人間なんて山羊と大差ないんだってさ。
惣堀に落ちた王国兵への救助活動は未明まで続いていたが、合衆国騎兵団が接近した事で打ち切られた。
王国側は北側にあるヒノキ丘陵に後退する。
翌日、丸一日掛けて合戦が行われるも、優勢だった合衆国側が総崩れになって潰走。
どうやら王国側に援軍が到着したらしい。
攻勢を凌いだ王国(目算5万)は今度は俺達からかなり離れた場所に布陣した。
勿論これは配慮ではなく、単に挟撃を警戒しているだけである。
『そんな事よりエヴァさん。』
「うん。」
『体調は大丈夫?』
「こんなの初めてだから分からない。
でも…」
『でも?』
「安産になるとは思う。」
『おお、それは良かった。』
エヴァの表情が《良くない》と言っている。
そりゃあそうだ。
突出した異能は男の人生を好転させるかも知れないが、女にとってはそうでないケースが大半ならしいから。
「私はいいのよ。
子供に遺伝しちゃったら…
ちょっと申し訳ないかなって。」
エヴァが突然超魔力を身に着けたのは、恐らく香港で俺が被ったラピスラズリ粉末が原因。
きっと洗い流す際に摂取してしまったのだろう。
問題は骨格や持病と同様に、魔力も母体から子に受け継がれる点。
あくまでドワーフ社会の経験則ではあるが、エヴァの胎内の子は常軌を逸した魔力を身に着けて生まれてくる。
『怒らないで聞いてね?』
「うん、我慢してあげる。」
『俺の故郷では【天輪】の名を冠する程の究極ラピスラズリだったんだよ。
神の恩寵を受けた王者の証明らしい。』
「…。」
『ごめんなさい。』
「うん、謝るならお腹の赤ちゃんにね。」
俺はエヴァの腹を擦りながら我が子に謝罪。
なーんかハンデばっかり背負わせてゴメンな。
ハーフドワーフは間違いなくこの世界で相当孤立した存在になるだろうし、異常な魔力量はそれに輪を掛ける事になるだろう。
『あのさぁ。』
「うん。」
『俺、自分がハブられる事は何とも思わないんだけど…
生まれて来た子供がそんな目に遭うと想像したら胃が痛くなる。』
「やっと夫婦で想いを共有出来て嬉しいわ。」
外では戦士団と王国兵が堀を挟んで怒鳴りあっている。
内容までは分からないが、関係がますます悪化した事は間違いない。
『嫌だなあ。
生まれた子が俺の所為でハブられたりイジメられたりしたらどうしよう。』
「少し安心したわ。
ヒロヒコにもそういう感情があったのね。」
『自分でも驚いてる。
俺、この子の事だけが心配で…
他が考えられないよ。』
威嚇の為なのか戦士団が戦斧の石突をガンガン地面に叩き付け始めた。
遠方の怒声は既に怒号に変わっている。
「故郷でも産まれるんでしょ。」
『あ。』
やっべ。
地球忘れてた。
だって仕方ないじゃない。
戦争中なんだもの。
「そっちのお子さんの事もちゃんと考えなさい。」
『うん、頑張る。』
地球なぁ。
3人同時期に生まれるのがキツいな。
しかも母親の出身地がバラけている上に、全員実家と疎遠なんだよな…
孤立無援の風俗嬢にまともな子育てが出来るとも思えないし…
1箇所に固めるしかないか…
いや、それだと絶対揉めるよな。
3人とも性欲処理の対象としてはかなりのハイレベルだと思う。
現に店でも人気だったし。
でも、じゃあ友達になれるかと問われれば断然NOだ。
特に遠藤は人間として好感を持てる箇所が今の所見当たらない。
(逆にその性根が非日常感を醸し、結果としてソープ嬢としての人気に繋がっていたのだろう。)
『エヴァさん。
戦争が一段落したら一度故郷の様子を見てきていい?』
「一段落するのかしら。」
…そこなんだよなぁ。
荷馬車の窓から外を見ると合衆国の斥候が王国騎兵に追い回されているのが見えた。
どうやら、互いに相手に近づく形で布陣し直すつもりらしい。
問題はこの灰色鉄鉱山を挟むポジショニングであることだ。
どうやら、俺達を盾やブラインドとして活用するつもりらしい。
…どこか別の場所でやってくれないかなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日は平和。
エヴァがギョームの奥様と一緒に玉ねぎシチューを作って皆に振る舞う。
マッシュルームやバッファロー肉の風味が滲み出ていて堪らない。
休憩時間中の戦士達も来訪し皆で舌鼓を打つ。
救出作業中の王国兵が恨めしそうな表情でこちらを睨んでいるが、その矛先は君達の主君に向けて欲しい。
夕方にエヴァを伴い本営に出頭。
数日前の超魔法について改めて聞き取り調査。
地下訓練所でエヴァが氏族秘伝の魔導書を読まされ、そのまま様々な魔法を使わされる。
少なく見積っても伝説の大魔法使いクラス。
こと戦闘力では氏族史上最高のランクとのこと。
「今のエヴァ君と渡り合えるのは最高位の風魔法使いくらいのモノじゃ。」
『そんなに凄いんですか?』
「ホッホッホ。
エヴァ君が男だったらのぅ。
最終的にドワーフも人間も魔族も支配する王となっておったじゃろう。」
『ほえー。』
だが女なので、婦人会から陰口を叩かれる程度で済むとのこと。
女は男社会から評価されるような女を絶対に許してくれないらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
状況が動いたのはその翌日。
王国から偉い人が派遣されて来たらしい。
身なりから察するに王族。
まだ若い男だが風格がある。
推定王族氏は惣堀の向こう側から王紋旗を示しながら俺達に話しかける。
不運にも俺が団子の茹で汁を堀中に捨てているタイミングだった。
「やあ、そこのキミ!」
『あ、どうも。』
「私は王子ピエール!
