ちょっと心当たりがないですね
一旦、府中の自宅に帰る。
2時間とは言え、正式にワープ許可を貰えたのは嬉しい。
まず目に入るのが大きく凹んだリビング。
そりゃあね、大量の金塊や銀塊を民家に運び込んだら床も抜けるよね。
リフォーム代って幾らくらい掛かるんだろう…
胃が痛い。
『さて、2時間を無駄には出来んぞ。』
まずはドバイに飛ぶ。
バシールの母親に日本土産を渡しながらナツメヤシコーラを飲む。
うん、相変わらずマズい。
店前ではそれなりに社会的地位のありそうな紳士が美味そうに飲んでいるので、そこは文明論的な文脈で評価するべき飲料なのだろう。
「قط آب میوه نخرید، چیزهای را با قیمت واحد بالاتر بخرید!」
相変わらずダリー語は難解だが、《もっと単価の高い物を買え》と言っている事は嫌と言う程伝わって来た。
仕方ないのでバシールに出物を尋ねる。
「そんなことより相棒。
ラピスラズリの売り先はちゃんと探してくれているのか?」
『あ、うん。』
「あー、その反応!
本当は着手してないんだろ!」
『いやー、ははは。』
「分け前は弾む!
日本市場を開拓してくれよ!
富裕層だぞ!
サラリーマンは駄目だ!
東京の富裕層に売り込んでくれ!」
『あ、うん。
金持ちの知り合いが増えて来たし、相談してみるよ。』
「本当か?
やってくれるのか?」
『本当だよー。』
中東商人はとてつもなく押しが強い。
ただ、逆にそれでビジネスチャンスを逃しているような気がするので、行商人としての俺は彼を反面教師にする。
『中国市場は駄目?』
「お!?
ツテがあるのか!?」
『香港に行くから。
いや売り方は知らんけど。
富裕層なら香港の方が多いでしょ。』
「ヒロヒコは漢語も喋れるのか!?」
『あ、いや。
言葉は全然…』
「あー、言葉は駄目かー。
あ!
いい事思いついた!!!」
『絶対ロクなことじゃないでしょー。』
「ヒロヒコのWhatsApp!!
まだアイコン設定してないだろ!
ウチの商品を着けて撮れ!!」
『え?
急に言われても困るよ。』
俺が逡巡しているとバシールの母が猛スピードで駆けて来て、力づくで俺に店の商品を装着する。
全身をラピスラズリと黄金に包まれる。
(…皮膚に金属が触れるの苦手なんだけどな。)
抵抗むなしい身としては、この老婆のどこにそんな力があるのか不思議で仕方ない。
「بلی عکس میگیرم!!」
そして笑顔を強要されて無理矢理アイコン設定させられる。
『バシールさん。
こんな成金みたいな写真、恥ずかしいよ。』
「いやいや!
日本人は装飾を怠り過ぎ!!
香港人と付き合うんなら、ちゃんとしなくちゃ!!」
後でこっそりアイコンを変える事を決意しながら、表通りで100㌘インゴット7個を単価82$で購入。
一旦、運転席のエヴァの元に戻る。
『エヴァさん、差し入れ要る?』
「何?」
『マズいジュース。』
「馬車の運転も結構大変なのよ?」
『ご、ごめんなさい。』
「頂くわ。」
エヴァは一口だけ口に含むと、次の瞬間には上品に吐き出していた。
「暑い土地なら需要あるかもね。
荷台から私の瓢箪を取って。」
『あ、はい。』
「飲ませてくれると嬉しいな。」
『あ、はい。』
何がおかしいのかエヴァは1人でクスクス笑っている。
俺は荷台に戻る事を告げてから香港に飛んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして懇意の趙家珠宝でインゴットを売却。
結構粘ったがレートが悪く85$が限界だった。
(他の店が84$ばかりだったのでサービスしてくれたのかも知れない。)
700㌘×差額3$=2100$の儲け。
今の為替だと31万円強か…
俺個人としては凄い額なんだが、子供が3人生まれることを考えれば心許ないな。
「我可唔可以問你啲嘢?」
いつも必要以上に喋らない趙社長が去ろうとした俺に声を掛ける。
『え?』
俺が振り向いた時には趙は翻訳アプリを起ち上げていたので、俺も翻訳機(広東語)を起ち上げる。
「呼び止めちゃってゴメンなさいね。」
『いえいえ。
いつも翻訳チャットなので、肉声は新鮮です。』
「WhatsAppのアイコンを拝見して…
これトビタ社長ですよね?」
『あ、はい。
恥ずかしながら。』
趙は俺がバシールと楽し気(?)に映っているのを見て強い興味を持ったらしく、色々と教えを乞うてくる。
どうやらドバイビジネスに興味があるらしかったので、一応ラピスラズリの話を振っておく。
「トビタ社長。
サンプルって今お持ちでしょうか?」
『…あ、それじゃあ取って来ましょうか?』
「はい、是非!」
府中にワープして、以前貰った【天輪クワルナフ】を回収してから趙に見せる。
「これ上物とかそういう次元じゃないですよね?」
『バシール、ああ俺のアイコンに映っている男なのですが。
彼が言うにはパシュトゥーン民族の至宝だそうです。』
「そりゃあそうでしょう。
よく、そんなものの代理店にして貰えましたね。」
『あ、いや。
正式な代理店契約はしてないです。
あくまで友人としてのお願い。
彼の商店でよく食事するんですよ。』
「香港か上海で売りたい?」
『あ、いえ。
深くは考えてませんでした。
最初は東京で売り込もうかと…』
「上海ならすぐに客が見つかりますよ。
これ、バックエンドとしては建材として大ロットで売りたいってことですよね?」
『供給自体は難しくないとの事です。』
「じゃあ私を飛田社長の代理店に任命して貰えませんか?
