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俺は女なんぞに生まれなくて、まぁ善かったと思った。

案の定、王国軍に包囲されている。

俺が鉢伏山を合衆国に貸し出した為、迂闊に平野に入れないのだろう。

惣堀の外側に陣を敷きチラチラとこちらの様子を伺っているのだ。



「トビタ君。

7割まで進んだよ。」



バルンガ組合長に団子を納品する際、耳元でそう囁かれる。

無論、魔界へのトンネルの話だ。



『早いですね!?』



「時間との戦い、だろ?」



『はい、気づかれない様に掘り切れば…

俺達の勝ちです。』



「魔界側からも掘ってくれている。

長らく緊張関係にあったオーク本家が賛同してくれたおかげだ。

但し、今後我々は魔界の林業入札には一切立ち入らない。」



オークとドワーフは非常に立ち位置が似ている。

不器用な力自慢。

主要産業が鉱業と林業。

ドワーフは7対3で鉱業寄りだが、オークは逆。

長い間ダンピング訴訟で揉めていたのだが、今回ニヴルが魔界林業に手を出さない事を宣誓した為、和解ムードとなった。



「仮開通まで60日。

整備点検を終え開通調印式まで90日と見ている。」



『つまり、3ヶ月は死守ですね。』



「勿論、魔界側もトンネルは極秘運用を希望している。

人間種に知られた場合、侵入路に利用されかねないからな。」



『じゃあ、この灰色鉄鉱山から背後の山脈に掛けては…』



「うむ。

ここだけでも長期的な権益が欲しいな。」



バルンガと並んで王国軍を眺める。

…参ったな、俺が王都に住んでた頃より武装が充実している。

首長国戦線の最精鋭がこちらに回されたという噂は本当なのかも知れない。



『合衆国は動きませんね。

見晴らしの良い高台を押さえたんだから、攻勢に出ると思いました。』



「明らかに王国軍を恐れているな。

まぁ、練度は王国軍の方が遥かに高そうだから仕方ない。

軍馬の手入れ1つとっても王国はプロの仕事だよ。」



噂によると、合衆国は大統領が視察予定を中断して南方に逃げ帰ってしまったらしい。

銀行屋上がりの大統領なので仕方ないと言えば仕方ないのだが、合衆国軍の士気が低いのはその所為もあるだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



但し、王国軍は兵糧が足りてない。

実験も兼ねてロキ爺さんが山羊を売りに行ったのだが、結構な高値で買い上げてくれた。



「これはワシの推測なんじゃがな。

王国軍は自領で徴発を繰り返しながら、ここまでやって来た。

恐らくはノースタウンまで徴発しながら進軍する予定だったのじゃろう。」



『なるほど。

俺達が惣堀に籠もってるから徴発出来ないし、先の村落を襲おうにも鉢伏山を取られてるから…』



「うん。

それで進退窮まっておるんじゃろうな。」



確かに…

あれだけの大軍にしては炊飯の煙が少ないか…



『もうレッドバッファローでも狩って飢えを凌ぐしかなさそうですね、彼ら。』



「そう来ると踏んだから、ワシら年寄衆が先に乱獲しておいた。

もうこの近辺に食肉として活用し得るモンスターは居ない。

肉は全部坑道の地下乾燥区画で干しとるよ。

早ければ来月から配給にメニュー加わるから。」



『流石ですね。』



「王国を追放された時に家畜を諦めざるを得なかったからな。

2度も同じ失敗は出来んよ。」



王国軍は最精鋭を引き連れて来た。

但し、食糧不足傾向にある。



「トビタ少年。

次の彼らの手は予想出来るかね?」



試すようにロキが俺の目を覗き込む。

この爺さん自体は無役だが、親しい同期や後輩が長老会議のメンバーなので油断は出来ない。



『王国軍が俺達から食糧を押し買いしようと試みます。』



「ふむ。」



『窮して来れば、王国旧領への復帰もチラつかせて来るでしょう。』



「おー、流石にいい読みをしているな。

まさしく今朝、そんな趣旨の矢文が届いたそうだよ。」



『俺が心配していたのは、王国軍が怒りに任せてニヴルからの掠奪を敢行する事でした。』



だが、これだけ深い堀に籠もっているドワーフを攻撃するのは極めて困難だと思う。

そして合衆国も馬鹿じゃない。

王国とニヴルが交戦に入った瞬間に挟撃に動くだろう。



「それも無理となると…」



『理由をつけて、こちらを訪問。

あらゆる空手形を切って食糧を買おうとするでしょうね。』



「なあ、少年。

このままアイツらを飢え死にさせてやろうか(笑)」



『ロキ先生は剣呑だなぁ。

でも、それよりもっと儲かる方法がありますよ。』



「え!?

何何?

