遠藤の産んだ子だけは命を賭けても守ろうと決意した。
さて。
合衆国の使者に詰められている。
「トビタ殿は我が国に対して1ヶ月ごとの更新と申された。
然るに!
王国軍には2ヶ月契約をされたとの事!
我が国は貴殿の不誠実な応対に対して正式に抗議する!」
俺も歳の割には色々と経験してきたつもりだが、まさか国家から抗議される事態までは想定していなかったので、大いに恐縮のポーズを取った。
「しかもだよ!
散々中立を標榜しながら放牧地に王国兵を匿っておられるよね?
王国?
やはり貴殿は王国派?」
『いやいやいや。
大佐殿…
彼らは既に軍を離脱しております。
行き場がなく困っていたので、人道的な見地から保護をしているのです。』
「うーん。
納得の出来る回答ではないなあ。
露骨な王国贔屓と解釈せざるを得ない!」
『あ、じゃあ。
合衆国の兵隊さんが逃げて来たら匿いましょうか?』
「駄目駄目駄目!!
逃亡兵は死刑と相場が決まっているから!」
『どうしろと…』
そりゃあね。
金貨を300枚も払ったのに不義理をされたら腹も立つよね。
「別に我々は補償をしろとは申している訳ではない。」
『なるほど。』
「ただ、誠意を見せて欲しい。」
『えっと…
誠意と申しますと…』
「私の口からこれ以上は申し上げる事が出来ないが…
誠意は誠意だよ。」
大佐は腕組みをしたまま座り込んでいる。
BBQの途中だったので、早く帰って欲しいのだが…
何らかの成果を挙げるまでは、この男も引き下がれないのだろう。
『いやー、大佐には敵いませんねー。
じゃあ、別にこれは補償という訳でもないですけど…』
補償という単語を聞いた瞬間、大佐の表情が僅かに綻ぶ。
そりゃあね、この男だってガキの使いじゃないし手ぶらでは帰れないよね。
『実は王国さんの専売品の白砂糖。』
「ッ!」
『たまたまニヴルと生産者達の間にパイプがあるんです。
ほら、製糖って火魔石を大量に使うじゃないですか。
納品しているうちに気心が知れて来て…』
「…ゴクリ。」
『ここからはあくまで独り言ですよ?
俺の勝手な独り言ね?
…生産者達は生活に困ってるんですよ、税金が高いから。
それで、最近帳簿外で白砂糖を確保する術を編み出しちゃったんですね。
うーーーん。
これ言っていいのかなぁ。
バレたら、彼ら死刑になっちゃうんだけどなあ。』
「わ、私は口が堅い事に定評がある!」
『実は簿外砂糖を保有しているのはニヴルなんですよ。』
「え!?
マジ!?」
『ほら、俺達って王国を追放されたでしょ?
そのどさくさに強引に砂糖を押し付けられちゃって…
分散して隠してはいるんですけど…』
「…。」
『ギガント族に打診して共和国に流す構想だったんですけど…
どうです?
合衆国さんの国内で目立たない様に処分しましょうか?
あ、どうぞ。
この小袋は大佐個人へのプレゼントです。』
「おおおお!!
見事な白砂糖だ!!!
100グラムはあるぞ!!」
『流石はお目が高い。
丁度100グラムです。』
「これほどの逸品となると…
金貨2枚、いや金貨3枚分の価値は確実だろう。」
『金貨1枚でそれとなくお流ししましょうか?』
「え?
良いのか!?」
『良くはないですよ。
バレたら氏族が王国から恨みを買ってしまいます。』
「専売品の横流しなど、王国の面子丸潰れだからな。」
『なので…
ほら、大佐がさっき仰ったでしょ?
放牧地の王国兵。
彼らに行商の体を取らせましょう。
それなら貴国に物資が安価に流れるでしょう。
あくまで流れ者の王国人が勝手に民間で売ってるだけ。』
「ふむ、悪い話ではないな。
ではこうしよう。
軍が管轄している3セク売店がある。
そこに売りに来てくれるか?
あくまでフリーの行商人としてな!
