そんな作法は教わっていない。
俺達の目的地は合衆国最北の商都であるノースタウン。
斥候の報告によると、この野営地から騎走で9時間。
キャラバン全体となると丸一日の距離となる。
問題は野営地をデモ隊が取り巻いていたこと。
どうやらこの土地にドワーフが移住するとの誤報があったらしい。
『こんにちわー。』
俺が声を掛けると群衆が一瞬で無言になる。
いきなり袋叩きに遭う事も覚悟していたのだが、ワンクッションは置いてくれるらしい。
「ああ、君が噂の…」
「ドワーフに婿入りしたって本当なの?」
「柵より中に入ったら殺すからな!」
「政府の奴らに幾ら渡したんだ!」
「この土地を乗っ取る気なんでしょ!」
「結局王国人なんだろ?」
「俺達の村にドワーフは要らない!」
「異種婚なんて親御さんが悲しむでしょ。」
「殺すぞテメーっ!」
「給料とかちゃんと出てるの?」
口々に問い詰められるので時間を掛けて回答。
特に【移民】ではなく【野営】である事を繰り返し説明。
俺個人についてまも相当執拗に詮索されたので、正直に身の上を語る。
『遠方から王国に強制連行されました。
何度か王都の討伐任務に従事した経験はあります。
王国、と言うより一緒に連れて来られた連中と折り合いが悪かったので、別行動を取るうちに取引相手だったこのニヴル族に婿入りする事になりました。』
言葉に起こす事によって、自分の立ち位置を改めて認識し、内心で苦笑する。
典型的な流れ者の人生であり、信用されなくて当然である。
結局、合衆国の許可書を裏取りさせ、かつ村の物産を幾らか買い上げた事によりデモ隊は解散。
但し、村落への立ち入りは厳禁となった。
(元から人間種の居住地に足を踏み入れるつもりはなかったが。)
野営地に一夜布陣するだけでも、これくらいの煩雑さを強いられるのだ。
今思えば、王国でのドワーフはまだ許容されていた方だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、仕事はここからだ。
団子屋ギョームの馬車が続いて到着したので、彼と共にキャラバンの駐車場を整備し、かつ皆の配給食を準備する。
晴れていれば大鍋や焼台を囲んで皆で飲み食いするのだが、続く雨がそうさせてくれない。
ギョームの馬車から姉のスヴァナ婆が降り、土魔法で野原を整地していく。
その後から俺達は補給車の後部テントを広げ、配給食をスムーズに配る準備をする。
「今日は馬車の中で食べて貰うしかないな。」
『ええ、この雨では出る気も湧きません。』
「だが、皆も身体を温めたいだろう。
よし、コーヒーだけは用意する。」
『分かりました。
小看板上げます。』
「残りのタマネギでシチューを振舞ってやりたかったんだが…」
ギョームの指示で車両毎へ配給食を纏めて行く。
干し餅、塩漬け肉、人参団子、ドライアップル。
各々の馬車に私的に積まれているであろう物ばかりだが、旅程が読めない以上は補給があるに越した事はない。
続いて鍛冶車両が到着したので停車場所に誘導する。
巨大な天幕が張られ、ここは修繕ピットとなる。
俺達が埋め込み式篝火をセットし終わったタイミングでキャラバンの車列が野営地に入り始める。
手慣れたものなのか、どの馬車もスムーズに指定位置に停車された。
急造の厩舎区画に馬を預けた者から配給食を受け取り、馬車に戻って行く。
雨の所為か疲労の所為かは不明だが、野営地は恐ろしく静かなものだった。
「ヒロヒコ、お疲れ様。」
『ただいま。』
エヴァが身体を拭いてくれる間、ガルドと諸々を打ち合わせ。
下った指示を淡々と確認し合う。
「ヒロヒコ。
明日のオマエは指揮車両に搭乗。
ノースタウンに着くまでの間は細々とした打ち合わせに専念して貰う。
今日みたいな雑用はしなくていいからな。」
『いえ、雑用と言うほどの事は…』
「語弊があったな。
しなくていい、じゃあない。
するな、だ。」
『…申し訳ありませんでした。』
「いや、オマエはよくやってくれている。
だからこそ、皆もオマエを消耗させたくない。」
要は役割分担の徹底の話なのだ。
