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この程度のワープなら可愛気もあるよな。

目が覚めた時、既にキャラバンは復路を疾走していた。

数日滞在の予定だったが、状況がここまで至った以上は仕方ない。

当然、カウボーイ護衛等の各種依頼は全キャンセル。



『違約金とか発生するんですかね?』



「今は考えなくていい。

療養に専念しろ。」



『…はい。』



ブラッドウルフに噛まれた右脚は完全に砕け、肉が大きく食い千切られていたらしい。

駆け付けた皆が虎の子のエクスポーションを使ってくれなければ確実に失血死していたとの事。

隣で倒れていた伝令氏も一命を取り留めた。

但し左手が欠損してしまっていたので、軍人としてのキャリアを続けるのは難しいとの事。

俺の脚にも障害は残るだろうが、千切れてないだけ彼より幾らかマシと考えことにした。



『親方、スミマセン。

皆の足を引っ張ってしまって。』



『胸を張れヒロヒコ。

今回の件は公傷だ。

それも合衆国人を庇う為の行動。

オマエを責める者は居ないよ。』



俺を元気付ける目論見なのか、ガルドはブラッドウルフの牙と尾を見せてくれる。



「討伐記念だ。

オマエの手柄だよ。」



『親方の様にスムーズには討伐出来ませんでした。』



「…オマエはワイバーンだって倒した男じゃねーか。」



『あれは…

ギガント族長も言っていたでしょ。

単なる小刻み移動ですよ。

実力じゃありません。』



「なら今回のブラッドウルフは正真正銘オマエの実力だな。」



皆が言うには、一応役に立ったらしい。

もしあの時、陣中で合衆国兵が死んでいたら、こちらの害意を勘繰られる可能性もあるからだ。

今回の場合は非戦闘員の俺が負傷してまで救援した形になるので、外交ポイント的にはブラスとなるとのこと。

(そんなに甘い物ではないと思うが…)



「ヒロヒコ、脚の感覚はある?」



『いや、麻酔がまだ効いているみたいだよ。』



小休止の際、エヴァが包帯を換えてくれる。

彼女も働き詰めだが、無言で疲労に耐えている。



『仕事増やしてゴメンね。』



「…謝るような事をしたの?」



『分からない。』



「そう。」



『でも、俺なりに良かれと思う行動を心掛けるようになった。』



「ヒロヒコはずっと良かれとしてくれてるわ。」



『…いや。』



俺1人で生きているのなら、自分だけの都合で考えていれば良かった。

だが、今はそうではない。

エヴァの腹も目立ってきた。

地球では2人の妊婦の生計を考えなくてはならない。

俺一人の【良かれ】はもはや通用しないのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



伝書鷹が何度も行き来して、穀物輸送部隊の無事を確認。

今のところ、襲撃や妨害工作の気配はないらしい。

俺は目を閉じて身体を休める事だけに専念する。

ガルドが地球へのワープを遠回しに勧めてくれたが、謝絶。

深い意味はない。

馬車に揺られていたい気分だったのだ。


少し誰かと話したい気分だったが、そうも行かない。

ガルドは斥候、エヴァは操車。

みんな忙しなく動いており、俺に構う暇などない。


立ち上がる事を試みようとして少し驚く。

どうやら俺は身を起こす時に必ず右脚を起点にしていたらしい。

生まれてこの方、一度も意識していなかったが、誰しもそういう身体的な癖があるのだろう。



「ヒロヒコ、起きてる?」



『うん、起きてるよ。』



「状況を報告するわね。

帰路は順調。

周辺住民からの干渉もなし。」



『そっか。』



「ただ…」



『ん?

