強盗なんて許せません!
遠藤父の要求はシンプル。
「娘がソープ嬢であるとん噂が立っとる。
選挙へん影響が不安で堪らん。
何とかせー。」
話していて心底アホらしい男だったので、そのまま席を蹴った。
《こんな奴に血税が流れるんだな》というのが忌憚のない感想。
同席していた中本も呆れていた。
「飛田さん、スミマセン。
割とアレが熊本のデフォルトなんです。
特にオッサンは概ねあんな感じですね。」
『生き辛そう…』
「遠藤さんも言っておられたでしょ?
地元じゃ子育ては無理だって。」
『まあ、令和人には辛そうな県民性ではありますよね。』
ペチャクチャ話しながら遠藤邸を後にする。
垣根の向こうから遠藤父がギャーギャー怒鳴っていたので、2人で顔を合わせて思わず笑ってしまう。
『中本さん、何か食って帰ります?』
「この選挙区以外にカネを落としましょう。」
『「はっはっはww」』
県を跨ぐが佐賀にシシリアンライスなる名物料理があるらしいので、遠藤を呼び付けて3人で佐賀飯を堪能。
「遠藤さん。
お父様に会われんで良かったとですか?」
「…選挙戦のピークに伺います。
お勤めの時に貰った派手な服が余ってるから、それを着てお父様の選挙演説に飛び込もうかしら…」
底意地の悪そうな顔で遠藤がニヤニヤ笑う。
俺はこの女のことが嫌いなのだが、性根に関しては釣り合っているとは思う。
その後、普通に都会田舎トーク。
熊本と関東圏の違いやカルチャーショックを語り合う。
「九州では熊本はカースト高いとですよ。
福岡の次くらいの地位。」
遠藤がフンフン頷く。
「やのに、東京で《熊本から来た》って言ったらねぇ。
お上りさんさんを見るような目で、半ば憐みの混じった目線で見られるんですよ。
それが腹が立って仕方ないかとですよ。」
『ああ、俺の親父も似たようなことを言ってました。』
「五島でしたっけ?」
『長崎の離島としか聞いてないので。
どこなのかなー?』
「…お父様の住民票の除票で取得可能ですよ。」
遠藤が口を挟む。
『そうなんだ?
調べる方法とかあったんだね。』
曰く、遠藤は以前から父親に嫌がらせをする方法を模索しており、勝手に住民票を取り寄せてニヤニヤしていたらしい。
ソープランドのロッカーに貼っていたらしいので、それも1つの親子愛なのかも知れない。
こんな女から生まれてしまう我が子に心から同情した。
『でも父親の故郷なんて今更知った所でなあ。』
2人から窘められる。
ルーツを子に語り継ぐことも父親の使命であるとのこと。
…それも一理あるか。
エヴァが産んだ子に対しては説明義務を果たすつもりだしな。
「ボクは飛田さんの仕事を詮索するつもりはないですけど。
お子さんには伝えるべきだと思いますよ。」
『…仕事ってほど大したことはしてないですよ。
そこまで言わなくてよくない?』
「いやいや。
父親の仕事を知らないって傷付きますよ?