安心しなさい、攻撃ではなく交渉の為に来た。
それも、君達にとって良い話を持って来た。」
ピエール氏は悪い人間ではないのだろう。
非常に品のある風貌をしている。
だが、当然のような顔付きで俺達から橋を用意するのを待っている。
これは図々しいのではなく、これまでそう教育されて来た証。
従卒が持ってきた将几に腰掛けてニコニコとこちらを眺めている。
必然として要職の者が来るまでの間、俺が話し相手となる。
「もし違っていたらすまない。
君は王都に召喚された地球人か?」
『あ、はい。
飛田と申します。』
「おー。
ドワーフに婿入りした者が居るとは聞いていたが…
そちらの暮らしは快適かね?」
『あー、どうでしょう。
そこまで長く王都に住んでいた訳ではないので分からないんですけど。
何とかメシは食わせて貰ってます。』
「うむ、それは良かった。
生活の基本は食だからな。
それに引き換え我が軍は何故かいつも兵糧が足りないのだ、はっはっは。」
そりゃあね。
それだけ頻繁に軍事行動してたら兵糧も尽きるよね。
「もし兵糧が余っていたら兵士達に売ってやってくれんか?」
『食糧って原則的に余らないものですからねぇ。』
「ふむ。
世界にはこんなにも農地があるのに、何故余らないのだろうか?」
『うーーん。
余った収穫で戦争を起こす人が居るからなのでは?』
「はっはっは。
これは一本取られてしまったな。」
奇妙な男だった。
当事者意識が強いようにも弱いようにも見えた。
「私は何も好きで戦争をしている訳ではない。
人民を飢えから救いたいだけなのだ。」
『なるほどー。
合衆国の大統領候補も全員そんな公約を掲げているそうです。』
皮肉のつもりで言ったのだが、上機嫌でうんうん頷いている。
そんな遣り取りをしているとブラギ達がやって来たので一礼して下座に控えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王子ピエールの要求は今までの王国の主張と全く同じ。
・バルバリ峡谷が王国領であると宣言せよ。
・無期限の傭兵契約に応じよ。
・合衆国に攻め込むから先鋒を務めよ。
・火魔石を引き渡せ。
・食糧をこちらの言い値で売れ。
文章に起こすと滅茶苦茶な言い分なのだが、ピエールの物腰が柔らかいせいか、そこまで図々しい要求に聞こえない。
ブラギが全ての要求を拒絶してもニコニコしながら「それでは仕方ないな。」と頭を掻くだけだった。
「ヒロヒコ君。
少しいいか?」
『はい、お義父さん。』
「あのピエール王子。
今までの王族と明らかにスタンスが違う。
意図は読めるか?」
『分かりません。
ただ、王国もかなりの数の王族が戦死しています。』
俺は2人しか殺してないけどな。
『それにより、今まで表舞台に出られなかったタイプの人材が繰り上がりで役職を得ているのではないでしょうか?』
後から知った話だが、ピエール王子は母親が農奴身分だったので王孫でありながら島流し同然の境遇で育ったとのこと。
「君の直観に頼りたい。
彼を大事にすべきか?」
『一応、縁は繋いでおくべきかと。』
ブラギは大きく頷き、彼の権限で100㌔だけトウモロコシを売る。
「ふーむ。
きっと良心的な価格なのだろう。
もっと量が欲しい。
後、1㌧ほど売ってくれまいか。」
ピエールが他人事の様に無邪気にねだる。
本人に悪意はないのだろうが、ややしつこかったので…
『合衆国さんならもっと安く売ってますよ。』
