目に見える形で役に立ちたいんだけどな。
さて、地球に帰れない日々が続く。
ニヴル氏族全体が新天地を手探りで開拓している最中だからな。
やはり頻繁に留守には出来ないのだ。
合間を見てメールチェックの為にだけ府中に戻ってはいるのだが、思った以上に雑務が多く異世界に留まらざるを得なかった。
眼前ではガルドと採掘委員会が派遣した査察官が坑道を掘り進んでいる。
まだツルハシを握ってから10分も経っていないにも関わらず、ガルド達の背は坑道の闇に溶けかけていた。
『ねぇ、エヴァさん。
こういう場合、俺がやっておく事ってある?』
「うーん、私は女だから分からないけど…
こう言う場合、徒弟さんは入り口周りの掃除をさせられてるけど。」
『なるほど、そりゃあそうだ。』
俺は見よう見真似で土捨て場を整える。
「随分ショベルが様になってるわね。」
『ありがとう。
最近は筋肉痛もマシになって来たんだ。』
エヴァがショベルを片手に寄って来て、それとなく土捨て場の整え方や運用理念、アンチパターンを教えてくれる。
俺は可能な限り耳を傾け、そして無言でショベルを振るい続けた。
「あまり根を詰めるなよ。」
ふと背後から声を掛けられたので、振り向くとガルドが査察官と2人で休憩に行く所だった。
「ドワーフの仕事かと思ったぞ!」
背中越しにそう声を掛けられる。
数秒して褒められたと気付き、とても嬉しく感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
査察の結果。
鉱山の資産価値はC級と査定された。
要は《そこまでの価値が無いので家族での占有をみとめる》という意味である。
B級認定されてしまったらアガリを多く氏族に納める必要が出てくるし、万が一A級になんて認定されたら高確率で公有鉱山に転換させられる。
そういう意味でCを狙って引いたガルドの慧眼こそ素晴らしい。
「思ったより銅脈が伸びてるねー。」
老査察官は手元書類に色々と書き付けながら、俺に査定項目を説明してくれる。
「真下に200メートルほど掘れば銅床にぶつかる。
悪いけど…」
『ええ、鉱床に到達次第報告します。』
「安心して。
1トン縛りは有効だから。」
これはドワーフ全般の慣例なのだが、まとまった鉱床を発見した場合、その一部を共同体に還元しなくてはならない。
C級鉱山であれば1トン前後を氏族に上納するのがニヴルの相場。
上納分は長老会議直属の若衆(10代の男子ドワーフ)が訓練も兼ねて採掘する。
上納が終わった鉱山は割とフリーダム。
マナーさえ守れば、どれだけ乱掘しても怒られる事はない。
ただ、鉱区から無断ではみ出すのは重罪。
これは共同体への背信とされ、どこの氏族でも切腹処分を食らう。
『宝石は納めなくて大丈夫なんですか?』
「昔はチマチマ徴収してたらしいけどね。
アホらしいでしょ?
宝石が出る度に報告書を書かされるのは。」
『そうですね、出来れば事務仕事は少ないと助かります。』
「うん、寧ろ氏族としてもガンガン掘って積極的に外貨を稼いでくれると嬉しい。
特にトビタ君は腕利きの商人として期待されてるから…
頼むぞ。」
『ええ、精進します。』
雑談しながら査察官氏と植林計画について相談。
焼き払った後の鉢伏鉱山周辺にどんな植物を植えるかを指導して貰う。
アカシアを植えるのが理想なのだが、苗木は当面首都が購入するので俺達には回って来ないそうだ。
査察官氏が帰った後、ガルドとその相談。
引っ越し直後なので考えるべき事が多い。
「氏族としてはな。
周辺国全てに満遍なく販路を持ちたい。」
『はい。
帝国・合衆国・魔界・共和国・首長国ですね?』
「ああ、そして何より王国。」
『王国は難しくないですか?
