1 転生と異世界
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『『『バチーンッ!!!』』』
盛大な音が響き渡り男が吹っ飛ばされた。
ドサッ
男とは反対の方向……私の背後ではもふもふした尻尾が最大限に膨らみ小さく震えている。
「………やっちゃった……でも悔いはなし」
右ストレートの姿勢で固まったまま、思わずそう呟いていた。
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私、テレシア•ポムエットは所謂転生者だ。
ごく普通の高校生だった私は、ある日車に轢かれかけた猫を助けて……目が覚めたらベッドの上だった。ぼやけた視界に小さな手、知らない女性に抱っこされた鏡には青っぽい目に金髪の赤ん坊が映っていて、私が手を動かすと鏡の赤ん坊も手を動かす……産まれ変わったことを悟った。
前の人生に思うところはあったし両親には申し訳なく思っている。けれど赤ん坊の思考に引っ張られるのか、すぐ眠くなるし、目が覚めるとお尻の辺りにベチョッとした感覚があったりお腹がペコペコになって、ミルクを飲んだらまた寝て…あまり意識を保っていられない。
外国の何処かなのか、白を基調とした洋風の室内には日本で言う“ロココ調“の家具が置かれている。
お世話をしてくれるのはメイド風の格好をした人、頻繁に顔を見にくる知らない男の人と女の人が両親のようだ……と言うのはここの言葉がわからない。これが、日本じゃないとわかった一番の理由だった。
ーーーー
「テレシア様ー! こちらでそろそろティータイムにしましょう!」
「ラーデャ」
振り返ると金色のふわふわした髪が揺れる。メイドのラーダに呼ばれて、腰程まである花々の中からピョコッと頭を出し花を集める手を止めると、花畑の近くの木の下に広げられた大きな布へ向かっていく。2歳になってようやく思考がまとまるようになってきた私は、屋敷近くの花畑でピクニックをしていた。
「お母しゃまはティータイム、いないのかな…?」
ようやく覚えてきた言葉で、喋りにくい口を一生懸命動かす。
「お帰りが晩餐の頃になってしまうかもしれませんね。それまではこのラーダと、騎士の方々と一緒に過ごしましょう」
赤ちゃんの頃からお世話をしてくれているメイドのラーダが柔らかく微笑んだ。座った布の両端には、見慣れた騎士が2人付き従っていて……
「騎士しゃんも、一緒に食べよう」
「我々はお嬢様をお守りしなければなりませんので……交互にご一緒させていただきますね」
カチャっと剣の置かれる音がして、騎士の一人が一緒に座ってくれた。
そう、ここは剣のある国だった。屋敷には電話も見当たらないし、車ではなく馬車が走っているのを見た時にはとても驚いた……過去に転生してしまったのか。はたまた高校でよく友人が話していた“異世界転生”というものなのか、生憎転生前そういった本を読まなかったし、この国の字が少ししか読めない私にはまだよくわからない。
お母様に聞いた国の名前はルト……? 聞いたことがないものだった。とりあず空は青いし太陽は一つ。
「お日しゃまが気持ちい〜ねぇ! この足の上に“ねこしゃん”がいればカンペキなのになぁ〜!」
「また“ねこしゃん”ですか?」
暖かい日差しに思わずそう呟くと、メイドのラーダは目を丸くして小首を傾げる。
「そーだよ、ねこしゃんは、日向ぼっこが大しゅき! ここにいたら、なでなでしゅるの。きっと喉をゴロゴロ鳴らしゅの!」
ふわふわの、前世でも大好きだった猫を思い浮かべる。車から守った猫は無事だったかな? 家で一緒に過ごしたあの子は、私がいなくなった後も両親と仲良く暮らしているだろうか……。
猫の寿命が私の寿命ーーそのくらい大好きだった。
思い出しながら、手が勝手に膝の上で猫を撫でている時の動きをする。転生後の両親にも何度か“ねこがほしい”と言ってみたことがあるが、滑舌が悪いせいか今一伝わっていない。
「うふふ、テレシアお嬢様は“ねこしゃん”が大好きなんですね。きっと奥様が用意してくださいますよ」
メイドと騎士からやわらかい眼差しを向けられる。大きな屋敷、騎士がいること、いつも素敵な洋服、中々裕福そうな家庭であることはわかっているのに、猫は今だに飼ってもらえない。
騎士の1人は立ったままながらみんなでジュースを飲み談笑していたら、遠くからわーわー騒がしい声が聞こえてきた。
「何かあったのかもしれません、ラーダ、お嬢様を抱えて後ろに…」
『ガサガサガサッ』
騎士が言い終えない内に、100m程離れた花畑が不自然に揺れた。
「誰だっ!」
二人の騎士が慌てて、私を抱っこしたラーダの前に立つ。
『ザザザザザザザっ』
近づく音にチャキッっと剣を構えるが……
「まって!!!!!!」
ちらっと見えたあれは……
「あっ! お嬢様!」
私は抱えてくれていたラーダを突き飛ばし、騎士の間をすり抜け今し方見えたものの方へ走っていく。
あれは……あの怯えたように膨らんだ尻尾は……!
