俺の私利私欲の為にみんな死ね。
改めて皆に根回しをして正式な許可を取った。
特に長老会議に対しては構想を包み隠さずプレゼンをして計画の遂行を認められた。
「トビタ君。
商売を通じての土地取得と言うが、キミは何を商うの?」
『海塩です。』
「え?
何でそんな高級品を?」
…俺の腹が痛まないからかな。
「王国軍なんて給料が遅配されてるんだろ?
海塩みたいな高級品を買う金なんか持っている筈がない。」
…こっちでは高級品なのだろうが、海に囲まれた日本では安いものだからな。
『お代は…
買い手に考えさせましょう。
皆生き残るのに必死ですから、色々提示して来るでしょう。』
長老会議も形式的にあれこれ問い質して来るが、構想そのものへの反対者はゼロ。
『揉めそうになったら俺が独断で勝手にやった事にして下さい。』
加えて俺がそう言った事により、好意的なフリーハンド権限が与えられた。
元々コンセプトは皆が渇望していたものなので当然の帰結である。
【この土地をニヴルの物とする】
長老全員が大きく頷き賛意を示した。
そりゃあ、そうだろう。
誰だって根城は欲しい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
以後、俺は惣堀の外で山羊を放牧させながらの商売に専念する。
身重のエヴァを同行させるのは反対だったが、「1人で中に居たら婦人会に入れられるかも。」と不安そうだったので荷馬車ごと側に置く。
更にはロキ爺さんが組み立て式のテントを贈ってくれたので、ワープで岩場の頂上に設置する。
無論、ここを俺のワープポイントとする為だ。
ギョームやハーコンといった商人階級はこのプロジェクトへの参加を認められているが、人間種を刺激しない為にも、戦士階級はこの放牧区画には近づけない。
『エヴァさん。
危ないと思ったらすぐに惣堀の中に逃げ込んで欲しい。
山羊は勝手に岩場に逃げるから。』
「…危なくないって判断したから、私を連れて来てくれたんでしょ。」
『うん。
恨みを買わないように殺して奪う予定。』
「酷い人ね。」
言いながらもエヴァは反対しない。
俺の構想が我が子の為である事を知っているからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、そんな訳で開店2日目。
またもやデサンタ曹長が来訪。
『あ、ども。』
「あの塩、売れたわ。」
『え?
戦場で売れるモンなんですか?』
「いや、個人的に仲が良い酒保商人が居てさ…
ほい、銀貨5枚。」
『あざっす。』
「ごめんな。
本当は最低でも折半するべきなんだろうけど…
俺達も先の見えない暮らしだから。」
『あ、いえ。』
塩100グラムが銀貨10枚以上で売れる事を知れただけでも御の字である。
こういう情報を氏族にフィードバックし続けるのが俺の仕事である。
村上翁の受け売りだが、結局世の中なんて相場を知悉している奴が勝つように出来ているからな。
まずは俺達ニヴルがこの周辺のレートを把握していなければ始まらない。
「なあトビタ君。」
『はい。』
「これから俺達王国軍の脱柵が増えると思う。
もし、そっちに迷惑掛けたらごめんな。」
『え?
どうして?』
「日に日に食事が減らされてるんだ。
なのに士官連中は空いた時間に塹壕を掘らせようとするしさ…
やってらんねーよ。
遅配分の給料が払われる気配もないし。」
デサンタ曹長に聞くと、職業軍人の月給は本来金貨10枚が最低ライン。
これに諸々の手当が付き、戦時だと金貨40枚程が支給されていた。
問題は手当がこの数年で廃止・減額されたこと。
昔は敵の将校を討ち取ったらその日のうちに大入り袋で金貨5枚が貰えたのだが、いつの間にか制度が廃止されていた。
遺族弔慰金も負傷手当も大幅減額されたので、前線の兵士が真面目に戦わなくなった。
そしてとうとう食事まで減らされ始めている。
「末期だと思わん?」
『俺が兵隊さんでも、地味にキツいかもです。』
「派手にキツいよ。
今朝なんか…
脱柵に失敗して斬首された奴まで現れた。」
『そっすか。』
「俺の後輩。
非番の日は一緒に飲みに行ったりしてたんだけどな…」
『ご冥福をお祈りします。』
「ありがと。
糞貴族共は真逆の事を言ってたけどな。」
デサンタは俺の意図を薄々察しているのかも知れない。
給与水準や配給情報を簡潔に教えてくれた。
『デサンタ曹長。
良かったらどうぞ。
お口に合えば。』
俺はギョームから貰った団子を食わせてやる。
「まさかドワーフ食を貪る日が来るなんて想像もしてなかったよ。」
『すみません。
曹長にとってはゲテモノだったかもです。』
「いや、同じ人間種のトビタ君が食べてるんなら…
そんなに抵抗無いよ。」
『王国風とは味付けが全然違うでしょ。』
「腹が減ってた所為もあるけど…
結構イケるわ。」
『それは良かったです。』
「…。」
『…。』
「なあ、トビタ君。」
『はい。』
「明朝、総攻撃が開始される。」
『え?』
「言葉の通りだ。
左陣はイルーツク大佐、右陣はホーネッカー大佐が指揮を取る。
挟み撃ちっぽく動いて鉢伏山を占領するんだってさ。」
『え?