俺に求められている役割は交渉と仲介。
氏族としても、それ以外の雑務で俺のリソースが奪われる事を恐れている。
ガルドは続ける。
「厩舎番の連中は昼間はずっと寝ている。
サボってる訳じゃねえ。
野営地では不眠で任務を果たさなきゃならねえ事を自覚しているからだ。
斥候連中も臨時以外は雑用を免除されている。
1番過酷なポジションだからな。」
言葉を止めて俺の目を覗き込む。
後は俺自身が咀嚼して理解せよ、と言う事である。
ピットからは作業音が絶え間なく聞こえている。
不調の馬車を今夜中に修繕し終わらなくてはならないからだ。
『親方、まだ起きてますか?』
「明日は早い。
もう寝ろ。」
『俺、もう少しキャラバンが快適に過ごせるようにしたいです。
今はあまりにもビジネス以外の負担が大き過ぎるから。』
「移動ってそういうモンだよ。」
『そうですね。
移動ってそういうモノでした。』
俺、普段ワープばかりしてたからな。
目的地に向かう事がこんなにも大変である事を忘れていた。
確かにな…
ワープを使わずにドバイ香港間を1日5往復するのは大変だろうな。
(出来るのはジェット戦闘機のパイロットくらいか?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、雨が上がった所為か皆の表情が心なしか晴れやかである。
反面、合衆国人達の視線に囲まれていた事に今更ながら気付き溜息が漏れる。
仕方ない。
彼らは不安で仕方ないのだ。
1夜の野営の約束が反故にされてドワーフが居座ってしまうかも知れない。
何なら侵略者に変貌して村を奪う可能性だってある。
合衆国自体がそんな建国経緯を辿っているので、彼らの不安感は尋常ではない。
「トビタ君。
それでは手筈通り。」
『はい、戦士長。
宜しくお願いします。』
戦士長ヨルムが搭乗する指揮車両に俺も同乗する。
この大型馬車には伝令や伝書鷹が絶えず報告を届けられる。
ヨルムとその幕僚は報告を纏めながらキャラバンの速度を決めている。
「トビタ君はシートで休んでなさい。
勿論、ここで聞いた話は原則的にオフレコな。」
『あ、はい。』
「昨日は疲れたかな?」
『思った以上に合衆国側の反発が強くて驚きました。』
「そもそもニヴルは彼らの独立戦争時に鎮圧側として活躍しているからね。
それを鑑みれば穏健な対応をして貰っていると思うよ。
だから悲観するような旅ではない。」
指揮車両に届くのは悪いニュースばかりではいようだ。
特に王国引き上げの殿を務めていたロキ爺さんなる悪達者が、王国側を言いくるめて200頭の山羊をバルバリ峡谷に持ち帰る事に成功したらしい。
まず、これでキャラバンは山羊を買わずに済むようになった。
続いて、北部屈指の大牧場・タウンゼント牧場からカウボーイの護衛依頼を請ける事に成功した。
1500頭の牛をノースタウンからゴールドシティまでの長距離輸送に腕利きを派遣する任務。
報酬は同牧場の外れにある廃坑の2年採掘権。
更には廃坑の周辺100メートル四方を中継地点として使用する許可も得た。
『随分、気前がいいですね。』
「カウボーイ同士の抗争が激しいみたいだからね。
番犬として機能する事を期待されているのだろう。」
合衆国も州によって価値観が大きく異なるようで、ノースタウンまで来るとドワーフへの敵愾心や警戒心が随分薄れる様だ。
理由は明白。
昨日まで通行していたカンサス州と異なり、ノースタウンを州都とするミズーリ州は突然やって来たニヴル族居留地と隣接していない。
故にそこまで警戒されていない。
されていないから依頼もポツポツ請ける事が出来るのだ。
「見えたぞ。
ノースタウンだ。」
『王都程じゃありませんけど意外に大きいですね。』
「周辺には他に都市がないからな。
ここからがトビタ君の出番だと私は考えている。」
『お役に立てればいいのですが。』
俺に与えられた任務はシンプル。
全ての協議と商談に同席すること。
人間種の俺が1人混じっているだけで、かなりの安心感を与えているようだからな。
