それが不快だから男は女向けコンテンツを読まないのでは…
「電車、なくなっちゃったね♥」
『田舎ですからねー。
終電早いですよ。』
天目山。
甲州武田家の聖地。
そして武田勝頼公最期の地。
俺達が荷物置き場にしているこの岩は、500年前に勝頼公が腰掛けていたものだそうだ。
「山梨みたいなド田舎の更に僻地って笑っちゃうよね。」
『さあ、テントに入って下さい。』
「やったあー。
キャンプ、キャンプ♪」
別に俺だけワープで府中に帰っても良かったのだが…
それをするとチャコちゃんが空中飛行で東京に帰ってしまうからな。
この女を黙らせる為に野営する事になった。
「さっすが飛田クン♪
ワープで必要な物を全部揃えちゃった。」
『(ビクッ)
たまたま、そこら辺に落ちてただけです。』
「あはははは。
じゃあ、そういう事にしておこう♥
私達だけの秘密だね♥」
胃が痛い。
この女の圧が強過ぎて本当にしんどい。
「ねぇ、飛田クン。」
『あ、はい。』
「君は白馬の王子様。」
『いやー、笑いものになるレベルのワープア家庭です。』
「本当は特別な血筋なのかも。」
『チャコちゃんさん。
御言葉ですが…
俺の親父は世間一般の価値観では取るに足らない男でした。
母親も逃げましたしね。
特別でも何でもない底辺労働者です。
でも、真面目に育ててくれた。
俺が成功すれば…
息子を成功者に育て上げたと、世間が親父の評価を引き上げるかも知れません。
実態を認めた上で打開を図る。
それが俺の孝行です。』
「ゴメンね、飛田クンが何を言っても全肯定しちゃう♥
きっと真逆の自説を聞かされても全肯定してた♥」
『もっとロジカルに接して下さいよ。』
「無理。
論理は弱者の保険だから。
女は弱者が嫌い。
だから弱者が拠り所にしている論理性を憎んでるの。」
『ロジカルに論理を否定しないで下さいよ。』
「だから好きぃ!」
『うわっ!
びっくりした。
急に抱き着かないで下さいよ。』
「好きなんだもん!」
『いやいや、男なんて他に幾らでもいるでしょう。』
「私、最強厨だから!
小学生の頃から2ちゃんねるで最強キャラ談義してるから!」
『もっと建設的な趣味を持ちましょうよ。』
「ちなみに私、飛田クンを梶原修人と同等かそれ以上の存在だと評価してるから。」
『はぁ。
それが誰だか知りませんが一応ありがとうございます。』
「兎に角!
飛田クンは最強なの!
女が最強に惹かれるのは自然な事なの!」
『いや、こうして女性に押し倒されて逃れられない次点で最強とは言えないのでは?』
「うん、それは単に私が人類最強ってことで。
飛田クンは男の中では1番!
ね?矛盾しないでしょ?」
『そうかな? そうかも。』
「大体!
飛田クンはワープ出来るじゃない!
私なんてワープでやっつければいいじゃない!」
『いやー、取引先の娘さんにそんな事できないですねー。
俺、村上さんのこと好きだし。』
「専務ばっかりズルーい!!」
そうは言ってもなぁ。
好き嫌いなんて相性だからなぁ。
俺は多分、村上翁やガルドの様な一匹狼タイプが好きなのだ。
理由は明白。
俺は人付き合いが苦手だから。
だから同じく対人関係が不器用ながらも、生き延びている彼らをロールモデルとして尊重出来るのだろう。
ガルドに対して【徒弟】、村上翁に対して【丁稚】を名乗るようになったのも、何としても学びたいという強い想いの現れなのだ。
『明日の筋肉痛が怖いので離脱しますね?』
俺はワープでチャコちゃんの魔手から逃れて、テントの隅に寝転がる。
「カッコいい!」
『え?』
「能力バトル物の主人公みたい!」
『あの…
現実と漫画は区別された方がいいと思いますよ?』
「実在チートの飛田クンが悪いんじゃない!」
『そうかな? そうかも。』
そんな不毛な一夜を過ごしてから、テントの中で朝を迎える。
この無風にも関わらず風車群が回り続けているあたり、良くも悪くもチャコちゃんは本物なのだろう。
「お母さんの実家が千葉なのよ。」
『へー。』
「で、今は誰も住んでない上に、使い道のない山林もついてるのね?