追放されたばかりですし。』
「だが、王国商圏を取り戻せなければ、いずれは干上がる。
今まで彼らの膨大な市場規模に潤わせて貰ってた訳だからな。
帝国・共和国も市場規模はそれなりにあるが、既にブンゴロド・ギガントがそれぞれ縄張りとして確立している。
本格的に食い込むのは不可能だろう。」
ギガント族が共和国に根付いているように、帝国ではブンゴロド族なる氏族が帝室からの篤い信頼を勝ち取っている。
皇帝保有の鉱山会社に役員枠を与えられている程なので、余程密接なのだろう。
ちなみに、首長国から王国西部に掛けて勢威を誇るアスガル族という連中もおり、前者2つと併せてドワーフ三大氏族と称えられている。
「要は、世の中には既得権益ってモンがあるから、新規開拓は難しいって話な。
失うのが簡単なのは、ご覧の通りだ。」
由緒こそ正しいものの規模は三大氏族に遥か及ばないニヴルが威張ってられたのも、それまでの慣例から王国に利権を持っていたから。
それを剥奪された以上、もはやアドバンテージはない。
合衆国も南部まで行けば鉱物資源が豊富なことで有名なのだが、当然別のドワーフが居留権を確保済みであり、別氏族は手を付けられない。
『俺達は鉱物資源の乏しい合衆国北部で何とか生活して行かなきゃならないって事ですね。
しかも隣接する王国からは嫌われてしまっている。』
「まあな。
まさか山羊の仕入れから再スタートさせられるとは思わなかったが…」
気質的に牧畜が向いてないドワーフでも飼えるのが山羊。
王国に居た頃は支配地で放し飼いにしていたのだが、退去命令が唐突だったので殆ど連れて来ることが出来なかった。
なので家畜商から買って地道に増やさなくてはならない。
植林も必要だし、気の遠くなる道のりが待っている。
『何か明るい材料は無いんですか?』
「ばーか、それを作るのが男の仕事なんだよ。」
そう言うとガルドは馬に乗って周辺の哨戒に出て行ってしまう。
あの逞しさに少しはあやかりたいものである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、頭を整理しよう。
俺の目的は異世界と地球の間でアビトラージを行い、地球で蓄財する事だった。
これに関してはドバイ・香港・東京を活用した手法を編み出したので、軌道に乗ったと言って過言ではない。
問題は異世界である。
当初は貴金属の供給地程度にしか考えてなかったのだが、思いのほかニヴル族にコミットしてしまい、年内には子が生まれる運びとなってしまった。
必然、こちらでも頑張らざるを得ない状態となっている。
地球生活では通貨さえ稼いでしまえば後は税理士が何とかしてくれるのだが、異世界ではそうも行かない。
《〇〇さえ確保してしまえば遊んで暮らせる》
と言い切れるものがないのだ。
戦争が恒常的な上に戦局が流動的なので、各種のレートが常に乱高下している。
「でもねヒロヒコ。
ドワーフはまだ恵まれてるのよ。
鉱石は腐らないから。」
エヴァは言う。
資源を高速収集可能なドワーフは有利なのだ、と。
その割に生活が楽そうに見えないし、氏族債もデフォルトばっかりしている。
経済効率悪いんじゃないかなあ。
『ねえ、エヴァさん。
俺に出来る事ってあるかな?』
「さっき土捨て場を作ってくれたでしょ。
あれも立派な仕事よ。」
『やったのは殆どエヴァさんじゃない。』
「でも、作り方は覚えてくれたでしょ?
そういうことよ。」
『…うん。』
イマイチ釈然としない。
なーんか目に見える形で役に立ちたいんだけどな。
「あのね、ヒロヒコ。
そこまで考えてくれるのなら、皆に聞いて回ってみたら?」
『え?』
「困りごとや悩みを聞いて回るのが行商人の基本って聞いた事があるよ?」
『あ、うん。』
「ん?
そういうのは嫌?」
『あ、いや。
俺って行商人なの?』
「だって店を構えずに商売をしてるでしょ?
氏族名簿にも行商人で登録されてるんじゃないかな?」
『あ、まあ、確かに。』
氏族名簿?
初耳なんだが。
いや、それ以前に俺なんかを掲載してしまって良いのか?
割とフランクなものなのだろうか?
『まあ、いいや。
エヴァさん、ちょっと馬を借りるよ?
皆の集まってる所に行って来る。』
「?
馬車は使わないの?」
『え?
これって動かしていいの?』
「当たり前じゃない。
使わなきゃ車輪が鈍るわよ?」
エヴァは繋いでいた馬を2台とも馬車に連結すると、さっさと進み始める。
『あ、ゴメン。
俺も馬車の使い方を覚えるよ。』
「うん、ヒロヒコは疲れてるでしょ。
荷台の中で仮眠を取ってなさい。」
『いや、急に言われても眠れないよ。』
「困った人ね。
じゃあ、息抜きに小刻みしてもいいわよ。
2時間ほどで着くから。」
話の流れでワープ許可を貰ってしまった。
というより、エヴァもガルドも俺の能力を完全に把握しているよな。
さて、2時間里帰りタイムアタック…
やってみるか。




