そして出発と誕生。
突然の国外追放だったので当たり前なのだが、ニヴルの懐事情は好ましくない。
長年コツコツとインフラ投資してきた鉱山群。
無造作に増やした山羊の群れ。
燃料用に植えた豊富な樹木。
これらを突然喪失したのだ。
ダメージが無い訳ではない。
「まあ、正直キツいな。」
『親方でもそう思いますか。』
「ただ、好転要素もあった。」
『?』
「王国領外に出た事でフリーハンドになれているんだよ。
例えば、帝国・共和国・合衆国の依頼を大っぴらに請けたりな。
今までは王国の顔色を盗み見て国外派遣の是非を決めていたのだが、その必要は無くなった。」
現在、王国各地に派遣されていたニヴル族が次々にバルバリ峡谷に集結中。
停車場も一気に拡大され、150台以上の馬車が停まっている。
まだまだ引き上げて来るので、最終的には2000台規模の駐車場が必要になる。
遠征組の馬車は俺達の物と同様にトレーラーハウスの様な物で、それぞれが妻子を住ませているので、たちまち中規模の町が生まれてしまった。
当然水や食料が不足するのだが、ニヴルの男達は開拓能力がとてつもなく優れていて、猛スピードで水場や牧場を建て、かつ次の派遣先を割り振っていく。
現に近場の合衆国企業の伐採案件の為に10台の馬車が出発した。
彼らは決して歩みを止めないのだ。
「なあ、ヒロヒコ。
今から氏族は危ない橋を渡る。」
『え?
危ない橋?』
「前まで楽に行き来出来た魔界だが、今ではルートが塞がれ、あの山脈の向こうの遠い存在になってしまった…」
『あ、はい。
前に聞きました。
今までは王国領を通って魔界と通商してたんですよね?』
「…実はな。
トンネルを掘り始めてるんだ。」
『え!?』
「時間は掛かるが、俺達なら掘り切れるぞ。」
『…。』
「勿論、分かってるよ。
国際社会に知られたら、マジで詰む。」
『でしょうね。
基本的に人間種は魔族が嫌いですから。』
「理屈の上では、トンネルを山脈の切れ目にある盆地まで掘り進める事が出来れば、魔界との秘密通商路が成立する。
勿論、魔界は伝書鷹でこの案に賛成する旨の書状を届けてきた。
そりゃあそうだ、アイツラは俺達以上に王国の経済封鎖に苦しんでるからな。」
大陸の中央に君臨する王国。
帝国に領土の南側を取られたものの、そのカバー面積は未だに広大。
なので王国が経済封鎖を開始すれば、それだけで隣接諸国は塗炭の苦しみを味わう羽目になる。
もっとも、その手口を濫発し過ぎた事により周辺国が帝国派に鞍替えしてしまったので、一長一短ではある。
「このゲームのルールは簡単。
トンネルを掘り切って内密に通商ルートを確立すれば氏族財政はリカバリー可能。
周辺国に発覚すれば破滅するのみ。」
『よくそんな博打に踏み切りましたね。』
「それ位に追い詰められてるんだろうな。」
トンネルを掘り始めた副産物として、氏族は中規模の銀脈を発見した。
今は慌てて決済用のインゴットに成形している最中。
これを用いて合衆国人からトウモロコシを王国人から小麦を少しずつ買い集める。
後、養殖用に山羊とアヒルも買い込んでおきたい。
その為にも大規模キャラバンを組む必要が生じた。
「ヒロヒコ。
合衆国ノースタウンへのキャラバンには俺達も参加するぞ。」
『はい!』
「場合によっては俺達だけが更に南下して大都会のゴールドシティに進む可能性もある。」
『はい。』
「いつ出発命令が下るかは分からないが、心の準備はしておいてくれ。」
『…畏まりました。』
「合衆国内では厳しい監視もあり得る。
いつもの様に気軽に移動出来ないケースも念頭に置いておいてくれ。」
そりゃあそうだよな。
合衆国はドワーフを警戒している。
なら、そのキャラバンに監視が付かない訳がないし、唯一の人間種である俺に不意の呼び出しが掛かる可能性も高い。
状況によっては、当分地球に戻れなくなるかもな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺はバルンガ組合長の執務室を訪れ、手持ちの香辛料を全て納品する。
異世界でどこまで有効かは分からないが、自転車用の機械油も寄贈。
「トビタ君。
キミの貢献度は非常に高い。
惜しむらくは、大々的にこれを顕彰出来ないことだ。」
『いえ、住ませて頂いている身ですので。』
「そして重ねて申し訳ないが、次のキャラバンを組む時はキミも参加して貰うぞ。」
『はい、全力を尽くします。』
「長丁場になる可能性も高い。
キミだけに特別任務が下ったりな…
イケるか?」
『イケます!