このままだと固定資産税の取られ損じゃない?」
『あ、オチが見えた。』
「令和の魔法少女としては自らの異能を世の為人の為に使う前に、まず納税しなければならんのですよ。」
『国民の3大義務ですしね。』
「なので、最初はローンで風力発電セットを買おうとしました!」
『攻めますねー。』
「ところが売電認証の為には、案外時間が掛かるんです!」
『まあ、公共性も高いですしね。』
「そこで!
私、須藤千夜が考案したのが!
このビジネスです!
(バーン!)」
チャコちゃんが懐から何かを取り出す。
紙? いや、名刺?
【風力発電コンサルタント
須藤千夜】
『あ!』
「ふっふっふ。
これこそ令和の魔法少女のスマートな生き方なのですよ。」
『え?
それは、アリなんですか?』
「コンサル業をしながら、自前風車の事業者認証を狙います!」
驚くべき事にチャコちゃんは、既に【気圧調整のプロフェッショナル】を騙って営業を開始していた。
「騙りじゃないよ!
実際に操作出来るもん!」
『えっと、気圧を勝手に操作するのは好ましくないのでは?』
「ぶー!
別に法律には抵触してないよ!
誰も困らないし!
群馬県の田宮社長も早速お試しパックに入会してくれたんだからね!」
『え!?
お試しパック!?』
「ふっふっふ。
最終プレゼンって言ったでしょ。
魔法Onlyでは留まらないのです♥」
要は、風力発電を導入したはいいが風が吹かずに困っている事業者が日本中に存在する。
怪しげな業者に騙されて、明らかに風が吹かない立地に風車を建ててしまった地主も多い。
【御社の風車を理論値MAXまで回します!】
チャコちゃんが営業を開始したのは先週からだが、既に群馬県と神奈川県の地主の懐に食い込んでいる。
「見て見てー♪
これが令和の正しい風魔法なのですよ♥」
自慢気に見せられるトレイルカメラアプリの映像。
そこには勢い良く猛回転する風車群。
『ま、回っている。
しかもこの山梨含めて3箇所同時に!?』
「えへへー。
今の私の魔力じゃ5案件が限界だけどね。
後、洋上風力とは相性が悪いの。
取り敢えず、当面はコンサル料を準備資金に充てるわ。
自前で認証さえ取れれば、後は自分の風車を永久に回し続けるだけだからね。」
『お、おう。』
「売電しつつビットコインのマイニング。
比率は半々かな。
リアル通貨と仮想通貨、バランス良く持ってないと老後が不安じゃない?」
…商才があり過ぎて怖い。
「うふふ、どう?
少しは私のことを見直してくれた?
女性向けなろうの主人公は全員チートでビジネスを成功させて旦那様を支えてるでしょ♥
私もその例に倣っちゃいましたー♥」
『えっと、それが不快だから男は女向けコンテンツを読まないのでは…』
こういう言い方はしたくないのだが…
チート持ちの有能女をわざわざ養う必要なくね?
チャコちゃんって1人で天下を取れちゃう人じゃない。
じゃあ、恋人や夫になって守る意味ないよね。
世の中には非力で愚かな女がいっぱい居るのだから、男の俺としてはそいつらを庇護する義務があるのではないだろうか?
