞いたことがあった。
向かい合って、温かい食事をとる。わざわざ作ってくれたんだろうなーー。
「それで、一体何があったんだーー?」
あの人には“内密に”と言われたけど、レオンにならいいよね?
私は魔力測定のホールで仲良くなった2人のこと、白い布を顔からかけた中性的な神殿の人のこと、そして私の魔力測定で起こった出来事を“転生者”の部分だけ省いて説明したーー。




