最初からこの土地を奪うつもりだった。
元々、王国の一領土であった合衆国。
長く苦しい独立戦争を戦い抜いて現在の地位を築いた。
当然、王国とは不倶戴天の敵同士である。
君主制アレルギーが強いので帝国とも不仲であるし、建国時に行った壮絶な民族浄化・種族浄化の所為でエルフや魔族からは憎悪されている。
かと言って比較的似た立ち位置の共和国と仲が良い訳ではない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の俺は鉢伏鉱山を視察に来たバルンガ組合長と会談。
そのお弟子さん達が周辺駆除をしてくれているので非常にありがたい。
『要は王国も合衆国も国際的に孤立した者同士なんですよ。』
「そこに付け込む隙があると?」
『はい。
彼らにとって俺達の存在って本来は有益だと思うんです。』
「そうかなあ?
氏族債デフォルトしまくってたけどな…」
『そこなんですよ。
これだけ悪質な踏み倒しをしてるのに、何だかんだ言って商売をさせて貰えてる訳じゃないですか。
利用価値はあるんですよ。』
「傭兵契約に応じないのに?」
『現状どことも結んでないだけですよ。』
「声が掛からんだけなんだけどな。」
『この際、それを基本方針にしません?
《どことも傭兵契約しません》って。』
「おいおい、俺達の売り物は武力だぞ?
それを封じるのはあまりにも勿体ない。」
『ええ、俺もドワーフは最強種族だと思います。
でも、それで損をしているようにしか見えないんです。
警戒され過ぎ、猜疑され過ぎ、対策され過ぎ。』
「先日のキャラバンの話?」
『はい。
あれなんかは人間種の本音そのものだと思うんです。
ドワーフって乱暴だし不愛想だし無神経だし平気でデフォルトするし…
隣人としては最悪でしょ?』
「不愛想かなあ?」
『人間種から見るとドワーフの表情って読みにくいんですよ。
俺も最近ですよ、皆さんの表情変化について行けるようになったのは。』
バルンガのお弟子さん達が討伐を終えて帰還したので、表情論について尋ねてみる。
曰く、逆にドワーフから見て人間種の表情は難解とのこと。
俺は一度たりともそう感じた事はないのだが、ドワーフは自分達を陽気で情熱的な種族と自認しているらしい。
ノーコメント。
ただ、エヴァが煮込んだ兎のシチューを食している彼らは実に楽し気である。
こういう無邪気な表情があることも人間種に知って貰いたいんだがなぁ。
「それでな、トビタ君。
ここからが本題なんだが…
どうやって中立を維持する?
明日には合衆国軍はノースタウンに到着するぞ。
王国軍も本隊が南下しているという噂だしな。」
バルンガが指す地図を見ると…
丁度、両軍の進軍ルートの中間点に鉢伏鉱山が存在している。
やれやれ、他でやってくれないかなぁ。
「ここに居たら巻き添えで殺されるぞ。
早く何とかしないと。」
『組合長…
俺に一つアイデアがあるのですが…
試させて貰って構わないですか?』
「ふむ。
アイデアとは?」
『…ゴニョゴニョ。』
「え?