「飛田クン!」
『あ、はい。』
「私の想いを受け止めて下さいッ!」
『あ、いや。』
「そして我々はパワーカップルを超越したチートカップルになるのですッ(クワッ)!」
取り敢えず提案を却下して始発電車で東京に帰った。
途中で食べた駅ソバのカツ丼は美味かった。
『ワープ。』
鉢伏鉱山の私室に戻る。
繕い物をしていたエヴァが一瞬目を上げ、何事も無かったように目線を伏せた。
『あ、ゴメン。』
「謝るくらいなら身を慎みなさい。」
『あ、はい。』
「今日はどうするの?」
『疲れたから休憩します。
ちょっと横になっておくよ。』
「そう。
楽な肌着を用意してるから。
着替えをしておきなさいね。」
横になっている俺が眠れないのを見たエヴァがポツポツと情勢を教えてくれる。
箇条書きにするとこういう事だ。
・ブラギの長老会議入りが正式決定、来年から正メンバーに。
・岩塩・黒胡椒であればかなりの大ロットを合衆国に販売可能。
・近場の土漠地帯なら討伐依頼を受諾可能に。
・王国には出禁、但し国境際の交易のみ許可。
『え?
やっぱり王国出禁?』
「そもそも実質的な国外追放でここに来た訳だしね。
傭兵契約を結ばない限り入国はさせてあげないってスタンス。」
『ちなみに、契約はするの?』
「デメリットが大き過ぎるのよ。
あちこちの合戦に駆り出されちゃうだろうし。
その場合、対戦相手から通商許可書が無効化されちゃうし。」
ニヴルとしても悩みどころなのだ。
王国の人口は多く商圏は広い。
彼らを相手に通商出来ればすぐにでも氏族財政は回復するのだろうが、当然王国も馬鹿ではない。
自分達の巨大な商圏で商売させてやる代わりに他国とは縁を切れ、との言い分。
「もうこれは博打なのだけど、長老達は王国が当面勢いを取り戻さない方に賭けた。」
『そりゃあ、正しい判断だよ。
だって連敗して領土をあちこち取られているしね。』
「そんな単純な話でもないのよ。
王国人は数が多いし、負けが込んだ事でナショナリズムも高まってる。
何より世界中に散らばっている王国系商人のネットワークも依然強い。
楽観出来る状況ではないわ。」
俺は最初、王国は退潮国家だと認識していた。
王都がそもそもショボかったし政戦で失敗し続けていたからな。
だが、人口の多さ歴史の長さ支配地の広さが底力となって彼らを支えている。
「ヒロヒコもこれだけは覚えておいて。
お父さん達は強がっているけど、氏族の懐事情はかなり苦しいから。」
『やっぱりそうなの?』
「準備も無しにいきなり住処を追い出された訳だからね。
あれだけの山羊や後背林を揃えるのにどれだけの時間が掛かることか…」
『ああ、言われてみればチーズが配給されなくなったよね。』
「そういう事。
何より、前の拠点鉱山は予算を掛けて高熱炉を4基も保有していたの。
でも、新天地だからそんな物はない。」
『そっか、今まで投資し続けて来たインフラを放棄しちゃったから。』
「地形的に風を引き入れにくいしね…
エルフは魔法を使って炉を起こすみたいだけど…
私達ドワーフの基本属性は【土】。
風魔法を使える人材は居ないの…
せめて、せめてレベル2の風魔法使いが居れば高級案件も請けれるのに…
風さえ、風さえ吹き続けてくれれば。」
『な、なるほど。
ここで風魔法使いの価値が跳ね上がっているんだ。』
「ねえヒロヒコ。
風魔法使いのツテはない?
風さえ、風さえ吹けば…」
「見て見てー♪
これが令和の正しい風魔法なのですよ♥」
『いやあ、ちょっと心当たりがないですねー。
風以外の分野で協力させて貰うよ。
あ、黒胡椒を仕入れれたから、ちょっと検分してくれない?』
「うん、ありがとう。
ヒロヒコの配慮、凄く氏族の助けになってるわ。
でも、ドワーフは鍛冶の民。
私達の力の源泉は炉にあるの。
だから、風魔法使いを探して頂戴。
氏族の存亡が掛かってるから…」
なんか胃が痛くなってきた。
世の中、上手く行かないようになってるよな。
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