実際、香港やドバイで商売してるんだから、そこは教えてあげましょうよ。」
『宝石商・貴金属商と言えなくもないか…』
俺が考え込んでると、遠藤が「お店を出すなら手伝ってあげてもいいです。」などとぬかしやがる。
オマエがお店屋ごっこをしたいだけじゃねーか。
女はショップ好きだよなぁ。
『じゃあ、まあ…
店を出す事があったらカウンターに入って。
あくまでもしもの話だからね!?』
「…はい、皆様の御迷惑にならないように慎ましく振舞います。 (ガッツポ!)」
やはり俺はこの女のことを好きにはなれないと思った。
きっと卑しい者同士相性は良いのだろう、それが気に入らない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遠藤と2人きりになりたくなかったので、中本を引き止めようとしたが福岡の美術館に去っていってしまう。
世界の宝飾に関する展示を見るらしい。
「まあまあ。
ボクも仕事ですから。
結局飛田さんにフィードバックするからいいんじゃないですか。」
『えー、一緒に新幹線乗りましょうよ。』
「ははは。
後は水入らずでどうぞ。」
中本も遠藤と居るのが苦痛らしく足早に逃げていった。
仕方ないので遠藤と柳川まで戻って遅めのアフタヌーンティを楽しむ。
犬童夫妻が迎えに来るまでここで時間を潰さなければならない。
「飛呂彦様にとって私は愛人なのですか?」
不意に遠藤が問う。
『…愛人ではないです。』
何せ微塵も愛していないからな。
「では本命?」
『あー、いや。
前も少し話したと思うけど、取引先の娘さんが本妻的なポジション。
同時期に子供が生まれると思う。』
「…。」
『…。』
「その方と話し合いの場を設けて欲しいです。」
当然却下。
コイツは平然と毒を盛るタイプ。
『…ゴメン、外国の人だから。』
「…確かエヴァさんでしたか。
私からも伝言宜しいですか?」
『…どうぞ。』
「連絡を取りたい、とお伝え下さい。」
『(嫌だけど)はい。』
その後、村上翁とZOOMで軽く通話。
遠藤の身の振り方について具体的に話を進めていく。
どこの病院で出産するとか、遠藤父への連絡はどうするとか、退院後の住処とか。
リラックスした雰囲気で話は進むが、不意に村上翁が通話から退出してしまう。
「…何かあったのでしょうか?」
『さあ、見当もつかないな(棒)。』
多分チャコちゃんが乱入して来たんだろうなぁ。
話がややこしい方向に進んだら嫌だな。
こう見えて俺、戦時体制下に居るからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕方、犬童夫妻が遠藤を回収に来る。
案の定、犬童が俺の脚を見て嘆く。
『もう痛みは引きましたので安心して下さい。
杖なしで歩くコツも身に付けました。』
「危ない橋は渡らないで欲しいのですよ。」
『そうは言われましてもねえ…』
遠藤父娘と関わること自体が既に危ない橋なのでは?
「ただでさえ最近は物騒なので…
気が気でないんです。」
『物騒?』
「ニュースで話題になってるでしょう?
闇バイトですよ。
風俗店の経営者ばかりが集中して狙われてるんです。
私が懇意にしている先輩が博多でキャバクラチェーンを経営しているのですが、やられました。
警棒のような物で頭を割られてしまって。」
『うっわー、強盗とか最悪ですね。』
「犯人はすぐに捕まったのですけど、ツイッターで集められたバイトなんですよ。
だから捕まっても捕まっても強盗が続くんです。」
『あ!思い出した!
東京でも知人の勤め先の社長が強盗に殺されてます。』
「えッ!?
それは初耳です。
会社名分かります?」
『今、確認しますね。』
俺はらぁら(本名)に元勤務先について質問メッセージ。
チャットで返信して欲しかったのだが、着信音。
「もしもーし♪」
『あ、ども。』
「なーんでフーゾクの話すんのよー?
一応足洗ったんだよー。」
『いや、強盗の件を調べてて…』
「お!
バトル? バトル?
社長の仇を取ってくれんの?」
『いやいやいや、違う違う。
バトらないバトらない。
女の子が仇とか物騒な話は止めようよ。』
「でもセックスなしで
焼き鳥奢ってくれたことあるよ。
ジジーだから枯れてたのかもだけど。
ギャハハハ!」
らぁら(本名)が社長氏と飲みに行った時の画像を送ってくれる。
それを見た瞬間、犬童が悲鳴を上げる。
「あッ!
宮川さん!?」
『え?
