俺は飛べない。
キャラバンの道中は馬車に籠もり、ワープを駆使して程よく地球に帰還。
そんな見通しも持っていた。
無論、世の中はそんなに甘くない。
この旅は俺のワープを完全に封じてしまった。
「トビタ。
ダコタ村の代表者がオマエを出せと言っている。
スマンが…」
『はい、問題ありません。』
「トビタ君、申し訳ないが
ポール&ウェッソン社との
協議に同席して欲しい。
予定を詰めてしまう事になるが…」
『ええ、問題ありません。
俺も交渉団の馬車に同乗します。』
「ヒロヒコ。
地元の民兵団が再協議を打診して来た。
スマンが…」
『親方。
謝るのはナシですよ。
この為に俺は居るんです。』
状況が俺を完全に封殺していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
合衆国の建国譚には王国の圧政が如何に過酷であったかのみが記されているが、その合衆国人にしても少数民族・種族を大虐殺して現在の国土を確保した。
そんな歴史を辿った連中なので、被害者意識と報復への恐怖が混じり合った独特の感情を持っており他民族・種族への警戒心が強い。
ましてや、ノームやエルフやサハギンと違って建国時に絶滅し切れずに妥協してしまったドワーフ族への警戒は尋常の物ではない。
殺るか殺られるか。
ドワーフ同様に合衆国人もその価値基準で生きている。
故に俺達ニヴルは細心の注意を払う必要があった。
安定期に入った現在の合衆国人はジェノサイドを糊塗する方向に動いているので、現時点では表立っての異民族・異種族攻撃はしていない。
少なくとも国際社会に対してはリベラルな言動を繰り返している。
つまり、その外交姿勢により合衆国人の心理には常に強い負担が掛かっており、ニヴルキャラバンの南下が彼らを刺激しない筈がなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
出発から2日目にして俺は地球へのワープ休憩を断念した。
初日こそトイレやメールチェックの為の数分休憩を行っていたのだが、あまりに緊急呼出が多いので早々に断念したのだ。
「ヒロヒコ。
次の停車ポイントに辿り着くまでは自由にしていて構わないのよ?」
『ありがとう。
でも、俺が御者台に座っているに越した事はない。
このままエヴァさんの隣に居るよ。』
手綱を引きながら左右を見る。
やはり街道の合衆国人はみなこちらを凝視している。
そして、交通の節目節目で探るようにキャラバンに声を掛けて来る。
「車列は何時途切れるのか?」
「村を通りたいなら何か買うのが礼儀だろう。」
「今夜の停泊地は何処か?」
「この村で交易したいなら税を払え。」
「王国のスパイで無いと証明しろ。」
「鉱夫仕事を頼む場合の見積もりを出せ。」
これが結構頻繁なのだ。
どうやら、この合衆国辺境は自治権が強いらしく村落毎に村議会や保安官が君臨している。
彼らは既にニヴルと合衆国に通行協定が結ばれている事を知っている癖に牽制を止めない。
橋を渡る度、丘を越える度、車速を緩める度、彼らは様子を伺う為に使者を出す。
その応対には必ず俺も同席させられた。
仕方ない。
彼らだってドワーフ集団と交渉するのは怖いのだ。
せめて人間種の俺が間に入った状態で無ければ平静を保つ事が出来ない。
だから必ず俺が呼び付けられる。
それが俺がワープを断念した理由。
『さっきも、危なかったでしょ。』
「そうね。
ヒロヒコが居なければ合戦になってたと思う。」
そう。
つい先刻、合衆国の地元州兵と一触即発になりかけたのだ。
不意に対岸に現れた合衆国のカンサス州騎兵団が俺達を猛追する事件が起きた。
河越しにも彼らがボーガンを装填している様子が見えたので、ニヴルは全車両を緊急停止し慌てて車盾を展開する羽目になった。
ヨルム戦士長も迎撃するべきかかなり迷ったらしい。
小一時間程、河を挟んで睨み合った末。
カンサス騎兵団の陣に合衆国連邦政府の伝令兵が飛び込み、一悶着。
ヨルム戦士長と俺が呼び出されカンサス騎兵団と話し合いの場を持たされた。
「神聖なる国土を野蛮種族が闊歩している!」
第一声がそれ。
俺と戦士長は思わず顔を見合わせて前途を悲観する。
絶叫したカンサス騎兵隊団長を伝令兵が激しく叱責。
俺達を挟んで2人が怒鳴り合う状況に陥った。
俺はかなり粘り強く車列が単なる交易キャラバンであり荷物の中には合衆国からの注文品も含まれている事を説明。
カンサス騎兵団長には途中から誤解が解けた様子だったが、部下の手前引っ込みが付かないのか「敵じゃない証拠を見せろ!」と咆哮し続けたので、合衆国側からの発注書と納品分の商品を見せる。
カンサス騎兵団が検分する間、俺は実質的な人質として身柄を抑えられる。
眼前でこれみよがしにサーベルをチラつかされる。
そして質問責め。
「王国のスパイがドワーフを扇動して
我々を攻撃しようと企んでいるのではないか!?」
「何故キミは人間でありながら
ドワーフ種の群れに混じっているのか!?」
「ドワーフが他種族から婿を取るなど聞いた事もない!