そんなの通用するの?」
『まあワンチャン成功したら嬉しいかなと。』
さて、戦争と戦争しますか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
長老会議から総招集令が下ったので、俺も含む全てのニヴル族が首都の灰色鉄鉱山に集結する。
俺が改めて驚嘆させられたのは、いつの間にか首都の周りに惣堀が掘られていた事である。
やはりドワーフの建築能力は傑出している。
俺は商人枠ということで、団子屋ギョーム・鑑定士ハーコン・自称家畜商のロキ爺さんらと同じ区画に馬車を停める。
ここから俺に出来る事は殆どない。
(そもそもウロチョロしていると怒られる。)
馬車の中でエヴァと寝転んで、ただ事態が収まるのを待つ。
当然ワープはしない。
この荷馬車には頻繁に客が来るので不在が許されないのだ。
「ねえ、ヒロヒコ。」
『んー?』
「ありがとうね。
婦人会から守ってくれて。」
俺と共に商人登録をしたエヴァは、もう婦人会に顔を出さなくて済むようになった。
こちらが恐縮するくらいに感謝されたので、余程嫌だったのだろう。
「皆が働いている時に旦那様と一緒に居られるなんて幸せ過ぎて怖いかも。」
『やっぱり女の子同士ってしんどい?』
「…しんどい。」
戦争は我慢出来ても同性には我慢ならないそうだ。
俺は女に生まれなくて本当に良かったと思った。
実際、商人の嫁はみんな《逃げきったオーラ》を醸し出しているしな。
婚姻とは女が女社会から身を守るライフハックなのだろう。
(男にとってどうだかまでは知らないが。)
陣割が決まったらしく、戦士衆がそれぞれの配置に駆け出す。
いつの間にか巨大な物見櫓が建っており、そこにはニヴルの軍旗が翻っていた。
「もう騎兵同士が追っかけっこを始めたってさ。」
ラマに跨ったロキ爺さんが通りがかりに情勢を教えてくれる。
宣戦布告こそまだだが、既に始まっているとのこと。
舌先三寸で王国から山羊を取り返してくれた知恵者だけあって、万事に目敏い。
『ロキ先生、俺達も巻き込まれるんですかね?』
「積極的には仕掛けて来ないと思うぞ。
但しどちらかが圧勝した場合、ワシらに掛かるブレッシャーは相当なものとなるだろう。」
『…。』
「都合良く相打ちにはならんぞー。
いつだって世の中ってのは希望と真逆に動くものだからな。」
現時点で判明している事は王国の先鋒部隊が2万。
迎え撃つ合衆国軍は3万2千。
ホームの利もあり数字上では合衆国が有利に見えるが、絶え間なく戦争を続けていた王国軍の練度はかなりのものである。
しかもこの周辺は元々王国領だったこともあり、地形データを全て把握している。
俺の様な素人にはどちらが有利なのかすら分からない。
「なあトビタ少年。
国際情勢なんて個々のチカラではどうにもならんとワシは思うんだがね。
君はどうしたいんだい?」
『あ、いや。
こういう事言うと怒られるかもなんですけど。
俺、その件で面白いアイデアを考えたんですよ。』
「ふむ。」
『ゴニョゴニョ。』
「…出来るのかね、それ?」
『商売なんて駄目元でしょ。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから2日くらい馬車の中でゴロゴロして過ごす。
商人組は戦士団に配給食を届ける義務があるのだが、俺はこんな脚なのでギョーム家と一緒に団子作り。
地球から持って来た砂糖が思いのほか戦士団に喜ばれる。
甘味は精神的な余裕をもたらすとのこと。
長丁場になりそうということで量産命令が下る。
俺はエヴァと並んで生地を練り続けた。
「トビタ少年!
本部に来客だ!」
山羊に跨ったロキ爺さんが向こうから叫ぶ。
『…来たか。』
本部入り口まで直線距離でほんの1000メートル。
今の俺にとってはかなり苦しい距離だ。
杖を慎重に地面に突き立てながら一歩一歩確実に進む。
朝に降った小雨の所為かやや地面がぬかるんでおり、一度だけ転びそうになる。
冷や汗をゆっくり拭ってから本部の敷居を跨いだ。
『ブラギの婿トビタ、出頭致しました。』
俺が声を掛けると皆が一斉に振り返る。
長老達が「オウ。」と手招き。
義父ブラギも含めた10数名のメンバーの中に1人だけ人間種が混じっていた。
軍服の意匠から合衆国人であると分かる。
「トビタ君。
合衆国さんが賃料を収めに来た。
受領するように。」
商人を管轄しているバルンガ組合長が俺に指示を下す。
『どうも!
人間種の皆様。
鉢伏鉱山停車場の御利用ありがとうございます。』
俺は白々しく合衆国将校に頭を下げると用意していた領収証を渡す。
「…。」
将校は数十秒無言で俺を見つめていたが、何事も無かったように机の上の金貨袋を広げる。
「鉢伏鉱山に掲示されていた賃貸募集看板。
1日金貨10枚で間違いありませんね?」
『はい、その条件で相違ありません。
契約は最長で1ヵ月間となります。』
「…金貨300枚を持参しました。
1ヶ月のレンタルを希望します。」
『承知しました。
では人間種の皆様に領収…』
「失礼。
領収証の宛名は《人間種》ではなく《合衆国陸軍》と修正して頂けませんか?」
『はい、私はそれで構わないのですが…
その場合、合衆国さんしか停車場を使えませんよ?』
「…。」
『…。』
「ええ、その条件で異存ありません。」
『ありがとうございます。
確認をしておきますが、レンタルしているのは周辺の停車場。
鉱山の中はプライベートスペースもありますので、立ち入りを御遠慮下さい。』
「トビタ殿。
鉢伏山に登るのは契約内ですね?」
『契約内です。』
「鉢伏山に建築物を建てるのは…」
『原状回復して頂けるのでしたら問題ありません。』
「…。」
『…。』
「部下に代金を持参させますので、来月分の契約もお願いさせて下さい。」
『申し訳ありません。
契約はあくまで1ヶ月毎。
借主様立ち会いの元で現状回復を当方が確認してからとなります。』
「…。」
『…。』
「これはもしもの話ですが。」
『はい。』
「万が一、1か月後に鉢伏山を占拠しているのが王国軍であったらどうしますか?