と思わず強めに言い返してしまった。
当然、ピエールの左右に控えていた幕僚が激昂するが、本人はニコニコしながら手を振って話を締め括ってしまう。
結局、王国とは実りある話は何も出来なかったが、こちらの敵意の乏しさは伝えられた気がする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王子に放言した俺は罰を覚悟していたのだが、特に氏族から責められる事はなかった。
先日の架橋作戦に皆が腹を立てている所為だろう。
(どうやら王国軍は戦士団が居ない間に兵糧と人質を奪って逃げる算段だったらしい。)
ピエール個人は好印象だったが、王国に対する不信感を拭うには至らなかった。
そしてまた膠着状態。
『両軍動かなくなりましたねー。』
「王国軍は兵糧が無いし、合衆国軍は先日の負けでかなり兵力を失ったからな。」
ロキ爺さんと山羊の乳搾り。
作れるうちにチーズを作り溜めておきたいからな。
「なあ、トビタ少年。」
『はい?』
「一番追い詰められているのはワシらだぞ。
それは分かっとる?」
『ですよねー。』
王国軍が苦しいと言っても敷いている陣は国境の外。
合衆国軍が辛いと言っても戦場は領土の最北端である。
ニヴルは余裕ぶっているが、その実は灰色鉄鉱山に押し込められているのだ。
「いつまでも惣堀に閉じこもっていてもジリ貧だ。
せめて増えた山羊を肥やしたいよ。」
ロキ爺さん曰く、眼前の荒れ地で山羊を放牧させてくれれば、来年には倍の肉や乳が取れるとのこと。
確かに惣堀の内側にはもう殆ど草がない。
『ねえ、ロキ先生。』
「んー?」
『俺達だけで惣堀を渡って山羊を飼いませんか?』
「え?
駄目だろ。」
『どうして?』
「いや、王国軍は飢えとるし…
家畜なんか連れていたら、強奪されちゃうんじゃない?」
『人目のない所なら、それもあるでしょう。
でも、惣堀を挟んですぐ向かいでしょ?
仕掛けて来ますかね?』
「うーーーん。」
『どのみち、草が無くなったら山羊は全頭潰すんでしょ?
それなら駄目元で増やしてみません?』
ロキ爺さんは最初は反対していたたが、結局はノリノリで長老会議に提案してくれる。
結論はすぐに出た。
採用。
いつまでも堀の中に押し込められるのは我慢出来ないし、低コストの打開策があるのなら試してみたいと皆が考えていた。
「トビタ少年。
無理をするなよー。」
『はーい。』
手の空いている者達が簡易橋を即興で組み上げ、惣堀に架ける。
俺とロキ爺さんの2人だけがラマに跨り、橋を渡って外側へ。
実験なので放牧する山羊は50頭だけ。
豊富な草に飢えていたのか、山羊たちはピョンピョン飛び回りながら荒れ地に飛び込んだ。
ロキ爺さんは無言で所有権主張の為の棒杭を建てる。
そして折り畳み式の縄柵で囲いを作っていく。
流石に手際の良い老人である。
俺がボーっと見ていると、すぐに王国の斥候が駆け付ける。
「ようやく売ってくれる気になったか!」
開口一番がそれ。
『え?』
「え?」
『…。』
「あ、いや。
我が軍がずっと買取を希望してただろ。」
『すみません。
これは俺達の食べる分ですので。』
「待て!
この土地は!!」
言いかけて斥候氏が黙り込む。
黙り込んだまま、しばし熟考。
「本陣に確認を取って来る。」
言い捨てると斥候氏は陣地に戻って行った。
「なあトビタ少年。」
『はい?』
「どうして彼はワンクッション置いたのだろう?