俺はブラギ管理官の婿です!
そして戦士ガルドの弟子ですから!』
「…スマン。
可能な限りのサポートはさせて貰う。」
バルンガの言葉が嘘でない証拠に、大量の宝石をくれた。
俺が金を集めている事は組合でも知られていたので金決済も持ちかけられたが、これは辞退。
今のニヴルは1グラムでも多くの金を備蓄しておく必要がある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『中本さん。
ご無沙汰しております。
奥様も久し振りです。』
中本のアトリエでは柴田税理士の奥様がホワイトボードに書かれたロードマップをバンバン叩きながら演説している途中だった。
どうやら本気で世界グランプリを獲るつもりらしい。
「あら、飛田クンじゃない。
アナタ、もっと中本クンに構ってあげなさいよ!」
『あ、スミマセン。
ちょっと中本さんにお渡しする素材を探しておりまして…』
「素材ですって?」
俺は無言でそれを置く。
最年少で長老会議入りした才覚人バルンガの私的な財宝である。
無価値な訳がない。
「ちょっ!!
こ、これはっ!!
この神々しい輝きはッ!!」
『ええ、お待たせしました。』
「アレキサンドライトッ!!」
『奥様がグランプリを獲るには並の宝石では駄目だと仰っておられましたので。』
「うおー!!
うおー!!
これで勝つるッ!!
うおー!!
うおー!!」
雄叫びを挙げながら柴田夫人はどこかに走り去ってしまう。
『中本さん、調子はどうですか?』
「実はですね。
あんまり賞とか興味なかとですよ。」
『あ、そうなんですね。』
「順位だの評価だのって、結局は結果でしょ?
何かそれを逆算してウケを取りに行くのって…
それは芸術とは言わないんじゃないかと…
スミマセン、お金出して貰ってる身分の癖に生意気言っちゃって。」
『あ、いえ、
何となく中本さんの仰ること…
理解出来ます。』
「俺、やっぱりオリジナリティないんだと思います。
あんまり自分で作りたいデザインは思いつかないんで。
ただ、綺麗な物や優れた物を見たときのリスペクトは誰よりもあります。
だから、飛田さんに頂いた【エヴァ】のモチーフの数々。
ああいう素晴らしい芸術を皆に見て貰いたい気持ちでいっぱいなんです。」
『製作者も喜ぶことでしょう。』
口ではそう言うが、中本が作ったオリジナル作品も悪くは無いと思う。
質朴で素材の良さを引き出す事に専心した作風は純粋に美しいと思った。
ただ、欧州人の価値観からは逸脱している為にコンテストには出せない。
「飛田さんが、いつもしているネックレスあるじゃないですか。」
『あ、はい。
琥珀ですよね。』
「奥さんの前じゃ言えないんですけど。
そう言うシンプルなデザインの方が心がこもっていて素晴らしいと思うんです。」
『これは大切な人からの贈り物ですので、はい。
自分でも気に入ってます。』
そんな遣り取りをしながら、中本の作業を見学させて貰う。
流石に見込まれるだけあって手際が良い。
豪奢なアレキサンドライトを仮カッティングして、小さく慎ましいネックレスに仕上げてしまった。
研磨は最小限のみ。
『あー、歴代グランプリより…
俺はこっちの方が好きだと感じました。』
「宝飾の主役って付ける人であって、宝石では無いと思うんです。
だから、これが職人としての俺の結論です。」
中本は無言で俺にネックレスを渡す。
『え?』
「大切な人に渡してあげて下さい。
これが宝飾職人としての俺の仕事です。」
中本は照れたように笑いながら俺にネックレスを押し付け、静かに作業を再開した。
その背に礼を述べてから去る。
『ワープ!』
しばらく地球に戻って来れない可能性が高い。
場合によっては…
なので、悔いを残さないようにしなければならない。
まず、貯めていたドル札。
香港の趙社長に頼み込んで円転して貰う。
向こうは笑顔で快諾してくれたが、勝手に借りとさせて貰う。
入手した円は等分して沼袋と遠藤に託す。
犬童に頼み込んで遠藤のついでに沼袋のケアもお願いする。
『ワープ!』