何か問題?』



「心なしかスライムが多い気がする。」



『…人為的に放たれてる形跡はある?』



「いえ、偶然と作為の間くらいの出現率。」



『…。』



もしもこれが何者かの妨害行為だとすれば、相当利口である。

スレスレのラインを狙うのが上手い。


いや、違うな。

ドワーフが人間種に比して強靭過ぎる事が問題なのだ。

なので排撃されるにしても、相手もかなり慎重に立ち回る。

それも気付かれないレベルで。

それがこれだけ強いドワーフがイマイチ豊かになれない理由。


きっと、スタンピード騒ぎなどは、まだ露骨にやってくれている部類であり、これまでの長い間密かな妨害行為を受け続けて来たのだろう。

それが、ドワーフ種が固有の領地を持っていない理由。

王国を追放された事により、ニヴル族は領有権の曖昧なバリバリ峡谷に住み着いた。

合衆国人(或いは王国人も)が恐れているのは、この土地がドワーフ領となってしまうこと。

それだけは絶対に避けなければならない。

政治判断というよりも、人間種としての本能が異物を拒むのだろう。

俺だって日本に移民や難民が来るのは反対だ。

気持ちは痛いほど理解出来る。



「ヒロヒコ、街道を大回りするわよ。」



手綱を握ったままエヴァが言う。



『何かあった?』



「スライムプール…」



何とか身を起こした俺はゆっくり這ってエヴァの指す方向を見る。

峠の中腹。

その道を塞ぐように広い水溜りが…



「イエロースライムよ。

動物の血液に反応して襲ってくるから気を付けて。

傷が膿んで切除を余儀なくされるケースが多いの。」



『そうか、じゃあ俺は駄目だな。』



「ええ、今のヒロヒコは絶対に近づいちゃ駄目。」



スライムプールはかなり広い。

街道やその脇道を塞ぐようにイエロースライムで覆い尽くされている。

当然、全車が停車。

戦士長の指揮車両を中心に善後策が取られる。



「トビタさん、お時間宜しいですか?」



『トルケル君、お疲れ様です。』



俺達の馬車にやって来たのはニヴルの新鋭トルケル。

齢14にして戦士認定を受けた期待の星である。



「ご覧の通りスライムプールです。

戦士長も頭を抱えておられまして…」



先日の戦闘でかなりの者が傷を負っている。

いつもであれば「唾でも付けとけ。」と笑って流す程度の負傷なのだが、この状態でイエロースライムの海を渡るのは危険極まりない。

ただでさえ膿ませるモンスターである、もしもばら撒いた犯人が悪意を持って危険な薬剤やら魔法やらを仕掛けていたとしたら?

今、ここにいるニヴルの主力がごっそりと戦闘不能になってしまう可能性もあるのだ。



「俺も昨日は不用意だったかも知れません。」



トルケル君がレガースを外して腿を見せる。

そこには大きな擦過傷。

おそらくはブラッドウルフに引っ掻かれたのだろう。



「こんな傷は来週には普通に塞がりますし、来月には跡すら消えてると思うんです。

普段は気にも留めてないのですが…」



そうなのだ。

ドワーフは他種族に比べて傷の治りも早く、日頃は多少の生傷など意にも介さない。

その無頓着さが今は裏目に出ている。



『じゃあ、やっぱり迂回?』



「いやー。

この峠道で脇に逸れてしまっては…

車輪が壊れてしまいます。」



『そっかー。』



「…完全に足止めされてしまいました。」



『やっぱりトルケル君もマズいと思いますか?』



「…そうですね。

自分の様な新兵が口を挟むような話では無いのですけれど…

もしもこれが敵の作戦なら、早めにここを脱出しないとヤバいかなと。」



言うまでもなく、敵地で足を止めてしまうのは兵法上における最大のタブーである。

一刻も早く善後策を練らなくてはならない。



「あーあ、ギガントの連中はいいよなー。」



レガースを履き直しながらトルケル君が呟く。



『え?

どうしてギガント?』



「共和国は兵站が手厚い事で有名ですから。

ポーションやら武装やら、どんどん戦場に届けてくれるんですよ。」



『ああ、確かに。

ギガントの皆さんって、甲冑一つとっても立派だった気がする。』



「やっぱりデカいパトロンが居ると違いますよねー。

共和国だったら塩も補給されたりして(笑)」



『え?

何で塩?』



「え?

いや、スライム退治って言ったら塩が定番でしょ。」



トルケル君を引き止めて話を詳しく掘り下げる。

どうやらスライムというのはナメクジの様に塩に弱いらしい。

見た目によらず敏捷なのだが、一定量の塩を掛けるとヘナヘナと縮小死してしまうとのこと。

(なので海辺の町にはスライムが存在しない。)

無論、塩さえ撒けば良いと言う話ではない。

海に囲まれた日本国と異なり、異世界は陸地面積が広いのか塩が貴重品である。

なのでモンスター退治に塩を使うという発想がそもそも無い。



『トルケル君…

ヨルム戦士長に伝えて欲しいんだけど…

塩が荷馬車に積みっぱなしかも知れないって。』



「…なるほど。」



この少年も俺の能力に何となく見当は付けていたのだろう。

俺の発言を聞くなり戦士の表情に戻る。



「しかし、あの広さのスライムプールを鎮静化するとなると…

信じられない量の塩が必要ですよ?」



『どれくらい必要かな?』



「いや、50㌔とか60㌔とか…

売ればどれだけ儲かるんだよって話ですから。」



…決まりだな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



馬車の中から飛んだのは大東京綜合卸売センター。

その香辛料問屋。

ここの店主夫妻には結構可愛がられていると思っている。



『女将さん、どうも。』



「あら飛田クン?」



流石は長く客商売をしているだけあって、俺の変化にすぐ気づかれる。



「キミ、かなり体調崩してるんじゃない?