知りたい知りたい(笑)」



ロキ爺さんは一見無邪気だが実は違う。

頭の中で常時複数の思考が回っているタイプ。

そして今の彼の最大の関心はたった1つ。

《飛田飛呂彦のニヴルに対する忠誠度》

実は彼は王国などより、俺を潜在的脅威であると直感している。

そしてこの老人は独断で正義を執行出来るタイプ。

有害だと判断すれば躊躇わずに俺の首を刎ねるだろう。

ドワーフ達にはずっと観察されているが、1番背中越しの視線を感じたのがこの老人だった。

(まだ殺されていないということは、今の俺は相当ニヴル寄りなのだろう。)


そう、氏族内の異分子である俺は単に戦況だけ見ていても仕方ないのだ。

エヴァにとっての真の敵が婦人会だったように、俺が真に恐れるべきはニヴル族内での評価なのだから。



『ゴニョゴニョゴニョ。』



「あっはっは!

君も悪い奴だなー(笑)

いやあ、最近の若者は末恐ろしいわ(笑)」



『恐縮です。』



「いやー、君が敵だったらと思うと不安で夜も眠れないよ(笑)」



『「あっはっは。」』



去り際にロキ爺さんがチーズを分けてくれたので、返礼に胡椒餅を贈答。

しっかりと抱擁し友情を誓い合ってから別れる。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「トビタ君…

ここからじゃ見えないんだが…

王国の動きが不自然じゃないか?」



トウモロコシ粉を一緒にこねていたギョームが何気なく呟く。



『え?』



つられて視線を上げると、確かにおかしい。

いつの間にか陣幕が高く張り直され、こちらから彼らの動きが全く見えなくなっている。



『ギョームさん。

彼ら、何かやってますね…』



「この角度からでは見えんか…

いや、我々の高楼の死角で何かの作業を始めたな。

…戦士団に通報して来る!

団子作業は中止!

君は王国の陣をチェックだ!」



『はい!』



非戦闘員とは言え流石は戦闘種族である。

ギョームは日頃温厚な君子人だが、スイッチが入ると完全に軍事脳に切り替わる。

通報の為に駆ける姿も敏捷極まりない。



『さて、感心している場合ではないな。』



俺は杖を引き寄せてゆっくりと立ち上がる。

本来、緊急通報などは年少者の俺が率先して行うべきなのである。

この脚なので誰も俺に緊急性のある作業は任せてくれない。



『…俺に出来る事をするか。

この技はワイバーン以来だったな…』



太陽の位置を慎重に確認。

角度をミスれば視認されかねないからな。



『よし、今日は日差しも強い。

あの辺りならかなりの逆光になるし、鉢伏山からも死角だ。』



大きく深呼吸して杖を手放す。



『ワープ!』



久し振りの天空。

陽射しは焼ける様に熱く、風は凍えるように寒い。



『おおおッ!』



空中で姿勢制御を試みるのだが脚の所為なのか、右へ右へと流されてしまう。

ワイバーンの時はあんなにも自由に空を飛べたのに!



『グッ!』



不便さと喪失感を堪えながら王国軍の陣を観察。

流石に直上は無警戒だったので、6回高度を調整して完璧なアングルで陣幕の中身を視る。



『あっ!』



王国の狙いを把握した俺は空中から荷馬車内にワープで戻る。



「ヒロヒコ?」



『ゴメン、エヴァさん。

大至急戦士団に通報して。』



「王国?

何か動きがあったの?」



『ああ、彼らは!』



俺の説明を聞いたエヴァは共用のラマに跨ると振り返りもせずに本部に駆ける。

俺が杖を拾い終わった頃にギョームが戻って来たので、急ぎ報告。



「何か分かったか!?」



『橋です!

彼ら橋を作ってました。』



そう。

間違いないのだ。

最初は意味が分からなかったが、何度か角度を変えて観るうちに、それが組み立て式の大橋だと気づいた。

それも2列縦隊で進軍可能なサイズが3セット。



「通報したのか!?」



『はい!

エヴァに行かせてます。

ブラギの娘なので入室も可能です!』



「でかした!」



『俺は建築には疎いのですが…

ほぼ完成しているように見えました。』



「陣幕で隠して建造していたと言う事は。」



『はい、惣堀を押し渡る意図です!』



事後承諾になるが、俺とギョームは女子供に貴重品を持たせて灰色鉄鉱山の坑道に逃げ込ませる。

王国側の狙いは兵糧なので、若衆に頼んで全ての食糧も運び込ませる。



「ヒロヒコッ!」



一段落着く前にエヴァが戻って来る。



『戦士団は!?』



「南陣に王国騎兵が接近したから、皆そっちに行ってるの!」



反対側の南陣…



『陽動!?』



言霊とは恐ろしいもので、俺が口に出した瞬間。

王国の陣幕が破られ、3つの巨大な橋が威嚇するムカデの様に立ち上がった。

ギョームが咆哮する!



「おい!

貴様らっ!

