悪用? 想像した事も無いな。
胡桃亭の壁にもたれ掛かった俺は、ただ無心に桧山克則という男の生涯について想いを寄せていた。
貧乏人の癖に社長を騙って六本木でホステス遊びを試みた男。
その夢は薄汚い東京という街に無残に砕かれた。
運転免許の中の桧山は寂しそうに笑っている。
ねぇ、桧山さん。
いや、敢えてこう呼ばせて貰おう。
桧山社長。
俺は貴方と語り合いたかった。
貴方があんな所で死ぬ必要は無かったのだ。
『はぁ。』
思わず溜息が漏れる。
やはり東京という街が駄目だな。
虚業家や淫売がデカい顔をしてのさばっている偽りの街だ。
特に六本木は駄目だ。
行き交う者はどいつもこいつもカネカネカネ。
はぁ、嘆かわしい。
ニッポンの美徳はどこに行ったのやら。
さて。
9万ぽっちでは何の足しにもならんな。
次の強盗先を探すか。
「今、宜しいですか?」
東京にワープで戻ろうとした矢先、女将のヒルダがノックと共に声を掛けて来る。
『あ、はい。
どうぞ。』
ちっ、何だよ。
俺は強盗の下見に忙しいのによ。
「今、王宮から使者の方が来られまして、地球人の皆様に招集要請が掛かったそうです。」
女将は上目遣いでこちらの様子を探っている。
『要請も何もゴブリンを討伐したばかりなのですけれどねぇ。』
「はい、先程娘からも教わりました。
トビタ様は初陣でゴブリンを2匹も退治した豪傑だとかか。」
…豪傑か。
時代劇の中だけの表現と思っていたが、女に褒められるのは悪い気分ではないな。
だが、どうせこの女将も俺が居ない所では、悪口を言っているに違いない。
俺は六本木で真実を知ったばかりだからな。
話半分に聞いておこう。
『女将。
召集と言うと、何かあったのですか?』
「はい。
騎士団が遠征に向かった隙を突いて王都に強盗団が侵入したようなのです。
先程、郊外のスミス馬具店一家のご遺体が発見されました。
金庫が破られていたそうです。
…善良な御一家だったのでショックです。」
『ふむ。
物騒ですなー(棒)』
俺の知ったことではないが。
「私が殿方でしたら討伐隊に参加したいくらいなのですが、生憎女の細腕。
歯痒い思いです。
トビタ様、何とかなりませんか?」
結論、俺には関係がない。
大体、王国は高い年貢を日頃民から取り立てていると聞いたぞ。
こういう時くらい役に立つべきなのではないか?
「報奨金も特に弾むとの事です。
志願者には城下飲食店の食券1ヶ月セットも支給されると聞きました。」
ほう!
食券か!
悪くないな。
1ヶ月分か!?
ふーむ、では一応志願してみるか。
『そうですね。
確かに強盗殺人など許してはおけません。
王宮に行って事情を聞いてみます!』
「ご武運を。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うむ、誇り高き日本男児として悪党は許せんな。
俺は武器庫にワープして防具をガチガチに着込む。
あまりの重量に歩行困難になったので、小刻みワープで滑るように前進!!
「飛田!
オマエ、なんだかラグってるぞ!!」
『おいおい、相変わらず物を知らない奴だな。
これは古武術の歩法さ。
かつて鎌倉時代に大鎧が発達した時に編み出された技術なんだよ。』
「あ、うん。
でもそれラグだから。」
ノリの悪い男だ。
『なあ高橋。
他の連中は?』
「宿舎に籠ってる。
根元が死んだから。」
『ふーん。』
「おいおい薄情な奴だな。
クラスメイトが死んだんだぞ。
もっとリアクションしろよ。」
『え?
俺、アイツ嫌いだったし。』
根元ヨシキというのは体育会系のDQNで嫌な奴だった。
校内でも好き勝手やっていたのだが、野球の関連で教師達が甘やかしていた。
「いや、俺も嫌いだけどさ。
でも冥福を祈るポーズくらいは取るべきだろう。」
『うーーーーん。
それって偽善じゃない?
少なくとも俺はDQNが死ぬのはいい事だと感じた。
大体、アイツの兄貴が半グレみたいな服装で駅をウロウロしてて怖かったんだよ。
どうせ根元も卒業したら兄貴のグループに入って悪い事してただろ?』
「いや、決めつけは良くないよ!
絶対そうなってただろうけどさ。」
『よし。
嫌な奴が死んだ記念に祝杯を挙げるとするか。』
「え!?
いやいや!!!!
流石にそれは駄目だろう!!!」
『え?
なんで?』
「人が死んでるんだぞ?」
『でも、アイツ嫌な奴だったじゃん?
園田君を殴って怪我させたのも本当はアイツだろ?』
「いやー、人命とか尊厳とかあるし。
悪いことしたから死ぬべきだったってのは極論だろう。」
『でもオマエ盗賊討伐参加するじゃん?』
「…するけど。」
『殺すんだろ?』
「あ、いや。
最初に団長が拡声スキルで降伏勧告をするから。
相手が応じれば、殺さずに済む。」
『応じるような奴が盗賊になるかな?』
「いや、勧告はあくまで形式的なものだから。
団員の人達も効力なんて信じて無いけど。」
『じゃあオマエも悪い奴を殺すのは賛成派だよ。』
「…俺、1年の頃さあ。
食堂で根元に突き飛ばされたんだ。
列の割り込み。
アイツは覚えてなかったみたいだけど。」
『?』
「でも、何も死ぬことはないだろって思ってる。」
『あっそ。
でも、別に生きてる必要もないだろ。
俺はそう思ってる。』
高橋は黙り込んでしまい、俺が何を話し掛けても返事をしてくれなくなった。
ただ、決定的に嫌われた訳ではないのか、ずっと俺に歩調を合わせてくれている。
「騎士団長である!!
盗賊諸君、君達は完全に包囲されている!!
無駄な抵抗はやめて大至急出頭せよ!!
20カウント以内に武器を捨てて森から出た者にだけ裁判を受ける権利を与える!!」
かなり離れた位置だったが、騎士団長の声は相変わらずよく通る。
普段、にこやかに話している時と打って変わって厳格な軍人の表情だ。
周囲の団員達の緊張した表情を見る限り、やはり怖い上司なのだろう。
「…飛田。」
『んー?』
「俺の能力は愛弟子。
設定した対象の技術全般を再現することが出来る。」
『え?
じゃあ、団長を?』
「いや、あの人はガタイと天性の膂力でゴリ押しするファイトスタイルだから、学習元には向いてない。
ノーランド中尉が小柄を技術で補うタイプの人だから、頼んでトレースさせて貰ってる。
中尉は技術面では王国屈指の人だから、俺は多分死なないと思う。」
『…。』
「…。」
『…俺は詮索でもされない限り死なない。』
「ワープアってそんなに強力なスキルなのか?」
『さあ、どうだろうな。』
「…悪事向けのスキルってこと?」
『生まれてこの方悪事を働いた事がない。』
「…スキルを悪用するなよ。」
『悪用?
想像した事も無いな。』
「オマエに死んで欲しくない。
殺したくもない。」
『あっそ。
いい奴だな、オマエ。』
参ったな。
横散開の合図が出たのに高橋は俺から離れない。
軍監にホイッスルで注意されてから、しぶしぶ距離を取った。
但し、横目で俺を注意深く観察し続けている。
無事に食券をせしめたら、明日からはワンオペ業務だけを志願するとしよう。