あくまで自己責任でな!」
『承知しました。』
「回りくどいが我慢してくれよ。
我が国は現在、周辺国から謂れのない誹謗中傷を受けているからな。
まるで国ぐるみで密輸業者を重用して、各国の専売品を非合法に入手しているかのように思われている。」
誹謗中傷もなにも、合衆国はそういう不正で建国された国家である。
「他には何かないか?
砂糖だけではない筈だ!」
『えー、困りますよぉ。』
「まあまあ、悪いようにはしないから!」
『大佐殿には敵わないなあ…
まあ、黒胡椒や海塩くらいでしたら…
一年間くらいは在庫を流せます。』
「ほう♪
いいねえ。
じゃあ、わかってるね?」
『いやぁ、大佐殿はやり手だなぁ。
俺なんかじゃ太刀打ち出来ませんよー。』
「ふふふふふー。」
そんなアホらしい茶番を済ませて、王国の専売品を格安で合衆国に流す運びとなった。
軍の影響化にある売店に卸す目標量も勝手に設定されてしまった。
(ノルマではなく目標とのこと。)
罠を疑うほど計算通りに事が運んだ。
アービトラージは当初から狙っていたが…
ここまでスムーズに話が進むとはな。
白砂糖・黒胡椒・海塩。
こちらの世界では貴重品だが、近所の府中市場では安く売っている上に配達にも対応してくれている。
大切な事は白砂糖が王家の専売品であり、諸外国に高値で売り捌く事も貴重な財源となっている点である。
これが流出すれば王家は当然怒るだろうし、その怒りの矛先を上手く合衆国に向ければ、対ニヴルで結託されずに済む。
後はデサンタ達がどこまで動いてくれるかだな。
「え!?
タダで白砂糖を貰えるの!?」
『但し、売値は金貨1枚と決まってしまいました。』
「あ、なるほど。
売上金の中から上納金を払えばいいんだね。」
『いや、これはあくまで生活支援なので、売上金はご自由にお使い下さい。
仮にここで農園を開くとしても、すぐには軌道に乗らないでしょう。
合衆国への移住資金にしても良いですし、今でしたら共和国や帝国もアリだと思います。』
「ゴメン、それって君達に何のメリットがあるの?」
『うーん。
どのみち白砂糖は表に出せませんからね。
結局、合衆国さんに買い取って貰うしかないんですよ。
ただ、ドワーフはかなり嫌がられている上に目立つので…
いずれ人間種の行商人を挟みたいと考えてました。
そのタイミングでデサンタさん達が来られたので…』
「いやいや。
商品だけ貰って上納金ゼロなら、ニヴルさんが損をするじゃない。」
『でも販路開拓費用だと思えば安いと思いませんか?
我々が売りたいのは鉱石や金属製品や採掘能力。
砂糖は本業ではないんです。』
「ああ、確かに。
ドワーフって工業区域に固まってるよね。
じゃあ、そういう需要があるかリサーチすればいいんだね?」
『ええ、助かります。
みんなドワーフには腹を割って話してくれないんですよ。』
「ふむ。
ああそうか、確かにな。
うん、それなら役に立てる気がする。」
『デサンタさん達は王国やドワーフと付き合いのある行商人グループという事にしておいて下さい。
もう合衆国軍から行商許可は貰ってます。
白砂糖と黒胡椒に関しては、当面は軍の意が掛かった売店でのみ販売して下さい。
話は通ってますので。』
「おお!
何から何まで!」
どのみち、脱走兵達に食事を与えない訳にはいかないからな。
放置すれば彼らはニヴルから盗んだり情報を売ったりし始めるだろう。
これは善性云々とは関係なく、消去法で必ずそうなるのだ。
であれば、機先を制して行き先を誘導するべきである。
行商人のリーダーはデサンタとする。
彼が1番気心が知れているし、グループの中で最も腕っぷしが強い。
何より、軍時代の階級が1番高いにも関わらず一切それを持ち出さない公正な性格に惹かれた。
「俺はもう曹長でも上官でもない、単なるデサンタだ。
もはや君達が遜る必要はない。
…皆で生き残ろう。」
かつての部下に真摯に語りかけている現場をたまたま見かけて、強烈な感銘を受けたのだ。
ちょっと笑われたくらいで級友を見殺しにする俺とは大違いだった。
男としての格があまりに懸絶していた。
俺の気質的にデサンタ的に振る舞う事はきっと出来ないだろう。
だが、彼を厚遇することで良い雰囲気を作れたら嬉しいと考えている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ワープ!』
全ての準備を整えた俺は久々に地球を訪れる。
戦況の推移が全く読めないので、あまり長居は出来ない。
『おお!