ドワーフと人間種は別種である。
今でこそ交易も行われているが、太古において互いの存在は【喋る動物】に過ぎなかった。
これはある意味正しい。
何故なら両種間で生殖が不可能なのだから。
動物は言い過ぎだとしても、所詮は別種なのだ。
だが、ここで俺というイレギュラーが発生する。
何故かドワーフの女を合意の上で娶ってしまった。
それも形式的な政略結婚ではなく、どうやら氏族と起居を共にしているらしい。
更には共和国で元老院議員を務めるギガント族長がこの結婚を祝福する公式声明を発表している。
ここまで来ると、ドワーフは【喋る動物】ではなく、【限りなく人間に近い別種族】となる。
後は検証のみである。
ドワーフ種が人間種を篭絡する為に考案したプロパガンダの線も考えられるからだ。
御者台に俺とエヴァが並んで座っている事は多くの合衆国人が目撃したし、その話は今頃合衆国中を回っていることだろう。
「トビタ君が居るか居ないかは、全く違うよ。」
少なくともヨルム戦士長はそう考えている。
職務上、人間種との交渉経験が豊富な戦士長が言うならそうなのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ノースタウン到着。
当然、協定に従い街壁の中には立ち入らない。
殆どの取引は郊外の平野で行われる。
取引は非常に淡々と進む。
意地悪をされているのではない。
相手も相当緊張しているのだ。
約束通りのレート、約束通りの数量、約束通りの品質。
俺達は銀塊を、合衆国はトウモロコシと小麦を支払う。
『どうぞ、全品チェック問題ありません。
時間はどれだけ掛けて下さっても構いません。』
先方の決裁役に俺達は声を掛けて行く。
俺だけが温厚に接しても仕方ないので、団子屋ギョームや鑑定士ハーコン等の顔つきが比較的柔和な者にも声掛け役をお願いする。
小一時間掛けて、取引が無事に完了。
当面の穀物が確保出来たので皆で胸を撫で下ろす。
『親方、これで凌げますか?』
「ああ、年内は何とかなる。
ロキ爺さんも山羊を確保してくれたみたいだしな。」
さて、これで国家と氏族の取引は終了。
ここからが商売の本番である。
合衆国から委託されている大手穀物会社が撤収すると、中小の商人がヨルム戦士長の下に挨拶に来る。
彼ら中小商人は取引金額こそ劣るものの、連邦政府の命令で取引に応じた大手穀物会社と異なり自分の意志で俺達に打診している。
故にビジネスへの熱量が異なっていた。
「何か面白い商材はありませんか?」
口々にそう言いながらプレゼントを渡して来る。
ドワーフとの販路を築く事により、一発逆転を狙っているのだ。
ヨルム戦士長は少し考え込むフリをしてから、「本当は共和国さんに見せる予定のサンプルなのですが…」と黒胡椒や白砂糖の小袋を渡す。
「おお!
素晴らしい品質です!!
これはもしかして王国の?」
「ははは、王国さんとはあんな事になってしまったので…
あまり口外しないで下さいね。」
本当は完全に切られているのだが、王国との交易ルートが残っているかの様に仄めかす。
これには合衆国商人達もニッコリ。
香辛料に関しては10㌔1ロットの取引が原則だが、今回挨拶に来てくれた商人に対しては特例として1㌔販売も可とする。
皆が満面の笑みで黒胡椒を買い込んで行く。
香辛料の話が一段落すると宝石や魔石の取引が始まる。
俺達が欲しい物は風魔石、合衆国が欲しがっているのは火魔石と翡翠。
残念ながら風魔石は高騰中とのことで購入を断念。
一方、火魔石。
微妙に値段が折り合わなかったが、向こうから買いに来てくれる分には利潤が出るので、これに関しては要交渉。
最後に牧場主や鉱山主が挨拶に来る。
彼らが知りたがっているのは、ドワーフにモンスター駆除を頼んだ場合の相場。
これに関しては出発前から想定していたので、その場で見積書を発行し戦士長が押印して業者に配布した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おう、ヒロヒコ。
お疲れー。」
『親方もお疲れ様でした。』