そして王国軍が貸借を希望すれば?」
『同様の条件でお貸しします。』
「…。」
『…。』
将校はしばらく俺を睨みつけていたが、やがて溜息を吐いてから領収証を手に取った。
《合衆国軍様》と書き直された宛名を静かに凝視している。
そして無言で一礼。
「お貸し頂いてありがとうござます。」
『中佐殿。』
「?」
『御武運を。』
将校はそれには答えず、ただ寂しそうに笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
受け取った300枚のうち200枚を氏族への上納とする。
「トビタ君。
200は多過ぎだよ。」
『状況が状況です。
あるに越した事はありません。』
長老達は鼻で笑いながら50枚を俺の方に押し付けてきた。
逆らう気も無いので素直に折半に応じる。
荷馬車へは義父ブラギが騎馬で送ってくれる。
「お義父さん、勝手な事ばかりして申し訳ありません。」
『君は良くやっているよ。』
「そうでしょうか。」
『兄なんかは散々好き勝手して謝りもしなかったからね。
口先だけでも頭を下げている君の好感度は自動的に上がり続けているんだ。』
2人で笑い合いながら楼上に翻る軍旗を眺める。
「まさか合衆国があんな条件を飲むとは思わなかった。
この分だと王国も君の発行する領収証を欲しがるだろうか?」
『でしょうね。
両国とも、後々国際社会に領有の正当性をアピールしたいでしょうから。
ニヴルという第三者が発行した物証は手にしておきたい筈ですし、何より相手に渡したくないでしょう。』
「兄が日頃言っている通り、君は大商人だなあ。
何も無い所から金貨300枚を産み出してしまった。」
『お義父さんの名義なんですから、金貨を受け取って下さいよ。』
「その分、エヴァを労わってやってくれ。」
『はい。』
「アレも幸せ者だな。」
荷馬車で休憩を取るようにブラギを誘うが断られる。
複数の役職を兼任しているこの男に休む暇などないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の策は極めてシンプル。
戦場となるであろう鉢伏山を人間種に賃貸に出す。
領収証の宛名は原則として《人間種様》だが、借り手が望むのであれば《合衆国様》でも《王国様》でも構わない。
当然、要所中の要所なので両軍は借りたがるだろう。
今後、実戦経験で優る王国軍が鉢伏山を奪取する可能性は十分に考えられる。
だが、その場合も金貨を支払ってくれるのではないだろうか?
いや、彼らは払いたがるのだ。
何故なら合衆国側だけが領収証を保有している状態はあまりに危険だから。
「ねえ、ヒロヒコ。」
『んー?』
「貴方はどこを目指しているの?」
『どうなんだろう。
多分、そんなに高尚な事は考えてない。
エヴァさんと俺の子供が安全に暮らせればいいなって。』
「ハーフドワーフが生き残れるものなのかしら…
父はいつも言ってるわ。
ドワーフの男は強くなければ生き残れないって。」
『もし男が生まれたらゴメンね。
俺の血を引いている以上、ドワーフ社会が求める水準に達する事が出来ないかも知れない。』
「昔ほど時代が乱暴じゃなくなったと言いたいのだけれど…
あれを見る限り、まだまだね。」
エヴァの指さす方向には王国の斥候隊。
隊長らしき人物が顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
どうやらタッチの差で鉢伏山を取られたことに激高しているらしい。
幾ら百戦錬磨の王国軍とは言え、唯一の高所を取られた上での平野決戦は苦しいだろう。
「ねえ、ヒロヒコ。
本当は何を考えてるの?」
『身勝手な話かも知れないけど…
我が子には地に足を付けた生き方をさせてやりたい。』
「…うん。」
聡明な女だ。
僅かな断片から俺の魂胆を察知してしまった。
そう。
俺は最初からこの土地を奪うつもりだった。
我が子を俺や親父のような流れ者にしない為にも。
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