売るなら漢人相手の方がいいですよ、日本の皆さんはコテコテした建材を嫌いますから。
このアフガン人の彼とはマージン設定してます?」
流石は世界一の商都・香港の住人である。
その場で営業案を捻り出して、WhatsAppのグループチャットに俺とバシールを加える。
バシールは華僑商法にやや警戒しているものの、概ねポジティブ。
以前、本国で中国商人による大規模な買い叩きが問題になった事があるらしく、歯切れは良くない。
逆に趙はこのビジネスに興が乗ったのか、かなり積極的である。
(口ぶりを見るに既にアテがあるのだろう。)
「バシール先生!
日本式ッ、今回は日本式で行きますから!」
最後に趙が拝み倒して話を纏めてしまった。
『趙社長。
バシール氏とは家族ぐるみの付き合いなので、あまり厳しい買値は勘弁してあげて下さいね。』
「日本式ッ! 日本式ッ!
三方良しの精神ッ!」
大袈裟に額をペチペチ叩きながら話を締め括る。
でも、あまり酷いやり方はして来ないと安心している。
何故なら、香港の貴金属商の中で1番柔軟で長期的視野を持ってるのが、この趙だからである。
何せ30件目で出会った話の通じる取引相手だからな。
コイツで利益を出せないなら香港ルートは一旦断念するつもり。
商談が終わった後、趙にナツメヤシコーラを贈呈。
案の定、ニヤニヤしながら「飛田社長も悪い心がありますねー。」と手を叩く。
返礼のつもりなのか王老吉(中国の定番ドリンク)をプレゼントされた。
香港での商談はこんな感じで纏った。
『ワープ。』
「ヒロヒコ。
荷台に乱暴に着地しちゃ駄目よー。
勘の良い者なら、スキルの正体に辿り着いちゃうから。」
荷台に戻った俺を運転席のエヴァが優しく叱責する。
『ごめんなさい。』
「気晴らしは出来た?」
『仕事頑張ってた。』
「男の人はいいね。」
『…あの、お土産。』
「また飲み物?
その変な入れ物、後でちゃんと処分しておきなさいね。」
例によってエヴァは一口含んでから上品に吐き捨てる。
『お口に合わなかった?』
「そうね。
でも、油料理とは合うんじゃない?」
なるほど、エヴァが言うならそうなのだろう。
ちなみにドワーフ女性は油気を好まない。
脂っこい食べ物というのは、男が精を付けるために食する陣中食だからである。
『もう灰色鉄鉱山の近く?』
「後、30分程で着くわ。
荷台でゆっくりしてなさい。
別にお仕事してくれても構わないけど。」
30分かぁ…
何か出来る時間じゃないよな。
まあいいや、今なら新宿に村上翁が居るだろうから香港土産だけ渡しておくか。
『ワープ。』
美心月餅の袋を持って新宿店の扉を潜る。
チャコちゃんの姿が見えないので、ほっと一安心。
「トビタ!
オマエ、また連絡滞りやがって!
心配させんな!」
『あ、スミマセン。
ちょっとバタバタしていたので。
これ、お詫びって訳じゃないんですけど。』
「香港行ってたのか?」
『はい、デカいシノギに絡めそうでして。
今日は別件あるんで、すぐに帰りますけど、落ち着いたら正式に報告させて下さい。』
「オマエ、本当に勤勉だよなー。」
『欲深いだけですよ。』
「貪欲大いに結構。
最近の草食系共に聞かせてやりたいわ。」
『じゃ、すみません。
来たばかりで申し訳ないですけど、今日はこれで。』
「おう、無理だけしないようにな。」
よし、これで村上翁にも義理が立ったな。
馬車に戻るか。
「ちょっと待ったー!!」
…居たのか。
「専務っ!
酷いですよ!
飛田クンが来たら通報してくれる約束でしょ!」
「いや、コイツも忙しいみたいだし…
引き止めるのも悪いだろ。」
「飛田クン!
今日は重大発表があります!」
『あ、スミマセン。
ちょっと時間が押しておりまして…
本日はこれで。』
「30秒だけ下さい!
歩きながらで結構です!」
なーんでこの女は香港商人よりも強引なのかねぇ。
『あ、はい。
じゃあ、新宿駅まで歩きながらで良ければ。』
テクテクテク×2。
「では、手短に!