ラピスラズリ建材の案件もドバイに飛んでから正式にWhatsAppのグループを組んで国際プロジェクトにする。
実際、犬童が懇意にしている件の建材メーカーが試供品を輸入し始めたので、もう案件は動き出しているのだろう。
『ワープ!』
御徒町に飛んでジェインにバルンガから貰ったルビーを渡す。
手持ちの円が無いと断られるが、無理やり押し付け後払いで支払わせる段取りを組む。
受取人は村上翁。
『ワープ!』
喉が渇いたのでドバイに再度飛びナツメヤシコーラを飲み干す。
「10$!!」
余計に喉が渇いたので苦笑。
スークをブラブラ歩いてから、橋本コージのタワマンを訪れ日本土産をいっぱい渡してやる。
カッパえびせんを貪りながら落涙する姿はあまりに悲しい。
本人は強く帰国を望んでいるが、爆サイに書き込まれてる殺害予告の数を見れば…
日本には帰らない方が良いのだろうなぁ。
『ワープ!』
行きつけのピンサロで馴染みの嬢に性欲処理をさせる。
香港土産を渡したら信じられないくらいに喜んでいたので、まあ俺にしては善行を積んだのかも知れない。
『ワープ!』
村上翁の部屋を訪れ、何をする訳でもなく2人で天井を眺めながら取り留めのない話をする。
80年代のバンドブームやら、税リーグ問題やら、北海道VS沖縄の観光魅力度対決やら、女が着ているとそそるコスチュームやら。
そういう下らない話を小一時間してから村上家を出た。
よし、これで地球生活に区切りは付いたな。
府中もガスの元栓をちゃんと閉めたし、立つ鳥跡を濁さずだ。
「ちょっと待ったァァァァッ!」
『またアナタですか。』
「今の飛田クンは最終決戦前夜の各キャラお別れシーンと見受けたァッ!」
『ちょっと何を言ってるのか分からないですね。』
「私のターンは?」
『え?』
「え?」
参ったなー。
新宿のピンサロで抜いた事で、地球での女性関係は完全にスッキリしてしまったのだ。
そもそも、キャラバンメンバーに正式に指名された俺には、本来待機義務がある。
バルンガ組合長の好意で自由を与えられているが、俺のような若僧は自主的に馬車整備などの雑用に志願するべき場面なのだ。
『えっと、仕事が忙しいんで、そろそろお暇しなくちゃ。』
「嘘!
専務と遊んでた癖に!」
『村上さんとは仕事の打ち合わせをしてたんですよ。』
「部屋でグーニーズ見てたでしょ!!」
『いつか映画事業部を起ち上げるかもなんですよ。』
チャコちゃんが千葉の実家を見せたがったので電車でJR東金駅へ。
サンピアなる商業施設で腹ごしらえ。
隣席のカップルの会話をBGM代わりにコロッケバーガーを貪る。
「リン子さんが気に入ってくれて…
とても嬉しいです。
口に合いますか?」
『エドさんの好きなものなら…
何でも好きですぅ。
エドさんの行く所なら…
どこにでも行きますぅ。』
「リン子さん///」
『エドさん///』
俺達の他にはこのカップルしか居なかったので、やはり千葉の南は寂れている土地なのだろう。
チャコちゃんの実家は東金駅から北に15分ほど歩いた八鶴湖の畔。
やや小高い位置に建っている大邸宅で2階からは九十九里浜が鮮明に見えた。
そして外からの死角になっている中庭。
大量の小型風力発電機が回転していた。
「大したことないのよ。
1機3000Wしか出力ないから。
こうして10台揃えても30kWしか出ないの。
1,000kW以上ある大型風力発電機を確保出来れば、最高なんだけど。
法人化しないと難しいかな。」
『はえー。』
「あ、そうだ。
マイニング装置見る?
Antminerの中古だけど。」
須藤家の敷居を跨ぎ中へ入ると、仏壇を乱暴に押しのける形で無数の機器が稼働しており、恐らくマイニングとおぼしき作業に勤しんでいる機材が3機あった。
風魔法→風車→仮想通貨マイニング。
この人、女性向けなろうの主人公に向いてるよな。
「ふっふっふ。
これこそ令和型の魔法少女ですぞ♪」
いやな時代になったなあ。
「まあいいじゃない。
仮想通貨長者が多ければ多い程、日本の国益になるんだから。」
そうかなあ?