潜入工作の為のカバーストーリーではないのか!?」
まあ、彼らの疑念はご尤もである。
俺やガルドだって、日々この境遇を自問自答しているからね。
それでも自分の言葉で粘り強く回答する他なく、エヴァへの無遠慮な目線に耐えながら、口々に問い詰めるカンサス騎兵達に誠実に答えて行くしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、最終的にカンサス騎兵隊は矛を収めた。
「納得した訳ではないが、連邦政府の決定なら従わざるを得ない。
但し、次の大統領選挙に関して今まで通りの姿勢は取れないだろう。」
それが隊長の捨て台詞。
伝令兵は唇を噛んだまま天を仰ぐ。
彼らにとって相当好ましくない事態ならしい。
『次の村や次の州でも似たような事が起こると思う。
だから、俺は何時でも出られる位置にいないと。』
「雨が降って来たわ。
中で休みなさい。」
『これくらいの小雨なら問題はないよ。』
「今のヒロヒコは興奮してるから自覚がないだろうけど。
さっきの騒動でかなり心身が消耗しているわ。
荷台で少し横になってなさい。」
『…いや、でも。』
「休むのも貴方の仕事よ。」
『分かった。』
そんな経緯で荷台に戻った俺が地球にはワープ出来ない。
万が一が怖いのだ。
万が一、人間種の仲介が必要な緊急事態に俺が不在だったら…
万が一、メールチェックに没頭してしまい帰還が遅れたら…
万が一、地球にワープした際に負傷してしまったら。
それらの可能性を鑑みて、俺は飛ぶべきではないと結論付けている。
「ヒロヒコ、起きているか?」
『親方、俺は何時でも出れます。』
「合衆国側が指定した宿泊地で地元民のデモが始まっているようだ。」
『また、ですか。』
「場合によってはオマエも騎馬で先行して貰うぞ。」
『はい!
俺は何時でも発進出来ます!』
外を見ると雨が激しくなって来ている。
地平線の向こうで薄っすらと見えたのは雷光であろうか…
そんな事を考えている最中にヨルム戦士長から指令が下る。
俺とガルドは騎馬で早駆けし、前方の斥候部隊に合流。
説明を求める地元デモ隊と話し合いの場を持つこと。
「11番車両ッ、戦士ガルド出るぞッ!」
『同じく11番車両のトビタ!
発進しますッ!!』
2騎で駆け出す。
気が付けば豪雨。
雷鳴だけを目印に俺達はずぶ濡れで疾走した。
「ヒロヒコッ!
10時の方向にワイルドバッファローの群れ!!
見えるかッ!?」
『…。
はい!
確認出来ました!!』
ワープさえ使えば俺はどこにでも行ける。
地球に帰ればカネも女も家もある。
歓迎してくれる人も随分増えた。
「あの小川を迂回するぞ!!
出来るなッ!?」
『はいッ!!』
分からない。
それなのに、俺は何故。
豪雨と敵意をかき分けて奔っているのだろう。
「馬の脚は絶対に止めるなッ!
転倒もあるぞッ!」
『はいッ、このまま抜けますッ!!
左側フォローお願いしますッ!!』
俺はどこにでも行けるのに。
念ずれば好きな場所に飛べるのに。
分からない。
何故だ?
何故俺はこんなにも意味のない痛苦を背負っている?
「川底に大綱ッ!!」
『中洲を回りますッ!!』
分かっている事はただ一つ。
俺は飛べない。
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