私、須藤千夜は御存知の通り風魔法使いなのですが!」
『チャコちゃんさん。
往来で突飛な発言をするのは良くないかと…』
「新宿なんて大型の精神病院なんだから、突飛なくらいが溶け込めるのよ。」
『偏見ェ…』
「話を戻します!」
『あ、はい。』
「前回、自由自在に飛び回る私を見て飛田クンはこう思った筈です。
《女がウロチョロするな》と。」
この女、相変わらずいい読みしてるよなぁ。
『…いや、別にそこまでは。』
「いえ!
男の人の本音は大体分かります!
女のフットワークって男の人には何のメリットも無いからね。」
『…。』
「そこで!
男の人に怒られない風魔法を考案しました!」
『別に、怒ってはいないですよ?』
「でも、内心ウザいと思ってるでしょ?」
『あ、いや!
それは…
そんな事は…
思った事はないですよ…』
「ご安心下さい。
次回のプレゼンでは、《女が使っても男の人にウザがられない風魔法》を披露します!」
『なるほどー。』
時間も押していたので、適当に話を打ち切って馬車に戻る。
うーん、休憩貰う前より疲れたな。
まあ、1番大変なのは馬車を運転しているエヴァなのだから文句は言えまいか…
「ヒロヒコ、もうすぐ到着だから正装に着替えなさい。」
『はーい。』
俺は汗を拭き取ると、ニヴルの民族衣装に着替える。
似合わないので苦痛なのだが、俺って役職者であるブラギの婿だからな。
ちゃんと身だしなみを整えないと義父が恥をかく羽目になる。
仮テントではあるが、集会所は既に建っていた。
整地が終わり次第、正式な建屋を組み上げてしまうようだ。
俺達は停車場に馬車を設置してから、馬を合同厩に預ける。
停車場には、俺達と似たような自営夫婦が店舗兼自宅の馬車を停めていた。
キッチンカーが2台、鍛冶屋が1台、雑貨屋が1台。
「おーう、トビタ。
オマエも店をやるの?」
団子屋が声を掛けて来る。
人間種にも販売可能なドワーフ料理を研究している男であり、帝国人に対しては結構実績を挙げている。
『ギョームさん、チワス。
いえ、皆さんが落ち着くまでは御用聞きに徹しようと考えております。』
「若いのに熱心だなー。
甥っ子共に聞かせてやりたいね。」
折角の機会なのでギョームに困りごとが無いかを聞く。
団子屋だけあって食材に対する不安があるらしく、2人で合宿国の食材相場を書き出して、王国時代と比較しての需給増減を計算する。
「うーん、合衆国は物成が悪いなぁ。
主穀がトウモロコシって辺り、貧困国だよなぁ。」
『王国では小麦がたくさん採れましたからね。』
「キロ単価安いし、トウモロコシを外に売りに行くのは現実的じゃないよなぁ。
氏族内での消費用かな。」
『そうっすね。
何か高く売れそうな物は掘れそうですか?』
「うーん、俺の兄貴が採掘部長なんだが。
ちょっと苦戦して…
あ、噂をすれば。
兄貴ー!」
「おーう、ギョームお疲れー。
チビ共の面倒見させてゴメンなー。」
「兄貴、少し休憩していきなよ。
朝も食ってなかっただろ。
今、団子を炙り直すからさ。」
「うーん、そうだな。
じゃあ、少し休んで行くわ。」
「丁度今、トビタが来てるよ。
御用聞き回りだってさ。」
ギョームは兄に椅子を勧めると、焼台に戻って行った。
「おお、トビタ久しぶり。」
『ども。
ご無沙汰しておりました、部長。』
「向こうの鉱山、どんな感じだった?」
『はい、中規模の銅床です。
地質的にはマッシュルーム栽培も可能であり、ガルド親方が仰るには、土属性魔石は見込めそうだと。』
「金銀は?」
『査察委員の方も仰っておられたのですが、《あまり期待しない方が良いだろう》と。』
「うーん、そっちもかぁ。
どこもショボいなー。
灰色鉄鉱山もハズレだし。」
『え?
そうなんですか?』
「地形がなー。
丁度風を通しにくい形なんだよ。
だから換気孔や脇炉を使う為には、大量の風魔石が必要になって来る…
仕入れたくてもそんな予算残ってないしなー。」
『鉱山を開くのも大変なことばっかりですね。』
「なあトビタ。
人間種のオマエのツテを頼りたい。
オマエの知り合いに風魔法の使い手は居ないか?
鉱山が軌道に乗るまで助けて欲しいんだよ!」
『風魔法使いですか。』
俺は目を瞑り、これまで築いた人脈を振り返る。
「私、須藤千夜は!
御存知の通り風魔法使いなのですが!」
『…。』
「誰かいないか?
風魔法レベル2の所持者なら、かなり助かるんだが…」
『スミマセン。
ちょっと心当たりがないですね。』
ギョームの屋台が混んで来たので話は終わり。
炙り蟹団子を買って馬車の中でエヴァと食べてから寝た。
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