穀物車両と護衛班はそのままトンボ返り。
居残り組はノースタウン郊外に3泊し、細々した依頼や交渉を行う。
その居残り組も2泊後には副戦士長率いるカウボーイ護衛組と帰還組に別れる。
当然俺は帰還組。
『エヴァさんも疲れたんじゃない?』
「私は馬車を動かしてただけだから。」
言葉と裏腹にエヴァの表情には疲労の色が目立つ。
そりゃあ、そうだろう。
沿道の合衆国人からの好奇と猜疑の視線を浴び続けて来たのだから。
兎にも角にも絶え間ない衆人環視の旅だった。
無論、合衆国側の言い分も分かる。
国内を異種族が闊歩しているのだ。
ちゃんと監視しておかないと気が気でないに違いない。
「ヒロヒコ、エヴァ。
明日に備えてもう寝よう。
今日はゆっくり身体を休めてくれ。」
「はい。」
『はい。』
ガルドの指示に従い寝具を敷こうとした時だった。
不意に遠方から喧騒が聞こえる。
「「『…ッ?』」」
俺達は一様に黙り込み、音を確認する。
数秒沈黙、喧騒は徐々に大きくなる。
「2人共就寝は中止。
動きやすい恰好で馬車内に待機!」
言うなりガルドは戦斧を手に馬車を飛び出す。
あまり良い状況ではなさそうだ。
「ねえ、ヒロヒコ。」
『ん?』
「もしも危ない状況になったら、ヒロヒコだけでも逃げてね。」
『…いや。』
「私がそうして欲しいの。
鉢伏鉱山に戻れば当面の安全は保障されるわ。」
『そんな作法は教わっていない。』
短く答えて外の様子を探る。
ノースタウンの街壁の上を松明が移動しているのが見える。
奇襲? 裏切り? ハメられた?
「この騒ぎに我が軍は一切関与しておりません!」
10分ほど経って合衆国側の伝令兵が数騎やって来て俺達に叫ぶ。
それも作戦のうちかも知れないので、ニヴルは武器を構えたままで話を聞く。
俺の馬車にも伝令が寄って来て害意が無い事を強くアピール。
『…あの、この音は尋常ではないと思うのですが…
何があったのですか?』
その伝令とは昼間少しだけ雑談をした仲だったので思い切って尋ねてみる。
この男が不意に抜刀したらどうしよう、という恐怖を押し殺しながら…
「スタンピードです。」
『はい?』
「モンスタースタンピードが発生しました。」
『…。』
いや、俺もラノベとか読む方だからさ。
モンスタースタンピードの概念は知ってるよ。
アニメ化された時にクライマックスになりがちな名場面だもんな。
…問題は、俺達が到着したその夜の出来事だという事だ。
「我々も驚いているのです!」
『…。』
これ、合衆国側がモンスタースタンピードに見せ掛けて俺達を奇襲する作戦なんじゃないか?
眼前では伝令氏が必死に弁明を繰り返している。
いや、表情を見る限り彼は誠実に俺達を心配しているんだ。
それは何となく理解出来る。
問題は彼の知らない所で、連邦政府なりミズーリ州軍が攻撃計画を練っていた場合。
こうやってダラダラしている事がリスクなのだ。
「総員、後方1㌔の丘陵に移動ッ!!」
暗闇からヨルム戦士長の号令が響いた。
俺と伝令氏は思わず目を合わす。
「どうぞ先導します。
私を人質に取って下さって構いません。」
構わないと言われてもなぁ。
この人の階級は少尉だからなあ。
人質としての価値があるようには到底見えない。
だが、取り敢えず伝令氏に丘陵まで松明で先導して貰う。
俺はいつ暗闇から合衆国兵が襲撃して来るか気が気でなかったのだが、丘陵までは全車が何事もなく到着。
「総員、置盾設置ッ!!」
再度、戦士長の号令が響いたので俺もエヴァも慌てて馬車の周囲に矢盾を設置する。
てっきり伝令氏に制止されるかと思ったが、「皆様の当然の権利です。」と繰り返しながら設置を手伝ってくれたりもする。
俺達を油断させる為の演技か、それとも本当にたまたまモンスタースタンピードが発生したのか。
この暗闇では確かめる術がない。
ここは異世界の異郷。
俺はただボーガンを握り締めながら必死に恐怖を噛み殺すことしか出来なかった。
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