下らねぇ井戸端会議は100万回くたばれ。
早起きしたつもりだったが、エヴァは居ない。
昨夜は同衾していたにも関わらず、彼女が布団から出た事にすら気付けなかった。
『はあ。』
自然に溜息が漏れる。
上手く言語化出来ないのだが…
女を早朝から働かせるのは不快だ。
『親方ぁ、おはよーございまーす。』
「おーう、トビタ。
おはよー。」
徒弟が親方よりものんびり起床するなどあってはならないと俺は思うのだが、ドワーフはそこら辺が微妙に緩い。
良くも悪くも個人主義。
あまり目下の者に干渉しない反面、積極的に庇う事もない。
師弟であっても、足手まといになったら戦場の真ん中に平然と置き去りにする。
別に悪意はない。
力量以外に興味を持たない種族なのだ。
『狩りっすか?
デカい獲物ですねー。』
「おう、ワイルドキャンサーってモンスターらしいな。
取り敢えず絶滅させる事にしたから。」
聞けば、この峡谷の周辺はワイルドキャンサーなる凶暴なモンスターの巣窟だったらしい。
それが合衆国がここらを活用していない理由であったようのだが、ニヴルの男達は文字通り朝飯前の準備運動で大量殺害してしまった。
「いやー、ついつい若いモンに張り合っちまってな。
頑張ったんだが、【30匹】しか殺せなかったよ。」
『え?
こんなデカいのを30匹も倒したんですか?』
「いやー、ラスキンの息子なんか【47匹】も倒したんだぜ。
俺ももう歳かなー。」
ガルドが自嘲気味に額を叩く。
「トビタ、飯はまだだろ?」
『あ、はい。』
「本部テントの脇で女衆が炊き出しをしてるから、オマエも腹になんか入れて来い。」
『あ、はい。』
朝から食欲は湧かないのだが、一応炊き出しに顔を出す。
と言っても、俺が着いた頃には一段落していたらしく、女衆が大鍋の前で立ったまま食事を取っていた。
「あらぁ、エヴァさんのご主人。」
突然、背後から女に声を掛けられる。
『あ、どうも。』
「いつも主人がお世話になっております。
ヨルムの妻で御座います。」
『ああ!
これはこれは奥様!
ヨルム戦士長にはいつもお世話になっております。』
「主人がいつもトビタさんの事を褒めてますのよ。
期待の星だって。」
『いえいえ!
恐縮です。』
「エヴァさんも素敵な旦那様と結婚出来て幸せよねー。
種族を越えた恋愛なんてロマンがあるわー。」
『あ、いえ。
俺なんかが、名高いヨルム氏族に婿入り出来るなんて身に余る光栄です。』
「うふふふ。
トビタさんはお上手ねぇ。」
『あ、いえ。』
「それにしてもゴメンなさいね。
主人が居れば連れて来ましたのに、またキャンサー狩りに行ってしまいましたのよ。」
『え!?
戦士長自らですか!?』
「ホントにねぇ。
歳も歳なんだから、そろそろ落ち着いて欲しいんですけど。
【100匹】狩るまでは止めないって言い張ってますの。
私は主人に【30匹】も狩ったのだからいいじゃありませんか、と言ったのですけれど…
子供みたいで恥ずかしいわぁ。」
『な、なるほど。』
「同行した息子が【34匹】狩ったのが、余程悔しかったようですわね、ほほほ。」
『…。』
「それにしてもエヴァさんが羨ましいわぁ。
やはり殿方はどっしり構えておられるのが1番ね。
羨ましいわぁ、おほほ。」
流石に幾ら鈍感な俺でも理解出来た。
要は女社会では旦那や息子の活躍でヒエラルキーが決まるのだ。
眼前のこの女は歴戦の勇将である戦士長ヨルムの妻。
だから言葉の端々にマウント臭が漂う。
それに気付いた俺が女共の会話に聞き耳を立てていると、皆が旦那の猟果を自慢し合っている。
なるほどー、そういう仕組みか。
俺は女なんぞに生まれなくて本当に良かった。
俺が厨房を覗いてみると、エヴァが黙々と皿洗いをしていた。
側に2人似た年頃の女が居るが、彼女達は手伝わずに談笑している。
…俺の所為か?
たまたま、エヴァが当番で2人は休憩時間なのか?
いや、そもそも人間種なんかの子供を妊娠するって女社会ではどうなのだ?
…もうね、すっごく嫌な気分になる。
くたばれ異世界とも、くたばれドワーフとも思わない。
でも、下らねぇ井戸端会議は100万回くたばれ。
やっぱり俺の所為で女社会で孤立してるのかなぁ。
…イジメとかあるのだろうか。
くっそ、胃が痛い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『親方ぁ。
今、ちょっといいっすか?』
「ん?