それって軍事機密…』
「他に払える対価もないからな。
今の俺にはこれが精一杯だよ。
明日は山羊を連れて堀の内側に戻っておけよ。」
デサンタは自嘲気味に笑うと馬上の人に戻った。
「じゃあな。
色々ありがと。」
俺でなくとも察しだろう。
あ、コイツもう人生投げてるな、と。
なので駄目元で声を掛けてみる。
『曹長も脱柵しましょうよ。』
「そうしたいんだけど。
部下にとばっちりが行くからな…」
『じゃあ、部下の人ごと。』
デサンタは苦笑すると自陣に駆けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
突如、王国軍が雪崩のように動いた。
誇張抜きで一糸乱れぬ高速突撃だった。
これが兵糧不足の軍隊なのかと驚嘆させられる。
昨日の情報は既に氏族に通報済みだったので自陣に驚きの気配はない。
当然、ニヴルの戦士団は息を潜めて両軍を刺激しない事に専念する。
「おい、トビタ少年。」
『あ、はい。』
「はい、じゃないが。
王国軍が鉢伏山を占領したぞ。」
『へー。』
「へー、じゃないが。
折角収入源を確保したのに。
来月から金貨が貰えなくなるんじゃないか?」
『俺はどっちでもいいんですけど。
王国が払いたがると思います。』
実はロキ爺さんは、俺以上にこういう理屈を熟知している。
それでも掘り下げて問うてくる理由は、俺の本音を見極めたいからだろう。
ドワーフと人間種が融和的な関係になれば、俺の子供の生存率が上がる。
逆に全面抗争に発展すれば、居場所がどこにも無くなってしまう。
要は今やっているプロジェクトは、全て俺のエゴなのだ。
ロキ爺さんが抱く不信感は正しい。
たまに感じる殺気も正当な怒りだと受け止めている。
ただ、この老人も馬鹿ではない。
俺の構想が氏族の利益になるなら、刃を収めるつもりなのだろう。
「…確かに。
合衆国が支払ったカネを王国が支払わなければ…」
『はい、合衆国側は嬉々としてその点を喧伝します。
《民間業者にきちんと代金を支払う合衆国と大国の癖に踏み倒す王国》
この印象さえ国際社会に固定化出来れば、仮に領土を一時的に占領されたとしても合衆国は大きなアドバンテージを得る事が出来ます。』
「うむ。
後は王国の出方次第だな。」
『ええ。
恐らく使者が鉢伏山の件について交渉に来ると思います。』
ロキ爺さんは無言で俺を観察し続けている。
この老人にとって、いやニヴルにとって真の脅威は王国でも合衆国でもないのだ。
場を操作しつつある俺に優る危険因子などある筈もない。
もっとも、その日は鉢伏山付近で大会戦が行われている為、尋ねて来る者はいない。
一頭だけ脚を折ってしまった山羊がいたので、2人で潰して肉にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜に王国側の使者が長老会議を訪れていたらしい。
用件は言うまでもなく、鉢伏山停車場使用料。
「減額交渉に応じて貰えないだろうか?」
使者氏はそう言ったらしい。
「はあ、減額と申しますと?」
「代金は勿論支払う。
そこは問題ない。
ただ金額ねぇ。
1日で金貨10枚…
つまり一ヵ月で300枚であろう?
流石に割高く感じるのだ。」
「なるほど。」
「そこでだ。
年間契約に応じて頂けまいか?
一年で金貨300枚ではどうであろうか?
勿論、一年後には必ず支払う!」
長老衆も呆れて物が言えなかったらしい。
ただ、金額についてゴネる事は想定内だったので、打ち合わせ通りに回答する。
「所有権はトビタ君が保有しておりますからなあ。
彼に聞かないと分かりませんなあ。」
「待ってくれ。
この一帯は、そもそも王国領である。
所有権であれば王国に帰するのではないか?」
「実は合衆国さんも似たような主張をされておりましてな。」
「ほう!