あのまま仲間を呼んで接収してしまえば早いのに。」
『山羊を手荒に接収してしまえばニヴルが敵に回る訳じゃないですか。』
「回るなあ。」
『そういう政治的判断が出来ないから帰陣したんですよ。』
「いやいや、それはおかしい。
つい先日には堀を押し渡ろうとしたばかりじゃないか。」
『今までは王族が居なかったから、末端の兵がフリーダムに振舞えたんです。
ただピエール王子が着陣した事により、現場の独断が許されなくなった。
だから、引き下がったんですよ。』
「そういうものかな?」
『だって王子は明らかにニヴルに敵意を持ってなかったでしょ?』
「うん、平和的だったな。」
『今思えばあの遣り取り。
自軍の兵士達にスタンスを示したかっただけなのかも知れません。
不用意に他種族と対立するな、と。』
「…馬鹿では無かったよな、彼。」
『ええ、聡明な人物だと思います。
山羊50頭程度に目が眩む事はないでしょう。』
「5万の大軍にとっては焼け石に水だしな。」
『もう彼らを無視して普通にここで牧畜や農耕をやっちゃいません?』
「…。」
ロキ爺さんは無言で瞑目する。
数秒考え込む。
「惣堀をジワジワ広げて行くのはアリ?」
『お、いいですねえ。
では今の堀を内堀ということにして外堀を掘ってみましょうか?』
「どうせなら夜にやっちゃわない?」
ロキ爺さんが悪戯っぽく笑って本営にその作戦を伝えに行った。
俺はただ1人残り、はぐれた山羊の背を撫でる。
その後、別の斥候がやって来て、「山羊や食糧を売れ。」と形式的に告げて来る。
口調にやる気がない。
上官に言われて仕方なく来訪したのだろう。
『氏族の共有財だから無理。』
と答えると、「そりゃあそうだよな。」と呟く。
「なあ、キミ。」
『あ、はい。』
「どうしてニヴル族って傭兵契約してくれないの?
昔は安く請けてくれてたじゃん。」
『うーーーーん。
戦争しない方が儲かるからでは?』
「いやいや、参戦してくれたら傭兵料をちゃんと払うよ?
キミたちが単独で街を落とした時は、3日間の略奪許可も出してたじゃない。」
『一回略奪すると100年は憎まれ続けますけど、一回交易すると少し仲良くなれます。
場合によっては共同案件が生まれます。』
「何?
軍隊批判?」
『曹長殿は軍人だから批判されたように感じたんですよ。
でも、こんなの市井じゃ一般論の範疇じゃないですか。』
「…それは合衆国と交易したいってこと?」
『俺は買い手なら誰でもいと考えてます。』
「誰でもって、節操ないなぁ。」
『スミマセン。
でも、俺は別に相手は曹長さんでも構いません。』
そう言って山羊に舐めさせる岩塩を一袋渡す。
「え?
買い手って…
俺!?
無理無理無理!
俺、典型的な労働者家庭だよ。
実質口減らしで軍隊に入れられたもん。」
聞けば曹長の両親は、口減らしの為に田舎から都市に売られて来た出稼ぎ労働者だった。
10歳の頃の曹長を軍隊に売った翌々年に父親が死に、母親と弟の行方は不明。
帰る場所がない為、軍隊で精勤するうちに兵卒身分としては最高位の曹長まで出世してしまったとのこと。
『俺も父親が使い捨ての労働者でした。
故郷にワーキングプアって言葉があるんですけど。
みんなからそう言って笑いものにされてました。
小さな頃に出て行った母親の顔はもう覚えてないです。』
「今、上手くやってるからいいじゃん。」
『たまたま、人に恵まれたっていうか…
いや違うな。
自分を厚遇してくれる相手についていたからですね。
うん、人間が豊かになるコツは、自分を大切にしてくれる人の為に働くことなんだと思います。』
「ああそれで兵隊はみんな貧乏なんだ。」
2人で笑い合う。
『どうぞ、取引です。』
「気持ちは嬉しいんだけどさ。
これ海塩だろ?
こんな高級品、代金が払えないよ。」
『じゃあ、出世払いということで。』
「残念だけど、平民にとっては俺程度が出世頭でね。」
騎乗を許されている時点で既に破格の栄達とのこと。
彼には彼のドラマがあったのだろう。
「本当にゴメンな。
給金がずっと遅配でね。
4ヶ月分だぜ…」
『まあ、何か対価を手に入れたら交易スタートということで。』
曹長は快活に笑うと去って行った。
「何も塩をくれてやる事もあるまい。」
いつの間にか背後に居たロキ爺さんがため息を吐く。
『先生。』
「んー?」
『王国軍は給与遅配4か月。
但し、ソース元が下士官なので士官階級には支払われている可能性があります。』
ロキ爺さんはしばらく考え込んでいたが、無言で本営に戻っていった。
俺は一瞬だけ府中に戻り分けてある塩小袋を掴むと、すぐに山羊の群れに戻る。
戦争の緊張感を途切れさせたくないのでメールチェックはしない。
『ほーら、塩だ。』
俺が塩を撒くと、山羊が集まり嬉しそうに身体を寄せてくる。
ロキ爺さん曰く、これを何度も繰り返すと放っても戻って来るようになるらしい。
『…。』
なあ、見ているか。
親父、曹長、桧山社長。
人間なんて山羊と大差ないんだってさ。
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