どうした?」
『いや、俺だけ狩りに参加しないのも何ですし…
武器を貸して貰えませんか?』
「え?
オマエはノルマ免除だろ?
代納もいっぱい納めてくれたじゃないか。
バルンガ先輩や長老衆も喜んでたぞ。」
『あ、いや…
そうなんすけど、新天地の様子も見ておきたいと言いますか…』
「…そっか。
じゃあ、今からあっちの丘を索敵する予定だったんだけど、トビタも来るか?」
『はい!
お願いします!』
いや、分かってはいるよ。
ドワーフにとって何でもないモンスターでも、人間種にとったら絶望的な脅威ということがさ。
だって、彼らが遊び半分に駆除しているワイルドキャンサーは軽トラくらいの大きさだからね。
人間種が騎士団だの討伐隊だのパニックになる相手だが、ドワーフにとっては目障りな雑魚に過ぎない。
ニヴルの男達はキャンサーのハサミをもぎ取って、ジェンガの様に積み上げて競う遊びを発明したらしく、無邪気にキャッキャと駆け回っている。
女達はニコニコとそれを見守り時には慎ましい喝采を挙げるが、裏では旦那ジェンガで競っている。
雰囲気的にこちらは遊びではなさそうだ。
『はー、アホらし。』
「いや、オマエは功績も十分だし、本当に無理しなくていいんだぞ?」
『俺も気が進まないんすけどねー。
親方、俺でもワイルドキャンサーを殺せる方法を教えて下さい。』
「えー、俺達は普通にハンマーで殻を砕いて殺してるけど…
人間種には無理なんじゃね?」
…うん、それは分かってる。
それが出来ないからこそ、この付近には合衆国人が住んでいないのだ。
元々はこの峡谷は《ステイツ・オブ・セントラル社》なる合衆国の半官半民企業が開発する予定で、大量の資本を投下していたが、ワイルドキャンサーの増殖で放棄したとのこと。
国営事業ですら勝てなかった相手を俺がどうこう出来ないことは当然分かっている。
とは言え…
エヴァが女社会の無知蒙昧さの前に肩身の狭い思いをさせられるのは心底堪えられない。
『親方、そのハンマー貸して下さい。』
「え?
別に欲しけりゃやるけど、人間種じゃ持ち上がらんと思うぞ?」
後から聞いた話だが、ドワーフの戦鎚は軽い物でも200㌔ほどの重さらしい。
武闘派のガルドが愛用する戦鎚は380キロ。
これを片手で軽々振り回しているのだから、もはや膂力の域に収まらない話なのだろう。
『あー、ビクともしませんわ。』
「いや、無理すんなって。
落ち着いたら人間種用の武器を作ってやるから。」
『ワープ!』
俺は戦鎚ごと上空に瞬間移動し、小刻みワープでワイルドキャンサーの直上を押さえてから、手を離す。
ドッカーンッ!!
爆発音がして、眼前のキャンサーが潰れているのが見えた。
『ワープ、ワープ、ワープ、ワープ、ワープ!』
頑張って【10匹】潰したところで、高低差に酔ってしまい、へたり込む。
『はぁはぁ。
親方、ありがとうございました。』
「あ、うん。
ひょっとして誰かに何か言われた?」
『あ、いえ。
俺は良くして貰ってます。』
その後、【5匹】だけ潰したところでタイムアップ。
「トビタ、午後から皆が来る。
小刻みはもうやめろ。」
『はあはあ!
ゴホッゴホッ!』
「というか、オマエの細腕じゃあ身体壊しちまう。
親方命令だ、今日は終了。」
『はあはあ!
…すいません。』
ガルドは腕を組んだまま、優しく俺を見守ってくれていた。
後に斥候隊が来たので、俺の手柄として報告してくれた。
勿論、公的記録には残らない。
俺如きがドワーフの戦鎚を持てる訳ないから。
「意外にガルドさんも親方してますねー(笑)」
斥候隊は笑いながら帰っていく。
もっとも、俺が完全な手柄乞食では無いと察してくれたのか、割と認めるような態度を取ってくれたのには驚いた。
「トビタの手、血豆だらけだろ?
汗のかき方も、まるで全力疾走の後みたいだし。
アイツらも観察のプロだからさ。
やっぱり、そういうのは伝わるもんだよ。」
何か気の利いた回答を返したいのだが、疲労が激しく言葉が上手く出てこない。
小一時間ほど休んでいる間に、ガルドはキャンサーのハサミをもぎ取り、俺達の馬車の前にジェンガを組んでくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エヴァも俺もジェンガの話題には触れなかった。
優しい言葉の1つでも掛けてやるべきだったのだろうが、互いに一言もなく眠りについた。
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