お知り合いですか?』
「…あ、あ、あ。
…父の恩人です。
風俗業界の締め付けが厳しくなった時期に色々助けてくれて…
昔は九州にもよく遊びに来てくれたんですよ。
私が子供の頃、庭でキャッチボールとかして貰ったこともあって…
最近は年賀状のやり取りくらいしか無かったんですけど。」
『らぁら(本名)さん。
社長さんの苗字は宮川で合ってる?』
「知らねー。
でも合ってると思うー。
TikTokのアカウントが
みやがー@だし、多分。」
『当時の資料とかあったら送ってくれる?』
「ツイ垢送るねー。」
犬童の落ち込んだ表情。
確定らしい。
「親子で散々世話になったのに…
葬儀にも行けずに…」
『仕方ないですよ、突然の事だったみたいですし。
店もすぐに廃業になったみたいですし。』
事件を検索してみるが、他とパターンは同じ。
実行犯は闇バイト。
タイミーの偽求人に騙されて強盗団に加わった者も居る。
黒幕はTelegramから指示するだけであり、正体は不明。
アニメキャラの名前を名乗っており、所在すらも分からない。
『犬童さん、大丈夫ですか?』
「すみません、取り乱してしまい。
お見苦しいところをお見せしました。」
『いえ、御懇意の方が亡くなられたのだから当然ですよ。』
「それにしたって強盗殺人なんて酷すぎます。
我々になら何をしても良いと思ってるのでしょうか…
宮川さんはボーイにも嬢にも優しい聖人だったのに。」
犬童曰く、風俗店経営者への風当たりは強く、世論も同情してくれないし警察に相談しても極めて冷淡な対応とのこと。
《セコムでも入れたらよかとじゃないですか?
おカネはいっぱい儲けてるんでしょ?》
相談に訪れた犬童に対しての刑事課職員の第一声である。
「えっと、先程の彼女が沼袋さん?」
『いえ、らぁら(本名)です。』
「そうですかー。
メッセージで私が礼を述べていたと伝えて下さい。
もしも宮川さんのお写真とかお持ちでしたら、送って頂けませんか?
ご焼香とかは迷惑なのかな…」
『分かりました。
宮川社長のお住まいも当たってみます。』
「ええ、今住所をWhatsAppに送りました。」
『了解。
六本木ですね。』
「土地勘とか大丈夫ですか?」
『ええ、何度か仕事をしてますので。』
「それにしても…
許せないです。
何の罪もない相手をおカネ欲しさに…
大体、闇バイトとか卑怯ですよ。
自分は安全な場所にコソコソ隠れて…
何とかならないものですか?」
『まったくです。
強盗なんて許せません!
何か分かりましたら、私も出来るだけの事はします。』
「申し訳ありません。
つい興奮してしまって。
ですが、何としても犯人逮捕まで持って行きたいです。
でなければ、天国の宮川さんに合わせる顔がない。」
俺は涙を拭いながら語る犬童を慰めながら、犯人逮捕への協力を申し出る。
犬童も大した男で、落ち着いてからは妊婦×3へのフォローを改めて申し出てくれて、奥さんにメッセージを送りベビー用品等を揃えてくれた。
俺は素直に好意に甘えることにして、巣鴨の倉庫に纏めて送って貰う。
更には建築プロジェクトの順調な進捗も伝えてくれ、九州の有力な経済人のLINEグループに誘ってくれた。
《彼は優秀な宝石商です。
ドバイや香港にパイプを持っているほか
エヴァなる宝飾ブランドも保有しています。
人格も私が保証します。》
遠藤が好意的に紹介してくれた事により、何人かの社長が個別で友達申請をして来る。
どうやら表に出せないゴールドに悩んでいるらしい。
『色々とありがとうございます。
東京に戻り次第、宮川社長の住まれていた六本木のタワマンを当たってみます。
もし遺族の方が住まれておられましたら、ご焼香が可能か尋ねてみますので。』
「いえいえ!
ありがたいです。
直近に会合があるので今日は動けませんが、それ以外は時間の都合を付けますので。」
仕事が増えてしまったが、犬童には日頃から世話になっているので無下にも出来ない。
実際問題、彼の人脈でラピスラズリ建材企画がトントン拍子で進んでるからな。
何かで報恩しなければならないと考えていた矢先である。
それに1人の日本人として治安回復には貢献すべきだからな。
平和で安全な社会の為にも犯罪者は許してはならないのだ。
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