奴らはなんと!」
「まず、あの付近一帯の領有権を主張しておられました。」
「…そうか、好き勝手なことを。」
「主張した上で、鉢伏山の所有権に関してはインフラとして開拓・維持したトビタ君に帰すると判断されたみたいですな。
前払いで満額を支払ってくれました。」
「え!?
アイツら払ったの!?
本当に!?」
「これ。
交わした証書です。」
「あ!
…す、少し待って欲しい!
上官に確認して来ても構わないか!?」
「ええ、どうぞ。」
あくまで伝聞だが、そんな遣り取りがあった事を堀の向こうの義父が教えてくれた。
「ヒロヒコ君。
君はどう思う。」
『まあ、以前からそういう国でしたしね。
強者の傲岸が全て裏目に出ちゃってますよね。』
「…それは、ドワーフ種への皮肉も多少は混じっている?」
『…かも知れません。
不快だったのならお詫びします。』
「いや君や私は別に構わないんだ。」
直訳すれば《孫が氏族から排除されかねない言動は慎め》ということである。
「値引きには応じるのか?」
『うーん。
値引いちゃうと合衆国さんの面子を潰してしまいますからね。
商倫理上、不可能です。』
「上手いな。
ここまで想定していたのか?」
『お義父さんは買い被りすぎですよ。
俺はただ強欲なだけです。』
堀を挟んだブラギと俺は夜が更けるまでそんな会話を続けた。
いや、分かっている。
本当は王国も合衆国もどうでも良いのだ。
俺達2人は生まれて来る子供の前途が不安で仕方ない。
真面目に政治ぶってるのは、その不安を紛らわしたいだけ。
『お義父さん。』
「んー?」
『申し訳ありません。』
「…いや。」
『…。』
「君で良かった。」
言い終わる前にブラギは背を向けていた。
ぶつけたい本音を必死に飲み込んでいるのだろう。
それが伝わるからこそ、更に申し訳なく思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
敗北した合衆国軍は大きく後退。
但し戦意を失った訳ではなく、鉢伏山の再占領を目論んでいる模様である。
無理もない。
あの平野を突破されればカンサス州の村々があり、王国軍の現地徴発を許してしまう。
逆に兵糧不足に悩む王国軍としてはカンサスの田園地帯まで進軍しなければ、ここまで来た意味がない。
「トビタ少年。
ワシの私見を述べていい?」
『あ、はい。
是非、ロキ先生のお話を伺わせて下さい。』
「…王国軍、突出し過ぎじゃね?」
『カンサスで現地調達したいんでしょうねえ。
ひょっとするとノースタウンまで進軍したいのかも。』
「…無理じゃね?」
『ええ。
王国軍が強いのは認めますけど…
補給とかどうするつもりなんですかね?』
勿論、どうにもならない。
少しまで鉢伏山で暮らしてた俺が言うのだから間違いない。
あそこは本当に荒野のど真ん中なのだ。
社交嫌いの俺とガルドだから楽しく暮らせていただけで、到底居住に適した場所ではない。
そもそも周囲に何もないではないか。
しかも俺達は塩対応ながらも合衆国から交易が許されていたが、王国軍に対しては徹底封鎖が行われるだろう。
「おい、少年。
その王国兵が接近してるぞ。
そんなに数は多くないな…
せいぜい一個小隊か。」
念の為、エヴァやギョーム一家を惣堀の中に入れる。
『先生も堀の中へ。』
「いや、ワシは歳だし別にいいよ。
君だって護衛が1人くらい居た方が恰好が付くだろう?」
建前上だけでも護衛の体を取ってくれている事に礼を述べる。
ロキは半分照れたように鼻で笑っただけだった。
「おーい、トビタ君。」
『あ!
デサンタ曹長。
お疲れ様です。』
「昨日の今日でゴメン。」
『え?
脱柵したんですか?』
「…いや、正確に言えば敵前逃亡。」
『マジっすか。
それって…』
「うん、斬首案件。」
『そっすか。
後ろの人達も?』
「うん、部下とか先輩とか…
先輩の上官殿とか。
計29名。」
「トニーが途中で射られて死んだぞ。」
「ゴメン、28名。」
「ハンス兵長も途中で死んだぞ。」
「ゴメン、27名。
何とか助けてくれない?」
『あ、はい。
じゃあ皆が生き残る方法を考えます。』
とりあえず、脱走兵達の眼前で潰しておいた山羊を切り分けて肉を振舞う。
ロキ爺さんがニコニコと葉皿に薬味を盛り付けていく。
この老人が剽軽者なのは、そうでもしないと激情を隠せないから。
だから俺に対して誰よりも愛想が良いのだ。
ギョームに頼んでおいたヨモギ団子も喜ばれる。
皆で焚火を囲んで情報交換。
「えっと自分はハーンズ伍長です。
デサンタ曹長の直属の部下になります。
今回の脱走の首謀者というか、俺が切っ掛けです。
曹長、スミマセンこんなことになって。」
「もう上官部下はやめない?