何をするっ!」



「自領に橋を掛けるだけの話ッ!」



王国の工兵隊長らしき人物が憎々しげにこちらを睨みながら叫び返して来た。

直立した橋がゆっくりと移動し、架橋ポイントに進む。

その背後には完全武装の王国軍。

槍袋は取り払われ、穂先が光り輝いていた。



「土魔法の心得がある者ッ!」



ギョームが眼を血走らせて叫ぶ。

何人かが挙手し集う。



「我々だけで食い止めるぞ!

土魔法が使える者は架橋を妨害するんだ!」



  「無理です!

  そんな高度な魔法は使えません!」



ギョームの意図は極めてシンプル。

架橋の瞬間に惣堀の土を自壊させて、橋を落とすというもの。

口で言うのは簡単だが、魔法ってそこまで万能ではあるまい?



「レベル申告ッ!」



  「2レベルです!」


  「ゴメン、1レベル!」


  「2レベルだし、操作適性はゼロ!」



「グッ!

4レベル以上の使い手は居ないのか!」



ギョームが冷や汗を流しながら最後に残ったエヴァを振り返る。



「ゴメンなさい。

私も1レベルなんです。」



その刹那、王国軍が3ヶ所に橋を振り降ろす。



「もうレベルとかどうでもいい!

全員で土魔法発動ッ!」



「状況開始ッ!!」



ギョームと工兵隊長の絶叫がシンクロした。



「ヒロヒコ下がって!」



『エヴァさん、もう無理だ!

君だけでも下がってくれ!』



皆が土魔法で惣堀を自壊させようとするも、レベルが足りないのか微細な砂崩しか起こらない。

それを見た工兵隊長が僅かに唇を歪めた。



ドーーーーンッ!!



轟音が鳴り終わると、土煙の中に橋が掛かっているのが見えた。

恐らくは極めて堅牢!



『クソッ!』



王国軍を侮っていた。

丁度彼らが連敗していた時期に転移して来た為だろう。

彼らがここまで精巧な軍事作戦を成功させるイメージを思い浮かべる事が出来なかった。

まともに対峙すると恐ろしい連中じゃないか…



「総員渡橋ッ!!」



土煙が収まるのを待つまでも無く、歩兵が整然と橋に駆け込むのが見えた。

俺は唇を噛んで自らの無力を呪う。

膝を付きかけるも、隣にやって来たエヴァに支えられる!



「私も魔法を使うから、ヒロヒコは逃げてッ!」



『君こそ逃げろよッ!』



覚悟を決めて護身刀の鞘を捨てる。

ワープを駆使すれば、隊長格と刺し違えるくらいは。



  「エヴァ君!

  君はもういい!

  退避しなさい!」



ギョームの静止を振り切ってエヴァが魔法発動態勢に入る。



「土魔法ッ!

発動しますッ!」



いや、駄目だ。

王国兵の機動力が洒落にならない!

もう橋を渡り切ってしまう!

それをレベル1しかない魔法で防ぐなんて…



「うわああああッ!!」



あれ?

レベル1ってこんなに発光するのか?

明らかに他の連中とはエフェクトが違うぞ?

何だ、この蒼く神々しい光は…



「地形変化ッ(微)!」



エヴァが叫んだ瞬間だった。

惣堀が激しく超高速隆起し、橋が裏返らんばかりに跳ね上がった。


抜剣して先頭を駆けていた工兵隊長と俺は一瞬目が合う。

きっと俺も彼同様に呆然としていた筈である。



後は絶叫と悲鳴。

橋を渡っていた王国兵は殆どが深い惣堀の底に叩き付けられる。

更にはポッキリ折れた橋の残骸が容赦なく彼らに降り注いだ。



数分後に戦士団が駆けつけ無言で射撃戦シフトに移行する。

俺達非戦闘員は新兵に誘導され後方に下がった。



『エヴァさん。

身体は大丈夫?

魔力を使い過ぎると体調崩すって聞いたよ。』



「不思議と何ともないの。

チカラが身体の内側から無限に湧き出るみたい…」



『うん、今も薄っすら光ってる。』



俺はエヴァを手鏡で照らしてやる。



「あら、やだ。」



『まるで物語の英雄みたいだよ。』



「男の人の間じゃ評価されるんだと思う…」



エヴァが溜息を吐きながら天を仰ぐ。



「1人だけピカピカ光るなんて、女社会で1番嫌われるのよ。」



エヴァは再度鏡を覗き込んでから憂鬱そうに唇を噛んだ。

俺は女なんぞに生まれなくて、まぁ善かったと思った。

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ズルイ!ズルイ!ズルイ!ズルイ! 正ヒロインムーブ!正ヒロインムーブの臭いがする! そんなチャコさんちゃんの幻聴が聞こえました
なるほどラピスラズリか・・・・ よーし、こっから逆襲のニヴルですな
正妻の名前と青い光はどうしても、決戦兵器のドックンな青い光思い出すなあ。パチンコだとあれ復活確変演出だからニコニコ、偶数図柄はいらん!
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