大丈夫、早く病院行った方がいいよ。」



『あ、いえいえ。

さっき治療して貰ったばかりですので。』



女将さんは俺の右脚を黙って見ている。

そりゃあね。

立つのに必死だからね。



『それより塩って買えます?』



「え?

あ、うん。

普通に売ってるけど。」



『100㌔売って下さい。

自分で運びます。』



「その顔色で?」



『あー、表に出して貰えば助手に運ばせますので…』



「…。」



『…。』



嘘ではない。

異世界に戻り次第トルケル君が運搬してくれる。

彼ほどの猛者ならば100㌔纏めて軽々運んでくれることだろう。



「…。」



女将さんは無言で駐車場に塩を20㌔ずつ運んでくれる。

俺は駐車場の柱に無言で掴まり無人の瞬間を待つ。



『ワープ!』



通行人と女将さんが死角に入った隙を突いて塩袋を抱いて馬車に戻る。

目が合ったエヴァはただ唇を噛み締めている。



『ワープ!』



市場の駐車場の死角に戻る。

足が動かないので、文字通りの小刻み移動で元の位置に戻る。



「飛田クン…」



『ああ、女将さん。

丁度助手が運んでくれたんですよ。』



「…。」



『…。』



「残り持って来るね。」



『ええ、助かります。』



女将さんは残り4袋を手早く運んでくれ、最後の一袋にはキャンディー箱をおまけしてくれた。



「家まで送ろうか?」



『…ありがとうございます。

でも、1人で帰れます。』



「何かあったら店まで電話して。

アタシかダンナが何とかするから。」



『いつも助かります。』



5袋目を抱いて馬車にワープ。

出現の一瞬、エヴァから袋を受け取っていたトルケル君と目が合うが、彼は何事も無かったかの様に瞼を伏せる。



『トルケル君、色々ゴメン。』



「いいから休んでいて下さい!」



強めに怒鳴られる。

痛みに耐えかねて馬車に寝転ぶ時に、エヴァの手鏡と目が合った。


なるほど、こんな顔色の男がいたら俺でも休んでろと叫ぶだろうな。

しかも全身から脂汗。

女将さんもよく冷静に応対してくれたものだ。



『…グッ。』



少し身体を動かしただけで右脚が焼けるように熱い。

いっその事気を失えば楽なのだろうが、あまりの痛みに意識が飛んでくれない。



『…ハアハア。』



お陰でキャラバンの動向は何となく分かった。

迂回を考え始めていたヨルム戦士長が塩を確保した事で正面駆除に方針転換。

傷を負っていない者に塩撒きをさせて強引に中央突破。

8時間ほど走って穀物運搬組と合流、フルメンバーでバルバリ峡谷を目指した。


途中で2泊。

特にトラブルはない。

往路で一悶着あったカンサス騎兵団の検問があったが、特に因縁を付けられる訳では無く粛々と通過する事が出来た。

騎兵団長とヨルム戦士長の間で酒を贈り合う約束がなされたらしいが、互いの声色が相当ピリピリしていたので友好には程遠い状況なのだろう。



「ヒロヒコ、起きてるか。」



『あ、はい。』



「身は起こさなくて構わん。

そのままで聞け。」



『はい。』



「今回の旅は成功だ。

目的の穀物は全て捌けた。

合衆国の商人や牧場主とのコネも出来た。

大成功だ。」



言いながらもガルドの声は深刻だ。

無理もない。

ここまで露骨に妨害されて楽観出来よう筈がないではないか。



『親方…

甘い物ってイケましたか?』



女将さんに貰ったキャンディをガルドとエヴァに喰わせる。

重い空気が緩むのは嬉しい。

そうだな、この程度のワープなら可愛気もあるよな。


2人の表情が柔らかくなった事を見届けてから俺はゆっくり目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
地に足がついてきたと言うか、 泥臭くも格好良くなってきた。
ことが明らかになればお礼参りしないと… それこそワープの真価 エヴァの身に被害がなくて良かったですね合衆国さん
何が一番辛いかと言えば「こんな露骨な攻撃を仕掛けられ正体が見えない事」よな 合衆国?あったとしても推測通り一部の暴走、しかしこんな大がかりな攻撃を一部な組織が計画実行出来るのか? 王国?追放される前に…
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