「きゃっ!!!」
確かな確信を持って近づいたはずが、突然羽交い締めにされた。
「来るな!!!」
背後、耳元での大声のせいで耳がキーンとした。
「テレシア様!!」
「やめろっ! この薄汚い獣人め!!!」
駆けつけた騎士と、花畑を踏み荒らしながら商人風の男たちが怒鳴りながら駆け寄ってきた。
“獣人”……?
恐る恐る背後を見上げてみると、私よりわずかに高い頭、黒い髪の間にはモフモフの三角の耳、威嚇した猫のように膨らんだ尻尾が見えた。
「“ねこしゃん”っ!!!!!」
しゃん……しゃん……自分でも驚く程大きな声にあたりが一瞬沈黙する。
「…………え? お嬢様、この獣人が“ねこしゃん”ですか?」
騎士の一人が間の抜けた声を出すと、ハッとしたように背後で再び体を強張らせ、
「こっちにくるな! この“お嬢様”がどうなっても知らないぞ!」
「くそっ! 獣人如きが……! 脱走した挙句面倒をおこしやがって……!」
商人風の男の一人がチラチラ騎士たちを見ながら憎らしげに呟くと、騎士の剣を見てギョッとした。
「あ……その紋章は……! まさかポムエット家の……!」
「そうだ! そこの獣人、そちらのお方はポムエット公爵家ただ一人の公女、テレシア様だ! 早々に解放した方が身のためだぞ!!!」
え……? 私って公女だったの? でもって獣人がいるってことは異世界ってこと? 怒涛の展開に頭がついて行かない。
騎士に怒鳴られて羽交い締めの手が緩むと、隙をつくように商人と騎士たちの手が伸びてきた。
「このぉ……!」
「だめぇ!!!!! “ねこしゃん”いじめないで!!!」
目をつぶって咄嗟に振り回した右手が、勢いよく商人達を弾き飛ばした。そのまま商人達は2〜3m吹っ飛んでお花畑で伸びてしまった。
「「「えっ?」」」
自分からも背後からも、騎士たちからも、そんな声が重なった。
その後2歳児ワガママを発揮し、騎士とラーダが商人と交渉して“ねこしゃん”は一度私の家へ引き取られることになった。騎士が何かぶつぶつと呟くと“ねこしゃん”の手足が土で手枷足枷のように拘束される。
魔法まであったよこの世界!
元々私とラーダが乗っていた馬車には、“獣人”と体格のいい騎士の一人も乗り込み少々手狭だ。
「テレシア様は獣人を見るのが初めてでしたね。彼のように、三角の耳、尻尾がはえた種族のことを言います」
「種族全体の数が少なく、力が強いため先程のような商人が商品として売り歩いて、契約魔法で力仕事などをさせたりします……あの花畑は治安が良く貴族の観光地として有名でしたので、まさかあの様なことが起こるなんて……」
ラーダがそう説明する。獣人と言っても全身が毛で覆われているわけではなく、耳と尻尾以外は普通の人と何ら変わりはない。目の瞳孔は明るいところで細くなる、猫と同じような感じだ。
前世で聞き覚えのある“奴隷“という言葉が脳裏をよぎる。頷きながら男の子をみると、少し汚れた黒い髪から覗く金色の瞳がキッっと睨み返してきた。
猫の耳とよく似た耳が完全に“イカ耳”状態だ。触りたいけど安易に手を出すと怖がらせてしまう時の形だったかな。
「ねこしゃん、不安がらなくても大丈夫! 私、お父しゃまとお母しゃまに“ねこしゃん”の身の安全をほしょーしてもらうから」
「お嬢様、どこでそんな難しい言葉を……」