橋本コージを筆頭に、仮想通貨で当てた奴って絶対納税しないマンの集まりだと思うがな。
「chu❤」
『うわっ。』
ドバイに思いを寄せていると、いきなりキスをされたので驚く。
「ふっふっふ。
これこそ昭和型のミステリアスヒロインですぞ♪」
いやな時代だったんだなあ。
「だって、飛田クン。
Hな店ばっかり行ってる癖に、私には全然構ってくれないしー。」
『いや。
恩義ある村上家の方を風俗嬢扱い出来る訳ないでしょう。』
「なーんか飛田クンと専務が仲良いの分かるわー。」
多分、角度の付いた皮肉なのだろう。
「ねー。
私には何もないの?」
『え?』
「だって今日の飛田クン。
左ポケットをずっと気にしてるから…
そこに本命さんのプレゼントが入ってるんだろうなって。
女として意識しちゃうよ。」
『あ、いや。』
「筋肉の動かし方からして剥き出しの貴金属。
度々手の位置を入れ替えているという事は、散りやすい形状の物かな。
とすると、ペンダント一択。
それもペンダントトップが傷付かないように握っている。」
『チャコちゃんお巡りさんになったら。』
「知らなかったの?
女はみんな恋愛警察なんだよ。」
『…誤認逮捕多そう。』
「見せてよ。」
『え?』
「飛田クンが本命さんにどんなプレゼントをするのか見たいよ。」
『え?
いや、プライバシー。』
「屋内風魔法!!」
『ぐわッ!! (ポロッ)』
不意に突風が吹いて、俺はチャコちゃんの父の遺影と共に転ばされる。
お父さん、チャコちゃんは逞しく育ってますよ。
「この魔法の弱点はねえ。
自宅でやったら片付けが大変な点なのよ。」
『なるほど。』
「えっと、どれどれ…
あーーーーーーーッ!!!」
『うわっ、急に大声出さないで下さいよ。』
「何!?
この宮崎駿が好きそうなデザイン!!!
すっごく童貞っぽくて本命臭がする!!!」
…巨匠に謝れ。
「ファンタジーッ!!
ファンタジーッ!!
活動家に乗っ取られる前のディズニーが好きそうなデザイン!」
…この女も大概口が悪いな。
「いーなー!
いーなー!
彼女さん愛されて羨ましい!!
私だけが何も持ってない!!」
『アナタにはマイニングマシンがあるじゃないですか。』
「女は好きな人から与えられたいの!
自力で掴み獲ったモノはノーカンなの!」
そうは言われてもな…
この人、その自力が強すぎるんだよな。
『与えると言ってもですねぇ。
うーん、これからも村上さんの御商売を手伝いますから。
それでいいじゃないですか。』
「専務じゃなくて、私に構って欲しいの。」
嫌だなー。
でも、村上翁の顔も立てなきゃだしなー。
『まぁ、たまになら。』
「やったぜ!
じゃあ、この家で一緒に住もうよ!」
『いやー、ははは。
出張が多い身なので。』
2人で仏壇を元に戻してから、先程の衝撃で割れた遺影に黙祷。
電車の窓にへばりつきながら千葉を去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、配置につく。
俺達の馬車は第2陣。
第1陣は斥候役の騎兵団なので事実上の先頭集団を走る。
「6番車両ッ、前進せよッ!」
キャラバン全体の速度を落とさない為にも、先頭集団にはそれなりの速度が要求されるので、俺達の旅程はやや過酷になる。
「7番車両ッ、前進せよッ!」
本来、この馬車は義父ブラギが統括するべきなのだが、役職者の彼が本営を離れる訳にも行かないので実兄のガルドが車両責任者となる。
「8番車両ッ、前進せよッ!」
と言っても戦力として期待されているガルドは騎馬での移動を義務付けられているので、この馬車は俺とエヴァの2人で運用することとなった。
御者台に並んで座り号令を待つ。
「9番車両ッ、前進せよッ!」
「気負う事はないのよ。
御者役を本隊から派遣して貰う事も出来るのだから。」
『…俺達の家でもあるから、他人に触られたくないな。』
「10番車両ッ、前進せよッ!」
無言で微笑むエヴァの首に中本からの餞別を掛けてやる。
「11番車両ッ、前進せよッ!」
アレキサンドライトの石言葉は、情熱、高貴、安らぎ。
『11番車両ッ!
鉢伏鉱山のトビタッ!
発進します!!』
そして出発と誕生。
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