流石は村上さんだ!』
俺が飛んだ巣鴨の倉庫には、黒胡椒・海塩・岩塩・白砂糖・黒砂糖・シナモン・ナツメグが25キロ袋で山積みされていた。
まずは灰色鉄鉱山の奥にあるニヴル大倉庫ブラギ区画に100キロずつ輸送。
倉庫番のイヒョール爺さんと軽く打ち合わせをしてから、府中に戻りメールチェック。
かなり溜まっていたので、例によって平謝りメッセージを皆に送る。
地球情勢も結構動いていて、再選したドナルド・トランプが自国の全輸入業者に関税を課していた。
『もしもし、趙社長。
ちゃんと漢語音声で聞こえてます?』
「極めて婉曲ですね。
こちらの発音は如何でしょうか?」
『あー、語彙がやや機械っぽいです。
でも意思疎通はできてるっぽいかも。』
「私は非常に心配しました。
飛田社長と連絡が取れない期間は
長かったです。」
『恐縮です。
バタバタしておりまして。
トランプ関税、香港にも影響ありますか?』
「問題は米国のみであり
当局はとても親切です。」
『なるほどー。
じゃあ今度直接遊びに行きますね。』
「はい、香港はとても自由です。」
やはり一般回線は駄目だな。
横着せずに直接飛ぼう。
趙との電話を切った後、村上翁と銀座で鍋をつつく。
「はい、かんぱーい!」
『かんぱーい。
って何に対してですか?』
「トビタが生きて帰った事にだよ。」
『大袈裟なんだから。』
「1個くらいヤバい場面はあっただろう?」
『あったかなぁ。
橋の向こうから歩兵隊が突っ込んで来た時は焦りましたけど。』
「あー、それは焦るわー。
オマエ、いい加減にしとけよー。」
『違うんですよ。
軍人さんって理屈が通じないんです。』
「うん、それ古代メソポタミアの頃から知られてる事実だから。」
『マジっすかー。』
「もう少し勉強しろよな。」
『猛省します。』
「オウ、スッポン喰うか?」
『これ以上、精が付いたら困るんすよ。
現時点で妊婦4人ですからね。』
流石に4人は俺のキャパを越えている。
「それがバラバラに生まれてくるんだから大変だよな。
4人同時に大学に行きたがったらどうする?」
『うーん、実は俺もそこを1番心配してるんです。
慶應とか青山とか、ああいう勉強もしない癖に金だけ取ってく学校…
遠藤が好きそうなんですよねぇ。』
「ああ、あの子は悪気無くカネが掛かるタイプだよな。」
『本人に悪気が無い事は理解してるんですけど。
うーん。』
「何?
不満?」
『…身の丈を知って欲しい。』
「あー、それ女が逆上する台詞ベスト3な。」
『まだ上に2つもあるんすか?』
「おいおい教えてやるよ。
でもまあ、賤民女ほどお姫様扱いされたがるからな。」
『俺が会ったお姫様は最前線で頑張ってましたけどね。』
「へー、世の中広いねー。
その子、今はどうしてるの?」
『え?