とっくに階級剥奪されてると思うし。
俺は軍隊に戻る気もないし…
もう上官面するつもりもないよ。」
『やはり皆さんは軍隊には戻られないのですか?』
「うん。
軍隊には当然戻れないとして…
祖国にも帰れないと思う。
脱走兵は指名手配されるから…」
『そっすか。』
「あのまま居ても死んでただけだと思う。
ブラウン上等兵、やっぱり兵糧車は…」
「殆どが空荷でしたよ。
まだ兵糧が残ってるとか言ってた癖に…
俺達を騙してやがったんだ!」
「トビタ君に簡潔に説明するね。
俺達は次の合戦に勝てば食事の支給を元に戻すと言われて突撃作戦に従事した。
結構な数の仲間を失いながら敵が布陣してた小山を占領したんだけど。
あれって君が言ってた鉢伏山だよね?」
『はい。
少し前まで、そこに坑道を掘って生活していたんです。』
「それで鉢伏山を占領した日に参謀連中が言うんだよ。
《ノースタウンを占領すれば食事の支給を元に戻す》
…ふざけた話だと思わない?」
『いや、俺も商用でノースタウンに行った事ありますけど…
鉢伏山から見てもかなり距離ですよ。
合衆国軍も激しく抵抗するでしょうし、辿り着けるとは思えないです。』
「うん。
俺達もそう感じた。
今までは祖国との国境を背負っていたから、補給にも一応望みを掛けれたけど…
鉢伏山とか完全に敵地だろ。」
『はい、補給線が切れてますよね。
どうやって調達するつもりだったんですか?』
「参謀連中が嬉しそうに言うんだよ。
バッファロー狩りを許可するってね。」
『…え?』
「うん、俺達も今のトビタ君と同じ反応しちゃったよ。
それで…
もう全てがアホらしくなってた所に…
ハーンズ伍長の件があって…
彼ねえ、凄く真面目な兵士なんだよ。
皆が厭うような作業も率先してこなすし、新兵の面倒も熱心に見るし、戦場では誰よりも勇敢に突撃していた。
それで…
これほどの良卒に見放されるのなら、これはもう軍隊の方に落ち度があるなって。」
確かに、ハーンズ伍長は如何にも実直そうな風貌をしており、到底違反行為をするような人間には見えない。
今も申し訳なさそうな表情でデサンタ曹長の側に居る。
『これからどうしたいとかあります?』
「さっきまでの俺達はさ…」
『はい。』
「死ぬ前に肉が食べたいなって話してたんだ。」
『そっすか。』
「トビタ君が願いを叶えてくれてしまったから…
次の望みを探さなくてはならなくなった。」
『最初はチーズから振舞えば良かった。』
冗談めかして言うと脱走兵達は肩を揺らして笑った。
焚き火の影が大きく揺れる。
「なあ、トビタ君。」
『はい。』
「俺、何がしたいんだろう。
ずっと軍隊に居たからさ…
もう何も分からないよ。」
デサンタが火を眺めながら呟く。
傍で聞いている者達も無言で頷いている。
『曹長。
俺も自分のゴールが分かりませんでした。』
「うん。」
『なので、今は欲しい物を手に入れる為に頑張ってます。』
「君は…
何が欲しい?」
『人間もドワーフも、みんな仲良く暮らせる社会です。』
「高い志だ、尊敬するよ。」
『恐縮です。』
無論、これは生まれて来る子にとって都合が良い環境を作りたい一心である。
早急に実現しなければ、エヴァの産んだ子はこの世界の構造に殺される。
それを防ぐ意味でも、殺られる前に殺りたいだけなのだ。
ここまでの展開は概ね俺の描いた絵図通り。
両軍の最激戦地が鉢伏山になった事も含めて、殆どが俺の構想である。
皆が見事に俺に誘導されて踊ってくれた。
ニヴルにも王国にも合衆国にも感謝しかない…
…ありがとう。
ありがとう。
ありがとう!
そして、俺の私利私欲の為にみんな死ね。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
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