普通に殺しましたけど。』
「うわー、勿体ない。
この少子化時代に貴重なメスを殺すなよー。」
『ソープにいっぱい居るじゃないっすか。』
「いや、オマエと違って凡人はコンドームの壁を越えられないんだわ。」
『じゃ、俺が精子の通れるコンドームを発明しますわ。』
「それ単なる不良品だろー(笑)」
『「あっはっは!」』
本日、村上とつついているのは雲丹しゃぶ。
雲丹と豆乳を混ぜた出汁で海鮮を煮込むという趣向。
雲丹出汁でズワイガニや牡蠣やホタテをしゃぶしゃぶして貪る。
最後は雲丹出汁で雲丹をしゃぶしゃぶして白い飯をガツガツかき込んだ。
「トビター。
オマエ、食が太くなったなぁ。
心なしか身体つきもゴツくなったし。」
『そうっすかねー。
あー、鉱夫や牧童の真似事をしてたからかな。』
「その脚でか?」
『俺だって動くのは億劫ですけど…
産まれてくる子供の為にも怠けては居られませんから。』
「真面目だよなオマエ。」
『スンマセン。』
「収穫あった?」
『こんな物が…』
「おお、また金貨仕入れたのか。」
『500枚。』
「マジ!?」
『これ、村上さんに任せるんで色々お願いしていいっすか?』
「保育園案件?」
『もう、女共を一箇所に集めたいんです。
もう一軒買うんで、そこで共同生活して貰えませんかね?』
「それ女の子が嫌がるぞー。」
『気持ちは分かりますけど。
分散されたら養う自信が無いです。
幼稚園とか小学校とか同じ所に通わせたいんですよ。』
「イジメられるからやめとけ。
ガキは残酷だぞー。」
『知ってますよ、俺がガキなんすから。
でも、どう考えても別々の学校に通われたら養い切れないんですよ。
結構調べたんですけど、いずれ制服とか体操服とか買わなきゃいけない訳じゃないですか?
部活をしたがるかも知れない。
バラけられたら、父親としての責任を果たせません。』
「オマエ、本当に真面目だなー。」
『茶化さないで下さい。
俺は真剣に悩んでるんです。』
「いやー、惚れ直したわ。
女の子達は幸せモンだわ。」
『社会通念上、大学卒業くらいまでは責任を持たなきゃかな、と。
流石にそれ以降は面倒見る自信がないです。』
「バラけられたら辛いか?」
『ちょっと俺では捌ききれないですねー。』
実は養育費に関しては、かなり掘り下げて調べた。
俺もこの歳にしてはそこそこ稼いでる方だとは思うが、4人同時に産まれた時に養い切る自信が持てない。
エヴァは何とかしてくれそうな気がする。
だが後の3人。
言い方は悪いが所詮淫売だ。
彼女達なりに努力はしているのだろうが、奴らに子育てが出来るとは到底思えない。
金銭では補い切れない部分もカバーしなければならない事が目に見えているだけに胃が痛い。
『そこで村上保育園です。』
「勘弁してくれー。」
『金貨で1億円払いますから。』
「絶対ワリに合わないもん。
特に遠藤さん。」
『遠藤はねぇ…
一生ソープ嬢やってた方が幸せだったかも知れません。』
「まあ、精神性が母親業には向いてないよな。」
シメのうどんを啜りながら熱い遠藤批判。
ぶっちゃけ、あんなのが母親だったら絶対に鬱発症すると思う。
前もって生まれてくる子供に謝罪する。
『じゃあ、村上さんは遠藤大臣として頑張って下さい。』
「辞任しまーす。」
『遠藤大臣は終身職でーす。』
「じゃあオマエが1番地獄じゃねーか(笑)
あ、遠藤からのLINE放置してた。」
『既読くらいは付けてやって下さいよー。』
「どれどれ。
…遠藤の親父さんが会いたがってるんだってさ。
選挙前で神経質になってるんだって。」
『へー、大変っすね。
じゃ、俺は忙しいんで。』
「会ってやれよー。」
『嫌ですよー。
俺、議員なんて皆殺しにするべきだと思ってますもん。』
「いや、それは人類の総意なんだけどさ。
生まれてくる子供の為にも顔は繋いどけ。
祖父の庇護が有るのと無いのとじゃ、初動が全然違うぞー。」
『うーん、気が進まないなー。』
「大臣命令!
会え!会え!」
『解任(笑)!
解任(笑)!』
「終身(笑)!
終身(笑)!」
『「ギャハハハハ!!」』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遠藤の父親なんぞと会う気は毛頭無かったのだが、俺の帰還を嗅ぎ付けたチャコちゃんが村上翁の部屋に居座り始めたので、やむなく中本を誘って熊本へ行った。
田舎の議員なんてこんなものだろうと想定していた地点から二段階ほど斜め下の人だった。
子が子なら親も親である。
こんな毒親・毒祖父なら居ない方がマシなので、遠藤の産んだ子だけは命を賭けても守ろうと決意した。
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